真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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ピューブル・アルメマン

 白銀の世界では獣と亡霊しか出会わないと思っていたスネークだったが、その日の昼ごろ。

 はじめて自分以外の人に会った。

 この立入禁止区域の中を、普通の登山客のような姿の青年が。風景か何かを一心不乱にスケッチしているようだった。

 

「兄さん、なにをしているのかな?」

「ひィィッ!」

 

 どうやら驚かせてしまったらしい。

 声をかけると飛び上がって怯え出した彼に、スネークは辛抱強く、警戒を解くよう語りかけてみる。

 

「何を書いていたんだ?」

「スケッチです――ええと、鳥を」

「鳥?」

「はい、伯母が鳥類学者をしてまして。美人ですけど、エキセントリックな人で」

「それで、絵を?」

「土産がわりです。ここからなにかを持ち出すのは……わかるでしょ?色々とマズイ」

「核汚染地域指定をうけているからな、そりゃそうだろう」

 

 ずいぶんと人懐こい性格なのか、すぐに緊張がほぐれていくのがわかった。

 

「あなたはなにを?」

「俺か?俺も――鳥だ。バードウォッチついでに狩りを楽しんでいた」

「――汚染地域の獣を狩って、それを食べるんですか?本気で言ってますか?」

「見てのとおり、俺はあんたみたいに若くないからな。これくらいの無茶、気にはせんよ」

「怖い人ですねェ」

 

 お互い笑いあう。

 

「若いの、名前は?」

「フリオです。フリオ――あー、えっと。本名はいいですよね、お互い」

「そのようだ。俺はエイハブという」

「エイハブ、なるほど」

「フリオはフランス人?」

「いえ、父がイタリア人で。そっちで育ちましたが、フランス語が体に合うらしくて。英語を話すと癖がでるようですね。今みたいによく聞かれますよ」

「いくつ話せるんだ?」

「5カ国です。フランス、イタリア、ドイツ、そして英語」

「ん?それだと4つだろう」

「いえ、5であってます。最後がイギリス語ですよ。あれは英語じゃない、もう立派に独自の言葉ですよ」

 

 そういうとケラケラと笑った。

 久しぶりの人が、自分の傷だらけの顔を見ても怯えないことがうれしかったのかもしれない。スネークはこの日、彼と共に移動することにした。

 

 フリオは思った以上に饒舌な若者だった。

 世界情勢、欧州の経済、最近の映画業界。そうしてお互いの黒いであろう背後の関係には触れないように気を使っていた。スネークは特に話せることはなかったが、相槌をうつだけの最高の聞き役に徹していた。

 

 夕方、少し早めに食事をとることになると。スネークはダイアモンド・ドッグズが誇る開発班のレーションの味見をフリオにさせると、フランス人の血が騒ぐのか。塩分が強いとか、風味が足りないとか口にするので、帰った時に開発班の連中にこの感想を教えてやろうとスネークは心の中でメモを取った。

 逆に若者はこんな場所なのにワインを取り出してきた。ところがスネークはアルコールの味に興味はない。

 美味いだの、まろやかだの適当に言って他人の酒を味わった。

 

 腹が膨らむと、後は寝るだけ。

 明日の朝にはお別れとなる。それがわかったのだろうか、フリオがついに語り始めた。

 

「エイハブさんもそうでしょうけれど、僕にも事情がありまして。全部は言えないのです」

「そうだな、こんな禁止区域だ。ソ連兵に見つかったら、お互い逃げださなきゃならん」

「だから僕はあなたの事情も聞きません!ですが――ですが、僕は少しお話できる気がしてきました」

「いいのか?無理しなくていいぞ?」

「いえ、大丈夫です。元々僕は、ある企業の臨時の調査員という立場なんです」

「ほう」

「ええ、わかります。怪しいですよね?怪しくないわけがない。ソ連の核兵器による環境破壊が叫ばれるエリアの土壌を調査するなんて」

「――話しているぞ、大丈夫か?」

「これ以上は言えません。と、いうよりも知らないのです。実際、会社の思惑についてはね」

「保険か……」

「まぁ、そうでしょう。それに何かの時は助けてやるとも言われますから、それだけが頼りですよ」

「そうだな。そのくらいの準備がなきゃ、ソ連兵に会った時がこわいからな」

「ええ。勿論その時は逃げますよ?逃げ足には自信があるんです、僕」

「そりゃ心強い」

「エイハブさんはなにを狙ってるんです?」

 

 とぼけようか?少し迷うところがある。

 

「詳しくは話せんよ、俺もな」

「わかってます」

「顔を見ればわかるだろうが、俺は――実は記憶をな。失った」

「戦場で?違いますか?」

 

 MSFから離れようとしていた。パスは空中に飛び出し、相手のヘリは近くを飛んでいた。

 あれは事故、なのだろうか?

 

「微妙なところだな。愉快な話でもないし」

「わかりました」

「俺の記憶には穴がそこかしこに空いている。友人が――それを埋めるためのテープをくれる。過去の俺の言葉、俺の出来事。そう言ったものの入った情報をどこからか見つけ出してきて、それでようやっと過去を取り戻そうとしている。いや、”取り戻した気になっている”」

「よかった。”過去は失っていない”のですね」

「だが、実感は残ってない。何十年も前の話だが、俺はここに来たことがあるんだそうだ。それを、この年になってたどってみようと思った」

「それで本当に過去を取り戻せる?」

「わからない。この雪で、記憶は意味をなさなくなっている。昔のここは緑あふれるジャングルだったと聞いていたが、今はこの通り」

「……」

「このまま進んでも、無駄かもしれない」

 

 スネークの何げない言葉を聞いて、フリオはため息をつく。

 

