真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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業火 (2)

 ダイアモンド・ドッグズがこのアフリカに来て、誰かれ構わずに吠えかかっている。そのことにスカルフェイスもようやく認識した。

 

「おやおや、ビッグボスはこの私にご執心らしい」

 

 虚ろなその声で、嘲笑うように言う。

 スカルフェイスは少しだけ考えてみた。なにか出来ることはないだろうか、と。

 

「こちらは忙しい。とても我々が相手をする暇はないというのに」

 

 ここでの仕事はすでに最終工程に入っていた。それだけに忙しく、なにかを別に相手にしている余力などないのは明らかだった。

 変な気をおこせば、また数年をじっと待ち続けなくてはいけなくなる可能性だってある。9年前の苦い思いを繰り返すのはごめんだった。

 

「ンフィンダ油田、なるほど鉱山でも暴れたのか。相変わらず元気な男だ」

 

 彼等はまだ真実からは遠いが、その勢いだけは本物らしく。こちらにうっかり近づかれると邪魔される可能性がある。

 それは――困るな。

 

「我々は迷惑していると、連中にはメッセージを送っておこう。受けとればきっと、自分達がどんなに野蛮で慎みを知らなかったか。理解してくれるといいのだがな」

 

 電話を何本かかける必要があった。

 だが、それだけで十分だともわかっている。彼等はまた苦しむだろう。

 サイファーは巨大で圧倒的だ。それを支配することはかなわなかったが、命令を下す者の席は空席のまま。空席の上司から命令を受け取ったとして、自分の目的のために利用することが出来れば今は十分だった。

 

 ゼロの意識をとり去った結果、いつかはサイファーも瓦解することもあるだろう。だが、その後のことは心配など要らない。新たな世界の規律を生み出した私が、ゼロの椅子に腰をおろして世界の面倒を見てやろうと思っている。

 

 ビッグボス?彼などはなから相手にはしていない、わからないのかな。

 

 

==========

 

 

 グンゲンガ鉱山の一件から数日後。

 少しずつ話していた子供達の中から興味深い話が飛び出してきた。

 

 彼等の仲間にいたシャバニという少年兵が、どこかにつれさられたというのである。

 本来ならばそれで話は終わりとなるはずだったが、カズはその場所の名前に聞きおぼえがあった。

 

 ングンバ工業団地。

 

 そこはすでに廃墟になっているというのだが、最後にそこを手に入れた企業が例の油田を動かしていたサイファーとつながりがあると思われる会社とあって、諜報班が密かに探りを入れていた物件の1つがそれだった。

 まだ確実な情報は出ていないが、周辺や業界の人々の噂ではそこを”悪魔の住処”と呼んで恐れ、そこへと続くトンネルをくぐると兵士であってもそこから誰も帰ってこれないというのである。

 

 カズは即決で、この件の調査を行うことを決定した。

 

 サイファーと関係があるならばそこには奴等がここへ活動を映した理由の痕跡がまだ残っているのかもしれない。こちらの動きを悟られる前に、それがあるなら押さえておきたい。

 子供達の願いというのも理由には確かに少し入ってはいるが、やはり彼等は復讐者達なのだ。純粋な正義の味方にはなれない。

 

 ビッグボスとオセロット等は今回の目標にどう潜入するか、調べてみるとこれがなかなか難しいことがわかった。

 団地へと向かう一本道には切り立つ崖の間を利用して関所のように監視所を複数設置しており、これをかわして中に侵入するのは困難なように思われた。

 

 そこでカズはCFAに潜り込ませていた諜報班の1人を使い。

 物資を運び込むトラックを強奪し、蛇の口どころか工業団地まで一気にスネーク達を運び込む計画を立てる。

 作戦時間は3時間。作戦終了間際に、蛇の口に戦闘班を投入して攻撃を仕掛け、そこにある対空レーダーを爆破。これに合わせてヘリが工業団地にいるスネーク達の回収に向かう。

 流れるような作業を滞りなくしなければならない、非常に難度の高い任務である。

 

 

==========

 

 

 その日の補給物資の配達人は新兵がやってきた。

 ずいぶんと陽気な奴で、書類の確認が終わると。こっそりとビールのおすそわけだと言って1ダースを置いていってくれた。

「だが、生ぬるいじゃないか」と文句を言ってやると、奥地の川沿いの奴がこっそり届けるようにと。新兵の隣の助手席に一杯の箱に放り込んだビールを運ばせているんだという。

 なるほど、川の水で冷やすってわけか。俺達は冷蔵庫でそうするよ、そういうと笑ってそれではと言ってトラックは奥へと入っていった。

 

 なるほど、今日は定時に到着しなかった理由はそういうことなのだろう。

 

