久しぶりの任務は、真昼間におこなわれることとなった。
スネークは誰も相棒を連れず、ピークォドから降りると先に来ていたフラミンゴとゴートの部隊に近づく。
スクワッドでは2番目に軽傷だったフラミンゴが、一番に復帰したのは皮肉だった。彼女よりも軽傷だったハリアーは、味方への間接的誤射から精神的な動揺が続いていて、むしろ復帰は長引きそうだと言われていた。
「ビッグボス」
「――それか、今回の?」
「はい」
そういうと置かれていた武装を詰め込める小さなコンテナから、ゴム弾を使用するライフルとサブマシンガン、ショットガンと次々取り出してスネークに渡す。
「頭部なら一発ですが、他だとそうはいきません。あと、こうした武器の性質上。やりすぎれば――」
「ああ、死ぬ。わかってる」
「こいつには大人も子供もありませんから、気をつけないと駄目でしょう」
今日の彼等のビッグボスは様子がおかしかった。
集中はしている、いつものようにそれは凄まじく感じることができる。だが、なにか違うのだ。
「よし、いくぞ――さっさと終わらせよう」
そういって移動を開始する彼等の無線にカズが任務の説明を始めて聞こえてきた。
『最近、マサ村のCFAの大人達が消えたという情報が入った。どうやら自分たちがつかっていた少年兵に殺されたらしい。
まさに飼い犬に手を噛まれた、というわけだが。問題はその後、近隣周辺の村や町で略奪行為を始めた。
今回の依頼人である一般市民の彼等が望むのは”マサ村にいる少年兵の排除”。排除とは言うが、子供は殺すな。殺すことは許さん――』
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お前は王なのか、といった奴がいた。
そうだ、俺は王だ。お前達とは違う。
遥かに優れた存在なのに、遥かに劣った運命を押し付けられたどうしようもない男。それが俺の未来。
そいつはなぜか、俺をサクソン人を前にしたアーサー王に例えたが。真実をいうなら、俺は鉄仮面の王子よりも哀れな奴だ。誰にもわからない牢獄の中で、死ぬまでそのまま。
そんなのは御免だ。
だが王の気分は楽しませてもらう。
大人達を殲滅した翌朝は大騒ぎだった。それまでのうっ憤を晴らすように、寝床の奴等を切り刻むと。その体の部分を皆で持ち運んで、奴等がやったように川にむかって次々と投げ込んでやった。
次にそいつらを指揮して奴等の周辺の基地を攻めたり、物資を奪ったりしていたけれど。なにかあったようでCFAがここら一帯から手を引くそぶりを見せたせいで、少年達の目標は近隣の住人へと向けられた。
川に漁にでてきた者、商いの移動をしていた連中を襲うと銃で大人達を散々おびえさせてそれを大いに喜び。容赦なく殺すと、やはり死体を川に放り込んで全てを奪った。
漁師は子供がいたが、親を殺して子はさらってきた。子供なら自分達と同じ、殺さずに仲間にしてやろうというわけだ。
あいつらは本当に間抜けで馬鹿だった。
大人から解放されたのに、その大人と同じことを自分達で繰り返している。
それよりも俺は周辺の地図を頭の中で開いていた。夜、1人でそいつらの基地などに出向くと偵察をして確認していた。
奴等は何故かはわからないが、少年兵をやたらにあちこちに配置しようとしている。あれを、俺の軍隊。俺の兵にしたい。大人を全員殺し、子供だけの軍隊。
世界に住まうすべての大人達はすぐに死に絶えるべきなんだ。その意志は、日増しに強くなっていく。
これからも俺は奴等の子供達を率いて大人を殺す。
見た奴全員、必ず殺す。
世界中の町から大人達が消え去れば、きっとこの自分の中にある怒りも静まることもあるかもしれない。
それを俺は”試してやろう”とあの時から計画している。
ふと、妙に周囲が静かな事に違和感を持った。
この時間、あいつらは仕事をしているはずだが。大抵は遊び始めるので、馬鹿騒ぎがこの真っ二つになった船の上まで聞こえてくるのにそれがない。
鼻を引くつかせるが、危険は感じない。いや、わからないだけか?
