アフガニスタンの山岳地帯が燃えていた。
突如天を裂くかと思えるほどの巨獣の遠吠えが始まりの合図というように、車両群から巨獣へと立て続けにおこる号砲と共に火線が走る。
着弾の炎と衝撃に空気は震えるが、鋼の獣はそれで弱る様子は見せずにますます意気盛んとなっていく。
部下に引きずられるように真っ先に発電所まで撤退したスカルフェイスは「おい、こっちだ!」と叫んで待機していたXOFの車両部隊をさらに呼び寄せようとした。
サヘラントロプスの反撃も強烈なものだった。
付属していたミサイルポッドから発射されたミサイルは直上にとびだしていき、頭部のバルカンは火を吹くとXOFのヘリが次々と粉々になり。歩けば足元の戦車を子供が蹴飛ばすミニカーのように派手にひっくりかえして炎を吹く。
おもちゃが転がる砂場に野良犬が入り込んだかのように、戦車も、ヘリも、人も。次々とメタルギアによって炎の中に沈んでいく。
周りに反抗するものがいなくなるのがわかると、サヘラントロプスはそれに満足したのか。動きを止めた。
そして体を震わすと――立ちあがった。
2足の獣は、2本の足で立つ人と、正しく姿を変貌した。
かつてスカルフェイスは言った。『この日、兵器が直立歩行をした記念すべき日』と。
その時とは比べ物にならないほど、鋼の体を、機械の体を生物的に躍動する鋼の巨人。サヘラントロプスがそこにあった。
だがここにいたすべてが死んだわけではない。炎の中、巨人を足元から見上げている2人の鬼がいた。
スカルフェイスとスネークである。
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スカルフェイスは、この瞬間にあって自分が歴史の表舞台に出ることが出来ないということを思い知らされていた。敗北してしまったのだ、この時点で。
すでに彼のXOFは、ほぼ壊滅していた。
OKBゼロに残ったのはダイアモンド・ドッグズに、ここにいたのはサヘラントロプスに。有人の全地形踏破可能な2足歩行兵器は彼の計画の要だというのに、自分の手のひらから零れ落ちてしまった。
サイファーに自分の意志をのこしたゼロのように、このサヘラントロプスにはスカルフェイスの意志が宿るはずだった。その姿に2大超国を恐怖させることが出来る筈であった。
自分を守るはずのXOFとサヘラントロプスを失った以上。世界が、時代がすぐにも彼を殺しにやって来る。
かつて世界が、ビッグボスを殺せとあの暗い洋上に自分達を送り込んだように、あの時とは立場が逆転していた。もうメタリックアーキアによって生み出される核市場の独占なども、ただの狂人の夢物語となり果てる。
そんな自分が誰かの敵として、犯罪者として、虐殺者としても歴史に名前をのこすことはない。サイファーは、彼のやったことを記録はするが。その成果はゼロの意志ではないから痕跡を、爪痕さえも残さずに消しにかかる。
数年後には、今夜の騒ぎも人々は「あれはいったいなんだったんだろうね?」と言って首をかしげるだけで終わらせてしまうようになる。
そう、9年前のMSF壊滅とおなじように!
「サイファーはあらゆる記録を書き換えにかかるだろう。人の記憶から私は消える」
いつもは虚ろな男の声が、この時ばかりは言葉の一つ一つが憎悪に染まりつくしていた。
「だが、私が植え付ける報復心だけは、人々の体内に寄生する!もう誰も消すことはできない」
この鬼は、ついに自身の最後に残っていた未来を奪われようとして、そう口に出した。
「サヘラントロプスは報復心を未来にうち放つのだ!」
それは自分の純粋な意思ではないが、模倣でも、亜種でも、似たようなそれは世界に広がるはずだ。それだけのことはできたはずなのだと主張していた。
敗北者の空しい言葉だった。
「少佐、私は燃えている!」
サヘラントロプスは、彼の体を器としてそこに自らの意思を乗せようとした男を見おろす。そしてこの器を生物のように操る報復心に比べられない弱い炎を口にする鬼を笑うと、足をふりあげて凶暴な一撃をお見舞いしてやった。
『ボス!そこを離れろ。このままでは――』
サヘラントロプスはもう一匹の鬼を探しているのか、顔を左右に動かしながら体をスネークの隠れている方へと向き直る。
自分も早くここから離れたいが、生憎と周りはひっくり返った戦車や墜落したヘリで一杯だ。この中からまともに動く車両を見つけ出し、逃げだせるものだろうか――。
その時、スネークの耳に聞こえてきた声とエンジン音があった。
「ビッグボス!こちらです!!」
ジープの背に機銃を装着させ、ゴートとフラミンゴが彼の名を呼んで発電所へと突入してきたのだ。
