またも湧き上がる周囲の歓声を、カズはいつしか遠くのもののように感じていた。
そしていつしか自分の手が、杖を握るそれが震えていることに気がついた。感動していた、興奮していた、武者震いもしていたかもしれない。
(ボス、ボスっ!あんたなんて奴なんだ!)
やはりあの男は最高で最強だった。
こんな感情を戦場で感じたのはいつ以来であっただろうか?
忘れもしない、あの10年前。南米、コスタリカでMSFがまだまだその戦力がとるに足りないほどの存在だった時。
ビッグボスは平然とした顔でやってのけたのではなかったか?
思えばあの時のMSFも今のダイアモンド・ドッグズのように停滞感が生まれていて。危機感を持っていたように思える。
と、するならばダイアモンド・ドッグズにも今、ただよっているこの停滞感もブレイクスルーしたということではないだろうか?失った夢よ、再び我が手に!
「ソ連軍の戦力を、ダイアモンド・ドッグズに!」
思わず口にした言葉に、自分で驚いて誰かに今の姿を見られたのではないかと確かめた。だが、彼等もそれどころではない。
ソ連軍の戦闘車両が現れた先からスネークによって回収されていくのを、楽しげに見守っている。
とはいえ作戦終了まで、この時点で残り時間は1分を切っていた……。
終了の宣言と同時に最後の車両にとりつけられたプルトン回収装置が作動し、車両が天に向かって落ちていくのをスネークは無言のまま見送った。
『ボス、そいつで最後だ。任務完了、ホットゾーンから離脱を……んん?」
スネークは直前に奪取して放っておいたトラックに近寄ると、その荷台に昇って荷物をひっくり返しはじめていく。なにをしているのだろうか?
『ボス、緊急事態だ』
「どうした?カズ」
『諜報班より、作戦区域に向けてソ連軍の新たな戦車とヘリが向かってきているらしい。どうやらボス、あんたがやりすぎたせいで。奴等を怒らせてしまったのかもしれん』
「そうか」
返事をしならも作業は止めない。
ふと、怪しげな木箱を見つけて。ショットガンの銃床でそれを破壊していく。中にあるのを引っ張り出してみると、思わずスネークは笑みを浮かべる。
なるほどイシュメール、捜せとあんたが言ったのはこう言うことなのかな?
それはどうやらソ連軍の試作ロケットランチャーであるらしいことがわかった。結局は使わなかったが、みたところその仕様はあの蜜蜂にどことなく近い。
兵器競争の常というべきか、前提する条件が似通うと。出来上がるものにそうそう大きな違いは出てこない。
米国がソ連製の攻撃ヘリを狙い撃ちする兵器を作れば、ソ連は逆に米国製の攻撃ヘリを狙い撃つ兵器を開発する。冷戦の構図が生み出した、皮肉なおいかけっこの図式だ。
スネークは手を伸ばす。
馬と共にミサイルがなくて困っていたところだ、丁度いい。
その耳には、早くも一直線にこちらに向かって低空を飛んでくるヘリのローター音を捕えていた。
「カズ、ヘリが近いな?」
『そうだ、ボス。奴に見つかるんじゃない。蜂の巣にされるぞ』
「そんな心配はいらない。それよりお前には聞きたいことがある」
トラックを降りると、丘の上を目指して歩きながらソ連製のミサイルランチャーを肩に担いで空に向ける。
『ん、なんだ?スネーク』
「説明は戻ってから聞こう。俺が知りたいのは1つだ」
『ああ』
攻撃ヘリがその雄姿を見せると、ターゲットを素早くロックする警告音を発する。
おや、米国製よりもこっちが優秀だな。
銃爪をひくと砲身から飛び出した弾頭はヘリの手前で複数に分裂するとその全てがヘリの前面部分に向かって殺到していった。威力の方も、申し分ないようだ。
「任務開始から俺の尻を追っかけ回している連中がいるな?そいつらはなんなんだ?」
『ボ、ボス!?』
「今は言い訳はいい。合流ポイントを設定するから、全員をそこに集めさせておけ」
火を吹いて地上へ墜落していくヘリを横目に、スネークはその場を離れていく。
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(ついにボスに気づかれたか。いや、当然か。時間の問題だった)
