真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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MSF(Militaires Sans Frontieres)、壊滅!!

「ボス、怪我はありませんか?」

「ああ――まぁ、かすり傷程度だ。なんでもない」

 

 ヘリには同乗していたメディックにそう答えると、向こうも慣れたものでようやく腰を下ろした蛇の身体を手早く無事を確認し、一礼して離れていく。

 任務は大成功だったが、納得できないことも多かった。

 なにかの手掛かりになるかと、無理をして捕虜たちも回収してみたが。そのあたりの事は勘の良いカズが察してすでに動いているはずだった。

 それでも、彼等がそれを見越してのMSFへの潜入しようとするエージェントだとも限らなかったので。わざわざヘリを2機用意してもらったわけだが。

 

(とにかく、問題はひとつ片付いた。そのはずだ)

 

 任務の後、どこか全体像がぼやけてぬらりとした触感を思わせる。これは過去の経験上、さらなるなにかがあると想像させるのだが。情報が圧倒的に足りないせいでその不快に感じる部分の正体が皆目見当がつかないのも、いつものことではあった。

 

「スネーク。スネーク!」

 

 少年の、すでにいつもの闊達さの片鱗を取り戻しつつあるように見えるチコの力強い警告の言葉に。悩むことにとらわれている蛇は現実に引き戻される。

 

 振り向くとそこで少年が、少女の腹部に作られた醜い縫合後を見つめているのを確認した。

 

「メディック!!」

 

 すぐに声を上げると異変を察知してパスに近づく。蛇は変わりに足首にボルトを打ち込まれて歩くことのできないチコを抱き上げて、誰にも邪魔にならないように場所を移動させた。

 

「罠だ、人間爆弾かっ」

 

 怒りが自然にわいてくる。

 少年の不安げな目が自分に向けられている。今、ここで何がおこっているのか。

 この少年に教えることなどできない。そんなひどい事、出来る筈がない。

 自分は甘かったのだろうか?

 国の定める法律の外、そこに作られた無法の刑務所とはいえど。幼さの残る少女と少年に、まさかここまで非道な、むごいことはしないと思い込んではいなかったか。

 

 思い出せば、あの停電の中でも非常灯で消えることのないあの場所。あそこの床にこびりついていた血の跡を誰か別のものだとあの時の自分は思おうとしていた。

 違ったのだ、あれはパスの血だった。

 奴等の特別房、それは尋問する側ではなく。される側を指していたのだ。

 

 サイファーは、ゼロは自身が送り込んだ少女の最期の使い道として蛇に爆弾を添えて返してきたというのか?

 湧き上がる怒りを飲み込む、吐き気を覚える所業に頭がどうにかなりそうだったが。今は感情に流されるのではなく、何よりも優先しなくてはならないことがたくさんあった。

 

 MSFに戻る前に、急いで彼女の中からそれを取り出さねばならなかった。

 だが、移動するヘリの中で。優秀とはいえメディック1人で適切に麻酔を投薬しながら開腹するなんてことは出来るはずもない。

 メディックもあえてそれには触れず、これから”やらねばならないこと”だけを口にして、こちらに協力を求めてくる。

 

「すぐに取り出します。麻酔間に合いません、無しで開腹します」

「抑えるんだ。早く抑えろ」

 

 傷ついた無垢の少年は、蛇の言葉にだけ反応しておずおずと眠ったままの少女の体に手を伸ばしてようやくのこと触れる。そのしぐさの意味することなど、今の蛇が気にすることはできなかった。

 ヘリの中は俄かに緊張を増してきている。

 

 そこからの出来事は、まさしく言葉では言い表せないものだった。

 意識を取り戻さぬまま少女は腹部の傷を再びこじ開けられ。そこに無遠慮にメディックの手が入っていって身体の中をまさぐりだすと、目を覚まさない少女は激痛に悲鳴を上げ。泣き叫びながらも身体は狂ったかのように力強く飛びはねようとする。

 それを蛇と少年、メディックが必死になって押さえつけて拘束し、爆弾の在りかを探しつづける。最低の気分だ、例えそれが必要なことだったとしても。

 

 そして、はらわたの奥からそれが引きずり出される。

 悪趣味な罠は悪趣味な梱包がされていた。

 平和のマーク、ピースサイン。

 

(平和を愛する少女の中に、平和のマークを刻印した爆弾とは。悪趣味な)

 

 不快感と共に、それをヘリの外に広がる海へと蛇はさっさと放り出した。

 メディックはその間にチコに手伝わせ、再び少女の腹部の傷を閉腹するために縫合している。危機は去った、そう思うとやっとの事で今夜の肩の荷が下りた気がした。

 

『ボス、あなたに』

 

 コクピットからの連絡で、疲れ切った頭のまま蛇は無線機に意識を向ける。

 

『ボス、聞こえる?』

「ヒューイ、どうした?」

 

