「ご老体、さっそくだが隔離病棟にいる患者達の所見を聞きたい」
「うむ、これは典型的な声帯虫の症状だ。どうやらアフリカの現地の特定言語に反応しているようだな。
虫は声帯に卵をうみ、孵化すると肺と口へとそれぞれ分かれていく。口に行ったのは、その後はくしゃみや咳などによって他者に感染し。肺へいくと肺胞組織を食い荒らしはじめ、この段階で宿主は感染の自覚症状を持つようになる」
「治療法は?あるのか?」
「――正確な治療法は、ない。だが方法がまったくないわけでも、ない。
卵がふ化する前、それならば声帯を切除しなくてもいい方法があることはある」
「つまり、自覚症状を患者が持った時点で助けることはできず。すでに周囲にも感染させているというわけか。まったく、えらいものをつくってくれたものだな」
「それが、スカルフェイスが望んだことだった。特定の集団、人種、民族を使用言語で選別する兵器。奴は喜んで名付けていた『これこそ民族浄化虫だ』とな」
「それで、どうすればいい?」
「方法は2つ。声帯を切除するか、もしくはもうひとつ発症を抑える方法がある――ただ、これには治療する側にも覚悟が必要だ」
「そっちを知りたい。教えてくれ」
「では聞くのだ。この虫は、産卵する時にそれぞれがオスとメスへと変化する。そして言語特有の音でつがいとなるのだ。卵を植え付けられると爆発的に生まれてくる幼虫に対処する方法はない。
そのかわりこの虫の特徴であるオス化、メス化を利用することで、発症を抑えることが可能だ」
「具体的にはどうなる?」
「新たな虫を用いるのだ。これも私が生みだしたものだが、この声帯虫のために用意した。これは声帯虫につくと集まってもつがいにさせない。なぜなら、オスにはオスを。メスにはメスを用意するようになるので卵をうめなくなってしまうからだ」
「なるほど、同性同士で生殖は不可能となるわけか」
「だがその影響は大きい。人の声帯と同化する彼らへの影響は、宿主である人にまで及ぼしてしまう。つまり、この治療を受けた人は不妊となるのだ」
「それは――」
「だから言っただろう、覚悟がいると」
「……これ以上、待ってもいられない。やるしかないだろう、やってくれカズ」
「わかった――ビッグボス」
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呼び出しを受けたゴートは、隔離病棟のあるヘリポートに降り立った。
彼の今の部隊には5人の部下がいるのだが、そのうち3人がここに入っていた。
1人は死に、1人は勘違いだったとわかって戻り、そして1人がまだここに残っている。ゴートは彼に会いに来たのだ。
テントの中に入ると、並ぶベットの上で苦しむ兵士達をみて足がすくむ。ビッグボスがコードト―カーなる人物を回収したことで、この奇病にも対策がおこなわれているらしい。
患者はまだここの半分近くのベット埋めてはいるものの、以前のように自分もそうなるんじゃないかと不安げに周りを見回す患者はここにはもう1人もいない。
病は気から、の言葉にあるように。
隔離病棟には結構な数の健康な兵士がはいっていたことが明らかになっている。この先、ここに入っていたことを笑い話にする奴もいるだろうが。ここに残された連中は――。
「隊長、こっちですよ」
声をかけられ、ベットのひとつに近づいていく。
彼の部下がそこにいた。
「すいませんね、呼び出して。時間もないらしくて――」
「いい。構わない、話したかった」
ゴートは言ってしまった後で、心の中で舌打ちする。
話したかった、だと?なにを間抜けな事を俺は言っているんだ……。
部下はそれがおかしいと思ってくれたのか笑うけれど、周囲の苦痛に満ちた声の中にあっては場違いもいいところで。ゴートは戸惑うあまりに顔が赤面してしまう。
「すまない、冗談で言ったわけじゃ」
「いや、いや、いいんです隊長」
「俺も――慣れてなくて、どうしていいかわからないんだ」
「そうですよね、もちろん、わかってますよ隊長」
また落ち込みたくなる。
こいつに少しはましな事を言えないのか、俺は!
