真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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今日は遅くなってしまった。


忠を尽くす

 オセロットは頭を悩ませていた。

 ビッグボスが髑髏の部隊、スカルズへの見事な反撃からの逃亡に喜び沸くマザーベースの中で。ついにその不満を爆発しようとしている連中の相手をしなくてはならなかったからだ。

 それは”ボスの部隊”。

 

 カズヒラ・ミラーの求めでオセロットが訓練、選抜した高い技術を持った兵士達の名もなき部隊。

 まだ本人にも了承をとっていないので、極秘扱いで居たのだが。今回の任務での自分達の扱いに、プライドが傷つけられ。不満をこちらに直接ぶつけに来たのである。

 

 オセロットの前に起立する8名の男女。そのどれもが表情が硬い。

 

「今回のお前達の撤退については……俺はすでに説明をした。3回だ、3回もお前達に言って聞かせた」

 

 他の浮かれている連中と明らかに空気が違って、ここは張り詰めた緊張感が漂っている。

 

「それはお前達のミスではない。任務の特徴で、お前達が退却することこそリスクを減らせると判断した」

「あなた、自らでありますか!?」

「そうだキャット。俺が、俺とミラー副司令が決めたことだ」

「……」

「結果を見ても、それは正しかったと考えている。

 ビッグボスは見事に任務を終え、困った横槍も難なくかわして脱出してみせた。お前達がいたら、自分達があのスカルズを倒したとでもいうつもりなのか?」

「そう言うことをいっているのではありません!」

 

 こうやってまた、話しの焦点がぼやける。

 オセロットはいつまでも彼等の怒りの相手をしてやる気にはなれなかった。

 

「俺は命令してもいいんだぞ。お前達は納得しろ、と言ってな。どうする?それがいいのか?」

 

 これは一種の挑発だった。

 何の反応もなければ、この話はこの後。実際にオセロットが命令して終わることになる。

 隊員の1人、ハリアーと呼ばれている褐色の肌がまぶしいスーパーモデル並みの身長をもつ黒髪の女性隊員が怒りを秘めた声でよろしいでしょうか、と断りを入れてから口を開いた。

 

「それならそれで構いません。ですが、その時はぜひ。我々をビックボスにご紹介願いたいと思っています」

 

 オセロットは内心、溜息をついた。

 思った通りだ。彼等は怒っているのは任務のことじゃない。オセロットと、ミラーに対して怒っているんだということがはっきりした。

 

 カズヒラの発案で生まれたこの部隊は、その本当の役目とするところはボスの手助けにある。

 全盛時を取り戻せないビッグボスのために、彼が任務でまずいことになったとしても。その時はこの部隊がかけつけてビッグボスを救出する、これが当初からの想定された彼等の任務である。

 だが、こんなことをビッグボスにも。彼らにも素直には言えない。

 

 もし本当のことをいえば、彼等はそれの意味するところが。英雄だった男の伝説のための介護部隊だと考えるだろう。

 それは優れた技術を持ち、ビッグボスの熱烈なファンになっている彼らにはまさに侮辱以外のなにものでもないことくらいはミラーもオセロットも理解していた。

 なので、ゆくゆくはボスに彼等と一緒に任務についてもらおうと考えた部隊である、そこだけを彼らの前では口にしていた。

 

 後はボスに事情を話し、納得してもらい、認めてもらうつもりだった。

 そのタイミングがどうにも合わないのでこうして話はのびのびになってきている。

 

 オセロットは何とか彼等に引いてもらおうと、もう一度説明を繰り返し。つづいて彼等は介護部隊ではない、まさしくビッグボスと共に戦場に立ってもらうための部隊であり、君達を選んだのはそれにふさわしい技術を持っているからだと告げる。

 勿論それは今すぐではないけれど、将来的にはという意味では嘘は言っていない。

 

 それでなんとか、今回は乗り切れるとオセロットは考えていた。

 甘かった、大甘だった。

 

 

==========

 

 

 深夜を過ぎて、スネークはようやくのことマザーベースへと戻ってきた。

 ヘリの中で軽い睡眠をとったが、今回はさすがに疲れていた。しかし精神は奇妙に高揚していて、睡眠を短時間でもすっかり頭の中はしゃっきりとしている。

 

 最初に感じた違和感は、こんな時間のマザーベースが何やら騒がしいということだった。

 ヘリポートから降りると、いつもは誰かが待ち構えている迎えがおらず。プラットフォームで何やら騒がしくしていて、それを兵士達が取り巻いて喝采を上げているのを見た。

 

(なんだ?)