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炎に包まれた発電所から一台のジープが飛び出していく。
ゴートの運転で、後ろに設置した銃座からフラミンゴが背後に銃撃しつづけている。
ジープに転がり込んだスネークが助手席へと入りこんでいくと、無線機の向こうからカズが緊張した声で報告してきた。
『ヒューイの話でわかったことだが、あのサヘラントロプスの装甲には劣化ウランをつかっている。そうだ、あれにメタリックアーキアを使えば、そのままに核兵器となる』
「なんて馬鹿な事を!?」
『このサヘラントロプスをそのまま世界に公開すれば。スカルフェイスの計画の一部は完遂される。人々は核兵器が形を変えて自分達の中に寄生し、そのような核の脅威に怯えて生きるようになる』
炎と黒煙、そして屍をこえて人の形をした機械の巨人が”走って”スネークたちが乗るジープを追いかけてくる。
『それが現実に――ボスッ!?』
サヘラントロプスが走りながら振り下ろした刃が地面を隆起させ、ジープが走る舗装道路にまで衝撃が伝わってきた。ジープは地面から浮きあがると、簡単に制御を失い激しく横転する。
痛みに顔をしかめながら、すぐさま動かなくなった車の中から這い出てきた。
「お前達――死んでないだろうな?」
「い、痛い。ボス、体が全部」
「大丈夫です。そこまでヤワなのはいません」
「なら、いい」
ゴート達の顔ぶれを見れば誰にも言わず。頼まれてもいないのに黙って自分達で勝手にスクワッドとして出撃したことはわかった。嬉しくもあったが、それを誉めてやるわけにもいかない。
苦しげにしているこちらを見て、なにやら楽しそうにゆっくりと歩いてくるサヘラントロプスを見上げるとスネークは言う。
「聞け、俺は誰かと戦場を一緒に走る趣味はない。特に、武器を持っていない時は」
「ビッグボス!?」
「離脱しろ、命令だ」
そう言うとスネークは2人を残してその場から走り出した。
巨人が自分を狙っていることはとうの前に知っていた。逃げれば2人には目もくれずに追ってくるだろう。
「ど、どうするよ。リーダー?」
「一時撤退だ」
「ええ!?」
「言っただろ、一時だと――ここに来る時に見た地図を出せ。近くのソ連軍観測所を見つけて、そこの武器を借りて戻るんだ」
「なるほど、了解」
情報端末に地図を表示させつつ、駆け足で走り出したゴートたちはまだ諦めていなかった。
自分達は彼のための部隊だ。ビッグボスの命令には従うが、自分で考えて必要な事をするだけだ。
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本当はずっと走り続けていたかったが、実際は200メートルほど先の地点で、スネークは巨人に回り込まれてしまった。このまま殺しに来るつもりだ、電子の紅い目を見てなぜかスネークはそう確信した。
蛇行する緩やかな斜面である、隠れる場所などほとんどないに等しい。
だが、今度も仲間が彼を救った。
急速に近づくヘリが、サヘラントロプスの目前を横切りながら、横についた扉を開けて顔をのぞかせている男達の顔があった。
「あいつ、アダマじゃないか!?」
スネークはその中の一人を見て驚きというよりあきれた声をあげてしまった。
数日前にようやく歩けるようになったと話していた。まだ怪我人であるはずの今のスクワッドリーダーが、戦場を上空から見下ろして何事かを叫んでいる。
「クワイエット、行け。行け!」
それを合図にヘリの中から空中に飛び出したクワイエットは、パラシュートも付けていないのに静かに崖の上へと降下していくと着地する。
「クワイエット着地した、離脱だ、急げ!!」
緊急運動で加速しようとするヘリに、サヘラントロプスがXOFのヘリにもしたように頭部のガトリングを向けようとする。
だがそれを降りたばかりのクワイエットが許さない。
着地するとすぐに構えるアンチマテリアルライフルは、巨人の大きな頭に向けてリズミカルに射撃を開始する。
頭部のマシンガンが火を吹くも、肝心の頭が前後左右へと着弾の衝撃に揺さぶられて射線が安定しない。その間にヘリは無事に戦場から離脱していった。
『ボス、Dウォーカーを投下したぞ!』
「よくやった、カズ!続いて俺の武器を頼む、なにも持っていないんだ」
『了解だ』
豪快にパラシュートに切り離されたDウォーカーが地面に落ちきて自動でバランスをとると。その顔とも言うべき頭部が忙しく動いている。どうやら動力を入れられたまま、空中に投下されてしまい慌てているように見えた。
