真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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コードトーカー

 ビッグボスが通ってきた川に沿って低く飛ぶヘリの姿があった。

 ピークォドである。

 

『クワイエット!降下まであと1分』

 

 その言葉にクワイエットは顔を上げると、ヘリの片方の扉を開放する。

 

『降下後、上流に向けて1.5キロ進んだ先にボスがいる。助けて来てくれ、幸運を!!』

 

 パイロットの言葉を聞きながら、床に置いてあった大きな2つの荷物を両手にそれぞれ持つ。それらひとつひとつが彼女の細腕でもちあげられるとは信じられない代物であったが。ヘリが制動し、地上へと降下を開始すると。

 クワイエットはまだ高さがあるのにヘリから身を躍らせ、地面に着陸するとすぐに移動を開始する。

 

 川沿いの土ほこりが巻き上がり、それは蛇のような一本の線となって上流へ向かう。

 

 遠くで岩が力強く蹴飛ばされて不自然な音を響かせるのが聞こえると、ビッグボスの周囲を走っていたレーザーが一斉に殺意と一緒に消えた。あの音に反応したのだ、これで一息つける。

 そしてうつ伏せに河岸に半身を横たえるビッグボスの隣にはクワイエットがいた。

 いつもの格好だが、今日は両手にそれぞれ大きな布に包まれた荷物を下げていた。それ一つだけでも凄い重量があるはずだが、彼女は平然といつものようにここまで飛んできてくれたのだ。

 

「久しぶりだな、クワイエット」

「……」

「オセロットからのプレゼントはお前か?」

 

 そんなわけがないだろう、というように彼女は布に包まれた片方の荷物を彼の側に置く。

 スネークも無言でそれに指を這わせると、それだけでにプレゼントの正体に気が付く。少年のような笑顔を浮かべてクワイエットに「こいつをよく持ってきてくれた」と労をねぎらった。

 

「オセロット、クワイエットと荷物を受け取った」

『それはよかった。上手く使ってくれよ、ボス』

 

 男同士のそのやり取りを聞いてやる気になっているクワイエットは、攻撃態勢にうつろうとそこから立ち去ろうとした。ところが、その腕をスネークが握って止めてしまう。

 

「ちょっと待て、クワイエット」

 

 いつものように力強く走り出されてはたまらないと、強くひいてしまったせいでクワイエットはくにゃりとバランスを崩すと。スネークに体を預けるようにもたれかかってしまう。

 

 明け方の小川のほとりで男女が重なり合って見つめあうとはちょっとしたロマンスを感じさせるものであったはずだが。残念ながらこの2人にはそれがないらしい。

 「なにをするんだ」と咎める険のある視線でスネークを見てくるクワイエットに「怒るなよ」とそっというと、その耳元に囁いた。

 

「クワイエット、お前はここはいい。先行して、目的の屋敷の偵察を頼む」

 

 間近にあるクワイエットの顔の眉が跳ね上がる。「本気か?」と聞いていた。

 

「ここはお前の持ってきたものであいつらは何とかなる。時間がかかりすぎた、朝が来る。目標を回収する時間が惜しい」

 

 クワイエットはスネークから静かに離れると、自分の荷物を持ってからもう一度スネークの顔を見る。

 スネークはそれをうなづいて先に進むように促す。

 彼女が再び走り出すのに合わせて、スネークはカズに連絡を入れる。

 

「カズ、1つ頼みがある」

『ボス!?ああ、なんだ。何でも言ってくれ――』

「俺のスクワッドを、そこに呼んでくれ。今からあいつらに見せておきたいものがある」

 

 体をようやく起こすと、今まで持っていたカービンライフルをわきに捨て。置かれている荷物に巻かれた布に手を伸ばす。それを力いっぱい引けば、あっさりと紐がほどけるように布は宙でひらめき。中に隠されていた鋼鉄の槍の全貌を明らかにして見せる。

 

