マサ村攻撃から数日後、ついにマザーベースにもアンゴラで猛威をふるうという奇病が上陸した。
複数のプラットフォームに勤めていた兵士達が、ほとんど同時に倒れ。医療室へと運ばれていった。
まだ、はっきりとしたことはわからないらしく。
対応策はまだ出来てはいないものの、これ以上の感染拡大阻止と治療法を求めて探し始めていた。
その2日後、昼のこと。
オセロットは久しぶりにプラットフォームの上で黄昏れているビッグボスを見つけてちかづいた。
イーライを確保してからこっち、彼の元気がない。
ここしばらく、スネークは医療棟に足しげく通っている。
そのたびに傷だらけの顔に悩みが濃く出てきてもいる。何か考えているのだ、しかしそれを口に出せないのは答えがないからだろう。
オセロットは今日、それを吐き出させるつもりだった。
「ボス、ここか」
「――イーライはどうだ?」
「あの小僧か?最悪だ、だが見守るしかない」
「そうか……」
これは重傷かもしれない。
「ボス、あんた医療棟ばかりいっているそうじゃないか。そんなに暇なら――」
「……」
「やめだ」
「ん?訓練の話か?」
「違う、なにを考えている?悩みがあるなら――聞こう」
――俺達は国を棄てる
あれは10年前、そういって俺は自分の言葉で皆に伝えようとした。
俺達は地獄へと落ちる。だが、ここが俺達にとっての唯ひとつの場所。
天国でもなく。地獄でもない。
天国の外側(アウターヘブン)
だが、時が過ぎるとその言葉が歪んで伝播されていた。
カズは言った「子供は俺達のアウターヘブンでは暮らせない」と。
俺は自分の戦う戦場を選べとは言ったが、戦場を選ぶ側を区別しろとは言わなかった
自分の本心から出た言葉が、あの時に共に理解しあっていたはずのカズにすら彼の解釈が歪められていたという事実。長い眠りから覚めてから、それがボディーブローのようにきいてきているのだ。
「ボス、あんたに伝説の傭兵の話をしよう――」
オセロットはそう言ってからビッグボスという男が眠りについた9年間の世界の傭兵達の物語について語り始めた。
MSFは壊滅したが、それはPFという形になって世界に拡散していった。そして同じように、それを率いたビッグボスの伝説もまた、形を変えて多くの戦場に広がっていった。
彼等はビッグボスの真実の物語を口にするが。ビッグボスの真実は理解していない。
物語を聞けばあんたが英雄で、伝説の傭兵と皆が認めるが。あんたの考えは彼等に正しく伝わることはない。言葉は物語に組み込まれてしまう、組み込まれれば正しく伝わることはなくなる。
「みなはあんたを真似したいと思っている。あんたになりたいと思っている。あんたの意志、抱えているもの、逃れられないもの。そういったものはどうでもいいんだ。
あんたの物語は再び続きを生み出し続けている。あんたにあこがれる連中は、その物語を夢中になって追いかけはじめる。ボス、あんたはもう――」
そこでオセロットは言葉を止めた。
どこからかビッグボスの名を叫ぶ声が聞こえてきたからである。
2人してプラットフォームから下をのぞき見ると、下ではフラミンゴとハリアーが必死の形相でビッグボスの名を連呼していた。
――助けて、助けてください。ビッグボス!
一体何事なのだろうか?