腰のホラ貝を口にあて、ブォ―っと思いっきり天に向かって吹く。
これはサイレンのかわりであり、集合の合図でもある。すぐにあのコバンザメのように自分につき従うエテペが、ここに転がりこんできて「どうしたらいい」と指示を欲しがるはずだ。
俺はゆっくりと王のように歩き、王座のように置かれている椅子の上にどっかりと座る。
そうだここは玉座だ。
目の前に置かれたあいつらの貢物、野ブタの生首にはハエとウジがわいてひどい匂いだ。だがその匂いこそが愛おしいと思える。
大人達はこうやって大地に消えていくのを知っているから、そう感じることができる。
だが、どうも今日はおかしい。
合図に慌てる馬鹿な「走れ」とか「急げ」とかいう大声も、なく。駆け昇ってくる音に船が揺れる事もなく。なによりまだ、誰もここに来ようとしていない。
それでも少年は、王は椅子にふんぞり返って”誰か”が来るのを待ち続けた。
しばらくするとようやく階段を静かに昇ってくる音がした。
だが、それは大人の体でなければ出ない音だとすぐに分かった。
「お前はホワイト・マンバか?」
そいつは現地の言葉で聞いてきたが、それは流暢ではあってもこいつがこの国の奴じゃないことはすぐに分かった。
「親に貰った名は棄てちまったのか、坊主」
ああ、それは俺に聞いちゃいけないことだったよ。ただの大人め。
山刀を抜き放つと、ゆっくりと奴に近づいていく。子供のやることだからとなめているのか、向こうは身構えるそぶりも見せない。
声もなく殺してやる。
だが、実際は山刀を叩き落とされ。自分も叩き落とされていたことにホワイト・マンバは初めて驚愕した。大人といえども、自分のような優れた力を持つ奴の本気の攻撃にカウンターをあわせられるとは信じられなかった。
(こいつは涼しい顔で山刀を叩き落とし、俺の頭を拳で打ちぬこうとした)
ズキズキと痛み、チカチカする目を無視して走り出しながらそう分析する。自分が子供だから助かった、自分の体が小さいから気絶しなかった。体が大きく、体重がもっとあればさっきの一撃で意識を完全に刈り取られてしまったことだろう。
廃船の中を走り回り、角でしゃがみこむとあいつの気配を探ろうと試みる。
失敗した、どこにいるのかわからない。
そのかわりに後方でなにか音がしたと思うと、次の瞬間には床の上に自分は背中を叩きつけられていた。ジュ―ドーの背負い投げ、それに近いやり方で少年の肺の中の空気が強制的に吐き出し。気が遠くなりかけて、慌てて酸欠状態で呼吸にままならなくても再び駆け出した。
「まだだ、まだ終わらない!」
気合を入れるために叫ぶ、意識をしっかりとする。立て直しだ、やり直しだ。
走りながら消化斧を両手にして、薬品棚の中にならべておいた瓶も回収する。
「これでもくらえ」
子供っぽかったか?
いや、それでもかまわない。
思いっきり瓶を投げつけるが、相手は平然と義手でそれをはじいてしまう。
(片目、眼帯の男!?)
この時漸く少年は、ホワイト・マンバは敵の顔を確認した。
戦場を歩くと噂されるように傷だらけの醜い顔だった。スネーク、ビッグボス、多くの名前を持つ伝説の英雄様。
気がつくと自分の腹の底から突き上げる怒りにまかせて走り続けていた。
瓶を投げ続けたが全てはじかれ、斧を投げつけたら簡単に叩き落とされてしまった。あまりにもあっさりと、自分が普通の子供であると教えてくるように平然とそれをやって奴はこっちにあるいて近づこうとしてくる。
少年の頭は怒りで頭がおかしくなるのではないかと思った。
虚仮にされたと、屈辱だと思ったが。
同時に理解できてしまう。あれは”弱い奴”に対してする、そういう余裕がみせていることなんだ、と。
拾い上げた山刀で再び飛びかかったが、結果は変わらない。
むしろ今度は自分の脚が笑い始めて、動けなくなる寸前だと訴えていた。
まだだ!まだ終わらない!!