 ダイヤモンド・ドッグズが誇る開発班の最新のひと品。

 弾丸の口径は実に ミリに達し。計算上でならばここから2キロ圏内のもの全てを射程内に捕え、それが例えコンクリートの建物の中にいたとしてもお構いなしにブチ抜くことが出来る現代の突撃槍。

 

 アンチマテリアル、セミオートライフル。

 

 ビッグボス専用にカスタマイズされたそれが、本人の手に収まる。

 この時、それを知らせるかのように森の中を見えない衝撃が風となって走り抜けた。この夜、ずっと静かにねぐらで必死に頭を引っ込めていた獣達が。それを感じて一斉に恐怖にかられてそこから飛び出していった。

 燃えるように赤い、炎のような激しいものが人の形をしていた。

 森の中で、鬼が静かに立ちあがろうとしていた。

 

 

 女性の髑髏部隊は機敏に動いていた。

 自分達のように大地を蹴って、尋常ではないスピードで動き続けるクワイエットの追跡を開始したのだ。

 スカルズの思考に、自分達と似てどこか違う相手の存在への疑問などない。ただ命令が脳内で繰り返され、そのために必要なことだけをしようとする。

 スカルズに意思はないのだ。

 

 クワイエットは川沿いから森の中を突っ切るように走り続ける。ビッグボスの指示に従い、このまま振り切って先に進もうというのである。

 それに並走するスカルズ達だが、追いつけないし。近づけない。

 1人が足を止め、ライフルを構える。

 クワイエットをそこから狙撃しようというのだろう。

 覗きこむサイトがこちらを無視して走りつづけるクワイエットの後頭部を見つける。あと少し、地形の影に入る前に、あいつは終わる。

 

 谷に一発の銃声と言うにはあまりにも大きな音が鳴り響いた。

 同時にクワイエットの後頭部を狙っていたスカルズの1人が、首から上を無くした状態で崖の上から滝つぼへと落ちていく。

 おっていた3人は一瞬、停止すると来た道を戻ってから森の中で散開する。

 

 それぞれがスコープをのぞき、狙撃銃の銃口をあちこちに向ける。

 

――走り出す。思いっきり。

 

 川沿いに変化はない。ずっと観察していた場所にも、変化はない。

 

――奴等は正確だ。それだけに動きの予想はたてやすい。

 

 森の中、斜面に腰をおろしていた1人の後ろに突然スネークはあらわれる。

 そのままいつかのように、振りかぶった鋼の手で女であっても手加減なしに顔の中央に叩きこむ。

 無様にひっくり返る相手をそのままに、再び走り続けるが。すぐに森の中で停止する。

 目の前の葉が、ゆらりと揺れるのを見たのだ。

 

 次の瞬間には、スネークのすぐ横に山刀を振りかぶる女があらわれるが。CQCでもって容赦なく刃を取りあげて、相手の首筋を切りつけてから腹に突き刺す。

 さらに一歩、ちょんとバックステップすると。緑の血を吹いて苦しむ相手の胸部にライフルの巨大な銃口を押し付けた。

 

 

 女スカルズの1人が最後に見たのは、容赦ない立てつづけに響く轟音の後で木々の中を引き裂かれて2つになった体が吹っ飛ぶ姿。さらに走り出す敵を必死に捕えんとして、無様にも撃ちまくっている仲間の姿があった。

 思考こそなかったが、そのたった一人の人間が自分達4人をも凌駕せしめる存在であることを認めないわけにはいかなかった。

 脳内にある命令コード”侵入者を殺し、老人を殺せ”を実行するために必要な事をしなくてはならない。

 

 驚いたことだが、この最後の女スカルズは静かにそのままこの場を去っていった。

 仲間を見捨てたのである。

 だが、この残った一人が何をするつもりで、なにがまだ出来るのかは分からない。しかし、スネークはついに目標がいある邸宅へと続く道を力で持って切り開くことに成功したのである。

 

 

==========

 

 

 屋敷の地下でコードト―カーは震えていた。

 先ほどから一帯の空気が変わったのが気になっていた。

 森の中から、これまでに感じたことのない強大なそれでいて形容しがたい怒りのそれが獣のように動き回っている。そのそばにいる生命は次々と飲み込まれていき。あとには土くれだけが残っていく。

 

 あれは獣だろうか?