 

 騒ぎの中心では、見知らぬ2人の兵士が殴り合っている。

 どうやら喧嘩をしているのか、とも思ったが。そこに混ざろうとしたのか、それとも止めようとしたのかそれぞれに新しく男達がその腰にすがりついていくと。こんどはいきなり、それまで殴り合っていた2人が互いを補うように協力して、そいつらを叩きのめし始めた。

 

 そしてそいつらをはじき出すと、2人は再び向き合ってまた飽きもせずに殴り合いを始めるのである。

 

(おいおい、こんな真夜中にわざわざ喧嘩とは元気がいいな)

 

 とはいえ、ここは傭兵部隊。

 腕に覚えのある荒くれ者たちが集う場所だ。何か諍いが生まれれば、自然に喧嘩くらいはおこっても不思議はない。

 第一、子供じゃないのである。優しく間に割って入って「仲直りしなさい」などとやっても無駄だ。

 なにが原因かは知らないが、奇妙な事をやっているのだな、と。最初はスネークも皆の後ろから、その様子をあきれ顔でながめていた。

 

 が、にわかにその顔が歪む。

 

「来いよ!殴って来い、どうしたっ」

 

 興奮して熱くなったのか、胸板を叩いて片方は挑発していた。

 された方は悔しかったのだろうか、挑発する相手を突き飛ばすと、いきなりビッグブーツで靴底を顔面に叩きこむ。

 たまらずひっくり返った相手と、このまま殴り合いを続けるのはらちが明かないと思ったのか。ナイフを取り出すと、これ見よがしに皆に見えるようにそれを掲げる。

 コイツで今から仕留めてやる、そういっていた。

 

 スネークの動きは迅速だった。

 

 前に立っている男達の間を素早くすり抜けると、逆手に持ち替えてナイフを振り上げる兵士に飛びつき、立ち上がりかけている喧嘩相手に向けて突き飛ばし。ぶつかって戻ってきたところに、手首を決めて綺麗にブン投げてコンクリートの上に転がせた。

 

「この野郎っ」

 

 怒りは人にいとも簡単に伝播する。

 刃物を先に取り出して襲ってきたことだけを理解した相手が、今度は自分もナイフを抜いて飛びかかっていこうとしていた。

 そして誰がそれを直前で阻止していたのか、頭に血が上ってしまって確認することを忘れていた。

 

 構える前に、その腕が強くつかまれたことで兵士はようやく正気に返る。

 それは任務から帰還したばかりの、背中にまだ蜜蜂を背負ったままのビッグボスだった。

 周りもようやくそのことに気がつき、騒ぎはサッと鎮まる。

 

 だが、ビッグボスはナイフを握る兵士の手を握ったまま微動だにしない。

 血の気を失った相手は、慌ててボスから離れようと、ナイフを捨てようとしたが。今度はそれをスネークは許さなかった。

 

「ボ、ボスッ!?」

「仲間にナイフを向けるな、オセロットはそうお前達に教えたはずだ」

 

 手首を握られているだけなのに、体の自由が利かない。せめて逆手に握ったナイフだけは、このままボスには刃先を向けることだけはやめようとしたのに。

 その掌をボスの温かい右手が包み込むこむことで、動くことを許さない。

 

「お、お願いです。どうか、どうかっ」

「良く見ていろ」

 

 うわずった声で許しを乞う若い兵士に、低い声でそう告げるとボスの手に力が込められる。老人とは思えない力だった。

 

「俺達は、家族だ」

 

 ボスの身体に嫌がる兵士の握ったナイフがしずかに突き刺さる。

 ビッグボスのその行動と言葉に、見ていた者たち全員の毒気を抜いてしまった。

 

「何をしている、下がれ!!」

 

 彼等を咎めたのはオセロットであった。

 すぐに騒いでいた兵士達はその場を立ち去りはじめ、喧嘩をしていた問題児2人だけがその場に残る。

 

(馬鹿騒ぎは終わったか)

 

 ビッグボスは大きく息を吐くと、オセロットに向き合う。

 オセロットの方は、任務から帰還したばかりのスネークが。今度は部下のナイフをその体に刺しているさまを見て、なんとも複雑そうな表情をしている。

 

 自分で開けた傷口の痛みが不快で、ナイフを抜こうとすると。

 オセロットがそれを制して、彼の手がナイフの柄に伸びてきた。

 

「そっと頼む」

 

 それも低い声だった。

 結果的にかっこつけてしまったが、やはり痛いものは痛い。体に穴を自分で開けてしまったのだ。この一件を聞いたら、ミラーやドクターは次の出撃の設定を遅らせようとするだろう。

 

「もちろん」

 

