真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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蛇の血

 かえってみると、ハエのたかる腐った豚の頭はなくなっていた。

 骨も残っていない。

 船室に投げ出された椅子を元の位置に戻すと、そこにどっかりと座りこむ。

 兵も、部下も、誰もいない。

 なのにここに王のように自分だけが座っている。

 

 目を閉じると、イーライはあの時のことを思い出していた――。

 

「兄弟達よ!」

 

 俺は皆の顔を見回してそう叫んだ。

 

「兄弟達よ、お前達は知らなくてはならない。

 いま、世界では俺達を必要だと口にする大人達がいる。俺達がいれば、戦場は変わるんだと口にする大人達がいる。”敵”に対する脅威として、俺達が必要なんだと大人達は言う。

 

 それは嘘だ!

 

 なんでそう言える?簡単だ、その敵が俺達の前に並べるのが。俺達と同じ大人の奴等によって銃を持たされ、立たせている俺たちの同胞だ。奴等は俺達を戦場に立たせて、戦わせて、殺させる。

 奴等の言う”敵”もまた、俺達に対抗するために同じ様なガキを探している。そうやって愚かな奴等の戦場に安く戦力を増やしていこうとしている。

 

 だから俺達は立派に戦った!

 容赦なく殺したし、必要だと言われたことはきちんとやってやった。

 

 だが大人達は満足しない。満足なんてしたことはない。

 それどころか、戦った俺達を否定することを始める奴も出てくる。

 俺たちの勝利を、栄光を。「あんな小僧共、ならべて盾にもなりやしない」そう吐き捨て、貶める奴もいる。

 かと思えば!そもそも俺たちのような存在は邪魔だと言って、戦場から立ち去れ。武器を置いて行けなんて要求する奴もいる。

 

 戦場は俺達をあれほど欲しがっているのに、大人達はそれを聞こえないふりをする。

 

 忘れてもらっては困る。

 俺達は戦士だ、兵士だ、軍事的な主役になる存在だ。

 だからこそ大人同士の殺し合う戦場に、俺達はいらないんだと大人は言う。奴らは自分たちのエゴで、俺たちをとにかく否定だけする。

 

 俺達には親がいた。

 父親も、母親もいた。

 そいつらはどうしている?どこにいった?今、なにをしている?

 これに応えられる奴はどれだけここにいる?死んだ、殺された、売られた、連れ去られた。色々あるが、俺達はとにかく戦場で戦える戦士だ。もう変わることはできない。

 

 銃を取りあげられて、大人の言うとおりの”普通の日常”なんてのに戻れるのか?あの優しかった日々に、今はない家族がいたからこそありえた日常に。

 

 無理だ!

 

 銃を、武器を捨てられるのか?

 ジャック、おまえはできるのか?あの漁船の親子、お前はあいつの親父になにをさせた?ワニの泳ぐ川を泳いで逃げろと言って、反対されたお前は親父の足に穴をあけてから川に突き落としたろう。

 半狂乱になってワニに食われている間、お前とお前の仲間達は笑っていただろう。あいつの息子はお前達の顔を忘れてないぞ。武器を捨てたお前達の前に、必ず武器を持って現れる。その時を、大人のいうとおりにして待つって言うのか?」

 

 問われた黒髪の白人少年は、真っ青になって震えていた。

 

「トム、お前はどうだ?

 PF兵士が連れていた女を、お前は後ろから突きまくってやってただろう。あの男は泣いていた、妹だから勘弁してくれと言っていたが。お前は最高の味がすると笑ってただろう?

 戦場を離れて、お前が”普通”ってのに戻ったと知ったらあいつはどうすると思う?」

 

 ヒョロ高い体をした天然のパーマのかかった頭をした黒人少年は目を大きく見開いたままだ。彼も言葉はない。

 

「サイモン、お前はいい子だったよな?

 ジャックが殺しても、トムが犯しても。ずっとそれを止めていた。だから、お前は、銃を、捨てられる?