「発症していますが、まだ肺を食われてないようで。短い時間ですが、こうしてあなたと話せる」
「……残念だ、本当に」
「仕方ないです。自分が勘違いしてここに来た。それで病気を貰ったのだから、どうしようもない」
言葉がなかった。
最初は隔離病棟に収容されても症状のない奴はべつにわけられていたものの。次第に増えていく収容者に対応が追い付けなくなった結果。今のような雑魚寝の状態にならざるを得なくなった。
ゴートの部下はそれで発症してしまった。
マザーベースにいれば助かったのかもしれないが。悩み、不安に押しつぶされるようにここにきたせいで、これから彼は苦しみながら死のうとしている。
「まだ意識のあるうちに遺言書を書かないといけないんですが。家族は、とくに兄弟達のために隊長にも手紙を書いてほしいと思いまして」
「わかった、引き受ける。どんなことを書いたらいい?」
「俺の最期を」
「……本気か?」
「はい。俺は……せいぜい悲しまないように気を使って書きますけど。それだけじゃうちの連中は納得しないと思うんですよ。だから、俺がどんな死に方をしたのか。本当のことは隊長が書いてほしいんです」
なにを期待されているのか、わからなくなった。
彼に待っているのは、意識を失い。呼吸器を破壊されて死んでいく運命だ。彼の言い方では、それを正しく彼の家族に伝えてほしいと聞こえた。
「あ、えっとだな」
「わかりますよ。本当に迷惑な事を頼んでいるって、でも隊長以外にこれは頼めません」
「お前の家族は悲しむんだぞ?俺は、表現をぼかして書くとか難しい」
「だからです。俺は調子のいいことを遺言書に書きたいんで、真実は隊長にお願いしたいんです」
なんとひどいことを最後の願いとする部下であろうか。悪意なく不幸の手紙を、彼の家族に書いてくれと本人が言っている。やめろ、と命令したくもなるが、最後にそれだけはしたくない。
「そんな困った顔をしないでください。悪いとは分かってます。
でもね、隊長。俺には書けなかったんです。1人で怯えて、勝手に感染して、無様に苦しんで死ぬんですって。自分では家族に伝えられないんです」
「だがな――」
「いっそミサイルにでも直撃されて粉々になったでもいいか、と思いましたけど。あとで自分の家族が納得できないからって聞いて回って、そこで俺の死の真実を知らされるとか、されたくないんですよ。
俺はどうやっても戦場で、まったく関係ないことで無様に死んでしまうんです。それを――お願いします」
結局、ゴートは断ることが出来なかった。
それどころか調子よく「引き受けた、まかせろ」などと了承までしてしまった。
テントから出ると周囲の目も気にせずに、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。自業自得だが、こんなこと、できるわけがないだろうと自分に言いながら数時間をそこで過ごした。
その後、ついに重度の意識障害をおこすと徐々に悪化していき。彼が息を引き取るまで10時間もかからなかった。
部下に意識があるうちは1人、問答を繰り返していたゴートであったが。彼が苦しみだすと同時にテントの中へと戻り、最後の瞬間までをそばでじっと座って感情を殺して見つめていた。
見逃しはしない、彼の部下の頼みなのだ。可能な限りを脳に刻みこみ、その姿を伝えなくてはならない。
部下が息を引き取った次の朝。
寝不足と、壮絶なその最後を記した手紙を書き終えたゴートは他の死者達と一緒に燃やされて灰となる部下を見送っていた。
その目はくぼんでいて、まるで骸骨のようであったとそれを見た誰かが別の場所で話していた。
患者がいなくなり、撤収準備が進む隔離プラットフォームにはヘリからカズが降りてきた。
その彼を、任務の地からもどっていたスネークとオセロットが出迎える。だが3人は何も言わなかった。
奇病騒ぎは終わろうとしているが、そこで彼等は再び多くを失った気がして。口を開けばそれを確認し合うのではないかと思うのか、黙っていた。
一方、マザーベース内では前もって録音されていたカズヒラ・ミラー副司令による緊急事態宣言の終結をつげるスピーチのテープが再生されていた。
マザーベースを覆っていた奇病の脅威、恐怖は消え去った。
コードト―カーの協力で、声帯虫の新たな発症は抑えることができた。
すでに発症していた者までは助けられなかったが。生き残ったスタッフは、治療開始から48時間。隔離プラットフォームからは全員を解放することができた。
だが終わった物など何一つないことを伝えなくてはならない。
今回の感染経路は引き続き調査が続く。命を失った仲間のためにやれることが残っている。
だが、一番重要な事がある。
サイファーには、スカルフェイスにはこの代償を必ず払って貰う。必ず、だ。