 だが違う、情け容赦なく貪っているようでいて人の持つ知性も感じることができる。それは徐々にこちらに近づくと。屋敷の中へと侵入し、この部屋の扉の向こうにまで迫ってきた。

 

「(お前は)人か?」

 

 声に出しても向こうに反応はないが、部屋に入ってくると炎が消えるかと言うほどに揺らめく。そこにいた強大な何かはいきなり掻き消え、いなくなったが。人の形だけがそこに残されていた。

 

「ああ、鬼がきたのか」

 

 その男のことは聞いて知っていた。

 あの白人の男からも、少し前に知り合ったばかりの哀れな男達からも聞かされた。

 伝説の戦士、ビッグボス。

 

 部屋に置かれた108本ろうそくの灯だけが2人を照らし、お互いが向き合って口を開く。

 私はコードト―カー。

 お前と同じく、あのスカルフェイスに多くのものを奪われた男。

 

 お前の持つ業火に、我が怒りの炎も加えてくれ。変わりにそれで、世界を夢見るあの男の全てを燃やしつくそうではないか。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスがコードト―カーと接触していた頃、クワイエットは屋敷の外で待機していた。

 いつも持っていたライフルとは違う、ボスの持つのと同じく。長大で巨大なアンチマテリアルライフル、それを地面に仰向けになって自分の上にのしかからせるようにして構えている。

 幾ら筋力が強いと言っても、体重はそれほどないこともあってこのクラスのライフルを撃つには普通のやり方ではきついのであろう。

 

 とはいえ、見張っている屋敷では呑気なもので。

 すでにスネークが侵入しているのに、それにも気付くことなく何事もないように巡回を続けている。

 このまま動きがなければ、コードト―カーを連れたスネークがあらわれ。この場を立ち去れば任務完了となる。

 

 ふと、違和感を覚えてクワイエットは状態をおこす。

 見回して、この感覚の正体を探す。

 いた!

 女スカルズが、最後の狙撃手が自分と同じように。いつの間にか離れの林の中から、屋敷の方をじっと偵察しているのが見えた。

 すぐにライフルを相手の方向へと向けると、クワイエットはスコープをのぞく。

 灰色の肌、無表情で機械のような顔、なにを考えているのかわからない。すぐに仲間と同じ場所にいかせてやることが情けというものだろう。

 

 だが、クワイエットの指がわずかに躊躇を見せた。

 銃爪にかけた2の指先が震えたのだ。それが間違いだった。

 今度は林の中のスカルズの方が走った。猛然と、屋敷めがけて走り出した。

 彼女達にとって100メートルは5秒もかけない、数秒で走りきってしまう。クワイエットのライフルはそれに合わせるように動くが、再び狙いが定まるまではやはり時間が必要だった。

 

 屋敷のある渓谷に轟音が鳴り響き、屋敷の玄関の柱に大穴があいた。

 だがその前に、スカルズの姿は屋敷の中へと飛び込んでいってしまった。

 にわかに騒がしくなる周囲の状況の中で、クワイエットは悔しげに顔をゆがめるとすぐに発砲したその場から移動しなくてはならなかった。

 

 奴は屋敷の中で、なにをしようというのだろうか?




(設定)
・アンチマテリアルライフル
対物ライフルのことである。機関砲なみの大口径弾を使用し、対戦車ライフルなんていうこともあったりなかったり。
大きさもあって破壊力だけでなく、射程も長いが。発射時の反動も強烈とあって、精密な狙撃は期待できないとされている。

障害物を撃ち抜いて、なお殺傷する目的で使用される。

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