真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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メタルギア (2)

『ボス、聞こえるか?』

「……」

 

 いつものように無言を返すが、オセロットはそれに構わずに話しを続ける。

 意外な事実が彼の口から聞かされようとしていた。

 

『洞窟に消えた巨大兵器、あれはクレムリンの最高機密……噂は本当だったのか?』

 

 どうやらこれはスネークと個人にだけ伝わる回線にしているらしい。

 

『あのエメリッヒ博士、あんなものにかかわっていたなんて……』

「メタルギア、あれは元々はこの国の技術だった」

『それにあのスカルフェイス。蜜蜂やスカルズ、ずっと引っかかっていた。わかったぞ、ボス』

「?」

『あれは、サイファーの実働部隊XOFの指揮官だった男だ。だとすると9年前のMSFを壊滅の首謀者、だがゼロとはすでに関係は切れていたはず』

「一気に出てきたな」

『ボス、この件は少し調べてみる。今はあんたは任務に集中してくれ』

「そうしよう――」

 

 DDと共に小走りで夜のアフガニスタンの谷を進み続ける。

 時折慌てたトラックやジープを見かけたが、彼らは道端の岩陰に隠れてやり過ごす。

 ダイアモンド・ドッグズの諜報班の仕掛けで、発電所の連絡が取れなくなったと慌てているいくつもの監視所を遠目で軽く偵察しつつ、進んでいく。

 

 数時間、北部山脈では大型発電所の騒ぎで一杯になったが、そこを襲った奴等の情報はそこではついに明らかにはされなかった。

 そして朝日が地平線に姿を見せようとする頃、ようやく先行していたメンバーからスカルフェイスがベースキャンプと口にした場所を報告してきた。

 情報端末、iDroidで確認すると。それは約3時間ほどさらに北の山脈に分け入ったところにあるらしい。

 

 

==========

 

 

 そもそもカズヒラ・ミラーがアフガニスタンにダイアモンド・ドッグズを活動場所と定めたのには理由がある。

 ヒューイだ。

 9年前、あのMSF壊滅を成し遂げた、優秀な裏切り者。

 その姿を追った結果が、わずかに聞こえてくる情報を分析してここへといたった。とはいえ、こうしてある程度の事情がわかると、クレムリンが秘密にしたがる兵器の開発者になっていたとは思いもしなかった真実だった。

 

『サイファーのベースキャンプだ、間違いない』

 

 ついにそいつの襟首を掴めると思うと暗い喜びが騒ぎだすらしく。カズの声は再び冷静さに欠けていた。

 

『――確認は出来なかったが、確かにそこはスカルフェイスの使っていたベースキャンプらしい。本人はそこへ到着すると同時に、ヘリで何処かへ立ち去っている。先行した部隊がそれを撮影した。

 だが、エメリッヒはまだそこにいるはずだ。基地の奥に見えるのは研究棟、そのどれかにいると思う』

 

 浮つきだしたカズの声に苦い思いを持ってるのか、オセロットもかなり神経質になっている。

 

 ベースキャンプを見下ろす丘の上に、となりにDDを置いてスネークは基地の中を偵察していた。。

 太陽はもう、だいぶ昇ってしまっている。発電所の騒ぎはここまで来ていないのか、人の動きは穏やかでいて静かそのものであった。

 日中の潜入、それはたしかに難しいことではあるけれど大胆さと繊細さを駆使して初めて可能となる。

 膝立ちのままで、自分の斜め後方に控えているスクワッドに声をかける。

 

「お前達はどう思う?」

 

 彼等の言葉をまとめるとこんな感じ。

 なにか不自然なほどに静かで罠臭い、人影が少ない。出入り口は2か所あるが、奥から出るとそのままもっと北部山脈にわけいってしまう。見たところ壊れた建物を修復して使ってるようだ。複雑な構造物はなさそう。兵器類が置かれているが、整備状況が気になる。

