真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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OKBゼロ (1)

 即日、ダイアモンド・ドッグズに緊張が走った。

 副司令のミラーが、力強くマザーベースの仲間に向けて言葉を発する。

 

「諜報班より新しい情報が入った。ソ連軍ベースキャンプが全滅、交戦はなかった。

 これではっきりした。スカルフェイスはアフガニスタンへと戻っている。奴は何を考えたか、手を組んでいたはずのソ連に対して声帯虫をつかったのだ。

 スカルフェイスはさらに北上。目標はOKBゼロ、ここに奴の2足歩行兵器があると思われる。

 奴には何も持ちださせてはならない。それは俺達のこれまでの戦いを無駄にすることを意味している。

 

 歴史に奴の名前が載ることはない!奴の存在を世界が知ることを許しはしない!ダイアモンド・ドッグズにとっての正念場になる。決戦の準備をしろ!」

 

 目標はわかったが、時間がないので現地の情報は皆無に近かった。

 準備室から出てくるスネークは、いつもと違ってスニーキングスーツではない。スクエア柄の野戦服であらわれると開発班から最新の武器リストを受け取り、ヘリポートへと向かう。

 見送りに出ていたカズが近づいてくると

 

「最悪、あのサヘラントロプスと再戦となる。今回はダイアモンド・ドッグズの全兵力を動員する」

「総力戦か、カズ」

「声帯虫の騒ぎのあとだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。使えるものはすべて使わないと」

「確かに」

「これが俺達の未来のために必要なことだ。俺も、オセロットとすぐにヘリで現地へ向かう」

「わかった」

 

 声帯虫の脅威が去ったとはいえ、病み上がりの今のダイアモンド・ドッグズに傷を癒す時間は残されてはいなかった。

 すでに生物兵器かも知れぬ疫病による死者と、その恐怖から外出禁止命令解除後にここから立ち去るものも少なくはなかったが。それでも、これは避けられぬ戦いだった。

 彼等を見送るコードト―カーの脇を無言のまま通り過ぎる。

 

「スネーク!」

「……!?」

「これを逃せば、奴は覇者として歴史にその名を刻む。その前に殺せ!」

 

 ビッグボスを見送るカズの声に、はっきりと憎悪と殺意がこめられていることにプラットフォームの兵士達は戦慄した。

 あのいつも冷静な副司令官の言葉とは思えなかったのだ。

 

「奴の存在、痕跡、もろとも全てを歴史から消せ!!」

「――カズ、後方支援は頼むぞ」

 

 緑色の機体が飛び立つと、それに合わせたようにその他のプラットフォームからもヘリが飛び立ちあとに続いていく。

 

 兵士たちを見送りながら、コードト―カーはひとまず彼自身の役目を終えたことを知った。

 同時に風が、彼の言う精霊の言葉とともにイメージを送ってくる。そこは嵐のような夜で、地面のあちこちを人の生み出す光で照らす場所が見えた。

 そして今立ち去ったあの鬼が――まだ角も、傷だらけになっていない顔も、若さもある彼が闇の中で座っているのを見た。

 その彼の頭上を、次々と飛び立つヘリが通り過ぎ――。震える少年と少女が地面の上に丸くなって眠っている

 

「さすがに、話し疲れたな」

「――!?わかりました、ではなにか食事でもされますか?コードト―カー」

「うむ、では食事をいいかな?ハンバーガーを頼もうか」

 

 留守番と彼の見張りを兼ねたスタッフに車いすを押してもらいながら、老人は伝えられたイメージの中のビッグボスをじっと見つめていた。

 

 

 曇り空、雨は降りそうになかったがアフガニスタンのあの冷たい透けるような青空はどこにも見えない。

 ヘリの群れは、その谷を、荒野を低空で飛び続けていく。

 その数は尋常なものではなく、離れた観測所から見たソ連兵達は異様な一群を見て見ぬふりをしようと決めたほどだった。

 

 

 それも次第に分裂を始めると、ビッグボスの乗ったピークォドだけが彼らよりも先んじて目的地へ向かっている。スネークは扉をすでに開けはなって座り込んでいた。

 DDとクワイエットはそんなスネークの背中を座席に座って不思議そうに見ている。

 

 驚いたことだがスネークの心は奇妙な高揚感を味わっていた。

 復讐の暗い炎とか、使命感といったものとも違う。激しい戦いの予感、それがすでに彼の体を熱く滾らせているのだ。

 

『スネーク、聞こえる?』

 

 スネークの顔にわずかだが不快の色が出た。

 

『OKBゼロも、サヘラントロプスも。一番詳しいのは僕だ』

 

 ヒューイだ。どうやらこの作戦に参加するつもりらしい。

 

