真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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本日、第3部ラストになります。



あふれ出る影

 話はいきなりだが、大きく場所を変え。時間も少し過去へ戻り。

 ダイアモンド・ドッグズがアフリカ、アンゴラに初上陸した際。カズがスネークに見せるようにそのルートにあえてぶちこんだマサ村の話となる。

 

 ここでは今でも毎日を少年兵達が訓練し、戦場に出荷され、そしてまたかき集められて訓練が施される。

 彼等は戦場で消費される血と肉を持つ装置でしかない。消耗品なのだ。

 最初に教えられるのが銃を構え、銃を正しく撃ち、銃を壊さないように構造を知っておく。これが全てだ。

 次は戦場に立つ敵は殺せ、要求だけされ実際に現地へ送り込まれていく。

 

 戦場に立てば彼等は当然だがバタバタと死んでいく。だから使う側もさっさと死んでもらえるように、ガンガン使いつぶそうと前線に立たせようとしていく。

 彼等がTVやドラマのように大人達に反旗を翻すなんてことはない。常にそうならないように暴力で恐怖を植え付け、ここ以外の居場所がないと罪の意識から安全装置としている。

 

 それでも完全ではないから、そりゃ時にはそういうこともある。

 だが、問題はない。

 彼等は技術はないから、戦場に立てば基本的にバタバタと死んでいくしかない連中だ。時には、逆にバタバタと敵を打ち殺して戻ってくるような異形の化物もいないわけではないが。

 そんな奴が牙をむこうとするなら、そのやり方は一つしかないのでやりようはある。飼い主の手を噛まない、噛もうとしても方法がないから死ぬしかない。

 そういう自殺因子をあらかじめ埋め込まれて作られる、少年兵とはそうした哀れな肉人形たちなのだ。

 

 

 だが実際に戦場に立つ兵士とは意外と信仰心などを持っているので、こうした人の形をした道具を使うのを好まないという厄介なところがある。

 つまり幽霊は怖いし、祟りは怖いということだ。

 するとそうした嫌な事全てをシステム化して、徹底的に自分達が”出来るだけ触れない”で利益だけ得るように、と考えることになる。

 

 彼らの教育が始まると、しばらくしてそいつらを率いて近隣の町や村に略奪にいき。そこで男は殺させる一方で、女と子供を少年兵を使って凌辱させる。精通があろうがなかろうが、そこは関係ない。

 暴力による支配の喜びを味あわせ、それがどういう意味なのかを考えさせることを放棄させる。とはいえ、利口なのはこの辺りで自分達が後戻りできないところにいると察して絶望してくれる。

 あとはもう、引力にひかれて転がる石のように。彼等は大人達が欲しがる少年兵という装置へと立派に堕ちていってくれるのだ。

 

 

 だからその日も、兵士達は川辺を1人で歩く白い肌の少年を見て。これはよい獲物に出会ったと、すぐにさらってここに連れてきた。それが全ての始まりだった。

 

 

==========

 

 

「エデぺ、泣いてるのか?」

「……泣いてない」

 

 夜中、部屋の隅でまるくなって声を押し殺す泣き声に起こされて不快感を覚える。こいつも大人に泣かされてるのに、それを認めない。こいつだけじゃない、周りの子供はみんなそうだ。大人を恐れている。

 

「そうか。なら、寝る」

「……うん」

 

 こいつの涙は人恋しいという感情からなのだろう、と頭ではわかる。

 だが、それを自分は理解できないこともわかってる。自分は自分のことを全てわかっている。世界中で自分だけがわかる、これがなんとも腹立たしい。

 

 ここが文明とかいうのから離れた場所なのは知っていた。

 クソみたいな大地は、彼のよく知る死臭と混乱にあふれていて。おかげで子供1人が、毎日を好き勝手に振る舞ってもたいした事件にはならないのでこれまでは楽しくやってこれた。

 

 だが、そんな毎日を続けるとどうなるかも。自分は全てわかっている。

 それをどうにかしたかったのは間違いではない。

 アホな大人が、チョコレートだミルクだ猫なで声をかけて近寄ってきた時は殺そうかと思ったが。むしろこれはチャンスだと思ってされるがままにしていた。

 今は……そうだ、”その時”を待っている。

 

 

 翌朝はいつものように太陽が出る前の暗いうちに起こされる。

 エテペはああいう夜はいつもそうしているように、今回も俺の隣で寝ていた。気持ち悪いとは思うが、別にこっちの体に触れてこないので放っている。それを好意的にとらえてるのか、このガキは俺によくなついた。