スネークはその背中に飛びついて張り付くと、思いっきりペダルを踏む。
心地よいモーター音に続いて道路上を軽妙に車輪で走るDウォーカーは、続いて今回のために用意されたミサイルランチャーでサヘラントロプスへ攻撃を開始する。
アドレナリンが噴出すのを感じた。
世界に流れている時間がさらにゆっくりに感じ、スネークの思考だけが早くなっていく。
巨人をターゲットしたと報せるレーダー音が響く中、Dウォーカーから飛び出していくミサイル達は列を作ってまっすぐにサヘラントロプスを目指す。
XOFと違い、細かい抵抗があって反撃が思わぬ効果を見せないことに怒ったのだろう。
巨人の腕が振り上げられると、崖の上から攻撃するクワイエットめがけて振り下ろそうとする。が、その手もなにかにはじかれ。狙いが外れた腕は崖下のなにもない土を叩きつぶした。
距離にして約900メートル先、山の斜面に横になったハリアーによる超長距離射撃であった。
「あれだけ大きいと、はずすの少なくて楽だわ―」などと軽口をたたく彼女のおかげで、巨人に狙われたクワイエットは悠々とその場から離れることが出来た。
『こちらピークォド。参戦します!』
『ゴートです、ビッグボス。戦場に復帰します!』
ロケット弾を発射しながら近づいてくるヘリと、どこから拾ってきたのかソ連軍主力戦車にのったゴートとフラミンゴが戻ってくる。
サヘラントロプスは天に向かって声を上げる。
だが、それは今までのような怒りではない、獣が放つ苦痛と悲鳴の声だった。
踏みつぶそうにもちょろちょろと移動しつづけ、手や頭といった体の先ばかりを狙い撃たれ。その間にヘリと戦車が火力を腹部や背に集中して叩きつけてくる。
蛇を、あの男を、ビッグボスを殺そうとすると誰かがその度にサヘラントロプスの邪魔をしてくる。
決定的な一撃というのはなんとか避けてはいられたものの、それでもついにDウォーカーはサヘラントロプスの攻撃の余波を受けて煙を噴いた。 続いて火を吹いて地面にグニャリと崩れ落ちる。
スネークはこれ以上は無理だと判断してすぐさま機体から体を投げ出すと、ギリギリで巨大な足がウォーカーを踏み潰した。
部品が飛び散り、そこから転がり落ちたDウォーカーの頭部の光が消える。
(よく頑張ってくれた)
心の中でそう礼を述べると、同時に空を見上げた。パラシュートが、新しい物資が投下されてきた。
スネークは乱暴に落ちたばかりの箱の中からランチャーを引きだすと、おもむろにそれを構えて発射する。
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(疲れてきたか、兄弟?)
(だから!それは、やめろ!)
怒りの抗議をぶつけようとするが、気持ちが続かない。
こいつに心を寄せられてから、イーライは不思議な臨死体験を味わっていた。
ヘリの中の小さな自分の体を離れ、鋼で出来た強靭な肉体の中に自分の”意思”をつめこむことで動かす。”少年と兵器は一体となった”と表現したらいいのだろうか?
だが、これは思った以上にイーライの心に強いストレスを感じさせていた。。
(もう終わる?もう終わり?)
(終わる?負けるのか、俺は――いや、まだだ!まだ終わっていない!)
本能的にこのまま感情の暴走が静まってしまうと、大人達を殺せなくなる。この肉体からもはなれなければならないと感じたイーライは、再び自分の心の中の吹き上げる憎しみの黒い炎を強くさせる。
それに呼応するようにサヘラントロプスが両手を天高く突きあげ吼えると、それまでなにもなかった周辺一帯に真っ赤な霧が発生する。
『なに!?おい、これはっ』
「虫だ。やはりサヘラントロプスに、コードト―カーの虫が内蔵されている」
それは同時に、いつあれがメタリックアーキアを使って自分の体を核兵器にするかわからないということでもあった。
「ピークォド、ゴート。この場から離れろ、こいつは前に見たことがある。腐食性アーキアの霧だ、機械はすぐに動けなくなるぞ!」
『了解、ボス。一時離脱します』
先日はこれで野営地に墜落させられた。
あのスカルズの発生させる霧とは違い、サヘラントロプスのはさらに濃いのだろうか。霧のむこうにあるはずの巨体が、黒い影としか見えなくなっている。世界は赤い霧に満たされてなにもわからない。
――また、”こうなった”な
声がして、気がつくと隣に病室にいたイシュメールがスネークの隣に立ってサヘラントロプスを見上げていた。
――これはいつもやってきた、”俺の道”だった。それは今や”お前の道”でもある。どうだ、怖いか?
