マザーベースを襲っていた声帯虫の終結宣言から数日。
弛緩した空気がひさしぶりに漂う海上プラントの中で、スネーク達だけは忙しさからは解放されなかった。
コードト―カーなるアメリカ先住民の老人の協力によってダイアモンド・ドッグズは息を吹き返しただけではなく、より大きなものを手に入れることができたことがわかったからだ。
サイファー、スカルフェイスの真実。
もたらされる情報はあまりにも多く。それを整理し、消化するスピードが求められていた。
それまでわかっていた事。
周辺武装勢力相手への核ビジネスと市場開拓、民族浄化虫なる声帯虫の大量破壊兵器化、そして2足歩行兵器。
バラバラなピースは、コードト―カーの言葉で全てをつなぐ線が姿をあらわしはじめようとしていた。
4人は指令室に集まり、録音のテープを動かした。
「コードト―カー、まず協力に感謝する。我々はすでにこのアフリカからスカルフェイスが去ったことは知っている。だが奴がなぜここにいたのか。その全てはわかっていない」
「うむ、だがお前達は真実の欠片を集めてあるようだ。この私がそれで輪を結べば、疑問はなくなるだろう」
カズにそう答えると、コードト―カーの口から残され、隠されていた謎の解明が伝えられようとしていた。
「以前にも言ったが、スカルフェイスは私から多くのものを奪っていった。
それは私の虫達の研究のことだと理解してほしい。私は虫達の秘密を解明したが。同時に公にするわけにはいかない、封印しなくてはいけない虫達も明らかにしてしまった。
私が調べなければ、スカルフェイスが知らなければ。
あの髑髏部隊などという異形の存在も誕生させなかっただろうと思うと、後悔しなかったことはない。私が出来るとすれば贖罪の道に救いを求めるしかないが、それもかなうのかどうか――」
スネークは悔恨に顔をしかめる老人に、コールマンにだまされてピースウォーカーを誕生させてしまったあの時のヒューイの姿を見た気がした。
「奴等の車は見たか?」
「その車列を抑えたことがある。中には――わずかなウランと鉱石が入っていた」
「おお!メタリックアーキアは……」
長時間に及ぶコードト―カーの話は、驚きに満ちたものの連続となった。
そもそも彼等がアフリカに戻ったのは、残っていた核実験が成功。このコードト―カーを最後に処分させるためだったのだというのだ。
問題はその核実験とは”爆発させない”ための実験だというところだろう。
なぜそんなことをしていたのか?
答えの次に問いが発生し、そこにまた答えが重ねられていく。全てが繋がり、輪を描いていく。
スカルフェイスは世界に核兵器を売りさばく市場の開拓、独占市場とするべく商品である核兵器を生み出すキットの開発。さらにそれらを”自分だけ”が制御するための装置を作るという途方もない計画が披露される。
まず世界の監視の目をすり抜けるため、核兵器開発キットというべきメタリックアーキアなる虫と、少量のウラン、ウランをわずかに含む鉱石を売りつける。
バイヤーは商品を受けとって、そのメタリックアーキアの特性を使い。鉱石からウランの抽出と濃縮をまとめて行わせれば、これで兵器は完成するという。
さらにかゆい所にも手が届くよう、兵器運用のために全地形走破可能な2足歩行戦車を用意。
彼等の売る核兵器を搭載して運用できるようにする。
これによって大きな国から、テロ組織、小さな武装集団までも、核武装を可能にさせる。
安全に、誰でも、銃やミサイルのように買えるこの核は、当然だが多くのものが欲しがり。彼らにスカルフェイスは高値でそれを売りつける。
遠からず世界に核兵器が拡散され、核抑止も飽和してしまうだろう。
そうなると人類は破滅のがけっぷちに立つことになるわけだが、そこで意味を持つのが”スカルフェイスだけ”が持つことを許される。この核兵器への安全装置。即座に彼の意志で核兵器が無効化されるシステムの存在である。
その核兵器の使用には国や理由など関係ない。
スカルフェイスただ1人の意志だけで使用の可否が決められる核兵器。
国の大小を関係なく、あらゆる集団がスカルフェイスに制御された核兵器を持っているというその世界は。
混乱と嘘に満たされて完成する核飽和による核抑止。狂気で実現する平和な世界の到来を思うのは苦々しいなんてものではない。
しかしそれでも、スネーク、カズ、オセロットは黙りこくってしまう。
スカルフェイスによる恐れることなく人類全体をカモにするという詐欺行為に言葉がなかった。
確かに驚くべき話だった。だがうらやむなど当然なく、呆れたわけでも、笑うことも、感心だってしない。だが、今の奴ならばその未来は不可能ではないかもしれないという怒りと悲しさだけがあった。
自分達はそれでも、遅かったということなのだろうか?
