マザーベースの作戦室の中は、少し前までは絶望的な空気が流れていた。
見事な単独潜入からの、敵のいる最奥地での人質の救出。そして目的の回収と、相変わらず見事なビッグボスの一挙手一投足に歓声が上がっていたが。
それがあの骸骨部隊が再び現れたと聞けば、それだけで身体の血が引いて先ほどまでの歓喜は嘘のように静かになり。もはや伝説の英雄には、無残な死がのこされているだけではないかと震えを殺して見守っているしかなかった。。
オセロットの命令で戻ってこさせられた”ボスの部隊”の連中も、それを絶望の目で見ていた。
「馬だ」
先ほどから電子葉巻をとりだしたことで、半狂乱になって問うカズにオセロットは言った。
「ボスは馬を呼ぼうとしている。カメラを出せ!」
その声に反応して、スタッフはスマセ近くに投下して放ってある馬の背につけた小型の全方位カメラをスクリーンに映し出す。
馬は丁度、小走りにスマセ砦の中へと進んでいるところであった。
「コイツ、ちゃんとボスのところまで行くのか?あの霧の中を進んで」
「わからん。だが、この白馬はお前の救出作戦の際。ボスと共に骸骨共を振り切った経験がある。だから大丈夫だ」
自信はないくせにオセロットは断言して見せる。
「だが、その時の経験でこの霧を恐れていたらどうなる!?」
それならどうにもならない、内心でオセロットは呟くが、黙っていた。
あの馬に限らない。オセロットは「Vが目覚めた」というメッセージを受け取ると、アフガンゲリラたちから買い付けていた馬の兄弟達を、このダイヤモンド・ドッグズに回収させていた。
アフガンの厳しい大地を切り裂いて走る、これら汗血馬の力強さはソ連軍に身を置いていたオセロットは知っていた。
彼等は賢く、そして戦士の心を理解し、勇気がある。
DDもそうだが、動物は自分にとってのリーダーを本能的にさとるものだ。あの白馬もそれは同じはず。自分を呼ぶ相手の求めがあれば、そこが戦場であっても進むことにためらうはずはない。
オセロットのその考えは正しかった。あの不気味な霧の中に入ったが、馬はそのまま進んでいるらしく。その霧は一向に晴れそうにない。
「ボス!馬だ、外に馬が来ている!」
そこでハタと、オセロットがとんでもないことを自分が口走ってしまったことに気がついた。
ボスは今、ハミド隊が暮らしていた砦の居住区となっていた洞窟の奥側にいる。そして入り口には、あの異形の化け物たちが立ち並び通せんぼをしているのだ。
外にいる馬のところに行くということは、それはつまり――。
「ボス、まて!はやまるなっ」
オセロットが声を上げるのは遅かった。
まさしくその瞬間に、ビッグボスは隠れていた柱の影から飛び出すと。全速力で骸骨達の横をすり抜けようと試みる。
「ボス!」
==========
無線のむこうから聞こえてくる悲鳴のようなオセロットの声を無視して、スネークは走り出していた。
勝機は一瞬、できなければ骸骨達の弾はこの体を八つ裂きにしてしまうだろう。
そして入り口に立つ4つの影は、飛び出してくる獲物を正しく確認した。
『ボス!』
続く悲鳴と共に、洞窟内の空中に骸骨の男が瞬時に出現すると。その手には山刀がにぎられていて、飛びかかりざまそれをこちらに振り下ろそうとしてくる。
(エイハブ、CQCは力でやるものじゃない。心まで制するように、脅威を無力化させるんだ)