 

 皆がそれぞれに良いところに目をつけている。スネークが気になったのは、アレだった。

 

「オセロット、あれがわかるか?」

『――ウォーカーギアのようだな』

 

 巡回兵にまざり、機械におぶさる様な奇妙な姿勢で操縦しているのがここからでもよく見えた。

 

『聞いたことはある、あれは試作機だろう。見た目はアレだが、性能は高いと聞いている。機敏に動き、それなりの武装も可能、繊細な作業もできるとか。

 ただ、最終目的が無人機として運用したいという思惑があるらしい。今はそれを有人機とすることで足りないAIの部分をカバーしようということなんだろう』

「AIに判断はできない、それは9年前。ピースウォーカーから教えられたことだ。あれだけの事件があっても、まだそんなことが分からない奴がいるとはな」

『彼等が正しく情報を理解することはない。報告書(レポート)というまとめられた文章を自分が理解できる形でしか情報を受け取らないからだ。人は思っている以上に、言葉を理解できない』

『ボス、それでどうする?ヒューイのことだ!』

 

 カズが苛立っている。

 だが、この時にはすでにスネークはやることを決めていた。部隊を呼び寄せ、簡単な打ち合わせを始める。

 

「スクワッド、良く聞け。

 これよりエメリッヒ博士をこのベースキャンプから救出、つまり回収を開始する。

 すでに色々と余計な情報が出てきているが、何よりも重要なのは。彼はダイアモンド・ドッグズの前身であるMSFが壊滅した事件の情報と容疑がかかった重要人物。

 つまりなんとしても生かしてとらえないといけないし、マザーベースに連れ帰ってしゃべらせないといけない。俺達が前半を完璧に行う。後半は無線の向こうにいる奴等が面倒をみる。

 

 細かな事はこの後で個別に話すが。まず最初に全員で侵入してそこから2人一組でパージしていく。最終的には脱出のタイミングで施設の電源を落とし、あそこで動いているウォーカーギアをサンプル用に確保、全員で脱出だ。

 あと、最悪は北側の出口の先にいくこともあるが。その時は覚悟しろよ、マザーベースからのお迎えは数日は先の話になる」

 

 彼等にとってそれは望んでいる戦いだった。

 

 

 スネークフォーメーション、かつてMSF時代にはそう呼んで部下と共に大蛇のごとく列をなして戦場を切り裂いたものだったが。それが9年の時をこえてこのアフガニスタンでもやることになるとは思わなかった。

 しかしこの蛇はすぐにその大きな体を小さくしていくことになる。

 長く大きな列から離れると、2人だけのチームは小さなヘビとなって毒を抱えてこの場所の影に潜り込んでいくのだ。

 

 

 マザーベースの作戦室には5つの蛇からの連絡で、次々とベースキャンプの内情が明らかになってきた。

 

「ヘリポートを始め、設置されている兵器類は封印されているだと。どこかに移送するつもりなのか?」

「捕らわれている捕虜が、テントに放り込まれている?救出のタイミングを待て」

「実際に使われている研究棟は2カ所。片方をスネーク、もう片方はスクワッドリーダー、ゴートが向かう」

「支援班に迎えのヘリの準備を始めさせろ。退却が始まったら、ぐずぐずはしていられないぞ!ここに仲間を置いていくつもりか?」

 

 順調に作戦は進んではいる。

 だが、それにしてもまるでこちらのことを気にしていないベースキャンプの隙の多さには不自然さしかなくて嫌な予感があった。

 奴等にとってエメリッヒは重要な科学者のはずではないのか?

