真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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グラウンド・ゼロズ(2)

 ゴウゴウと夜の空が鳴いている。

 さすがにこんな夜の海岸線をわざわざ見回るなんて兵士はいるわけもなく。闇にまぎれて蛇はすぐに合流地点となる岸辺にまで降りていく。

 自分はここからもういちどあそこのキャンプに戻らなくてはならないが、少女にはここで少しの間待っていてもらわなくてはならない。

 せめてこの雨にうたれ続けないようにと、壁際でうろになって雨をさえぎる地面にパスを横たえた。少女が相変わらず意識を取り戻す様子はなく、なにかにうなされ続けているようだ。

 

 蛇は海岸線から、旧施設の方角に目をやる。

 あれほど激しかった雨の勢いが、ここにきて弱くなろうとしていた。

 急がなくてはならないだろう。

 

「退路を確保するしかない」

 

 それは覚悟を決めるための言葉だった。

 腰のハンドガンをぬいて改めて確認、それから途中で拾ったサプレッサーのついたサブマシンガンも確認した。

 なぜかここから見てもわかる。旧施設とこの海岸線の間には不気味なほど人影が少ない。

 つまりここの連中は、はなからパスを餌にするつもりで捕虜をわざわざわけておいたのだ。だからこれから向かうあそこにいるのは釣り上げるための前の段階。蛇への撒き餌のようなものと考えていたのだろう。

 

 しかし本命の彼女はすでにここにいる。それが知られれば撒き餌の価値などないも同じ。あそこにいるらしいもう一人はどんな目にあわされるか、考えるまでもない。

 だからこそここからあの場所まで、蛇を邪魔する可能性は徹底的に排除しておかねばならないと考えたのだ。

 

 

「異常はないか?」

 こんな夜に仕事をしなくてはならない同じ仲間の問いかけに警備兵は軽くうなずいて返す。

 強かった雨も風も、先ほどに比べると明らかに勢いが弱くなってきていた。

 

「連中の部隊章、お前見たか?」

 ぶしつけな問いであったが、どうやら向こうはそれが知りたくてずっと我慢していたようだった。

 そして知りたいことはどうやらさきほど大勢で一斉にここから飛びたった客人たちのことらしい。基地の上官たちも詳しいことを知らされてないようで、ここにいる連中は皆が首をかしげていた。

 だから思い出すままに口にした。

 

 ああ、見たよ。あれは狐が右を向いた……。

「それだ!何かに似ているように俺は思うんだが」

 見たことあるのか。どこで?

「それがわからない」

 

 そこに姿のない3人目の声が響く。

 

『お前達が知らなくてもいいことだ』

 

 警備兵達はそいつがだれなのか、目を開いていたのにわからなかった。いや、正確には視界が、目の前の世界が回転を始め。わかったのは自分がなぜか地面のない崖の向こう側に向かって投げ飛ばされていたという事実だった。

 暗い海からむき出しになった岩肌に激突するまでの数瞬に、彼等はせめてわァと声を上げることが出来たが。それを彼の仲間達はまだやまない風と雨の音に遮られて聞くことはなかった。

 

 

 最後の見張りの2人を綺麗に崖下にむかって放り投げると、蛇はフェンスのカギに指を伸ばした。

 やはり、ここだけ異様に警備が薄い。

 そこの兵達を片づけるのに時間はかからなかった。フェンスの中に入ると一直線に目的の牢の前へと、蛇は移動する。

 

「チコ――チコ、助けに来たぞ」

 

 牢の中に座り込む捕虜の動きは鈍かった。

 

 何かのテープを聞いているようだが、それにしても反応がおかしい。あの快活で、元気が有り余るほどに活動的な少年の面影がそこにはない。

 

 それでも時間は無駄にできない。

 牢のカギを開け、中に入ってもう一度さっきの言葉を繰り返すと。少年は今度はいきなり怯え出し、続いて必死にこちらに攻撃でもしようとしたのか、足元にしがみついてくる。

(パニックを起こしている)

 どうやら誰かに手ひどく痛めつけられたようで、敵味方を前にすると妄執にとらわれたようにパニックを引き起こしていたように見えた。きっと彼の中では今、誰かに吹き込まれたありもしない妄想がぐるぐると回り。どれを信じたらいいのか、わからなくなっているのだろう。

 

 とはいえ、このまま激しく抵抗されるのは困る。

 周囲の他の囚人たちにも異変に気付かれて、騒がれるにいたり蛇は仕方なく少年の喉元を絞めあげて動きを止めることにする。

 

「大丈夫だ、チコ。大丈夫」

 

 次第に抵抗が弱まり、チコの体から力が抜けていく。

 ピースウォーカー事件で知り合ったこの少年は、まだまだ多くの幼さを残しながら。しかし、大人でない自分自身に怒りを持っている。

 そんな正義感の強い少年は、同時にパスに好意を持っていて、それがこの救出劇の直接の原因となった。

 

