その時は珍しく、スネークの方から話していた。
「おい、カズ。まずいことになった」
『どうした、ボス?』
「音がする。ヘリの音だ。こっちに向かってる」
それが間違いではなかったとわかったのは、そう言った瞬間。山の間から覗かせる青空に攻撃ヘリが浮かんでいるのを見たからだ。
『攻撃ヘリだ!ボス、隠れろ』
「ああ、わかってる……」
『発見されれば、向こうに一帯をなぎ払われるぞ』
オセロットの指摘は不安の表れだ。
スネークは地に伏して見上げながらも、情報端末を取り出して現在の自分の位置を確かめた。
午後2時を回り、太陽は天頂からゆっくりと降りる気配を見せている。そして自分は目的地である砦の手前1キロにまで迫っていた。
「至急、知りたいことがある」
『何を?』
「砦の上にも、奴は飛びまわっているのか?だとすると、やっかいなことになる」
写真で事前に砦の大きさは理解できている。そこにどれほどの兵が駐留しているのか分からないが、崖と建造物に囲まれた場所の上を飛び回られるのは冗談じゃなく厳しい。
観測所の上で、ピタリと動かずにホバリングを続けているヘリを見つめながら無線からの返答を待つ。
連絡が返ってきたのは、かなりの時間が立ってからだった。
『ボス』
「どうなんだ?」
『すまない、ボス。諜報班は事前にこの情報を入手できなかった。あれがなぜここにいるのか、まったくわからない』
「当然それは、飛行経路も目的も不明、と」
『発足したばかりとはいえ、班の実力不足だ。すまない』
スネークはカズの謝罪など欲しくなかったし、正直に言うと聞いてもいなかった。
ただ、この後のことを考えてどうしたらいいのかと決断を下そうとしていた。砦が近いせいだろう、道路沿いには先ほどから一定の距離をとって巡回兵が歩いている。
彼等は問題ないが、あのヘリに好きに上から。向こうの気分で作戦のフィールド上を覗かれるのは不快であり、危険だった。
ならば、やることはひとつ。
「オセロット、いるか?」
『なんだボス?』
「武器を送ってくれ。そうだな……開発班のカタログに載っていたのを見た。旧型のロケットランチャーを改修した奴があったはずだ」
『ボス!?』
「お前の開発班が作ったものだぞ、カズ。何を驚いた声を上げる?――いつこっちに届けてくれる?」
『すぐに。荷物の落下地点はあんたの要望に従う』
蛇は情報端末から指示を送ると、再び匍匐を開始して岩場の間を蛇のようにスルスルと抜けていく。
その姿はすぐに見えなくなった。
1時間後、ソ連軍はスマセ砦の前線基地から移送した捕虜の奪還を図るゲリラに対処するために用意していた巡回中のヘリが、何者かの発射したロケットランチャーによってバランスを崩すと切り立った壁に突っ込んでいって爆発、四散したという報告を受けた。
どうやら派手に飛び回ったことで、攻撃ヘリを嫌うゲリラが動いたらしい。
太陽が地平線へと赤く空を焼き始める中で、ソ連兵達は起きたトラブルの調査結果が発表される前に、勝手にそう判断した。
死んだパイロットには申し訳ないが、数時間で日が落ちるとあっては夜の戦場をヘリ撃墜の捜査のために歩き回りたくはない。
だから道路沿いに人影がないことを理由に、”そういうこと”に決めて見て見ぬフリをすることにしたのだ。
スマセ砦とは外とつなぐ一本道の先にある四方を高い崖に囲まれた平野部分と、その壁面の一部をくりぬいて居住区画にした天然の要害の地である。
なるほど、ハミド隊は優秀な部隊だったようで。そこに駐留しているソ連兵士達の数も半端なく多い理由もわかる。
ようやく攻め落としたゲリラたちの要塞を。存分に自分達の2本の足で踏みしめておきたいのだろう。
『捕虜がいるな?』
「ああ、やつら(ソ連兵)は品物が居住区画にあるとあたりをつけているんだろう」
『つまりここではその他はひっくり返し終わっているということになる』
「そうだ……残り時間は少ないということだ」
『2人とも!冷静に過ぎるぞっ、チャンスはある。まだあるが、これからどうする!?』
「落ちつけ、カズ。俺も諦めてはいない」
『問題は、ボス。潜入じゃない、脱出だ。
潜入工作はあんたの専売特許だ。問題はない。だが、脱出となると……』
「そうだな、またカズの時のように馬の背にのせて奴等の中を突っ切るというのは避けたい」
スマセ砦につづく狭い道を見つけたスネークは、そこに敷き詰められた指向性地雷を解除し、まとめて山道の脇に放り出すと。地平線に太陽が沈もうとしている中の砦を見下ろす形で偵察をしていた。
恐ろしい骸骨達に追跡された時を思い出したのか、カズは不快そうにしつつ――。
『馬の方は、あんたの指示に従って近くに降ろしてある。周囲に敵影はなし。
あんたが呼べば、すぐにそこまで駆けつけてるはずだぞ』
「……と、なると。やはり捕虜は先に回収しよう」
『ボス!?』『ボス、本当にそれでいいのか?』
「ああ、今回はあの不気味な髑髏はいないが。兵に囲まれた中を突っ切ることになる。最悪、馬に振り落とされても身軽に逃げられるようにはしておきたい」
『……わかった』
今回もまた、ビッグボスは危険な決断を下したように思う。
フルトン回収装置を使えば、ここにいる兵士の誰かにも見られるかもしれない。そして気付かれれば、やつらは一斉に袋のねずみとなっているボスに襲いかかるはずだ。
だが、彼の言うとおり。あの時とは違う意味で厳しい状況の中を、弱った人間の手を引いて脱出などそれよりも、もっと悪夢でしかない。