アフガンを初めて訪れた遺跡で、イメージの中で教えあったCQCは。それは自分が彼に教えたのか、彼が自分にそう教えてくれたのか。いつしかその人格を確固たるものいしていて、こちらを励ましていた。
こちらの頭部を狙って振り下ろされた山刀は、空を切り。
その手、その指にこちらの義手がそえられ、絡んでいくと骸骨の手から山刀を取りあげてその喉元に突き返して見せた。
相手は想定外の反撃を受けると。
ガクン、と力を失って腕と頭がだらりと落ち。わずかに体を支える足だけは、硬直したのか突っ張って立たせている。
トドメが必要とは考えなかった。
その横をすり抜けようとすると、そこに再び瞬時にあらわれた新たな骸骨が今度は普通に立ちんぼしていて、やはりその手には山刀が握られて振り下ろされようとしていた。
(馬鹿か、そんな大きなモーション。当たるものかよ、そうだろうエイハブ)
その通りだ、イシュメール。
今度は先ほどよりもさらに力を抜いて対処した。
尋常ではないスピードで振り下ろされる刃を、鋼の左腕で刃のない横腹の部分をちょいと押すようにして受け止めると。
そのがらあきの顔をめがけて左右のワンツーをリズミカルに繰り出し。ローキックでバランスを崩したところで、左の拳で殴り殺すつもりで全力で振り抜いた。
異形の骸骨は、殴られてこれ以上にないほど無様な姿で吹っ飛ぶと地面を転がり。動かなくなった。
==========
「「「「「なっ!!」」」」」
マザーベースでその瞬間を見た全員が、言葉を発しようとして出来ずに同じ発声をあげる現象を引き起こしていた。
ビッグボスは、伝説の傭兵。それはわかっていたはずだった。
だが、それでもあの骸骨たちは異様に過ぎて。ビッグボスでもついにその命運は尽きたと考えていたというのに。
あの目で追えない動きを見せる奴等が飛びかかってきたのに、その手にあった刃をそいつに突き刺すことでかえし。
続いて出てきた奴には、信じがたいことに普通に殴りつけて吹っ飛ばしてみせたのだ。
「す、凄ェ……」
ようやく誰かが、頭の悪い感想を口にする。
ビッグボスはスマセ砦の入り口から飛び出していく。
その後ろからはのこるスカルズの射撃があるが、左右に軽いフットワークをみせつけるビッグボスには一発も当たらない。
その間にも、ボスは霧の中に目を左右に泳がせたが、馬の方がさきにスネークを感じとったようだ。
こちらの走る音に反応したのか、後ろから回り込むようにして並走してきた気配を感じる。
手を伸ばせば、しっかりとそこにある大きな体に装着する鞍に手が置かれ。
次に足をかけると一息に全体重をかけて跨ってみせた。
「ハッ、ハァっ!!」
掛け声とともに、スマセ砦を後にする。
霧はどうやら砦を覆い隠していただけらしく、谷を抜けてもスカルズ達は追ってはこなかった。
それを確認するとマザーベースの作戦室から割れんばかりの歓声があがった。
=======
”彼女”はじっとその霧の中を、狙撃銃についているスコープを通して睨んでいた。
あの男が、あそこにいる。
その姿を確認した時は、必要ならすぐにでも銃爪を引けるように準備はされてあった。
霧の中からは先ほどから、ずっと複数のライフルが火を吹いている音だけが聞こえてくる。
スカルフェイス。
”彼女”の上司でもある髑髏の顔を持つ男が、ここに来たのは。ソ連軍がゲリラが米国から受け取ったとされる武器を押さえようとしている。そう聞いたから、わざわざここにスカルズと呼ばれる異形の兵士達を送り込むために来た。
証拠なんて、出るわけがないだろう?