「いや、まだだ」
「ボス?」
「ヒューイはなにをしている?」
「例のバトルギアの開発だ。もうすぐ完成すると、最近は眠る暇も惜しんでいるらしい」
「オセロット、カズと一緒にあいつをすぐに絞めあげろ」
「ボス、なぜだ?」
いきなりスネークが言いだしたことにカズは驚いていた。
「コードト―カーの話を聞いただろ?奴の計画には虫とヒューイの2足歩行兵器が必要だ。つまり、やつはアフガンへ戻ろうとしている」
「――だがサヘラントロプスは、あんたがヒューイを回収する際に破壊したじゃないか」
「忘れたのか?かつてパスはジ―クを強奪した時、俺はアレを破壊した。だがどうなった?
ジ―クはすぐに修理され、おかげであの後の核査察では苦労して隠す羽目になった」
「!?」
「あいつはサヘラントロプスがスカルフェイスに回収され、どこで修理されているのか知っているはずだ。必ず聞き出せ」
「しかしヒューイには自白剤はきかない、ボス」
「これは俺達の未来に関係する話だ。スカルフェイスの計画が完遂されれば、メタルギアに搭載された核兵器を世界に見せつけられれば、本当に手遅れになる。
ヒューイが俺達の役に立たないというなら、俺達の悩みもひとつ減ることになる」
「殺せと!?ヒューイを」
「戯言につきあう暇はないということだ。弁護も言い訳もできるものなら好きなだけ続ければいい。だが、俺達の邪魔しかしないというなら、話は変わる」
「だが、それでは9年前のMSF壊滅の真実はどうする!?」
「――。」
いつもと違い、妙に殺気立っているビッグボスをなだめるようにオセロットが口をはさむ。
「わかった。ヒューイのことはカズヒラと俺に任せてくれ。あんたがこれ以上、気をもむような結果にはしない」
「オセロット!?」
「カズヒラ、安心しろ。これでもおれは拷問ではプロだ。殺さなくても方法はある」
オセロットはその異名を持つにいたった技術を存分に発揮したが。それだけにやり方は過激を極めた。
ダイアモンド・ドッグズですでに抑えてあったメタリックアーキアを持ってヒューイに会ったのである。
これまでと違うその空気を察したのか、ヒューイは5分と持たずにその場所を口に出した。”OKBゼロ”、彼を回収した基地よりもさらに山岳地帯に深い場所にあるというサイファーの秘密施設。
そこに彼のサヘラントロプスがあるはずだ、と。
オセロットは苦笑していた。
過去のMSFについてもこれくらい素直に話せば、あのボスもさっきのように過激な苛立ちなど見せたりはしなかっただろうに。それにもっといえば、アンゴラで失った多くの仲間の死や声帯虫の脅威に震えた日々も回避できた。
「お仕置きが必要だな」
「え?」
ヒューイの感覚のない下半身に、その骨をチタンで貫いてまで歩くという執念で実現させる鋼の足に手を伸ばす。怯えて声を上げるが知ったことではない。
メタリックアーキアが残って”いる”と思う注射針を床と足の間にいれて挟み込むようにする。
大丈夫だ、どうせ数分と待たせずに部下達が来る。
だが、その間くらいは人並みに反省してもらおう。お前のたわ言で、多くの仲間が失われたということを。
泣き声を背にしてオセロットはひとり、部屋を出て行った。