スネークとオセロットは顔を見合わせた。
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見渡す限りの大海原。地平線は青一色。
太陽は高く、光にあふれて雲は一つもない。カモメの鳴き声と波の音、そにれここだと少し厳しい風の音もある。
つっている右腕が鈍く痛い。
だが、考えてみたら自分は山に生きる女だった。
銃を持って山に入り、獣を狩り、その皮を剥いで肉を食っていた。そのせいなんだろう。潮風はやっぱり今でも好きにはなれない。
「おい……あがるぞ?そこにいるよな」
その声に体が強張った。
ああ、ぐずぐずしすぎた。割りきれなかったんだ。
そのせいであの人が、ここへ来てしまう。こんなざまの自分を、見られてしまう。
いつものようにひょいひょいと階段を上って、あの人はさっそく愚痴を言い始めた。
「フラミンゴの奴、最悪だぞ。アクセルをべた踏み、おかげであやうくここらの波間にシートベルトをつけて飛び込むところだった」
「……ボス」
「あいつの免許は本物か、カズにいって確かめないと。運転させてはいけない奴だ」
「ボス、ビッグボス」
「ああ――ワスプ、今日はひどい顔をしているな」
意地悪そうな笑顔を浮かべるスネークの前に。ワスプはその通りにひどい顔をして、その手には38口径がにぎられていた。銃口を、自身の顎の下にぴたりとつきつけている。
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医療プラットフォームの最上階には人が集まっていた。
そこで指揮をしていたカズは、フラミンゴ等に連れられてきたスネークに事情を話す。
「ワスプが、自殺しようとしている」
「本当か?信じられない」
「間違いない。午後の診療前に検査を予定していた。その途中で、警備兵を彼女は襲って銃を奪い。この屋上へ逃げ込んだ。近づこうにも、彼女は――」
そうだ、ここでもトップレベルの力の持ち主。
銃を持ってる相手に接近するのは難しい。
「彼女は同僚女性との会話を拒否している。だから、もうあんたしか――」
「わかった。どうすればいい?」
「一番は説得だ。そうでなければ今の彼女は自殺を止めないだろう。それでは意味がないし、ほかに怪我人も出したくはない」
「そうか――彼女、なんでこうなった?」
「……」
「確かに不安定ではあったが。いきなり、こんな――」
「すまない、ボス」
「――いや、お前が謝る話じゃない。行ってくる」
そういうといつもの調子でいくぞ、と警備兵らに告げてから階段を上っていく。
「化粧するの――忘れてて、検査で」
「そうか」
「あの……ごめんなさい。ごめんなさい、ビッグボス。私――」
「なんで謝る?」
「こんな最悪な、女」
「ワスプ、話をしよう。なにがあった?俺に話せ、俺もお前と話したい」
ワスプは、彼女はなぜか自分のことを話し始めた。
彼女は母親を知らない。見たことがないわけじゃない。酷いクソ女だと理解したから、忘れることにしただけだ。
母親は――そいつは最低の女だった。現在が大事だと言って、今の彼女を肯定する男を激しく愛する女だった。
愛は形を変える。
子供が生まれ、家族になろうと男が言うと。娘と母親を期待する男の視線に激怒して別れる。そういう女だった。
だからワスプには母親はいない。
母親だった女は、どうしようもない奴で。さらにどうしようもない男に惚れて、どこまでも激しく愛した揚句にショットガンで頭を吹き飛ばされた。
酔った男に、約束していた靴を買ってこなかったことに怒った結果。逆に激怒した男に顔をグチャグチャに粉砕されて死んだのだ。
本当にくだらない女だ。
父はそれを聞いても葬式にはいかなかったが。その日はずっと泣いて、ワスプの膝にすがりついていた。
ワスプは父を愛したが、彼は壊れたままだった。
父は奔放な母にふりまわされて、別れる直前には薬が手放せなくなっていたけれど。娘を愛していたから、妻からあらゆる手を尽くして娘を取り戻した。彼はそんなわずかに残った理性を、娘のために残していたが。母が馬鹿な死に方をした後、自動車事故であっさりと亡くなってしまった。
その後でワスプは叔父に引き取られた。その叔父もまた、壊れていた。
戦場が彼を破壊した。緊張のない世界を恐れて、緊張するために危険を好むような人だった。
その人が唯一正気となるのが狩りだった。
狩りを通して、戦場での心得や経験を彼女に伝える時が一番楽しそうなので。彼女は父に似た叔父と狩りに行くことが大好きだった。
その叔父との生活は、次第に苦痛を伴うものとなっていった。
彼の精神がすり減り始めて、一緒に生活するのが困難になったのだ。次第に眠ると、戦場で傷ついて死んだ友人と病で死んだ女達があらわれるといって怯え出した。
たくましかったのに細くなっていった2本の腕を力強くいじりつづけ。両手の指先を血まみれにして、この腕が腐る、この腕からウジがわく、腐れ落ちてしまうと泣き叫んでいた。
最後は拘束具をつけた状態となり。
うっかり病院のスタッフが扉を開放した隙をついて、走り出すと。4階からよく車が通る車道に向かって飛び出していってしまった。
だから、1人になった自分は――。
「あ」
ワスプは必死になって自分の過去をビッグボスに語り続けていた。
だが、その行為に意味がないことになぜかいきなり気付いてしまった。あの叔父の腕は本当に腐ってはいなかったか?ウジがわいて、腐り落ちていたのではないか?助からないと、泣き叫んでいたの間違いでは?