 そうだ、まだ終わっていなかった。

 蛇は我が家であるMSFが、今この瞬間にもIAEAの核査察を受けようとしていることをうっかり失念しそうになっていた。それほどに今夜の世界は騒がしい。

 

『”来客”は予定通り。資料は棄てて、格納庫は除染、スタッフの口裏も合わせた。大型兵器は隠蔽、メタルギアは海底に退避、核弾頭も一緒だ。

 大丈夫、査察は君が帰る頃には終わってる』

「そっちはまかせるぞ」

『IAEAの連中、僕達を平和の守護者だと思って帰っていくよ。じゃ』

「……」

 

 相手に妙な高揚感のようなものを感じて、蛇は眉をひそめる。

 よく考えれば、この時もっと怪しんでおくべきだったのかもしれない。

 だが、蛇は脱出劇で遠く任務からの帰還の最中、頼みの副官はそこから連れだした別の囚人達の身元を洗うなどして手が離せず。

 肝心のMSFが、完全に1人の男に任せる状況になっていたことに危険だとは考えることが出来なかったのである。

 

 

==========

 

 ヒューイ、彼は科学者である。それもすぐれた科学者である。

 核抑止なる理想の実現を、と唆された彼もまたCIAによって南米に渡った。

 そこでおきたピースウォーカー事件で蛇とMSFに出会い。彼等に自身の技術を提供することで、その解決に尽力した。

 

 その最大の成果はMSFで生み出したZeek(ジーク)と名付けられた2足歩行戦車、メタルギアである。

 生まれながらに足を悪くしている彼はどこか気弱というか、優しさのようなものがにじみ出る人物に周りから思われていて。だからこそこの事件の始まる直前、国連を通してIAEAがMSFに核取引の疑惑とその解明に査察を受けいれるように通達してきた時。それを受けるように強くまわりに勧め、暴走するかのように勝手な事をしだしたことは蛇もカズも驚いたものだった。

 

 

 その彼は、自身が引き受けた役目を果たそうとしている。

 今、MSF上に海面の船舶から乗り移ってきた査察団を受け入れ。それを迎えてMSF内を自分が先頭に立って案内しようとしていた。

 

「みなさん、今日は大変だったでしょう。直前には雨風に揺られ、船上ではさぞかし……」

 

 蛇に報告したように、MSFはこの査察に関しては非常に神経を使って乗り切ろうとしていた。

 傭兵とはいえ兵士、あまり訪問者に圧迫感を与えないようにと。カズは警備は最小、武装も最低限、問題児は退去させ。さらにヒューイの案内で査察団と共に行動する兵士には背の低いものを優先して揃えていた。

 まさに準備万端の出迎え、というやつである。

 

「質問、いいですか?」

 

 スーツ姿の一団の中から1人が手を上げた。

 ヒューイは笑顔で、もちろんと告げると彼の口は開いて怒涛の追及を始めた。

 

「見たところどうも我々、査察団に見られることを想定してあなた方は準備していたように見えるのですが?」

「え、それは――」

「我々はプロです。そんなことをしても隠し通せはしませんよ。あれば必ず、見つけてみせます」

「も、もちろんです。もちろん、そうでしょう。今回の査察は、そのためのものだと。僕達MSFも、ちゃんと理解をしています」

「では、我々は今からどこを見てもいいと?構わないと?」

「もちろん――いや、ここは海上プラントを利用してますから危険なところもありますので」

「では――あなた達が見せるところだけ、見て回れと?」

「いや、そんなつもりは……」

「ではよろしいのですね?」

「――え?」

「あなたは我々の要望にこたえられる準備が出来ている。お互いが納得できる、と」

 

 その言葉にヒューイはゴクリとつばを飲んでから。静かに返事をする。

 

「もちろん。我々MSFは――いや、僕はそのつもりです」

 

 査察団を取り巻くようにして立つMSFの隊員はヒューイのその言葉に内心では舌打ちしていた。この査察が無事に何事もなく終わるだろうか、難癖をつけられたらあの男は何も言い返せないのでは?

 とはいえ、表面上は訓練の通り。無表情のまま彼等につき従うつもりであった。

 

 車いすに座ったヒューイが、若い査察団員とのそんな”らしい”会話が終わると同時に動きだした。

 査察団に随伴していたMSFの隊員達が一斉に攻撃を受け、次々と倒れていく。査察団を名乗る連中の手にはすでに隠して持ち込んだ銃器が握られていた。

 彼等はそれでMSFの隊員達を撃ったのだ!