 

 スネークは研究棟のひとつに接近すると、巡回する兵の目を盗んでそこの小さな入口へと近寄っていく。

 ここの1つ前にある研究棟にはゴートとラムが先に潜入している。むこうにヒューイがいるといいが、結果はまだ出ていない以上。自分もここを探さないといけない。

 電子錠は見回りがいるからなのだろうが、常に開閉が可能となっていて人の出入りを制限していないようだった。

 

「DD、見ろ」

 

 そう言ってDDに視線を上げろと指示すると、自分の指をクルクルと回して合図する。

 指示を理解したのか、DDはスネークの元を離れて基地の紛れ込んできた犬のように草花のなかをトボトボと歩きだす。芸達者な奴だ、本当に迷い犬にしかみえない。

 

 建物内へはそのまますんなりと入れた。

 やはり監視の目が緩い、緩すぎる。

 スネークはそれまで構えていたカービンライフルを背中にまわすと、腰のハンドガンを抜いて警戒しながら進む。

 

『スネーク?』

 

 驚いた、心臓が止まるかと思った。

 亡霊ではない、ザ・ボスの声だったが。本人ではなかった。

 懐かしいピースウォーカー、それに搭載されていたAIポッドがそこにあった。

 

『あなたじゃないのね……』

 

 何を言っている?

 

「それはただの機械だよ」

 

 そこにはあの頃とは変わらない気弱さで媚びたような表情をした男がいた。気さくに、それでも多少の恥ずかしさをもった旧友に向ける人懐っこい男の顔があった。

 ビッグボスがアウターヘブンへ招待した科学者、しかし彼には裏切りの容疑が掛かっている。

 

 まともじゃないのはカズだけかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 スネークの脳裏が、たった一つ残った目から炎が噴き出した。それはみるみるうちに全身の肌を焼き尽くすと、その下にある鉄くずに人骨を含めた108の破片が埋まった肉からせり出し、その痛みと苦痛から形相は自然と鬼のごとく憎悪に歪む。

 

 チコは、少年は大人達に心も、体も弄ばれた。

 パスは裏切り者として、屈辱と苦痛、凌辱に耐えていた。

 MSFは仲間の言葉とすすめに従って、核査察を受け入れた。

 それでどうなった?

 

――やつら、僕達のことを平和の守護者か何かと思ってかえっていくよ

 

 爆破され、海中に引きずり込まれていくMSFがあった。

 暗い海に身を躍らせるパスがいた。

 あそこには多くの部下が、仲間達がいた。国籍は関係なく、皆が兵士だったのに。

 

『――お前のボスはわたしではない』

 

 AIが再び呟きだした。

 憎悪と共に燃える炎が静止して、一瞬で凍結したかに思えた。

 

『過去を引きずると死ぬことになる』

「スネーク?」

 

 ヒューイは思わず名前を口にしていた。

 目の前の男の顔が、脳裏に刻まれている知った顔が別人のような気が一瞬したからだ。

 それは無理もないだろう。微妙な表情を浮かべたビッグボスが、突然にして彼の前で無表情になったのだから。感情の遮断、それは潜入工作員として当然のように備えておかなくてはならない能力。

 しかし人はいくら能力があると言っても、完璧にそれをなしとげることは難しい。ネイキッド・スネークと呼ばれた時代。ビッグボスは自身の師と対決して、心を引き裂かれる思いでそれを実行した。

 

 ヒューイに対しても、それが出来ない理由はなかった。

 

「エメリッヒ、博士」

「スネーク――君か?」

 

 無言の返事のかわりにスネークはヒューイの頭に真っ黒な麻の布袋をかぶせた。そして暴れないように、スカルフェイスがやってみせたように腰にへばりつくヒューイの今の脚のワイヤーを無情にも切っておく。

 「どうして、放してくれ」とヒューイもスネークのこのやり方にはなぜか驚いたようだったが、また自分の脚があの使い物にならない状態になってしまったとわかると騒ぎ始める。

 

「降ろしてくれ!僕の脚を返せ!」

「エメリッヒ博士、確保。スクワッド、スケジュールを進めるぞ」

 