 

 CFAの服装をした諜報員はトラックを降りると、離れたテントにいる警備兵に手を上げて挨拶を送る。

 

「今日は新人か、いつもの奴はどうした?」

「ああ――聞いていませんか?最近、例の誘拐騒ぎにあったらしくて」

「本当かよ!?……そうか、残念だったな」

「サインを」

 

 書類を差し出す。

 

「ここの仕事は聞いてるのか?」

「簡単には。川沿いに物資を運ぶと聞いてます」

「いや、ここに置いて行け。俺達が仕分けして数日分を後で持っていくことになっている」

「なるほど。降ろすんですか?手伝いましょうか?」

「いや、お前はこのまま奥の連中のところへ行ってくれ。ちょっと、人手が足りなくなってな」

「?」

「わからないか?例のトンネルだよ」

「ああ、噂の」

「バカ共が、肝試しなんかして。補充は昨日頼んだんだが、まだ送られてこない。数日、ここにいてくれ」

「かまいませんよ、川沿いに降りて行くんですよね?」

「そうだ」

 

 そうやってフェンスを通った諜報員は、テントの2人と声でやり取りを続ける。その間に背後のトラックの荷物が動き出すとそこから次々と全身黒く染まったスクワッド達が下りてきて、背中を見せている2人に飛びついていく。

 

 トラックに残された最後の大きな段ボールが剥がされると、中からスネークとクワイエットがしゃがんでいた。

 

「カズの奴。2人用の段ボールも用意してあるとは。懐かしいものを――」

 

 それはMSF時代にも作られた大型の”潜入用”段ボールであった。

 すぐ間近にあるクワイエットの顔を見つめると、スネークは素早く指示を出す。

 

「クワイエット、今日も頼むぞ」

 

 そう言うと驚いたことに彼女は目の前のスネークにサムズアップして返す。まだ、無表情ではあったけれど。しかし、すぐにスクワッドリーダーが荷台をのぞきこんだせいでその場から消えてしまう。

 

「ビッグボス、制圧完了です」

「了解だ」

 

 降りるとすでに2人は意識を失ってフルトンによって回収されている最中であった。

 笑顔でスネークに近づいてくる諜報員は「それでは私もここまでになります」と告げてきた。

 

「協力に感謝する。想像以上に順調にここまでこれた、お前のおかげだと思ってる」

「ありがとうございます、ビッグボス。ですが、自分は少し残念です。CFAには戻れないでしょうから、私の任務はここで一旦終了することになるでしょう」

「それだけの価値があったと、結果を持ち帰れるようにするつもりだ」

「お気をつけて、ビッグボス」

 

 ダイアモンド・ドッグズの諜報員は戦闘員ではない。心得があったとしても武器を持たないのがほとんどだという。

 だからこそ戦場となる可能性のある場所に置いておけないし、相手に疑われると判断されれば急いで引き揚げさせなくてはならない。彼も強奪したトラックと一緒にフルトンでここから回収されていった。

 

「スクワッド、集合」

 

 スネークを中心に8人が集まってくる。取り出した情報端末の地図を開きながら、スネークは説明を続ける。

 

「諜報班の協力で大幅に時間と距離を短縮できたが、ここからはそうはいかない。

 この先には滝と小川があり、そこに沿って兵が配置されていると思われる。その距離は約300メートルだが、一年のほとんどを霧がおおっているというのでスニーキングには最適だろう。

 このまま順調に工業団地までたどりつきたい」

 

 そこで一旦言葉を切ると

 

「今回が正式な新生スクワッドの最初の任務だったな。8人そろって。

 アフリカの戦場はアフガニスタンと違うと感じるかもしれないが、お前達なら上手く対応できると考えている。これから頼むぞ」

 

 言い終わると、全員の顔を見回す。

 新たなスクワッドリーダーを務めるのがアダマ、元SASというボア、元MSF所属だったシーパー、ドイツ出身のオクトパスにアフリカーナのランス。これに3人の女性が加われば全員となる。

 

 話には聞いていたが、川沿いに出ると本当に濃霧と表現してもいい乳白色の霧の中に全ての景色が沈んでしまっていた。そこをゆっくりと黒いスニーキングスーツ姿のスネーク達が進んでいく。

 

『~♪~~♪』

 

 いきなりクワイエットの鼻歌が聞こえてきた。どうやら前方に動いている影が見えたらしい。

 

(ボア、サーマルだ)

 

 指示を出すと、静かに先頭に立ったボアが熱源探知装置越しに霧の中を見回す。

 どうやら川沿いを4人が巡回しているらしい。スネークは素早く次の指示を出し、アダマにワスプ、ランス、シーパーをつけて先行させようとすると、霧の向こうで断続的な射撃音が聞こえてきた。