スカルフェイスはそう言って、楽しそうに笑っていた。
ソ連軍がこの戦争から抜け出せないことを楽しんでいるようだった。だからだろうか、もしやと思ったのだ。
霧の奥から、馬のひと際大きないななき声が聞こえてきた。
崖の上で腰を落として待つ”彼女”は、どこからあらわれても狙い撃てるように準備する。男はすぐにあらわれた。
その体にまとわりつく霧を振り払い、獰猛に走る馬を手綱でコントロールしている。
片目の、角の生えた男。
伝説の戦士、英雄ビッグボス。
病室ではほとんど何もできずに、自分に首を絞められていた男が。そこではまるで別人の姿を見せていた。
怒涛のように猛りながら突き進む一頭と1人は、細い渓谷を抜け、トンネルをくぐり。夕焼けでまぶしい広い世界に、その姿をあっという間に消してしまう。
結局、”彼女”は一発も撃つことはなかった。
構えるのをやめ、体を起こす。
『なんだ、君。そんなところになんでいるのかな?』
無線から、スカルフェイスの粘着質な声が聞こえてくる。
『私は――君はてっきり、一発で彼との因縁に決着をつけるつもりで、そこにいると思っていたんだがね』
その言葉で、銃から弾倉を引きぬいて空にした。
『ふん、それではまた任務に戻りたまえ。慌てなくても、どうせもうすぐ君の前に奴は出てくるさ』
あの日、この男からこの狙撃銃を受け取って以降。”彼女”は組織に戻っていない。
ただこうして最低限の連絡をとっているだけだ。向こうもそれで構わないらしい。
”彼女”は男が十分にそこから距離とったことを確認すると、自分もそこから離れることにした。
大気が振動する、地面が揺れる、土や砂、砂利の類が噴き上がる。
全てが終わると、砦には霧もそこにいた骸骨も。そして”彼女”も消えていた。
==========
スネークが蜜蜂を背負った帰り道は、思った以上に苦労が待っていた。
ヘリの撃墜、そして砦からの連絡の途絶はやはり騒ぎになっていた。監視所は夜の帳が下りてくる中を目を光らせ。スネークは馬を下りて手綱を引いてかけ足でそれらの監視をかわさねばならなかった。
ヘリとの合流ポイントにも、巡回中だった兵士が居座り。接近しているヘリに丁度銃撃しているところに出くわした。
「こちらエイハブ、大丈夫か?」
『ボス、そのままお待ちを』
パイロットは涼しい声でそう返してくると、ヘリに装備された火器が火を吹いて着陸地点の地面をなぞっただけで問題は解決した。
あれが普通だ、スネークのように不意のミサイル一発でヘリのほうを撃墜するほうがどうかしているのだ。
「こちらピークォド。合流を確認、これよりマザーベースに帰還します」
馬をその場に残してヘリに乗る。
白馬はこの後、別の回収班の手でマザーベースにもどることになる。
「ボス。あなたに」
「俺だ、蜜蜂は無事に回収。お前の注文通り、未使用のままだ」
無線の向こうでカズが顔をしかめた気がする。
『ボス、今回も見事だった。それにしても、髑髏の部隊のことだが……』
どうやらこちらの方について話したかったようだ。
『速さ、跳躍力、とても人間とは思えん。それにあの異形は――』
「ソ連兵がやられていた、どういうことだ?」
『そして 奴等を操る髑髏の顔の男。そいつを運び去った巨人、連中は何者なんだ』
「カズ、ひとつ俺に心当たりがある」
『スネーク?』
「サイファーだ、間違いない」
ミラーの呼吸が止まった。いきなり復讐の大本命だと言われて、息をのみ込んだのだ。
「9年前、キューバの収容所で見た顔だ。間違いない、今回は近くで見た。奴がそうだ」
『奴らの目的はなんだったんだ。このアフガンで何をしようとしている!?』
「……」
『気になることが、もうひとつ』
「ハミド隊の全滅か」
『そうだ、勇猛果敢で知られているアフガンゲリラが。何の抵抗もしないまま全滅した。BC兵器が使われた痕跡もない』
カズとの再会は、同時にあの日の復讐戦への誓いでもある。
その相手がいきなり目の前にあらわれて、スネークもカズも困惑していた。
「だが……理由はどうあれ、奴等はここにいる」
『ああ、そうだ。新たな疑問も、ここで探せば真実に近づけるはずだ』
任務の終了にはいつもちょっとした満足感のようなものがあったが。今回についてはそれもなかった。
新たな、そして意外な展開で2人の復讐戦はそれほど遠い話でないことはわかった。ならばあとは追い続けるしかない。サイファーを、髑髏達を。
ヘリは夜の空を、マザーベースに向けて順調に飛行を続けていた。