 生存確認されたパスを、特に気にしないというそぶりで無視するような態度をとる蛇たちに激怒すると。この愚かな少年はたった一人で少女を助けようと試みたのである。

 その結果は、御覧の通り。

 

 同時期、MSFは国連から申し出があった核査察の騒ぎに頭を悩ませており。コスタリカの反政府組織のボスの身内でもあるこの少年を、MSFからしばし離そうと移動させていた。

 当初、パスの救出はこの査察を終えた後で一部のものによって秘密裏に行うはずだったのだが。気がつくと少年は輸送船から消え、何者かの手によって送られてきた彼の声で蛇に助けを求めるメッセージが届く。

 

『スネーク、助けて』

 

 最後にそう言ってメッセージを終わらせる少年の声を聞いて、さすがにいても立ってもいられなくなった。

 世界に核兵器を所持していることを隠しながら、この若い2人を政府の秘密収容所より救出するという困難な夜をMSFはこなせねばならない。というよりも、そこまでいきなり追い詰められてしまったのだ。

 

 

 静かになった少年を肩の上に担ぎあげて蛇はフェンスの外に出る。

 よく見ると、入り口には先ほど海に放り出した警備兵の1人が乗ってきた一台のジ―プが目にとまった。

 

(……バカな考えはするなよ)

 

 今度こそ、自分の脳内から警告を発するが。

 浮かんでくる計画の修正案は、次々とこれまでのやり方を変更して新しい方程式を蛇に提示してくる。

 

「カズ、いるか?」

『ボス、どうした?』

「ヘリだが……2台あるといってなかったか?」

『あ、ああ。確かにいった。今回の作戦、人員は出せないからな。せめてそのぐらい、と』 

「チコを回収、これから合流地点へ向かう。ヘリを2台、寄こしてくれ」

『スネーク!?』

「スマン、どうやら余計な荷物をひろったようだ」

 

 空っぽのジープの助手席にチコを乱暴に放り込むと、蛇は再びフェンスの中へと戻っていく。

 法の目をかいくぐったCIAの秘密収容所。そこに捕らわれた哀れな囚人たちに、この男は同情したわけではない。不可解な今回の動きと、さきほどの警備兵の口にした飛び立った部隊の話がどうしても気になったから、なんとか情報を手に入れられないかと考えた結果、行動していた。

 その謎をここの囚人達が全て答えてくれるかはわからないが。何かを知っていることを期待したいと思ってしまったのだ。

 

 

 やせ細り、弱った男達を後部座席に無理やり3人放り込むのはかなりの大仕事であった。

 そしてそれが終わろうとする頃、ついにパスか、もしくは侵入した蛇について気がついたのだろう。遠くあの堅牢だった建物から非常サイレンが一帯に向けて鳴りだした。

 ここにもすぐに兵達が殺到してくるのは間違いない。

 

 流石に引き上げ時だった。

 蛇は運転席へ飛び込むと、エンジンを始動して思いっきりバックさせる。

 ジープは勢いよく車体を回し。乗っていた囚人達は振り落とされまいと必死に車にしがみついている。

 そこから思いっきりアクセルを踏むだけなのだが、蛇はそこで背中に下げていたサブマシンガンを膝の上に置いた。戦うつもりはないが、だからといってここから立ち去ろうとする自分達をここの連中が呆けて見守るだけということはない。

 

「よし、いくぞ。つかまれ!」

 

 気合を入れるように警告を発し。

 蛇は思いっきり今度こそアクセルを踏んだ。

 夜の海岸線はそれこそ闇に覆われているが、そこに配置されていたはずの警備兵達はすでに処理してある。

 このまま上手く合流地点まで――行くことは、さすがにありえなかったらしい。

 今までいた旧施設へと降りていくY字路に走り込んでくる、兵達を乗せたジープが見えた。

 しかも、運の悪いことにこのままだとこちらと道ですれ違うことになる。

 

「おい――おいっ、お前!?」

 

 接近しようともアクセルを緩めようとしないこちらの様子に異変を察知した相手が声を上げると、蛇はハンドルを片手で動かしながら。膝の上のサブマシンガンを反対の手で取り上げ、いきなり相手に向けて発射した。

 相手のジープとすれ違う瞬間。蛇のアドレナリンがさらに噴き出したのだろうか。

 すれ違う車の座席に座ったまま、口を間抜けにも開いてこちらの銃口から火を吹くのを見つめているのが並んでいるのを蛇は、はっきり見て確認していた。さらに自分の手にするサブマシンガンが乱暴に鉛の弾を吐き出し、奴等に飛びかかっていく軌道まで見た気がする。

 

 さすがに現実はハリウッドのアクション映画のようにはいかないものだ。

 伝説の兵士にされても、それは蛇にも言えること。

 通り過ぎざまの乱暴な発砲だけで、相手の車に乗った全員を倒すなんてことは出来なかったが。向こうのジープはすれ違った後は蛇行するとまだぬかるんで滑る地面にバランスを崩し。坂に乗り上げてそのまま横転したようだ。甲高いブレーキ音に続く車体の悲鳴を聞いて、蛇は後ろを振り向くことなくそう予想した。

