真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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守護天使

 奇病の発症に続き、ワスプの自殺はダイアモンド・ドッグズという巨躯の獣の体の内側に大きな痛みをあちこちで発生させる合図となった。。

 最悪なことに数日前から聞こえていたマザーベース内での奇病の発生とワスプの自殺が関連付けられ、噂が流れてしまったのだ。

 カズは仕方なく、ワスプの死の真相と奇病の発生を正式に認めるとする発表をしなくてはいけなくなった。そのために誰もが望まなかったが、ワスプの体にメスが入れられてしっかりとした報告書も用意された。

 だが、奇病のほうはそうはいかない。

 

 マザーベースは正確な発表を39時間後と決定するが、そのまえに緊急事態宣言をだして人の出入りを許さないという方針をひそかに通達した。

 

 

==========

 

 

 「これを見てほしい」

 

 スネーク、カズ、オセロットは一室に集まると最新の情報と併せて奇病のことについて話し合いの場を持った。

 開幕でカズはそう言って懐から取り出した封筒の中の拡大された写真、数枚を机の上に放つ。

 

「俺達がサイファーを追ってこのアンゴラに上陸してから、ずっと目についてきたものがあった。油田に沈められていた死体、工場に寝かされていた患者達、周辺のPFに広がった奇病。そしてそれはついに俺達のマザーベースにもあらわれた」

 

 死体と同様に胸部に異様な変容が見られ、意識を失っている患者達がそこには写っている。

 

「わかっているのは、肺に水泡が発生すると同時に意識が混濁。徐々に衰弱して死にいたるということだけ。

 その水泡だが、肺の中に幼虫らしいものが大量に詰まっていたらしい。つまり寄生虫、ということになるが。こいつが何なのかがわからない。それゆえ感染経路も、発症条件もまだ特定されていない」

「治療法は?」

「今のところは、ない。

 症状も一定ではないらしい。最初の日に運び込まれてもまだ元気な奴はいる一方で、昨日倒れた奴でも意識が混濁して手の施しようがない奴もいる、と。バラバラで一定じゃないらしい。違いが出た理由もわからない」

「それでどうする、カズ?」

「医療班のチーフ達からの要請を受け、ここから少しはなれにある建設途中だった小さなプラットフォームをまるまる隔離施設にすることにした。その準備を終えるのは20時間後を予定している。

 以降は患者と健常者の見分け方をさぐりつつ、マザーベースでこれ以上の感染を防ぐことに注力し。封じ込めにかかるしかない」

「それだけか……」

「と、いうより。他に手の打ちようがない。新たな情報を求めて、外部の諜報班はこれ一本に集中させている。新情報から解決の糸口を見つけられるかもしれないが。今はそうなるように祈るしかない」

 

 絶望せずにはいられない現状報告であった。

 

「例の作戦で、隊員の誰かが持ち込んだということはないのか?」

「それはないだろうと考えている、オセロット。

 古来から戦場と病は切り離せないものだ。うちでは常にそこを考えて完全な検疫をしいている。スクワッドにはそのせいで足を失った奴までいるんだ。可能性はない」

「――あまり考えたくはないんだが。サイファーの施設で見た以上。これがスカルフェイスからの攻撃ということはないだろうか?」

「バカな!!――いや、すまない。

 実は俺もそう考えなかったわけじゃないんだ。皆、似たような事を思うもんだな」

「それでも違う、と?」

「ないだろう。以前より現地PFの間で広まりつつあるという奇病の症状がこれだという話を諜報班に確認させた。スカルフェイスがそんなことをする理由は思い浮かばない」

「だがな、カズヒラ。そもそもはエメリッヒの口にした『メタルギアをこえる兵器の開発』というのは、俺にはこれじゃないかと思える――」

「奴等は寄生虫を兵器利用した、と?」

「確実なことはわからん。だがお前の言う通りかもしれん。例の荷物にあったウラン鉱や怪しい核兵器ビジネスの話しにつながらない。症状の進行具合を聞いても、大量破壊兵器というほどのものとも思えない」