イシュメール、なにを言いたい。
――その男もまた、ボスの名を継いだだけのことはある、ということか。迷いがない、見事だ。
それはこれまで聞いたことのない声だった。
イシュメールの背後に、新しい男が――軍人服のいかつい顔がいつのまにかあった。
はじめて見る顔だったが、誰なのかは自然と名前が浮かんできてわかった。
彼の名はジーン、自分やゼロがいなくなったあとのFOXを率いた男。彼もまた、このメタルギアに惹かれて世界の未来を作ろうとした一人だった。
――やはりお前も”兵士”私とは相いれないか。お前が我々のジーン(意思)を受け継ぐのだな
幻覚だ。
今は戦場にいる、そして彼等は亡霊(ゴースト)なのだ。地獄にいるようでも、ここは本物の地獄ではないし。亡霊の相手なんてまじめにするものではない。
今、自分は戦場に立っているのだから。
真っ赤な世界を、角の生えた鬼が歩く。
重火器を手にして、なんでもないというようにそれを構える。
――サイファーは私達を見ている
冷たく、陰鬱としたパスの声がする。
背後に立つ彼女は、あのいつもの美しく、はかなげな弱い姿ではなかった。難民キャンプに収容され、痛めつけられた暗い目の彼女が立っている。その口調は支配する何かへの怒りと報復心に満たされている。
――ピースマークの『ピース』は、勝利の『V』なのよ
彼女の手が力なく持ち上がる。
――セイ ピース!
地獄の底で鬼が啼いた!!
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イーライは目を覚ました。
あの鋼の体ではなく、いつもの小さな自分の肉体へと戻っていた。
「霧が、ミラー副司令!霧が晴れていきます!」
パイロットの声につられてイーライもそれを見た。
ボロボロになったサヘラントロプスが、よろよろとする中。それを見上げるスネークも又、肩に担いだランチャーを下ろし、緑の大地に放り出した。ちょうど弾切れになったのだ。
紅い髪の少年のつぶやくような小声が遠くで聞こえた気がした。負けちゃった、と。
同時にイーライの中からあいつの存在が引き抜かれるような違和感とともに静かに立ち去って行くのを感じた。
「決着か」
ミラーの小さな声はヘリの中に冷たく響く。
最後の一撃、というわけではないが。サヘラントロプスの体が勢いよく前に飛び出していく。最後の一撃だった。
あっ、と誰かが声を上げるくらいにそれは素早かった。
だが、ビッグボスは冷静に――冷静にハンドガンを構えると。まるで関係のない空中にむけて連続で発射した。その後に起こったことは、誰にも説明が出来ない不可思議な出来事だった。
”なにもない場所”にむかって飛んでいった鉛弾は、そこで”なにか”に着弾すると空気中に爆炎をまきちらした。それと同時にサヘラントロプスも、小刻みに震える壊れたオルゴールのようにビッグボスの直前で巨体を震わせ、足が止まる。
『全員、射撃用意。目標はサヘラントロプスだ』
無線からビッグボスの声が響く。
彼はすでに小刻みに震えて動けないサヘラントロプスに背を向けて歩き出している。すでに終わりは見えていた。
「ヘリを、ボスのところへ」
ミラーはヘリのパイロットに指示を出す。
無線にクワイエットらしき鼻歌が流れ始め、ピークォドが、ハリアーが、ゴートとフラミンゴが。それぞれの準備を終えたことを報告してくる。
最後の瞬間はあっさりとしたものだった。
再び巨人を襲ったダイヤモンド・ドッグズの一斉攻撃が直撃すると、ついにサヘラントロプスは大地に崩れ落ちていった。
カズを、エメリッヒを、イーライを乗せたヘリが地上へと着陸する頃。
スネークはそこにクワイエットと肩を並べて横になったサヘラントロプスを見上げていた。
戦いは終わった。
振り返ると、ダイヤモンド・ドッグズの圧勝であった。サヘラントロプスの暴走で混乱をきたしたXOFにいいところはなかった。
ヘリに近づき、ミラーの伸ばした手をつかむと、2人は一瞬見つめあう。すべては9年前、コスタリカ沖の海に沈んだあの場所を捨てるところから始まった復讐の旅だった。
それがついにかなったのだ。
スカルフェイスは倒した、XOFも壊滅した。
我々はまたしても勝利し、ついに果たすべき借りを返すことが出来た。
「スカルフェイスの元へ」
スネークは短く伝える。
再び離陸しようとしているヘリの窓を、席に座ったスネークは見た。
地上には先ほどまであの霧の中にいた亡霊たちが並んでスネークを地上から見送っていた。彼等は何かを言いたそうにしていたが、もうこちらは飛んでいるのだ、彼らの声はどうせ届かない。
この日、マザーベースへと帰還するヘリとそれらにつりさげられた巨大な機械が運ばれていく姿がアフガニスタンではっきりと目撃されていた。
ソ連政府は、領内の空を飛んだその巨大な兵器について口をつぐんだままなにも語らなかった。
次章はまた1週間後、くらいを予定。
はっきりとしたスケジュールはまた後日。