『考えを改めたんだよ、君の役に立ちたいんだ。スカルフェイスのためじゃなく。僕に罪を償わせてくれ。

 証明するよ。僕も――君の仲間だって事を』

 

 本人が言いだしたことなのだろうが、カズが何かの役に立つと思ったのか。それとも再び人の少なくなったマザーベースには置いておけないと思ったのか。判断に迷う話だ。

 

『ボス、俺はスカルフェイスには聞きたいことが山ほどある。接触したら、まず情報を聞きだしてくれ』

 

 今度はオセロットからだ。

 どうやら彼はいつぞやのようにスネーク個人への秘匿回線を開いているようだった。

 

「コードト―カーの話だけじゃ足りないのか?」

『民族浄化虫、サヘラントロプス、あの老人が嘘を言っているとは考えてないが。あれが全部か、是非知りたい』

「ずいぶんと慎重なんだな」

『ボス、奴の計画を暴け』

 

 ヘリは高度を落とし始めると、スネークはDDとクワイエットを連れて高原の中へと飛び降りた。

 情報端末のiDroidを開いて地図と状況を確認している間。クワイエットとDDは草むらに伏せて周囲を油断なく警戒している。

 どうやらカズはスネークがスカルフェイスを襲撃するのと同時にOKBゼロに全部隊を投入するつもりでいるらしい。(これでうまくいくものかね?)疑問はあったが、それを本人に伝えるつもりはなかった。どうせ本人だってそう考えているのだろうし。

 

「クワイエット、先行してくれ。DD、走るぞ」

 

 そう言うとスネークは斜面を駆け下りていく。

 

 

==========

 

 

 あのスクワッドの面々が、ゴートの部隊の前にあらわれた時は驚いた。

 今回の彼と彼の部隊は、残念ながら出動しても戦場で戦うことはなさそうだ。

 それも仕方がない。部隊の半数が死に、仕方なく他の班と急造で合体させられたので今回のような現場では、いくら実力を認められているゴートが率いるといっても。最前線には投入できないと判断されてしまったのだ。

 

 同じように機能不全に陥っていると判断されたスクワッドも。黒でボディラインがあらわれるスニーキングスーツを着たハリアーとフラミンゴ。まだ杖をついて頭部の包帯も取れていないアダマは、さらにとんでもない要求を突き付けてきた。

 

「スクワッドを、率いろだって!?」

「そうだ。俺はまだこの通りだ。しかし、フラミンゴもハリアーも問題はない。彼女達ならボスの役に立つ。問題があるとするなら、彼女達を指示できる。ボスに信頼されている部隊の指揮官だけだ」

「……」

「ゴート、あんただってスクワッドに復帰することは夢だったはず。やってくれ!」

 

 光栄な申し出だとは思う。

 現隊長である、アダマの複雑な胸中を思うなら。引き受けてもいい話ではあった。

 だが――。

 

「無理だ。だいたい、こっちも部隊の長をやってるんだぞ。ミラー副司令にも話していないし――」

「そんなことっ」

「後方支援は確かに不満がないわけじゃない。だが、勝手に決めることでもない。大体、作戦はもう始まっているんだぞ?」

「わかった」

「そうか――」

「ああ、わかった。俺が隊長に復帰する。俺があんたの部隊を後方で面倒をみる、それでいいだろう!?」

 

 わかってなかった。全然理解していない。

 

「おい、ふざけるなよ。あんた、まだ杖だって――」

 

 ゴートが指摘するそばからいきなりアダマは杖を投げ出すと、襟首をつかみ上げてきた。

 

「おい、なにを!?」

「お前こそ!お前こそ素直に言えよ!――わかっているんだろう?この作戦はボスにとって重要なものになる。俺達は、その時あの人と戦場で戦うために存在する!なにが、なにがあってもだ!!」

 

 顔を真っ赤にして言うその姿に、あの日。敗北感の中で必死に自分達のできることを考えていた自分の姿が重なった。

 

「――だが、そうじゃないんだ」

「そうだ!あの人は俺達を置いていった。

 でもだから、ここで諦めるのか?ここでガッツを見せなきゃ、あんたの作った道を通ってきた俺が。俺の死んだ部下達は、何のために戦ってきた!?」

 

 サイファーの髑髏部隊。

 アダマは苦しんでいた。化け物と恐れられた敵に勝利しておきながら、それでも、もっとうまく戦えなかったのかと、あれほどの被害は出なかったのではなかったかと。それができればボスに忘れられたかのように置いていかれることもなかったのに、と。

 その苦しみをゴートはわからないではなかった。

 彼のいうとおり、彼とは違うが。自分も率いた仲間の多くは、もうダイアモンド・ドッグズにはいない。

 

