いよいよ本気出していくつもり。きっと地獄の底まで落としてみせる。
地平線の暗雲
人生は歩く影ににすぎない。あわれな役者だ。
出番の時だけ舞台の上に見栄を切って、あとは沈黙のみ。
(「マクベス」)
スネークは指令室の自分の部屋で頭を抱えていた。
どうしてこうなってしまったんだ?困惑しかない。
部屋の隅を見ると、そこには一丁の狙撃銃が置いてある。彼が相棒に贈ろうと開発班に作らせた特注のひと品。
仮の名称はマダム・バタフライとか気取って言ってた気もする。この主となるはずだった女の手に、これが握られる日が来るのかどうか。今のスネークには自信がない。
クワイエットが再度拘束された。
彼女がおこした問題が原因だった。
スネークはその時、DDを連れてサバンナの大地から戻ってきたところだった。
任務ではなく、例のNGOのためのハンティングとして向かったのでクワイエットは連れて行かなかった。
ダイアモンド・ドッグズと知り合いの例の自然環境保護団体は、どうやらカズの会社からここの近くの水上プラントの権利を買ったらしい。そこには彼等のスタッフが入り、ダイアモンド・ドッグズで保護されていた動物達は全てそこへと移送されていった。
ただ、このせいでもっと集めてもらいたいとの先方からの要求があったようで。休日でのマザーベースの過ごし方にはハンティングを、という意識向上政策がすすめられていた。
話を戻そう。そのスネークがマザーベースに戻ると事件はおこった。
いや、丁度すぐそこでおこっていた。
カズのせいとはいわないが、ダイアモンド・ドッグズでのクワイエットの扱いは決してまともなものではない。ボスの命を狙ったくせに、その相棒に選ばれ。しかし決して打ち解けて仲間になろうとしない化物女。
それが彼女だった。
その時は司令部である男が作業をしていると、ふと目の前にクワイエットがいるのに気がついた。
こんな場合は普通、隊員達は目も合わせないし声もかけない。よくわからない、不気味な女とは関わりたくないというわけだが、この時の彼はそうはいかなかった。じっと彼を見つめるというよりも観察し続けてくる相手に苛立ち、要するにクワイエットが邪魔で作業が滞ったのだ。
だから言ったらしい「さっさと帰れ。ここから立ち去れ」と。
いつもの彼女なら、怯えさせるためにわざと目の前で姿を隠してから立ち去るか。その人間離れした跳躍を見せつけるようにして立ち去るのが常だったが、なぜかこの時はじっと彼を見つめ続けるのをやめなかったのだそうだ。
何度話しかけても、クワイエットはその場から動かなかった。
男は怒りだした。最初は普通に文句を言っていただけだったが、それがだんだんとエスカレートしていって激しく貶める罵倒へと変わった。
しばらくしてプラットフォーム上で男を怯えさせて追い回すクワイエットに気がついた巡回兵がそれをとめようとした。
するとクワイエットはいきなり暴れ出し、ついに男に飛びつくとのしかかってその口に抜き放ったナイフをねじ込みにかかっだ。殺意はなかったが、脅すにしても過激に過ぎた。
ここで帰ってきたスネークが気がついて間に入ったわけだが、まずいことにそれに抵抗したクワイエットがナイフを持ったままスネークにも攻撃をしかけたことがこの問題を大きくしていた。
といっても、怪我はなく。スネークが無事に取り押さえることには成功し、独房の監視も強化したが。わずかに上がりかけていた彼女の評価は再び地に落ちた。