 違うね、捨てられやしない。あいつらはお前の顔も覚えている。

 お前が、俺達と一緒に、なにをしたのかを覚えている。忘れっこないぜ。

 お前、誰がお前の前に立っても。『僕は止めようとした』といって許してもらえると、本気で思っているのか?」

「で、でも。僕は本当に、なにも、やっていない」

 

 問われた少年はたまらず半ベソをかいて、必死に言葉で抵抗しようとするが。それを無情にも叩き斬って見せてやる。

 

「なら、お前は死ぬだけだ。あいつらはお前を殺す。お前の家族も殺す。

 お前に女房が出来ていて、ガキが出来ていたら?決まってる、やることはジャックとトムがやってみせた。

 女は全員で犯す、ガキも全員で犯す。犯した後でお前の前で殺す。

 お前は?お前はその後でたっぷり苦しめられてから、犬にでも食わされるさ。皆が兵士として立派にやってる最中に、いい子でいたいと、なにも出来なかった腰抜けに相応しい死に方をお前はするんだ!!死ね!」

 

 サイモン少年はそれでもう、言葉が返せずに泣き出してしまった。

 周りもしんと静まっている。トムやジャックだけじゃない、ここにいる連中全ては似たような事をあの村でやっていた。あの日、自分に言われるままに大人達の体をバラバラにして川に投げ捨てたあの瞬間の前から。

 

 俺達、全員が罪人だ。

 だが俺達の罪は、そうさせてきた大人達の。父であり、母達のせいだ。

 許しなど必要ない。銃があれば戦えるし、子供でも兵士になれる。

 戦って、殺して、犯して、支配する。それで奴等は俺達という存在を生み出してしまった自分達の罪を思い知ってしまえばいいのだ。

 

「ここにいる大人たちは勝手な連中だ。俺達を戦場に立たせた大人達と変わりはしない。

 あいつらはただ、俺達を戦場からたたきだしたいと思っている。そのためには武器を持たせないことが一番だと、自分達が武器を持って、そう考えている。

 

 そしてその先は?

 

 俺達は普通の生活に、普通という世界に戻されていく。

 武器は持てる。だがもう今のように高揚感などない。それは仲間も、戦場もないからだ。

 それを後悔するよう洗脳させ。報復しに来る奴等の気持ちを受け止めろと暗に要求している。俺達は牙を抜かれ、奴等の支配を受け入れ、思い通りになるつもりは――」

「もうやめろ!!」

 

 突然、俺の演説を止める怒鳴り声に全員がそいつに注目した。

 

「……ラーフ、なんだ?」

「お前はもう口を開くな、ムカつくんだよ」

「――本当のことだからな。そうだよな?」

「違う!お前の口のきき方、お前はあの大人達とそっくりに話しているだけだ。俺達を”お前が”戦場に戻そうとしているだけだ。それ以外、従うなと要求している。おまえは、おまえこそがあいつらだ!」

 

 鼻で笑うが、心の中では穏やかではなかった。

 奴の言葉にすがろうとしている奴等がすでに出ている。それでは、困る。

 

「ならお前の話を聞かせろ。お前は何を話す?

 俺達を売った大人のことか?俺達を買った大人のことか?俺達を殺そうとする大人のことか?俺達を――」

「それを止めろって言ってんだろっ」

 

 ラーフはいきなり俺の胸を突いてきた。

 殴り返すことも出来たが、ここではわざとよろけて倒れて見せた。体格で、力で勝っているわけではない。言葉で支配している、それをまわりの皆にわからせるために必要だった。この演技が、もうすぐ最高の結果を生み出そうとしている。

 

「俺にはわかってる、お前に話すことなんてないんだ。自分の意見を口にできないから、真実を覆い隠すことも出来ない。だからそうやって”あいつらみたいに”俺たちの体を小突いて黙らせようとする」

「違う!」

「なら言ってみろよ。聞いてやろうぜ、みんな!ラーフが”俺達の真実”ってのを話してくれるんだってさ」

 