少年は無様に転がり落ちていた自分の玉座を手にして突っ込んでいき、スネークを壁へと貼り付かせようとした。続いて動きのとれない相手に――残った片方の目を抉ろうとして――ナイフを付きこんでいこうとした。
世界が爆発した、ようにホワイト・マンバの小さな体は翻弄された。
3度の衝撃をたえぬくと、そこに振り上げられたナイフが彼の横の床へと突き立てられる。
「お前の負けだよ、坊主」
あいつは――ビッグボスは不機嫌そうにそれだけ口にするとホワイト・マンバの体を拘束する。
少年は思わず、鼻がツンとして必死にそれを表面に出さないようにこらえた。この屈辱も、これまでの怒りも。その全てをこいつに、世界の誰よりも憎い大人であるビッグボスの前で子供のように泣くなど自分を許せなくなりそうだった。
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カズヒラ・ミラーは部隊の送り迎えには必ずプラットフォームに顔を出す。
彼は作戦を決めるが、戻ってくる部隊を迎えるのも彼の仕事の1つだと考えていた。だからこの日も、当然のように姿を見せてはいたものの。
なぜかヘリポートまでは下りずに、高台から見守っていた。
すでにラサ村での任務の成功は聞いている。
20名近い少年兵達を現地で武装解除させて回収、彼等を率いるホワイト・マンバを抑えたことで動員解除もなされた。あとは戦場を忘れて一般社会へと帰ることが出来れば、成功となる。
まだまだ気は抜けないが、それでもカズはホッとしていた。
(ボスは反対するかもしれない)
漠然とした不安を彼自身も持っていた。
今日の任務はそんなスネークの本心が知りたくて、わざと彼に任務を回したのだ。最悪だが、撃ち殺した少年兵の死体を並べてみせて「手加減できなかった」と言い放たれることも覚悟はしていた。
だが、現実には全員がたいした怪我もなくヘリから降りて来て兵達に居住区へと導かれていっている。
溜息がこぼれた。
「なんだ、心配でもしていたのか。カズヒラ?」
「ん、まぁな」
背後から話しかけてくるオセロットにそうかえす。
この男はかつての職業の名残か、時折こうやって人の背後に立っていきなり声をかけるという悪癖をもっているが。今日のカズはそれをイラと感じずにいられるほどに、心が穏やかでいられた。
ヘリポートの側では帰還したばかりの部隊と、迎えた兵士達が話していると最後のヘリ。ビッグボスとホワイト・マンバの乗ったピークォドが降りてくる。
「あれがホワイト・マンバ?」
「白人だな。あれが、あの村を支配していたのか」
クソ生意気なガキだというのは、ヘリから降りてくる態度を見ただけでわかる。
だがボスはそのクソガキを気にいったらしく、後ろから追い抜きざまポンとその背中を叩いていった。
報告では特に苦労はしなかったと言っていたが、あのビッグボスがそんな茶目っ気をあらわす相手ということは、あの小僧を認めているという証である。
カズはホワイト・マンバに別の意味で興味を抱き始めて――。
背中に感じた衝撃の後、あいつが言い終えていったことで理解した。
「アウターヘブンへようこそ」
そんな事を口にしてあいつは俺の背を叩いていった。大人がマヌケがガキをあやすように、親が子をあやすようにそう言った。
今日だけで2度目の怒り。
すぐさまあいつの腰に飛びつき、そこにあったナイフを手にするとがむしゃらにそれで刺そうとした。
あいつはやっぱり冷静で、あっというまに手からナイフをはじき飛ばしてみせると。鼻を殴りつけてから簡単にこっちの体を投げ飛ばしてみせた。
それだけではなく、今度は固めた腕をさらにひねりあげて肩から外してみせる。
――ぐうぅ
ホワイト・マンバは肩が外れる痛みを知らないわけではなかった。だが、鼻を折られて血まみれの顔で外された痛みはそれ以上の苦痛を本人に味あわせていた。
最後に吹き消してしまいそうなそれを頼みに、必死にプラットフォームに転がったナイフに手を伸ばしたが。こちらよりもさきに、あいつのほうがナイフをプラットフォームの上から取りあげてみせた。
「いいか、坊主。よくおぼえておけ」
物を知らない子供に教えるように、やつは彼の前で、彼の目を見ながら話しかけた。
「仲間には銃もナイフもつかうな。それがここ(アウターヘブン)でのルールだ」
そういうと立ちあがって腕を外した本人が、力強くそれを元に戻す。襲ってきた苦痛はかわらないが、心の中に別のなにか温かいものをわずかに感じる。
まだうめきながら、折れた鼻から流れる血を抑えているホワイト・マンバを見下ろしながら、電子葉巻をくわえて続けて
「ここには銃もナイフもプロはごまんといるが。学ぶのは、頭を使う生き方だ。それができるようになったら、ここをでていってもいい」
そういうと白い煙を吐き出した。
(あのクソガキ!?)
ビッグボスを襲ったその動きを見てカズは驚いて目を丸くしていた。
「子供離れした動き」そういうしかない、まったく躊躇いのない攻撃。あれはまさに軍人として訓練を積んだ奴でなければできないような凄みが刃先にこもっているのを見てしまった。
そしてなぜか、2人が離れていくとすぐにカズは後ろのオセロットを見るために振り向いた。
そこにオセロットはもういなかった。
一番面白い部分を見逃してしまったのか……あの男が?ボスの長く、古い友人という奴が?
心の中をざわつかせるものがあった。根拠はまったくないが、この不安には到底無視できない”なにか”を感じていた。
オセロットを、あの少年を、今回の依頼について調べなければならない。
だが、それはとても危険な物が飛び出してくるように考えてしまうのはどうかしているのか?
ホワイト・マンバはこうして名前を取りあげられ、本名と皆と同じ部屋をダイアモンド・ドッグズで与えられた。
彼はもうホワイト・マンバではない。イーライ、それが彼の名前だ。
彼は敗北して、皆と同じ子供になった。
もう、王様じゃない。