スネークは「次、何かあれば最後だ」と口にすることでこの騒ぎを鎮めることに躍起になっていた。
事件もそうだが、謎ものこった。
クワイエットがその男を何故襲ったのか、それがわからなかった。
罵られたというなら別の奴がもっとひどいことを直接目の前で言っているのを知っている。悪戯というには笑えないような事をしようとした馬鹿もいた。だが、そうした相手をクワイエットはことごとく相手にしてこなかった。
それが今回だけ、なぜ。
彼女の問題はビッグボスの勇名であっても。どうにもならないほどに根深い問題であった。
カズヒラ・ミラーは副司令室の自分の部屋で頭を抱えていた。
どうしてこうなってしまった?それがどうにも納得できない。
部屋の隅を見ると、そこには一枚の世界地図が張られている。彼がビッグボスと共にマザーベースに戻ってきた日に彼はこれを用意させた。
その地図の端に書かれていたのは世界征服――割と冗談ではなくそう自分の手で漢字をいれておいた。あの時のこれを見て勝利の笑みを浮かべるはずだった自分の姿が、今ではかすんで見える。カズは自信を失いかけていた。
ダイアモンド・ドッグズの勇名は。今やこの国では最悪なものとして認識されるにいたったからである。
現地PFだけの話ではない。
現地の政府関係者すべてからもそっぽを向かれてしまった。
全ての原因は あのCFAへの一大作戦とその間に起きたPFによるマザーベース占拠が原因である。
CFAが押さえていた空港からPFトップと仕事を頼んでいた依頼人がまとめて誘拐され。近々、アンゴラに進出したダイアモンド・ドッグズを攻撃すると吹聴していたPFがある日を境にいきなり消滅したことは様々な憶測と噂を生んでしまったのだ。
国外からの目も決してそれを覆すようなものはなく。
その噂を取りあげて「彼等のせいで現地の政情、ますます混迷を」と言われてしまう始末。
オリジナルであるMSFに近い、純粋なPFであるはずのダイアモンド・ドッグズは。時代から敵視されるように、誰にも理解されない異形の集団となりかけていた。
カズにとってもこれは困った話であった。
地元との関係が悪化すれば、それはいつかのように海賊として自分達が再び討伐の対象になりかねない。
そのためにも現地からの仕事はコンスタントに受けておく必要があるというのに。
問題はそれだけではない。
なんと現地PFの間ではダイアモンド・ドッグズに対抗する最高の秘策があるという噂が流れていて、それが実行されているらしい。
「奴等は子供を、少年兵を嫌う」
これだ。
確かに、傾向として少年兵を配備するような所にいく時はそいつらが出てこない時間帯だったり。あらかじめ別の場所に送っている時をねらってはいた。
だが、それをこうもはっきりと言いきられ。ダイアモンド・ドッグズ対策とされてしまうとそれも今後は難しくなってしまう。
(俺のダイアモンド・ドッグズが、少年兵に銃口を向ける)
カズにとってそれは受け入れがたい現実だった。
ビッグボスと共に地獄の底まで落ちる覚悟をしていたはずの彼だが、戦場に汚されつくした少年が武器を持って戦争に参加して、消費されて死んでいく姿には一人の兵士としてがまんできないものがあった。
だが、それではどうする?
地元の政府の不信感を買い、対策として少年兵がこの戦場でこれから増えていくことになるだろう。
その時、我がダイアモンド・ドッグズはどうふるまえばいい?