 悪くない結果だ。

 蛇はアクセルを緩めず、こっちは道のない荒れた岩肌の斜面にむけて勢いよく頭からつっこんでいく。

 

 

『スネーク、スネーク!?』

「カズか?ヘリはどうなっている」

『あんたの要請通り、2機はすでに発った!2分以内にそちらに到着するはずだ』

「よし、一機ずつ近づくように伝えてくれ」

『チクショウ、あんたなにをしようっていうんだ!?』

 

 やはりカズは怒っているようだ、それも無理はない。

 今回は作戦を勝手に現場で変更しっぱなしだった。奴の性格からいえば、こっちが信じられないことばかりしてきて、無線の向こう側でずっとヒヤヒヤしているのだろう。

 実際の話、自分でも今回のやり方はちょっとどころではなく驚く部分は多い。

 

 むき出しの岩肌のある斜面を、勢いだけで乗り切ろうと車で突っ込んではみたものの。やはり限界はすぐに訪れた。

 夜目にも明らかに、ボンネットが黒い煙を吹き始め。上下に激しく揺さぶれる度に車の底が岩にぶつかってガリガリと音を立てる。

 蛇はいきなりハンドルを切ると崖に向かい、ジープを衝突させて止めさせた。

 

「ここからは足だ。救助ヘリに乗りたいなら、這ってでもついて来い!」

 

 後ろで必死に車体にしがみついていた奴等に言い捨てると、蛇は助手席でまだ気を失ったままのチコを担ぎあげて車から飛び出していく。

 

 元々は助ける義理のない連中だ。チコやパスと同じ扱いをこちらに期待されては困る。

 

 蛇の言葉を聞いて、置いてかれまいと必死になって車から這い出てくる男達には見向きもせず。蛇は合流地点に向かって走り出した。

 すぐにその場所に到着すると、そこに留守番をして眠り続けているパスの隣にチコをおろした。

 意識を取り戻さない2人を並べてみると、なんだかようやくのこと数日ぶりに安堵するものがある。

 

『こちらモルフォ01、今から――』

「わかってる。客(ゲスト)が多い、急いでくれ!」

『っ!?了解』

 

 遅れてきた囚人は2人で、1人は上手く歩けないらしく。まだ離れたところで必死の形相を浮かべて岩場を這いずっているのを見た。

 

「ヘリに乗せる。ここで待ってろ」

 

 すでに精魂尽き果てて座りこんでいる2人にはそう言い捨てると、蛇は遅れている男の元へと走った。そして乱暴に彼を担ぎあげると、再び走る。それに合わせたようにヘリが乱暴に岩場まで降りてきて、蛇はそのまま3人の客人をその腹の中へと次々に放り込んでいく。

 

「乗せた!行け、いけっ」

『了解』

「次だ。カズ、次はどうした!?」

『大丈夫だ、ボス。すぐに来る』

 

 先ほどと違い、すでにカズは表面上は冷静になっていた。その言葉通り、一機が飛び立つと続いて2機目が海岸まで降りてくる。

 

『こちらモルフォ02、降下地点に接近します!』

「さぁ、帰るぞ」

 

 眠ったままの2人にそう告げると、蛇はまずパスの身体を担ぎあげた。

 すると遠くで「ヘリだ。おい、なんだあれは!?」と警備兵らしき声が聞こえてきた。ついに見つかった、もうギリギリだ、急がなければ。

 少女をできるだけ急いで、そして優しくヘリの床に降ろすと。今度は少年を運ぼうと再び地上へと飛び降りていく。

 

 そこで蛇はギョッとして一瞬、たった一瞬だが止まってしまった。

 眠っていたと思っていた少年が、いつの間にか体をおこしていた。その茫洋とした、何かが壊れてしまったような虚ろな目。それが自分をじっと見つめている。

 

「チコ――」

「……」

 

 2人が見つめあったのは本当にわずかの間の事だった。

 いきなり風を切る音とともに、リズミカルな銃声が夜を切り裂いた。蛇はその音ですぐさま少年の身体を担ぎあげると、力強く自分ごとヘリの中へと押し込んでいく。

 蛇が目標を回収したのを見届け、ヘリは勢いよくそこから飛び去ろうとする。そうはさせじと、侵入者が逃げることにようやく気がついた警備兵達は必死になって暗いままの夜の海に向け、手に持った銃を撃ちまくるが。

 それのほとんどはヘリに当たることはなく、そもそもまるで見当違いの方向に飛んでいった。

 ブラックサイトからの危険な救出任務はこうして予定外の事がいくつかあったものの、実に想像以上に上手く終わったようにこの時は思えた。

 

 だがまだ長い夜は終わってはいない。


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