「……」

 

 ワスプの死より、さらに口の重くなったスネークがこの時ボソリと口にした。

 

「あいつは言っていた――」

「ボス?」

「自分はあんな風には死にたくないんだ、と。

 カズ、ワスプの捜査は終わったといったな?あいつは、彼女はどこで奇病の症状を知ったんだ?」

「正直に言うとわからない。

 だが、そのチャンスはあったことはわかっている。

 

 数日前から彼女はリハビリで調子が悪いと訴えて処置室へ何度か出入りしていたという証言がある。傷の痛みがつらかったんだろうな。

 あそこには通常、厚めのカーテンだけで仕切っているから。奇病に倒れた奴がそこに入れば――彼女ほどの技量の兵士なら、患者の様態をこっそりのぞき見たとしても不思議ではないし。簡単だっただろう」

 

 そうか、スネークは呟くようにそう言った。そういう運命だったのだ、としか言葉が出ない。

 プロのアスリートにも同じように、以前の負傷個所を再びやると人はどうしても不安を覚えてしまう。自身が思っている以上に弱くなる。

 そんな時に噂の奇病がどんなものか、直接自分の目で見て苦しむ姿を見てしまったことで彼女は戦えなくなってしまったのだろう。

 

「俺達が病に倒れれば、ダイアモンド・ドッグズは全滅ってこともあるのか――」

「いや!そうはならないだろう」

 

 弱気な台詞に腹が立ったのだろうか、オセロットは強い調子でボスの言葉を切って捨てたのでカズは驚いた。

 

「――おかしな慰めに聞こえるかもしれないが、そうなったとしてもこの奇病は外には漏れない。マザーベースは海上の城だ。封印すれば、そこからは外には出さないで済む」

 

 話は終わった。

 明るい話題など最後までなかった。

 オセロットの顔には悩みから来る深い皺が刻まれていたが、彼はそれを口にしようとはしなかった。

 

 

 

 オセロットは自室へと戻ると、乱暴にジントニックを取り出し。グラスに氷をブチ込むと、そこに瓶の中身をなみなみと注ぎこんだ。

 マズイ状況であった。

 ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスは完全にこの奇病に動きを封じ込まれてしまった。せっかく攻勢に出て、これからという時だけに、ここでの停滞によって見えかけたサイファーの後ろ姿を、スカルフェイスの行方を再び見失ってしまうかもしれない。

 

 ソ連にもたらそうとした二足歩行兵器群、そしてアフリカで始めるという核ビジネス。それに寄生虫兵器がどうからむ?

 やはりなにかが、真実のピースが足りないせいで向こうの考えに追い付けていない。

 

(やりたくはなかったが、しょうがない……)

 

 席を立つと、奥の部屋からバッグを持ってきて机の上に置く。その中から手提げバッグ並みの大きさをした長方体の携帯電話がでてきた。受話器をさっそく手に取ると電源を入れる。

 できればこれはやりたくはなかったんだが……。

 

 9年前、MSFを失った一件からカズヒラ・ミラーはマザーベース内にも外部と連絡する通信などを監視するようになっている。当然だろう、オセロットだってそうしたはずだ。

 だから自分のネットワークを使うとするなら、少なくともこのマザーベースの外にいる時にやるしかない。

 

 しかし今は緊急事態、オセロットといえどもここの外に出ることは許されないだろう。そうなると味方に盗聴されるとわかっていてもやらねばならない。

 

 すぐに相手が出るが、無言のままだ。それでいい、そういう手はずになっている。

 オセロットは私的な話を一方的に始め。何カ所かに指示を出すように言うと、最後に大切なことに触れる。

 

「フランスに連絡をいれてくれ。フランス、とお前が言えばそれでわかる奴がいる。メッセージを頼む」

――……どうぞ。

「オセロットからだ。『サイファー、スカルフェイス、寄生虫、情報』以上だ」

――他には?