 

 奴等はバケツを自分達に持たせると、毎朝2キロは先にある”飲める水が流れる川”を往復させて水をくんでこさせる。これを延々と朝食までの数時間、やらせる。

 俺は奴等がわざとやらせてていることを知っていた。

 俺達の住むマサ村には近くに隠れされた給水塔があり、そこに水をブチ込む給水車もまわっているのも確認している。だからあの村の大人達は、水を好きに使っている。なのにまるでそうでないかのように振る舞って、子供がミスをするとそれを理由に暴力をふるった。

 

 ようするに適者生存、弱肉強食というわけだ。

 大人達は弱い子供を攻撃する理由を欲しがっているだけなんだ。

 

 

 朝食を終えると、昨日配られた武器の調子を見ろと言われる。

 ひどい武器だった。戦場で拾ったものを、どこかの一般人が流れ作業でそれらしく修理したライフル。

 狙いはガバガバで、これで水平に狙って撃ったら弾丸は放物線ではなく斜め下の地面に向かっていくだろう。明らかにその出自は武器商人の中古品からまわされたものだとわかるので、なにかトラブルが起きても不思議ではない。

 

 だが、俺は奴等が期待しているレベルはわかっているので作業は数分で終わらせる。

「よくやるじゃないか」と誉めるが、別に嬉しくなんかない。こんなゴミ同然のおもちゃを有り難がれと説教するその頭をかち割ってやりたいという衝動を逆に抑えておく。

 

 兵士達は基本、順番で撃ち方、メンテナンスするところ。命令を聞いたらどうするのか、そういうことを持ち回りで子供に教えていく。

 彼等にしてもいつか新兵を教えられるようにするために、少年兵を相手にまずはその経験を積むのだ。

 訓練中の少年兵達には当然だが、見張りがつく。俺はその中にあって、他とは違う目の輝きを見せる奴にすぐに気がつくことが出来た。

 

(そうか、あいつが――調教師)

 

 ハンドラー、そう呼ばれる彼等は犬や猫とおなじで少年兵を取り扱う技術を専門にする戦場のクズだ。

 どうやって暴力を仕込み、考える力を奪えるのか。その技術で、彼等は少年兵達を生産し、育てて、出荷する。

 そいつの目が、いつからかずっと自分を見ていることを気にしていた。奴のような男を見誤ることは、自分がマヌケかそうでないかを分ける事態に陥らせてくれる。注意しなくては。

 まだ、向こうはこちらから距離をとっているのでわからないが。奴を知れば、こっちもずっとやり方が簡単になると思う……。

 

 

 夕刻、今日は2人が死んだ。

 弾詰まりをおこした揚句に暴発して隣の奴もまきぞえをくった。

 失敗したうえに騒ぎとなったことが屈辱なのだろう、今日の教官役は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。「どうしてこうなった!?お前達、ちゃんと整備しないからこうなった」まったく、笑わせてくれる。

 クソみたいな銃を渡したの奴等のせいで死んだのを、なぜこっちの責任になる。

 

 

 最後に教官は今日の晩飯は抜きだ、そうつげると周りがそれで下をむく。

 死んだ奴のことで悲しんでいるわけじゃない。満たされぬ自分の腹を嘆いているだけだ。

 だが、まずかった。演技をするのをこの時は忘れていた。あの男、ハンドラ―の目が興味深そうに自分に向けられているのに気がつかなかった。

 

 俺は嘲笑の笑みを浮かべていた、大人を嗤っていたのだ。

 

 

==========

 

 

 そいつのテントに呼び出されたのは、そのすぐ後だった。

 テントにはそいつと2人だけ。机の上にはいかにもわざとらしくステーキとパンを置いていて、奴はこれはお前のものだといった。

 

 わかっている。それは俺のものだ。

 だから礼も述べずにそいつのまえでさっさと食った。奴は目を細めると、優しそうな声で聞いてくる。

 

「君の、ご両親に興味があるんだよ」

 