 発見されたのかと全員の体に緊張が走るが、こちらにむかって撃っている気配はない。

 

『どうした?なにがあった?』

『川に水を飲みに来る野犬の類がいるようで、彼等はそれを追い払おうとしていたようです』

 

 ほう、それは使えるかもしれない。

 そう思ったスネークは、ハリアーを呼ぶと何かを渡してそいつを奴等の対岸にばら撒いて来い、という。

 

 開発班はフルトン回収装置の開発から、このシステムを他に使えないかと考え。デコイという罠を完成させていた。

 これは急激に空気を送り込んで人型の人形をそこに出現させ、視覚の魔法を利用して本物のように認識させるというものだったが。興が高じたのか、その後もいくつかのバリエーションを誕生させていた。

 

 川沿いにいた巡回兵達は、そんなデコイで対岸にいきなり数人の敵影が出現したことに慌てているところを近づいていたアダマ達によって取り押さえられ、あっというまに無力化されてしまった。

 

「よし、ここから道なりに斜面を歩くとトンネルがあるはずだ」

「ここにいた兵はどうしますか?」

「霧の谷からプカプカと風船が飛び出していくのを見られるのはまずいだろう。そこにテントがある。連中の服を脱がせて、中に並べておけ。それとな――」

 

 腰に下げた睡眠グレネードの一本を抜いて渡す。

 

「念のため、こいつも使っておくといい。寝起きが悪くなるはずだ」

「了解――彼等のために、テントの入り口にクレイモアを設置しようと思うんですが」

「ふふ、それはいいな。わかるように置いておいてやれ」

「そうします。怪我しちゃかわいそうだ」

 

 ニヤニヤ笑いあうシーパーは昔から悪戯が好きそうな奴だった。今もそれが変わらないと知るのは嬉しい。

 

「クワイエット、そのまま待機。撤退命令が出たら近くのヘリに戻ってこい」

 

 テントに兵達を運び込むメンバー以外を率いてスネークはトンネルの前へと向かう。

 

 

==========

 

 

 切り立つ崖に囲まれた一本道。そう聞いた時からある程度想像はしていたが、ここまでの地形を考えると工業団地とは名ばかりの刑務所のような場所だと確信した。

 そこへと向かうトンネルをみても、それがわかる。

 

『トンネルの風化が進んでいる……いつ崩れても不思議ではない』

「そしてここ以外から団地へ向かうことはできない、か」

『気をつけろよ、ボス』

 

 妙に鼻がムズ痒い。

 トンネルを通って流れ出る風に人の匂いを感じないのが、気になった。

 

「アダマ、スクワッドはお前に任せる。トンネルのこちら側で待機しろ」

「――了解、ビッグボスは?」

「俺一人で行く。唯一の通路をこんなに放置しているのは理解できない。確認するまではお前達は待機だ」

 

 ハンドガンの残弾を確かめるとスネークは1人で崩壊しかけた土のトンネルの中へと侵入していく。

 ヒューヒュー、と風が吹きぬけるが、人の声も、気配も全く感じない。

 トンネルの外は、霧が晴れたとあって太陽に照らされ。それだけで別世界に抜け出たような気分になる。

 

『警備兵の姿が見えない』

「スクワッドリーダー、やはり待機だ。そっちも注意しろ」

『目標であるシャバニを探してくれ、ボス』

 

 そこでカズの声が暗くなる。

 

『無事だといいが……』

 

 

===========

 

 

 工業団地のそとの施設は見たところ長く使われてないように見える。錆つき、緑は伸び放題、たまっている水は泥がまじったのかぬめっている。

 なのに、まだ古くもないジープが置かれていてそのエンジンはまだ温かい。誰がここまで乗ってきた?

 

『静かすぎる、気をつけてくれ』

 

 やはり工場の中に入るしかない。

 開け放たれた錆びた扉を抜けて、思わずスネークは足を止めた。

 

 外の壁から汚れていたが、てっきりそれは赤サビだとばかり思っていた。

 どうやら違ったようだ。

 床も、壁も、それは明らかに人の血だったものであり。誰もいないはずなのに、薬品と何かが入った袋は通路わきにきちんと整頓されて積み上げられているのがわかる。

 

 奥へと続く通路を進むが薬品の匂いと共に異様な空気は濃くなっていくばかりだ。

 はずされた扉を抜けると、血で汚れたモスグリーンのカーテンで部屋が仕切られているのが見える。一瞬、キプロスでイシュメールと共に病室のベットの下に隠れた時を思い出し、顔をしかめる。

 だが、ここはあそこよりも遥かに悪い。


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