「ビッグボスには助けがいる。それでいいだろう、急いでいる」

――伝えます、では。

 

 それだけ言うと向こうが連絡を切る。

 オセロットも受話器を戻すと、グラスの中の液体を舐めた。

 カズヒラは優秀で抜け目のない男だ。この連絡がどこに向けて発せられたのか、すぐに調べ始めるだろう。

 危険はあるが、しかしそれでも今のままでいるよりはいい。

 

 この奇病がマザーベースにいる全ての人を牙にかけるとは思わない。

 だが、その脅威に怯えて耐えきれないとパニックをおこす奴は必ず出てくる。そいつらが出てくるその前に、この一件は処理しなくてはならないのだ。

 ビッグボスを守るために。

 彼のためにダイアモンド・ドッグズを守らねばならない。

 

 

==========

 

 

 いきなりだが、ジョニーは暗闇の中でプカプカと浮いていた。

 もう何度目かの意識を失い、そうしてなんとか自分を守ろうとして生きながらえていた。彼は今、死にかけている。

 ダイアモンド・ドッグズの諜報班に所属していた彼は、自分達のマザーベースになんとか戻ろうとしていたところを現地のPFに捕まってしまい。拷問まがいの尋問を受けて、そろそろ生きる限界が見えて来ていた。

 

「ここだ。そうだ、入れっ。大人しくしろ」

「わかったよ。あんたもそんなにカリカリしなさんな。こんな年寄り達に――」

 

 自分が転がっている小屋の外で声と動きがあることで気がついた。

 なにがおこっているのか見ようと、必死に体を持ち上げて腫れあがって塞がってしまったまぶたに力を込め、目を開こうとするる。

 穏やかな表情の老齢の夫婦らしい人影が見えた。声から老人のように感じたが、どちらも背筋がしゃっきりしていて、大柄だった。

 

「おや、ここには誰かいるようだが?」

「あら若い子?」

「いいから!お前達はここに入ってろ」

 

 兵士に銃口でつつかれ、いやいや土に汚れた床の上に座る夫婦の人影を見て。自分と似た境遇に落ちてしまった新しいお客さんが来たことを理解した。

 そこで出ていこうとした兵士に起きているのに気づかれ、ジョニーは顎を蹴りあげられてしまい、再び意識が途切れた。

 

 

 彼がこうして捕まったのには色々と理由があった。

 そもそもの始まりはあの工場でビッグボスが見た患者達である。ミラー副司令の考えで、あそこで患者達を見ていたはずの医師を探すべく。ジョニーは何人かの仲間と一緒に捜索を開始した。

 とは言っても、スカルフェイスだって馬鹿じゃない。医師達がいたとして、それが生きている可能性はとても低いように思えた。あそこでなにがおきているのか知っている人物を、あのような輩が放っておくとは考えにくい。

 実際、それはほとんど手掛かりも得られず、無駄足ばかりを踏んでいた。

 

 ところが医師達は生きていた。

 海外の”行動する医師”なるNGO系列に所属していたボランティアの医師が生きていた。情報を確認した数日前まで、彼等は山賊のような連中に捕えられていて。殺されるのが目前だと脅されていたらしい。

 そこから何者かによって救出され、ひなびた病院に預けられたことでわかったことだった。

 

 ダイアモンド・ドッグズは彼等を無事に本国に帰るルートを用意するかわりに情報の提供を持ちかけた。

 彼等は見聞きしたことはすでにマザーベースでは知っていることばかりであったが、それでも新たに分かった情報もいくつかあった。そんな時である、マザーベースに奇病が上陸したと伝えられたのは。

 