 肉を切る手が止まった。

 自分がマヌケにも奴の手にのせられたことに気がついた。そうだ、ここはアフリカだ。

 ステーキをだされても、それを西洋式とわかって食べるのはその国の知識がなければできない。

 料理が盛られた皿の脇に置かれたフォークとナイフ、そしてスプーン。

 叩きこまれた以前の生活、そこで覚えた英国式のテーブルマナーに自分は従って食事をしていたのだ。自分の愚かさにはらわたが煮えくりかえるが、気付かないふりをして切り分けた肉をフォークを使って口の中に乱暴に放り込んだ。

 

「お父さんが軍人だった?それとも母親――違うな、祖父かな?」

 

 ああ、こいつは知らないんだ。

 そう思うとさっきの怒りは静まり、手も自然に食いものを貪る。

 

「軍人なのは、親父だ」

「ほう、お父さんが」

 

 そうだ、お父さんとかいう奴だ。

 俺の遺伝子の形作った元凶。俺の全てを最初から凌辱しつくして種を残したクソ野郎。

 

「その――お父さんは現役の?どこの人なのかな?」

「会ったことはない」

「そうか、それは――」

「だが、名前は知っている。あんたも聞いたことがあるかも」

「ほう」

 

 久しぶりの肉はうまかった。

 そしてわかった。このテントの周りには”誰もいない”と、俺から自分を守るための兵士をこいつはおいておかなかったのだ。

 俺がやつの扱う商品――少年兵だから。

 奴の知りたい名前を、口にする。

 

「スネーク」

「ん?」

「または――ビッグボス」

「んん?」

「伝説の英雄だとか」

「フフン」

「聞いたことは?」

「さぁ」

 

 後ろを向いていてもわかった。奴は今、考えている。

 その言葉が意味することを、この俺が。俺という呪われた存在がここにいるという事実を。クソッタレの大人が、その手で生み出した哀れな化物を思っている……だと!?

 

 そいつが使ったことがないのはすぐにわかった。

 棚に無造作に置かれていた軍用ナイフ、米軍仕様とはおそれいったよ。だが、それの使い方なら子供の俺のほうが遥かに知っている。

 何気に立ち上がってそれを自然に手にすると、それをもって椅子に座るそいつに飛びかかり、地面へと押し倒した。当然だが、獲物に悲鳴など上げさせない。

 ああ、そうだ。こんな感じ、喉笛を刺し貫くこれが今は最高に気分を良くさせてくれる。

 

「俺の口から、アイツの名前を出させるなんて。お前は大した奴だよ」

 

 ゴボゴボと血をふくが、まだ死なない。

 いや、死なせないやり方があるんだ。知らないだろう?

 

 ンフ、ンフフフッフフ、気がつくと奇妙な割れた笑い声が静かに自分の口から流れだしていた。抵抗らしいことが出来ず、目を白黒させ。苦しさから解放されないことが理解できずに涙を浮かべるそいつが……そいつの顔をみて初めて気がついた。

 

 よく見るとコイツ、片方の目が義眼だ。片目の男なのかよ!

 はらわたが再び煮えくり返るのを感じる。ああ、駄目だ。もう、駄目だ。俺はもう――。

 

「久しぶりだな、親父」

 

 噴き出すアドレナリンのせいで、刃先が震えるのを止めようとしても、かえって掌が震える。

 ハンドラ―はゴボゴボと血をふくだけ。だが何を言ったか、もうどうでもいい。

 

「俺は、俺達はあんたのコピーだ。生まれたその瞬間から、運命というロードマップから捕らわれ、逃れられない化物なのさ。親父、俺とあんたは親子だって言われてる。

 なのに、あんたは俺になにしてくれたんだ!?」

 

 まだ早い、まだ逝くなよ。

 

「見ていろよ、親父。俺は、俺を作っておいて放りだした奴等の思惑には乗らない。俺が、この俺こそがこの世界を――」

 

 ついに力をコントロールできずに、刃先をひねり、中で暴れさせてしまった。

 だが、すでに失血でハンドラ―の意識はなくなっていた。

 そいつの死体をあらため、全てを奪った。

 

 

 俺にはわかる。時が来た、今夜がそうだっただけだ。

 

 

 子供達が眠る部屋の扉が乱暴に開けられ、大人が来たと思った彼等はすぐにがばと体をおこす。ぐずぐずしていれば寝起きから殴られる。だが、今日は違った。

 

「これを持って、俺について来い」

「え、えっ?」

「エテペ、みんな。腹が減ってるだろ。俺の指示に従えば――すぐに食わせてやる」

 

 武器庫とその周りを巡回していた兵はすでに片付けた。

 あとは兵舎にいってバンバン、それで終わり。明日の朝にはこの村で出来てしまった死体は、大人達がやるように汚水でよどむ川になげいれるだけだ。

 

 今夜、そう今夜だ。

 今夜俺達は、大人達の手から開放される。自由になる!!