 耳元では我慢できない様子のカズと、ヒューイが9年前のことをグチャグチャ言い始めていたが。スネークはそれら一切から無視した。

 

『待て、ボス。そこにもウォーカーギアがあるな、使ってみたらどうだ?』

『おい!そんなオモチャを使う必要はない!』

『そいつは動きも早いし、エメリッヒを抱えて走るくらいなら使う方がいい。スクワッドもせっかく回収したんだ、使い方は知っておきたくはないか?』

『……作ったのがヘボ科学者だぞ、決めるのはボスだ』

 

 どうやら有人で扱いやすいようにと、起動する作業以外は理解しやすい操作法であることがすぐにわかったので、操縦席にしがみつこうとする博士をそこから引き剥がすと、自分でそれを動かしてみた。ヒューイの体はアームひとつで軽々と持ち上げることができた。

 研究棟を出ると、待っていたというように野良犬のフリをしていたDDが側につく。

 

「僕はソ連のために2足歩行兵器を作っていた。本格実戦投入はまだだけど」

 

 ずっと騒いでいたヒューイの話が現代まで追いついたらしい。

 

「ここで機動データをとっていた。ウォーカーギアで白兵戦は格段に有利になる。完成すれば、あれが加わることで……」

『サイファーはソ連のために開発を?なんのためにそんなことを』

「この戦いは終わる。冷戦の終結、終末時計の針は動かない。だが、ソ連の勝利だ」

 

 ビッグボスの部隊はこの間も粛々と役割を果たしていた。

 ベースキャンプの電気制御盤を穴だらけにして使えなくし、ウォーカーギアの後ろから襲って機械を回収。捕虜は救出してプルトン回収を行い、ようやく異変に気がついた基地の兵士達がサイレンを聞く頃。

 順調に任務をこなした1列の大蛇となった兵士達が、入ってきた門の外へと近づいていた。

 

 

『よし!任務完了、ヘリを回したぞ』

『こちらピークォド。正面玄関前に緊急接近します、お急ぎを!』

 

 その言葉通り、作動する対空レーダーに捕らわれないようにと渓谷の一本道の上をギリギリの高さで低空ですすんできたピークォドの粘りと神業的な飛行技術によって、正面玄関前で大蛇と合流するかに思われた。

 

 が、ここで信じられないことがおこった。

 

 ベースキャンプ内で鳴り響くサイレン、そして徐々に出口へと向かう一列の大蛇とその先で丁度到着したヘリが一機。

 雲ひとつない澄んだ青空から一点輝くと、重力に引かれた超重量のなにかが地上へと落下してきたのだ!

 大地はえぐられなかったが、大地に作られたヒビから砂が巻き上がって落下物の体を隠していた。

 

 スネークは丁度ウォーカーギアを降りて、ヒューイを背中に担ぎあげ。ヘリの中へ放り込む用意をしているところだった。

 ヒューイを背負ったことで地響きによろけても、踏ん張ることが出来た。しかし、スクワッドはそうはいかなくて地面の上を無様に転がる。

 

 巻き上がる砂の中になぜかスネークはあのマスクの少年の姿を見た気がした。

 

「サヘラントロプス!?」

 

 ヒューイの声で正気に返る。ダイアモンド・ドッグズとそのヘリの前に鋼の巨人が立っていた。

 

「バカな、動くはずがない。どうして!?」

 

 生みの親の疑問には答えが返ってきた。

 

「博士!やはり貴様は役立たずだ。見ろ、サヘラントロプスはこの通りだ!」

 

 スカルフェイスだった。そしてその口ぶりから見るに、この巨人は……。

 

『ボス、それが博士が作ったソ連製メタルギアだ』

「お前はそこの男と共に、死ぬのだ!」

 

 そういうと両手を広げて朝の青空に向かって胸を張って言い放つ。

 

「この日、兵器が直立歩行をした記念すべき日になァ!!」

 

 そう言うだろうと思っていた。




また明日。

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