 ジョニーと仲間達は、それを聞いてちょっとばかりやりすぎてしまった。

 あせってしまったのだ。

 気がつくと、武装した兵士達に囲まれ。連れ去られた先で、そこからは尋問と言う名の拷問フルコースで接待を受ける日々が始まった。

 奴等は自分たち全員を殺す気だ、しかしそこで手に入れた情報は多く。今すぐにでもマザーベースに知らせなくてはならなかった。

 

 結局、ジョニーと仲間達は最後の力をふりしぼって脱出を図ったものの。彼以外は再び捕まってしまったようだ。もし誰かが自分と同じように脱出してマザーベースへとたどり着いていたら、すぐにも捜索が始まってここにも救出部隊が姿を見せるはずなのだから。

 

 そうやってジョニーはサバンナの大地をフラフラとさまよっているところをどこかのPFに襲われて、今はこの通りである。ダイアモンド・ドッグズの名前を出せば即座に殺されてしまうだろう。

 今のここでは自分たちは異邦人であり、脅威と思われている。ああ、マザーベースが緊急事態宣言をしてから何日が過ぎたのだろうか?自分にはもう、わからない。

 

 

 再び彼が意識を取り戻したのは、誰かに体を揺さぶられるのを感じた時だった。

 

「おい、兄さん。大丈夫か?死んだのかと思ったぞ」

「まだ……まだ自分は、死ねないんです」

 

 老人、というには大柄な男にかすれた声で返事をする。

 

「そうか。それなら気をしっかり持ってろ」

「はい」

 

 弱弱しく首を動かすが、相手の姿が見えない。そちらを見るには首をのけぞらさないと……そんな力は残っていない。

 部屋の中は窓が閉め切られて裸電球がついているせいで時間の感覚が相変わらずつかめない。

 

「あの――お名前を聞いてもいいですか?」

「そんなことより兄さん、ちょっと話があるんだよ」

 

 唐突だった。

 こっちの話を聞いていないようだ。

 

「あんた、ここに残っていたいかね?」

「は?」

「嫌だから、ここに残っていたいかと聞いている。実は私達は今からここを出ていこうと思っていてね。だからお別れの前に、聞いておきたい」

「――外には銃を持った兵隊達がいるんですよ?」

「ああ、わかってる。だから当然、彼らには内緒で出ていくつもりだよ。で、君はどうする?」

 

 ここから出られる。

 マザーベースに帰れる。なんて良い響きだろうか。

 だが、彼の申し出を受けるには自分は遅すぎたようだった。

 

「一緒に、行きたい……ですが。このザマなので」

「ん?」

「あなたの足手まといになります。それより、もし、上手いこと逃げられたらメッセージを伝えてほしいところがあるんです。届けてくれませんか?」

「いいか、若いの?そういうことは自分の口から言うといい。後のことは任せておきなさい」

 

 ジョニーは礼を言ったと思うが、そこで記憶が切れてしまった。

 どうやら意識をまた失っていたらしい。

 彼がはっきりと覚えているのはそれだけだが。ぼんやりと、その老いた男性が一緒だった女性と楽しげに話しながら自分を肩に担ぎあげたり。こっちをトラックの荷台に転がして、大騒ぎしながら悪路をトラックで走ったような気がする。

 

 

 とにかく、次に目が覚めるとそこは病院の一室で。

 自分を助け出してくれた人たちの姿はもうそこにはなかったが。

 なぜか諜報班の他の仲間達が駆けつけて、心配そうに自分を見ていてくれていた。ジョニーは何をするよりも先に思い出せる限りを一気に吐き出すことで伝え終わると、ようやく久しぶりに心地よい眠りに身をゆだねることができた。

 

 もう安心していいのだ。

 だが、あそこから自分をわざわざ連れ出してくれた夫婦らしき2人。彼らはいったい、誰だったのだろうか?




それではまた明日。

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・老夫婦
Q.正体は誰ですか?
A.MGS3をプレイしてきましょう。きっと想像力が刺激されます。

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