 

 

==========

 

 

 マザーベースの戦闘斑待機棟の屋上に、ゴートは知らずに足を向けていた。

 任務が終わり、傷ついた仲間達を連れてようやく帰還した彼に待っていたのはマザーベースに残っていた戦友の死と。それを殺した相手の正体だった。

 気分に浮き沈みは感じないが、なぜか眼が冴えてしまって夜中だというのに眠れそうにない。

 だから、思わずここへきてしまったのだ。

 

 あいつは、あいつらはどこで戦ったんだろうか?

 

 思わず屋上ではその傷痕を探して、目を彷徨わせてしまう。

 だから気がついた。

 

 誰かがここにいる。この闇の中で止まっている、と。

 

「――ゴートか?」

「ビッグボス?」

「ああ……こっちに来い」

 

 近づくとそこには訓練の時にいつもしている白シャツと迷彩パンツ姿のスネークがいた。

 彼の座っている両側に、ダースのビールが山と置かれていて。何本か開けられた缶が風に吹かれ、そこらに転がっていた。

 

「飲んでいるのですか?」

「ああ、今日はな」

 

 そういうと俺の今日の最大の戦果だ、付き合えと言って隣をさした。

 ゴートがそこに座ると、押しつけるようにビールを渡してくる。

 

「飲め。つきあえ」

「は、はァ」

「お前も眠れなかったか?」

「はい……」

「そうか――ラムが、あいつが戦ったのはそこの空調の裏だ。もう片付けられている、なにも残っていない」

「……わかりますか?」

「ああ、まぁな」

 

 ビールのプルトップを開けると、一気にあおって缶を握りつぶすと2本目に手を伸ばす。ビッグボスはそれを別に咎めることなく、まだ海の方をじっと見つめていた。

 

「俺も――今日はさすがに疲れているはずなんだがな。眠れない、だからこうして倉庫に潜入して」

 

 隣に積まれているビールの山の頂をポンポンと叩く。

 

「こいつで朝まで不摂生してやることにした、ここでな」

「――なるほど」

「つきあえ、これで足りないなら。もうちょっと取ってくるぞ」

「いえ!いえ、結構です。自分――下戸なんで」

「そうか」

 

 笑いながらスネークは海を見つめる。

 ゴートもそれに付き合う。この人はこんな夜はこうやって寂しさを紛らわすのだろうか。

 

「スクワッドのこと、聞いてるか?」

「はい、自分が―ー」

「そうだった。忘れてた、お前には礼を言わないと」

「いえ、そんな」

 

 恐縮する。自分がやったことなど、彼等を回収したことぐらいだと思っている。

 

「参ったよ、死者2名、重傷者3名ときた」

「……」

「オクトパスは即死。ボアの奴はヘリで一度は蘇生したが、ここに来てすぐにまた逝った。リーダーのアダマも集中治療室に入っている」

「スカルズが相手でした」

「シーパーは味方の跳弾を足に受けていたんだが、これがマズイ入り方をしているらしくてな。感染症にそなえてまだ治療室から出れない。経過によっては、左足を切断しないといけないようだ」

「そう、だったんですか――」

「ああ。それにワスプの奴、前と同じ右腕だということでナーバスになってるらしい。動かなくなるんじゃないかってな。無理もない」

 

 激闘だったのだ。

 彼等は任務を果たすために命をかけ、戦場から戻ってきた。

 

「言葉がないさ。あいつらを無駄に消耗させるよなことをさせたんじゃないかって――」

「それは、それは違います!」

 

 思わず声を上げてしまった。

 

「スクワッドは自分達の役割を理解しています!そのために、全てをかけます。自分の時だって――」

 

 すぐに声がしぼんでいく。自分もそうだった、彼等もそうだった。

 ビッグボスにそれで残念には思っては欲しくなかった。誇ってくれなければ、自分達はただの――。

 

「ああ、そうだな」

 

 スネークはそれだけ呟くと黙ってしまった。

 ゴートは気がつかなかったが、ここからビッグボスと一緒に見る海上の地平線に見る紅い太陽は美しいとはじめて思った。




第4章再開は予告どおり、1週間後を予定。
それでは、また。

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