「あんな風には、死にたくないんです」
「なにを言ってる。お前は腕の怪我だ、傷は重くない。治療中だ」
自分の人生でこれほど凄い人物にあえて、一緒に戦えるとは思わなかった。
軍ではクソみたいなことばかりで、クソのような世界だと思っていたが。ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスは素晴らしい男(ひと)だった。
この人に自分は望めるものがあるのだろうか。
「ボス、ボスの本当の名前はなんなんですか?」
「――いきなりだな。今度は俺が話す番なのか?」
「ボスはどこの生まれなんですか?どんな女性とつきあったんです?」
「やっぱり俺の番か、長くなるぞ?ここは実は俺には寒くてな、下で話さないか?」
はぐらかそうとしている?いや、困っているのだろう。
「じゃ、ボス。ボスにお願いがあるんです」
「なんだ?」
「結婚してください。私、今すぐでいいです」
ビッグボスの困り顔は色々見たと思ったが、その時は最高におかしい顔をしてくれた。
それでもなんとか、返事をしてくれようとしている。
「デートも無しか、さすがに気が急ぎ過ぎるだろう」
「ああ、ビッグボス」
笑い声が出た、でもそれはあの時の父と叔父を思い出させる壊れて虚ろなそれだった。
それが自分の喉から、口からガラガラと床にゴミを吐き出すようにこぼれさせている。
「優しいんですね――大っ嫌いですよ」
そこからはきっと自分をほめてもいい。
一度はおろしていた38口径のリボルバーを、利き腕でもない左でこれまでやったことのない速さで自分の喉に押し込んだ。ビッグボスはすでにこっちに走り出している。
今ならわかる、その姿はとても美しい。どう猛な肉食獣のそれだ。みとれていれば、獲物の私はきっとあの腕で蹂躙されてしまうのだろう。魅力的にも思えるが、容赦はしない。
世界に轟音が鳴り響けば、すぐに全てが終わる。
終わっても私の物語には救いがある。ひどくみじめなこの私でも、あの人はきっとあのまま両腕に私を受け止めてくれるだろう。
でも、それだけが私の最後に残された望みの……。
「やめろ!!」
その声は悲しく、直後に響いた一発の銃声にフラミンゴとハリアーは体を震わせた。
ミラーは、じっと動かずにその場に立って。階段に誰かが姿を現すのを待っている。
重苦しい空気が流れ、兵士達が身動きとれないまま時間だけが過ぎていた。
ようやく、ビッグボスがあらわれた。その腕にはなにかを抱き上げていた。彼は降りてくると、手近なところにあったストレッチャーにそれを置きながら、そばのスタッフに口を開く。
「なぁ」
「はいっ、ボス」
「こいつは――ワスプは美しい金色の髪をしているんだ。その、つまりな……」
「わかりました。おまかせください、ボス」
「頼む、俺の復帰からの戦友の1人なんだ――」
自分の頭を自分で吹き飛ばしたワスプの姿を見せたくなくて、スネークは屋上にあったビニールシートに彼女をくるんで降りてきたのだった。
何人かの泣き声が、しずかに流れてくる中。
離れていくストレッチャーの上の彼女を、スネークは見送った。
(設定)
・ワスプ
カナダから来た女性兵士。
身長は178センチあったが、部隊では女性でも一番小さい。
実は傭兵家業は肌に合わなかったが、ビッグボスの復活を聞き。その伝説が本物と信じてBIGBOSSの部隊設立から立候補した。29年の人生だった。