直前まであきらかに喜びと興奮でおかしくなっていたカズヒラが、今では見るも無残に蒼白になっているのをみてオセロットは珍しく気の毒に思っていた。
”ビッグボスの部隊”は今回も本人には内緒で出動させていた。
なんなら手伝わせようというもくろみでもあったのだろうが、結果からいえばそんな必要はまったくなかったことになる。
だがそのかわりに内緒にしておきたかった本人に。オセロットが先日危惧していたとおり、ついにその存在を悟られてしまったのだ。
(危険かもしれんな)
ボスがどう出るのか、オセロットにも良く分からなかった。
だが、これは間違いなく最悪の事態で。カズヒラとボスの間に亀裂を生む可能性をもっていた。
10分後、最初の車両を襲撃した橋の欄干に、スネークはどっかりと腰をおろして待っていた。
冷静になろうとしたのだろうか、まだこの近くでは彼を探して血眼になっている戦車達が走り回っていると言うのに周囲が夜の暗闇なのをいいことに電子葉巻など咥えてプカプカ煙を吐いている。
迷彩服を着た兵士達が静かにあらわれると、彼等が敬愛するビッグボスの前に並んで姿勢をただした。
総勢で8名、それが分担してスネークの後を今夜は追いまわしていたことは知っていた。
それはいまいましさと怒りだったと思うが、緊張して並ぶ彼らを前にするとすぐにしぼんでどこかに消えてしまった。イシュメールの謎かけを自分は探すつもりだったが、こいつらは勝手に自分達からこっちへ寄ってきてしまったのだ。
なぜかこの状況を、そう思えてきた。
「お前等の顔は、今は見たくない。正直な」
出来るだけ平静を保つように、低い声のままそう言ったが。やはり緊張させてしまったようだ。
空気がさっと冷たさを増した気がした。
「だからといって、俺の後ろをウロチョロされるのはもっと我慢ならん。お前達も戦場まで来て、ただ俺を見学して帰るだけではつまらんだろう。地図はあるな?出せ」
そう言うと自分の情報端末をとりだした。
「オセロット、例の捕虜の情報はこれで全部か?」
『そうだ、ボス。2名は捕えられたままだが。ソ連軍はあんたのせいでおきている混乱から、逃げた捕虜達をまだ一人もみつけてはいないようだ』、
「これから俺を探している戦車と、その捕虜の面倒を見る。こいつらも使うぞ」
『了解だ、ボス』
いつの間にか自分の隣にイシュメールが無言で座っていた。
彼も黙って、並んでいる連中をあの目で見つめている。探すのはこれじゃなかったのだろうか。
彼に聞きたがったが、それは今じゃなくていい。
「チームを2つにわける。片方は5人、これで逃走した捕虜たちを無事に回収しろ。
彼らはきっと弱っているはずだから、発見が遅れるのは危険だ。あと見つけても、驚かすんじゃないぞ。回収しようにも、パニックをおこされて騒がれると面倒なことになるからな。
では、手掛かりはオセロットが知っている、必要だと思ったら彼に聞け。
3人は俺と来い。
戦車は俺一人で対処するが、まだ捕らわれている2名を救出する」
喜びを噛み殺した「了解」の返事が一斉に返ってくる。
ふと、スネークは目の前に立つ兵士が女性で、誰なのかがわかってしまった。
「ふん、お前もいたのか。フラミンゴ」
「はい、ボス。光栄であります」
「今日は見たところ、ショットガンを持っているな?」
確かに、フラミンゴの手にはポンプ式のショットガンが下げられていた。
「お前は俺と来い」
「ありがとうございますっ」
「だが忘れるなよ、オセロットもいっていた」
「?」
「そいつを撃つ時の癖だ。ちゃんと直しているだろうな?俺の背中を撃ったら、承知せんぞ」
そういうとスネークはにやりと笑う。
彼等もようやく笑顔が漏れて、張り詰めた空気がゆるんでみせた。
時間はたち、騒がしかった夜が終われば朝が来る。
午前6時、結局一晩がかりの大仕事になってしまったな。
何もない砂漠の上に立って、スネークは周囲を油断なく見回しながらそう思った。
『こちらピークォド。合流地点まであと2分』
遠くの空に味方の機影が見え始める。
スネークは後ろを振り向くと合図を送る。
すると岩陰からぞろぞろと兵士が現れ、一列に並ぶと大蛇のようなスネークウォークで彼等のビッグボスの元に向かってくる。