 話せるわけがない。

 こいつはガキだ。体はでかいだけで、頭は空っぽ。大人の言葉を信じたがっているだけの小僧だ。優しい世界ってのがどっかにあって、それが罪人になった自分を受け入れてくれると信じたがっている間抜けだ。

 事実、ラーフは顔を真っ赤にして。拳を握って、怒りに震えていた。だがその口は一度も開かれることはなかった。

 

 俺の勝ちだ。

 

 わかっていたことだ。

 俺の言葉をくつがえせるほど、こいつは世の中ってのを知らない。クソみたいなこの世界を綺麗だと信じたがっている馬鹿だ。

 言葉を持たないこいつは、もう一度俺を小突いて黙らせるしかない。

 だが、今度はそうはいかない。すでにここの大人すら倒せる今の自分なら、何通りもの方法でみじめに鼻血を吹いてぶっ倒れて泣くしかない。

 それを見れば、こいつらだって希望なんてあっというまに消えてしまう。

 

 ラーフは殴りかかってはこなかった。

 そのかわりに、彼は言葉を皆に発した。意外な展開だ、結果は変わらないが。

 

「お前達、よく考えろよ。こいつは――こいつはあの大人達と一緒だ。武器を持って戦場へ、仲間や兄弟がボロ雑巾のように死んだあそこに戻れって言っている。こいつの命令に従って、もう一度大人と戦えって言ってるんだぞ」

 

 俺は鼻で笑ってやった。

 それはすでにわかってやったことの1つだ、こいつらにそんなもの届きはしない。

 

「ここの大人達がマトモだとか、善人とか言うわけじゃない。でもな、少なくともあの戦場にはたたなくてもいいんだ。あの頃の生活に、家族と一緒の生活に戻れるかもしれない。

 いつ死ぬかわからないあそこへ、お前達はこいつと本当に戻るつもりなのか?死ぬんだぞ!?」

「くだらないな。その上、退屈と来ている」

 

 感情的にしたこいつらを変に刺激されたくないので、徹底的に言葉で潰しにかかる。

 

「ラーフ、お前は確か帰る家があるんだったな。従兄弟と一緒にさらわれて、少年兵となった。

 その従兄弟はどうなった?死んだよな?戦場で、たった一発。腹に銃弾を受けて、中身を泥の上にぶちまけて泣いていたっけ」

「うるさい、やめろ」

「いいや、やめないね。

 そんなお前が、あの朝はなにをしていた?俺が渡した山刀で、なにをしていた?

 指揮官連中をならべて、従兄弟の仇だと言って首や腕を切り落としていただろう?あの隊長の首をどうしたっけ?川に投げ込む時はわざわざ蹴飛ばしていたじゃないか。

 復讐が終われば、お前の戦いは終わりか?」

「俺は戦士じゃない。武器は持ちたくない」

「ならお前は死ぬしかない」

「人はいつかは死ぬんだよッ」

「神父様もそんなひどい言葉は言わないな、俺達の魂を救いたいなら。連中を見習ってもっともらしい顔で説教できる、神様の言葉でも探してこいよ」

「俺は魂の救済の話はしていない!」

「なら、お前は寝言を口にしているんだ。ここにはお前とは違う奴らばかりさ。家族に売られた奴等はどうしろって言うんだ?家族が死んだ奴等は?国の施設に入る?臓器抜かれてやっぱり死ぬだけだぞ」

「お前はおかしい。お前は狂ってるよ!」

「違うね。俺が正しい。俺は真実だけを口にしているんだ」

 

 

 誰もいない村の、俺のための”王の間”でいつの間にか眠っていた。

 俺はここに還ってきたが。実際はあの男に全てを奪われ、奴の城につれていかれたままだ。王を崇める民がいなければ意味がないように。民のいない国も存在するはずもない。

 思えばこのマサ村はあまりにも小さすぎた。

 

 もっと、もっと。

 俺はもっと多くのものを望んでもいいはずだ。

 俺の遺伝子にはそれくらいの力は秘めているはず。あの――マザーベースと呼んでいたあの海上の城のように。 いや、あれでも小さい。もっと、もっと多くを。

 