 オセロットは口ではそう言ったが。

 刺さったナイフを一気に抜き去ったので、やはりほどほどには痛みが身体の中を一瞬だが貫いた。

 

「スネーク、あまり無茶はするな」

 

 オセロットは任務から帰還したばかりのビッグボスのやりように苦言を漏らす。

 

 

 この騒ぎの決着をつけなくてはならなかった。

 先ほどまで憎み合うように殴り合っていた2人も、今では仲良く顔色を悪くして並んで立っている。

 オセロットは2人の顔を見て、涼しい顔とは別に内心ではイラッとしていた。彼等はさきほどオセロット自身にかみついてきた”ボスの部隊”のメンバーだったからだ。

 

 あれほど時期を待て、と説得したのに。不満を爆発させたのか、くだらない喧嘩をして、ビッグボスの前で騒ぐほどに愚か者たちだとはわからなかった。

 喧嘩の理由など興味がないし。おかしなことをボスに言い始められても困る。まったく、こいつらは……。

 

「オセロット、士気が低いのか」

 

 ボスは切り替えが早い。

 彼等の様子から、何が原因かを探っている。

 

「いいや、そうじゃない、こいつらは……あんたの役に立ちたいんだ。すぐにでもな」

 

 不満があるが、今回はこいつらに寄り添った方が都合がいい。

 今のボスに彼等と彼等の任務をしられるのはマズイ。

 

「さっきミラーとも話したんだが、ダイアモンド・ドッグズは急拡大を始めている。今の諜報班からわけて戦闘班を新たに設立するという案が出ているが。詳しいことはまた明日でいいだろう」

「そうか、そうだな。流石に今日は眠らせてもらおうか」

「ボス、駄目だ。あんたはこれからドクターのところへ行ってもらう」

 

 大きくため息をつくビッグボスだったが、オセロットはこの隙にと前に立つ2人に処罰をさっさと告げようとする。

 

「お前達、罰として1週間の営巣入り。そのあとは日中を1カ月の甲板掃除……」

「いいや。ちょっと待て、オセロット」

 

 ビッグボスは自分の血の付いたナイフの汚れを服にこすりつけて落としながら、2人に別の刑罰を言い渡した。

 

「お前達は元気が有り余っているようだ。血の気も多いようだしな」

 

 言われてた方は目が泳ぎまくっている。

 それを楽しそうに見たボスは、ナイフを持ち主に差し出すと

 

「なら、同じ血で、払って貰おうか。お前達、明日から俺のCQCの訓練相手になってもらう。みっちりとしこんでやるから、楽しみにしていろ」

 

 ナイフを受け取って元に戻すと、2人は息を合わせたかのようにぴったりと同じタイミングでボスとオセロットに敬礼する。

 

「感謝はいらん。だが、泣き言は許さん。時間は伝える、ちゃんと揃ってくるんだぞ」

 

 そういってビッグボスはここに戻ってきて初めて、その顔に笑みを浮かべた。 

 

 

 カズはそんな4人の姿を、プラントの上の階から見ていた。

 オセロットには、部隊の士気が低下し。彼らは目標を見失い始めていると警告を受けた。

 だからといって部隊は解散させるわけにはいかなかったし、ボスにも説明することはできなかった。

 

――あんたはボスに言えるのか。ビッグボスはただの老人だ。もう衰えたんだよ、と。

 

 いつまでも先延ばしには出来ない問題だ。

 だが、それでも今は時間が欲しい。

 

 ビッグボスの帰還からまだ半年をたたないというのに、カズヒラ・ミラーの興したこのダイアモンド・ドッグズは凄まじいスピードで成長を始めていた。

 

 思い返すと、その勢いはMSFの頃とは比べ物にならないものがある。

 それだけこの業界に広がっているビッグボスへの信仰は強いということなのだろう。最近では、かつてMSFに在籍していたが。ボスがいなくなると戻る気はないと答えた連中から声が掛けられることも多い。

 

 この先、元MSFメンバー達にも本格的に声をかけるとなると、この勢いはさらに強くなることは間違いない。

 だからこそボスを失うような事態をカズはとても恐れているのだ。 




(設定)
・ハリアー
アメリカ生まれの黒髪のドイツ系美人。本名不明。
有色人種の血が入っている、狙撃兵。

情熱的ながら、飽き性なところもあり。口数は少ない方。
本編では使わなかったが、彼女はボスのところに来たのは少し特殊な事情から。
軍から追い出され、犯罪者の世界にいた時にビッグボスの復活を知る。傭兵でも、再び兵士に戻れるならばとやってきた元殺し屋。

オリジナルキャラクター。

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