捕虜6名、全員を救出。ビックボスは”彼の部隊”とともにマザーベースへと帰還を果たした。
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マザーベースにスネークが帰還したと聞いて、カズはすぐにビッグボスの元へと急いだ。
いつもと違い、司令部の上部ヘリポートに着陸したと聞いたので、まだ怒っているのだとわかった。
実際、ボスはヘリポートの縁に立って、ダイアモンド・ドッグズのプラントを見下ろしていた。その背中はカズが近づいても、決して振り向こうとはしないので表情はわからない。
「ボス」
「カズか?」
「ああ――任務に加え。捕虜6名、全員の救出、ご苦労だったな」
「まぁな、結局一晩かかってしまったが」
ゴクリ、とつばを飲み込んだ。もう、これ以上の時間はかけられなかった。
「ボス、まず説明させてほしい」
「……」
「あんたが怒っているということはわかっている。黙っていて悪かったとも思う。だが、俺にも理由があったんだ。それをできれば冷静に聞いてほしい」
「カズ、話せ」
そこでカズはできるだけ客観的に、合理的な見地からボスには優秀な部下をつける必要があると判断した経緯。そしてそれをオセロットに依頼し、信頼にたる部下を選抜。
彼等はこれまでもその役目を立派に果たしていたし、これからもやれることがあるはずだと説いた。
カズヒラ・ミラーにとって危険な瞬間であった。
ここでビッグボスの信頼を失えば、彼自身の復讐が終わりかねなかった。
カズが全てを話し終えて、祈るような気持ちでじっとボスの返事を待つ。
しばし考え込んでいたボスは、唐突に口を開いた。
「男5人、女3人か。数が多すぎないか?」
「あんたがそう思うなら、彼等をさらにふるいにかけてもらっていいと思っている」
「つまり、俺が好きにしていい連中。そう考えていいんだな?」
「そうだ。あいつらはあんたの相棒に、あんたに使って貰うための連中だ」
「俺に相棒はいらない」
「なら、あんたの直属の部下としてくれ。とにかくあんたのために用意したんだ、あんたに使ってほしい」
「フン」
鼻で笑うとボスはようやくカズの顔を見た。
その目は真剣だったが、怒ってはいないようだった。
「名前と出身は?」
「男3人はここの出身だ。名前はヴェイン、ラム、クラブ。あとドイツ人のゴート、最後に香港生まれのイギリス人、キャット」
「女は?」
「フラミンゴは知っているな?あとはハリアーとワスプ。彼女達は皆、ヨーロッパ出身だ。経歴は調べてある」
「なるほど」
それだけ言い残すと、スネークはその場から立ち去って行った。
ようやく、カズは息を吐いた気になった。なにもかもが凍りついてしまうかと思った。
「首の皮1枚でつながった。そんな感じだな」
「――オセロットか」
「おめでとう、カズヒラ。ボスは許してくれるらしい」
「ああ……だが2度目はないだろうな」
「それは間違いない。お互い、気をつけよう」
そう言うと二人並んで、少しの間。青く澄み渡るマザーベースから見える空を見上げていた。
「例のメッセージがまた届いたぞ」
「――っ!?いつだ?」
「さっきだ。まるでこっちが一仕事終わったのを計ったように送ってきた、もう間違いないだろうな」
「ヒューイめ……」
「電文はいつもの通り。仲間に頼みたい、自分は捕らわれている。亡命を希望する」
オセロットの淡々とした口調と違い。
カズの口から出た名前には、はっきりとした憎悪が込められている。
「これ以上、放っておくわけにもいくまい。カズヒラ、そろそろどうだ?」
「ああ、わかっている」
危ないこともあったが、ダイアモンド・ドッグズはまだ生きている。
次の目標が必要な時ではあった。
「ボスには数日中に、亡命とやらを希望するヒューイの救出作戦を進言することになるだろう」
「厳しい戦いになる。奴の言葉を信じるなら、ヒューイはサイファーにとらえられている」
「それは俺も、ボスも望むところだ。これが俺達の髑髏共への最初の反撃となるはずだ」
朝夕2回投稿は本日が最後になります。
明日からは夜更新、時々休憩が入るようになります。
それではまた。