 

 ラーフはこの夜、マザーベースが寝静まるタイミングを待ってから部屋を出た。

 いかねばならないところがあった。

 あの場所へ。

 そこにいって、見つけてやらなければならない。そうだ、大人達には見つからずに。静かにそれを見つけ、暖かいベットに戻ればいいだけのことだ。

 

 夢見心地の中、奇妙な使命感にだけ突き動かされてラーフと呼ばれた少年は夜のマザーベースの中を歩き続ける。

 足元のおぼつかない少年の姿は不思議と夜勤の巡回兵たちにはみつからなかった。

 

 その場所の前には看板が立っている『……下に注意』だって?

 遥か天高くむこうから「あっ」という男の声が聞こえた気がして、ラーフは頭上を見上げた。

 自分を照らすライトと遠くから急速に近づいてくる、黒い土くれのような物体が見えた。その土くれが自分の顔に直撃した瞬間は、激痛ではなく顔や首のあたりから嫌な音を立てて骨が砕ける感触を自分の肉が認識した。

 

 ラーフは夢見心地のままだった。

 そのまま彼の生命は静かに終わりを告げた。

 ラーフは死んだ。

 

 

 俺はここでの眠り方を忘れてしまったのだろうか。

 玉座とも呼べない貧相な椅子に座ったままの浅い眠りのせいで、夜の間に何度も目を覚ます。

 この時も最初はそうだと思ったが、違うことがわかったので席を立った。

 

「やったのか?」

 

 はっきりと自分から声をかけてやったのは初めてだ。

 だが向こうはちゃんと理解したらしい。

 

――終わったよ

 

 とだけ伝えてきた。

 そうか、ラーフは死んだ。俺の予言の通り、抵抗しないから裏切り者として俺に殺された。間抜けな奴だった。

 

 スカルフェイスが死んだあの日。

 俺はその場で全てをこの目に刻みつけていた。

 あの男の要求にこたえた兵達が、スカルフェイスの兵隊を駆逐していく瞬間を。

 あの男の要求にこたえた部下達が、彼を助けようと死力を尽くして戦っている瞬間を。

 あの男の復讐が完成しようとして、立ちふさがるあの巨大な兵器が、なぎ倒されていく瞬間を。

 

 俺は全部を刻みつけた。

 奴からもらうものは何一ついらない。

 そのかわりに奴からは俺の必要なもの全てを奪っていくつもりだ。

 これは誰のものでもない。俺の戦争だ。

 

 あいつには子供だから力で負けた。

 だが、大人の殺し方はちゃんと知っている。計画通りにいけば、あいつを殺せるはずだ。

 これが最初の一歩。

 俺のいないあいつの城で、ラーフの排除が俺の最初の勝利の証。ワンポイント、リードだ親父。

 

「お前の名前、どうしようと思っていた」

 

 赤い髪の少年にそのまま王として俺は話し続けた。

 

「考えていた、なにか思いついたらな。

 だからその時まで俺がお前を強くしてやる。俺を見て知識を学べ。俺を見てこの世界を理解しろ。お前は俺の隣に立ち、俺と共に成長する。俺達は戦士だ、戦場では勝利を求める」

 

 すらすらと、自然と言葉が流れ出ていく。

 言いよどむ余地のない、はっきりとした意思が発する言葉だ。

 王になる男の、言葉だ。

 

「だからまず最初に俺達は奪われたものを取り返さなくてはならない。俺から全てを奪ったあいつらから、全てを取り戻すだけでは足りない。あいつらの”力”さえも奪って、そうして全てに勝利する。

 俺達の勝利!この世界への報復!そのためにも俺達はまず、あいつらの腹の中から決起しなくてはならない!」

 

 赤い髪の少年は俺の言葉を理解したのだろう。

 俺の席の隣にまで移動すると、そこでペタンと腰を落として座る。それでいい。

 

「計画は始まった。俺は!俺はあの男を――親父を殺して勝利する!!」

 

 ああ、その日が。その世界がとても待ち遠しい。 




また明日。

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