『ボス、どうやらこちらにも運が向いてきたようだぞ』
「ん?」
『天気が変わる。砂嵐だ、長くはないだろう。だが、それがある間ならば――』
「なるほどな、わかった。やってみよう」
オセロットの提案を受け入れ、中腰に体をおこすとスネークは準備を始める。熱源感知ゴーグル、以前の中古品と違って大分マシになっているということだが。砂嵐の間はこれに頼らないと目を開けてはいられないから周囲の確認ができなくなる。
アフガンの砂嵐は一瞬で視界をふさぎ、呼吸を阻害して苦しくさせる。
その中をこれから大胆に歩かねばならない。首元のスカーフを、口の前に移動させ、砂が口の中に飛び込まないようにしておく。
「カズには今度、ガスマスクでも用意してもらうか」
そう言いつつ、ライフルとハンドガンを取り出して確認する。弾はよし、消音器も大丈夫。
夕立前の雷のような音が、遠くの空から聞こえてきた。青かった空ゆっくりと赤く焼かれていく中を、突然あらわれた砂嵐が塗りつぶすように暗くしていく。
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(失敗だったか?いや、まだだ)
勝負に焦りは禁物というが、スネークはやはり焦ってしまった。
砂嵐の接近を察知して、居住区前に放り出していた捕虜を。例の尋問していた連中が無理やり立たせて、移動を開始したことがわかってしまったから、焦った。
近くで人の感情が、驚きのそれが感じられた。
熱源感知ゴーグルのおかげでわかったが、気付かれないだろうと思った砂嵐の中を動くこちらに、そいつは反応していたのだ。
素早くハンドガンの銃爪をひくと、どさりと地面に崩れ落ちるわずかな音が聞こえた。すぐにその場を離れる。そのせいで、歩く先で体をかがめて嵐が通り過ぎるのを耐えている兵を見た時は、即座に背後に回ってCQCで絞め落とした。
そいつは背中に抱え上げると、乱暴に近くのゴミ箱の中へと放り込む。
居住区画内に入ったところで、スネークはマザーベースに報告を入れる。
外はまだ砂嵐のまま、収まる気配はまだない。
「内部に侵入した」
『よし、ボス。多分捕虜は奥の方へ連れて行かれるはず。そこはアリの巣状に穴をくりぬいているはずだ。ソ連兵も奥の方の地形がわからないのだろう』
「――了解」
そう答えると、足元で今しがた気絶したばかりのソ連兵に無造作にライフルの銃口を向け、その頭を吹き飛ばす。
この居住区画には人の気配が少ないのがわかる。
で、あるならばフルトン装置を安全に起動させるためにも。静かに、できるだけ敵は減らしておく必要があった。
かつて、ネイキッド・スネークで知られた男の最も得意とする潜入方法は、都市や構造物内といった人工のものへの侵入であった。それを可能としたのが、直観的に外観を見れば中の空間を想像でもかなり正確に把握するという認識力を持っていたからだと言われていた。
それはまだ、自分の中に残っていたらしい。
いつの間にかスネークは、ゆっくりと銃を突きつけられて進む捕虜たちを追い越し。その先の広い空間で彼等を待ち伏せるという、奇妙な逆転現象が起きていた。
壁にもたれかけ、時がすぎるのを待っている。こんな時、電子葉巻に手をのばしたくなるがこらえねばならない。
『ボス、さすがだな』
「……」
『奴等が来るな。どうやって助けるつもりだ?』
「……問題はない。すぐに終わる」
そう口にすると、あらかじめ床に並べていた4本の気絶するタイプの手榴弾を次々と壁の向こう側へと放り投げていった。
くぐもった悲鳴が上がるのを確認すると、あっさりと岩陰から飛び出していく。続いて低く抑えられた銃の発射音が断続的にすると、捕虜を担ぎ上げたスネークは全速力で居住区の奥へと駆け下りていった。
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「おい、起きろ。目を覚ませ、教えてくれ」
上の方の騒ぎは気付かれなかったのかどうかはわからないが、追手が来ないことを知ると運んでいた男を下ろして。目を回しているその横面を軽く叩きながら、質問をする。
英語、ロシア語、あわせて同じ言葉を繰り返しつつ。蜜蜂とつけられたミサイルランチャーの写真を見せて確認させた。
『その男!?』
無線の向こうでカズが驚く。
『本当に言葉が話せないのか……』
どうやらそうらしい。
こっちに気がつくと、蜜蜂の写真に反応して。居住区の奥の一箇所目を指さして見せた。
あそこにあるのか、スネークは捕虜に「ここにいろ」とだけ伝えると、指を刺された部屋の奥へと飛び込んでいく。
毒毛が抜かれるほどあっさりと、それはそこに投げ出されていて隠していたとはとても思えなかった。どうやらアリの巣状のこの地形で襲われることに恐怖して、ソ連兵達は、なかなか奥まで潜ろうとはしていなかったのだと推察した。
『そんなところにあったのか、蜜蜂(ハニー・ビー)。ボス、それを持ち帰ってくれ、ヘリとの合流地点を決めよう』
スネークが戻ると、口のきけない捕虜はその背中にあるミサイルを見て顔をほころばせていた。
「あったよ、教えてくれてありがとう。これから脱出するからな」
そう言いながら、男を担ぎあげる前に再びライフルとハンドガンの確認をした。どこまでが思い通りに進めるかは分からないが、せめて彼を回収するくらいまではこのまま静かであってほしいものだ。
だが、すでに死体はそこかしこで転がっている。それなのに気がつかず、今も不気味に静かな事の方が、スネークは驚きだった。