 

 

「こちらアルファ、潜入に成功」

『よろしい、続けたまえ』

 

 ねっとりとした声が無線の向こうで返事をした。

 若い査察団人は無表情のまま、その後ろに大きな体の男を連れてヒューイの前に立った。

 

「き、君達――」

「エメリッヒ博士だな?」

「なんでこんな……こ、殺さなくてもよかったじゃないか」

「管理中枢の確認をしておきたい」

「いや、だから――」

「事前の情報に間違いはないんだな?」

「あ、ああ。だけど、僕はこんなこと――」

 

 若い査察団人はそこではじめて笑った。

 どうしようもなく間抜けな男を、騙されたことにもまだ気がつかない男を笑ったのだ。

 そして無力な青っ白い学者が文句を口にするのもかまわずに、背後の男は椅子からヒューイを抱え上げ、騒がないように黙らせる。。

 サイファーによる今夜の最大の作戦。

 核を手にする凶暴な海賊狩りが。今、この時から始まろうとしていた。

 

 

 パイロットの声は、次第に悲壮の感が漂い始めていた。

 

『管制塔こちらモルフォ!応答を求む』

 

 だが上ずり始めたパイロットの求めに応じる声は、無線の向こうからはない。まったくない。

 

『こちらの回線、異常なし。ボス、応答がありません!』

 

 蛇はその声に黙って、戻ってきてヘリの壁にかけたライフルを再び手にした。

 MSFの本部に近づいても、なぜか連絡がつかないのだという。最初は気象の関係か何かのせいかと思ったが、どうやそうでもないことはその目と鼻の先に来てもこうして何の反応もないことからも明らかだった。

 

 ヘリの扉を開き、じっと夜の海面を見つめる。

 そろそろMSFの本体が、海上で煌々とプラットフォームを照らす武装集団のためのプラントが見えてくるはずだった。

 だが、最初に目に飛び込んだのは燃え上がってプラットフォームが”消失”している残骸だった。

 そして巨大なキャンドルのように無様な姿となったMSFの施設が次々と姿をみせはじめてくる。

 

(攻撃されたな……)

 

 別に蛇は利口ぶってこう思ったわけではない。

 核を、メタルギアを手にした時。こうしてMSFが”何者”かからの攻勢をいつの日か受けることは事件以来、わかっていたことだった。

 ただ一つ、それが一年もたたないうちのおきるとは思わなかったというだけの事。

 

(プラットフォームが”堕ちている”、もうあそこにいる奴は助けられない)

 

 苦い敗北感を噛みしめながら、それでも冷静にこの戦場を見定めていく。

 と、連続した爆破音とともにまだプラットフォームの落ちていないプラントを発見した。

 

『あれは!……ミラー司令!?』

 

 パイロットが言い終わる前に、蛇は船上を兵士達と一緒に逃げ回っているカズの金髪の後姿を見つけていた。

 先ほどの連続した爆破は、プラントの脚部を吹き飛ばすものであった事を考えると。このまま彼等を放っておくのは海の藻屑となることを意味する。

 

『下に降ります!このままではっ』

「いけ!!俺が出る!」

 

 短く返すと、パイロットはあの海岸線で見せたのと同じく。素晴らしい手腕を見せてくれた。

 蛇はヘリに残る子供達をメディックに任せ、炎が吹き荒れ。徐々にその最後を迎えようとしているプラットフォーム上へと飛び出していく。

 

 乱戦が行われていた洋上で、その瞬間。

 サイファーの部隊、XOFの容赦のない攻撃は防衛側をすり潰しにかかっていた。

 ところがわずかにだがそれまで不利だった防衛側に勢いがついたかに見えた。

 それが一体なんでそうなったのか、それまで戦っていた者達の全ては理解していなかったが。その間にも蛇はミラーを、カズを含めた仲間達をヘリへと導いていこうとしていた。

 

 だが今回は、時間は彼に。彼のMSFには優しくなかった。

 

 グラリ、と世界が傾く。

 プラットフォームが海中へと落ちていこうとしているのだ。

 足元が揺れ、バランスを崩した男達をXOFの攻撃が容赦なく浴びせられる。

 車が、トラックが、物資をつめたコンテナが。それを動かす機材が。次々と傾いていく重力にあがらうことが出来ずに海に向かって落ちていこうとしていた。

 

「スネーク!!」

 

 一足先にヘリに乗っていたカズが、最後まで兵を助けようとして残っていた蛇に腕を伸ばした。

 彼は出来ることをやったが、彼の兵はヘリにたどりつく前に。そのほとんどが敵の銃火や重力に負け、次々とその命は暗い夜の海中へと飲み込まれていこうとしていた。。

 ついに最後のプラットフォームが海中へと無残にも落ちていく中、ヘリは生き残りと一緒にこの戦場を離れようとしていた。

 MSFの拠点、水上プラント群が燃え落ちるのを背にして。

 

 

 そうして朝が来る。

 この夜、コスタリカの洋上で起きた事件により強大な傭兵集団が消滅したことに世界は驚きつつ。内心では少しホッとした。

 だが、この事件が何者がおこしたのか皆目分からず。

 さらに彼等の事をことさら誰も非難するもいないという奇妙な現象が生まれ、ようするに公には”何かあったような気もするが、何もなかった気がする”という、不可解な無関心で世界は事件をおわらせることにしてしまった。

 

 ピースウォーカー達が地上から消えた。

 MSFはその生き残りは1人もいなかったと、そう伝えられている。そういう真実に、なってしまったのである。


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