かつて未来を見据えて国家なき軍隊というコンセプトでMSFを作り上げ、世界に革命をおこした男は。この時代にもあの時と同じ革新をもたらそうとしなければならなかった。
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作戦室にはカズ、オセロット、そしてスネークの3人だけがめずらしく集まっていた。
「2人に来て貰ったのはほかでもない。作戦を終えて我々には新しい謎と問題、そして多くの処理すべきトラブルが残されたことがわかった。これを、なんとかしたい」
それには同意する。
あの作戦では事実、ダイアモンド・ドッグズは危うく機能不全をおこしかけて今日にいたっている。
「俺が一番多く抱えているので、ここはボスからどうだ」
「ああ」
スネークは疲れた声を上げる。
クワイエットのことも問題だが、こっちも問題だった。
「スクワッドは開店休業になる。アダマの奴は持ち直してくれたが、シーパーは――結局片足を失った。弾が、血管をふさいでいて腐るから、と。
奴はさばさばしたもので、引退生活をどうするか。近日中に決める、と」
「ううむ」
「他の奴等もいろいろあってな。2週間は動けない。そう命令した」
それもあって最近のスネークはあれから”毎日”プラットフォームの病室を訪問している。
「部隊の補充についてはどうする?ボス」
「それについては――やはりまずはオセロットが先にしてくれ」
バトンが渡され、オセロットが口を開く。
「例のマザーベースを襲撃したPFの事情聴衆はもうすぐ終わる。ボスの思った通り、奴等のリーダーは元MSFだった。
コードネーム、モスキート。どうやらMSF壊滅後は、一緒に動いていた部隊で細々とやっていたらしい。
が、彼だけが生き残った。
最近、ビッグボスとミラーが派手に業界に戻ってきて。なぜか恐怖心にかられたらしい。
たぶんだが元々、不安定だったんだろう。あんた達が自分を殺しに来ると本気で思っていたそうだ」
「バカなことを……」
「どうかな。奴はなんとかこの9年を生き延びたのに。ダイアモンド・ドッグズの急成長を知ってあんた達の力を思い知らされて恐怖した。おかしな話ではない」
「身近な元MSFのメンバーには再開後には戻らないかと俺は声をかけていた。断られたぐらいで……そもそも敵対する理由はない」
「だが理由があると考える奴は存在した。正面からでは相手にならない以上、俺達を奇襲するしかない」
スネークは電子葉巻を取り出しながら2人の言葉を遮る。
「それで、どうしてここがわかった?」
「奴はミラーの用心深さを知っていた。だから、わざと自分から敵になる様な事をまわりに吹聴しつつ。俺達と接触した傭兵に接触をくりかえしていた。例の、元スクワッドもそれで呼び寄せたらしい」
「奴は、どうして我々を?」
「簡単なことだ、カズヒラ。俺達は傭兵、雇用関係が終わればそこまでだ。奴はボスを身近に見てここを離れたが、離れた先で伝説の傭兵を殺した男という栄誉の価値を知ったのだろう」
「フン、なるほどな。伝説を殺した男に自分がなる、か」
「本人は死んだ。同僚と一緒に――」
かつての仲間との再会、最低な時だってあるだろうが。それがこうも……。
「それよりこっちも問題だ。CFAの捕虜、だいたい40人ほどか。彼等はほとんどが戦闘職で、うちへの加入を希望している。カズヒラもそれを了承してしまったので、ちと扱いに困っている」
「そうなのか?」
「ああ、知らないのかボス。うちはもう誰でもウェルカムという弱小PFではなくなった。基礎、応用、経験が重要になっている。あいつら全員の技術のレベルを把握するには時間がいる。
そしてもう一つ、このままでは今のうちでは全員を収容できない。ここの空きスペースが足りないし、建設スピードが追いつかない」
「それら一切についてなんだが――考えがある。2人に聞いてほしい」
カズは待ってましたとばかりにそう口にすると、自身の新たな計画について話しはじめた。
「あれから現在も、マザーベースへの脅威は去っていないと考えている。
巷では我々への攻撃を口にするPFが後を絶たない。探ったとしても、奴等が先に攻撃してきたらこちらから部隊も送り込めない。
すでにやれることはやっているので、これ以上神経質に我々の痕跡を消そうとしても。その効果はどれほどあるのか、疑問がある。
そういうことで物理的に解決することにした。
このマザーベースの防衛のために、前線基地となる新たな水上プラットフォームを用意する。こことそっくりの、囮のマザーベースだ。