「いいのか?スクワッドの条件、ビッグボスの意志と了解が必要。俺達はそのどちらも無視することになる。戦場から帰ってきたとしても、スクワッドは解散させられるかもしれない」

「それでもいい!俺達は出動できないばかりにあの人を何度も化物に襲わせてしまうことになった。今回だけはそれは許せない」

「――杖を突くような怪我人に、俺の部隊はまかせていくつもりはない」

 

 アダマはゴートの迷彩の襟首から手を離すと、2本の脚を大地につけ。背中を伸ばし、ひきつった顔に脂汗を浮かべたまま敬礼する。

 廊下に放り出した杖には見向きもしなかった。

 

「俺の部隊を率いて、戦場へ。かわりに自分が、あなたの部隊を引き受けます」

 

 ゴートは無言でその姿を数秒みていたが、おもむろに敬礼を素早く返すとその場から立ち去っていく。作戦はすでに開始しているが、スクワッドは最後尾から最前線を目指す。

 そこに彼が、ビッグボスが戦う戦場が待っているのだ。

 

 

===========

 

 

 マザーベースから人の姿が少なくなっている、チャンスだとそう思った。

 

「イーライ?どこに――」

「うるさい。お前は戻れ、ついてくるな」

 

 同室の少年がついてきたそうであったが。それをはっきりと拒否すると、悲しげな顔をして相手は離れていく。

 カズヒラ・ミラーの言葉の意味はイーライにはさっぱりわからない話であったけれど。大人達が何かに気を取られて浮き足立っているのは利用しないわけにはいかなかった。

 

「頭を使うことを覚えたら その時は出ていって構わない」

 

 あの男はそう言うと、イーライの全てをまた奪い取った。

 それだけではない。ここでの生活は彼から毎日、何かを奪い取っていく。大人達は、それが”子供だから”当然だと言って。

 

 苦痛だった。

 

 アーサー王だともてはやされた自分が、結局は本物の王を前にすればただの脇役。それも名前もないどこぞの山賊の頭程度の存在だと思い知らされた。

 ダイアモンド・ドッグズという城、マザーベースにいる精強な兵達、ビッグボスと彼に従う忠実で有能な仲間達。イーライにはそのどれもなかった。

 

 抵抗せねば!あの男に!!

 

 その強い意思だけが、イーライの中で変わらずに成長を続けたことで残っていた。大人に奪われなかった。

 ビッグボス本人と会合するというハプニングはあったが、彼という敵がはっきりとわかるなら、それはそれで問題はないというものだ。

 いつの日か、彼に負けない城を手に入れ、彼に負けない最強の兵達を手に入れ、彼に負けない仲間達を手に入れたら。最期に新しい時代の覇者の手で息絶える栄誉をあいつにくれてやるつもりだ。

 

 そのためには抵抗せねばならない。

 奴の手から、奴の城から今は逃げなくてはならない。

 

 次々と集まってくるヘリのひとつに兵達に先んじて乗り込むと。その貨物室に潜むことにした。

 ヘリコプターの操縦が出来るなら、このまま奪ってしまいたいが。残念ながら自分にはそれが出来ない。どこかへ着陸したら、隙を見てここからにげだすことにした。

 

 ところが、である。

 

 ヘリが飛び立ち、数時間ほどたったあたりでいきなり貨物室の扉をガンガンと叩かれた。

 

「中に誰かいるな?出てこい、隠れているのはわかっている」

 

 ミラー副司令の声だ。

 何故奴はわかった!?

 理由はわからないが、だがもしかしたらブラフかもしれない。

 

「おい、お前に言っている。気がつかないと思ったのか、クソガキ。自分で出てこないつもりなら、睡眠ガスをたっぷりと吸い込ませてから優しく引きずり出してやるが、どうする?」

 

 ガキ、優しく、その言葉がどうしようもなく勘にさわった。

 もうばれている、諦めるしかないとわかって出ていくしかなかった。

 

「ほう、クソガキはイーライだったか」

 

 面白くもなさそうに副司令官はそういうと、向かいに座るヒューイとか言う科学者の隣の席を杖で指す。そこに座れというのだろう。

 

 失敗してしまった。

 

 再び大人はイーライから自由になるという機会を奪っていく。

 彼の口の中には敗北の味が広がる。血の匂い、鉄の味、そして心の中ではあの鬼のような姿のビッグボスが思い浮かんでいる。

 

(殺してやる。死にそこなったあんたは俺が必ず殺してやる)

 

 膝小僧を握りしめようとする拳に続いて爪を立てる。どうやら作戦中らしいが、それが終わるまではここに”いい子”で座っていろということなのか。

 敗北の味には、どうしたって慣れることはない。なぜなら自分はあの男の――。




また明日。

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