もちろんそこにはここと同じ機能を持たせるが、他にもそういった奴等を迎撃するシステムを導入し。そこに奴等を引きよせてから撃滅する」
「つまり――アリ地獄のように、襲撃を迎え撃って。逃がさない」
「そうだ。情報をつかんだら、まずは前線へ向かうように工作をし。その間にこちらも向こうを見つけ出すことになるだろう」
「――戦争になるんじゃないか?本気か、カズヒラ」
「それは仕方がない、軍事的脅威の高さを理由に向こうが先制攻撃を仕掛けるというなら。我々は防衛するしかない。同じように我々も相手の先制攻撃への脅威を理由に攻撃するしかない」
「商売をしながら、同業者の足の引っ張り合いとは。おそれいる――」
スネークはうんざりした声で吐き出すが、この程度でそれは困る。
「すでに前線の候補地は見つけてある。最初のここのようには来週末までにはそれっぽくはじめられると思う。
そこで、今ある戦闘班の他に警備班を設立。マザーベース防衛専門の戦闘部隊を作りたい。オセロット、持て余しているようなのはここに入れてしばらく様子を見るのはどうだろうか?」
「それはつまり、戦闘班の実力を落とすな。迎撃部隊はゼロから作れ、ということか?」
「当面は攻撃はない、許すつもりはない。サイファーからの攻撃、とは思いたくないが。そのカウンターへの対策は万全にしておきたい」
「ふむ、考えてみよう」
「サイファー?カズ、お前は今回の襲撃をそう考えているのか?」
問われると、カズは大きく息を一つ吐き出し
「俺はそう思っている。真実はわからん、多分わかることはないだろう。だが、あの”荷物”にわざわざ髑髏部隊をつけていたことなどを考えると。こちらの襲撃を予測していただけでないと思う。うちへの攻撃のタイミングが的確過ぎた。これはなにかないほうがおかしい」
「――ふむ」
証拠のない話なので、誰も同意はしないが。その可能性は捨てきれないことは全員がわかっていた。
「それとサイファーの名が出たので言うが。調査は進んでいない。運んでいたのは少量のウランぐらい、奴等が話していた核兵器ビジネスの関係か、とも思ったが現実味はない。
引き続き調査は続けるが。今は別の方面から切り込んでいこうと考えている」
「ほう?」
「医師だ。ボス、覚えているか?
例の工場、あの地獄だが。寝かされた患者は大勢いた。彼らの様子を見ていた医師がいたはず。同時に、あの症状が何が原因か手掛かりを探していく予定だ」
「勝算はあるのか、カズ?」
「……正直にいえば、ない。だが他に手がかりはない。
それと話しておかないといけないことがまだ一つ、ある。
CFAは組織の一部に空白を作ったことで内部で混乱が起きている。同時に現地PFを中心に我々への対策ということで、少年兵を増やそうという動きが出ている」
「少年兵?あの、坊主達か」
「そうだ。人攫いビジネスも儲かるようで、このあたりだと少年を持つ母親はそばに置いていても連れ去られると悩みの種になっていると聞いた」
「――政情不安定なこの地域だ。もともとあるシステムが活発になってるというだけだろう」
「オセロット、そうとも言えない。事実、これによって俺達の行動範囲はせばまってきている」
「なに!?そうなのか?」
ここが勝負の時だった。
体をボスへと向けると、カズは朗々と自分の考えを披露しはじめる。
「俺はこの動きへのカウンターとして、DDRを計画し、用意している。
これは”武装放棄””動員解除””社会復帰”と進める事で少年兵を戦場から切り離し。一般社会の中へと放流するというシステムだ。
奴等が俺達に少年兵という兵器をつかうというなら、俺達はこのシステムで奴等の兵器を、無効化する。そのためにDDRは必要なものだ」
一瞬の静寂は、カズヒラ・ミラーの背に冷たい汗を浮かび上がらせた。
「カズ」
それはいつもと同じ彼のボスの言葉だったはずなのに、込められている感情の複雑さを表現する言葉はなかった。
「本気で言っているのか?」
「そうだ、ボス。
この理念は、これからの戦場で絶対に必要になるものだと考えている。同時にそのノウハウを集めることができれば、大きな変化を生みだすはずだ。未来のための投資、それがこのDDRだ。
ボス、そこで話があるんだが。
例の居住区のガキ共。あそこを仮のNGOの施設としたい。当面はあそこを拠点として、来年の半ばまでにはちゃんとした外部の施設に形を用意する。それまでの辛抱……」
オセロットは会話のある部分から、いきなり押し黙ると空気となった。
表面では普通にしていたが、その眼の奥をこの時、ビッグボスが覗きこめばわからなかったはずはないだろう。
彼は、なにかをたくらんでいた。
また明日。