「無駄、ああ、無駄か」

「ん?」

「いえね、この調査から戻って。雇い主に『君の調査は無用だった、無駄な事をさせた』といわれるんじゃないかとちょっと悩んでまして。ここにきてからずっと夢に出て僕を苦しめるのです」

「そりゃ、きついな」

「ええ。無駄、無駄!嫌な言葉ですよね。おっかない熊のようなソ連兵に怯えてこんなにがんばっているのに」

「お互い、この旅の最後にそんな言葉が待ち構えていないといいな」

 

 そういうと、フリオと一緒にハハハと笑いあった。

 

 

==========

 

 

 翌朝、フリオが目を覚ますと。

 すでに昨日の顔が傷だらけのいかつい初老の男の姿はなかった。

 最初は出しぬかれたのだろうかと慌てて自分の手荷物を確認したが、誰かが触った形跡がなかったのでホッとした。どうやら彼は本当に約束を守って、こちらのことを知らないまま立ち去ってくれたらしい。

 そうでないなら、今頃は銃を向けられて蹴り起こされ。自分は厳しく尋問されていたことだろう。

 

 銀色の小さな弁当箱のようなものをとりだすと、それをバンバンと激しくふる。すると電子音がして、銀盤の上に文字が表示され始めた。

 彼が――”あのビッグボス”がもっているのとは違うが、これも情報端末機だ。

 

「こちらピュ―プル。グレートマザー、聞こえますか?」

『どうした?ピュ―プル。定時更新にはまだ早い、なにかあったか』

「それが――ああ、調べてもらわないといけないかも。昨日、ここで誰と会ったと思う?」

『ふざけてるのか?それともまさか、酔っているのか?』

「酔ってる?そうかもしれない。こっそり持ち込んだワインは空にしたさ!だって――僕は伝説の人と話したんだよ」

『……?』

「――わからない奴だな。伝説、伝説の傭兵。その人だ」

『っ!?』

「あの人にも伝えてほしい。戻ったら、話すことが増えたみたいだ」

『そうみたいだな。無事に帰還せよ、ピュ―プル』

「了解、グレートマザー。それじゃ、また」

 

 連絡を止める。

 彼の話が本当なら、今日の夕刻までに旧グロズニ―グラードとよばれた廃棄された基地へたどり着くだろう。そこから先は?

 よくはわからないが、自分とは違う方向で助かった。

 あの男とこれ以上、進路が重ならないかと怯えながらの調査はきついものになる。

 

「エイハブ船長のご武運を」

 

 そう呟くと、フリオと名乗ったピュ―プルもその場所から立ち去って行った。彼の仕事がまだ残っている。

 

 この核の呪いが取り付く大地に、王国を築こうという計画がある。

 彼の調査報告は、その見込みがあるのかどうかを決定する判断のために必要なものとなる。そしてそれは、まだ誰にも知られてはいけないことであった。

 その国の名前はもう決まっている。彼等のボスが、決めたのだ。

 

 その名前をザンジバーランドという。

 

 

==========

 

 

 スネークの旅は、その後あっけなく終わりを告げた。

 廃棄された基地には、なにものも残されてなく。彼自身の記憶もそれ以上、抜けたものが戻ることもなかった。

 噂のオオアマナが咲き乱れていたという湖畔のあの場所にも寄ったが、大雪によって全てが覆い隠されてしまい、広がる銀世界だけでなにも残ってはいなかった。

 あの過去の記憶はうつろう環境によって生態系からすべて、消え去ってしまったのだ。

 

 

 残念な結果となったはずだったが、スネークは別に落胆はしていなかった。

 全ては戻ってこなかったが、あの道を再び現実の世界で歩いた経験は新たに自分のものとなった。それだけでも、なにもないことを苦しまなくてよくなった気になれるのかもしれない。

 

 

 だが、帰ってきたダイアモンド・ドッグズには再び動乱の気配が忍び寄ろうとしていた。

 

 スネークが帰還したその日。

 着陸したヘリポートの前を、ちょうど入院していた医療センターから退院したばかりのイーライが警備に囲まれて通り過ぎようとしていた。

 降りてくるヘリの横に腰をかけているスネークの姿を見るその目に浮かぶ憎悪は、以前よりもまして強いものへと変わっていた。

 だが、本人を迎えることはなく。そのまま通り過ぎて自分の部屋へと歩き出す。

 

 一方、スネークの帰還を察知したのかプラットフォーム上を凄い速さで駆けてきたDDが。着陸したヘリから降りようとするスネークに飛びかかっていく。

 よほど留守番を命じられたのがさびしかったのだろうか。スネークが「よせ、待て、やめろ」といっても顔を激しくなめ続け、止めようとしない。

 

「ボス、お帰りなさい。DDも……寂しかったんですよ」

 

 苦笑いを浮かべながらクスクス笑う兵達はDDを止めるつもりはないらしい。

 ついに反抗を止めてされるがままにスネークがしていると、DDも満足したのか。スネークの体の上から(わざわざ踏みつけた上で)どいて、プラットフォームへと降りると。なんでもない、というようにスタスタと何処かに勝手に歩いていってしまった。

 

「戻ってきて、いきなりこれか。酷い目にあった……」

「向こうでは大変な天気だったと聞いてました、ボス。お元気そうで」

「ああ――カズはどうした?見えないが」

 

 DDのせいでぐったりしていたスネークを、ピークォドのパイロットが手を差し伸べてようやく立ち上がると。迎えにあらわれた兵達に問いかけた。これまでどんな時も、スネークの出動と帰還に姿を見せていたカズの姿はここにはなかった。

 部下達の間に、驚くほどはっきりとした動揺が走った。

 

 

 スネークはそうして知らされることになる。

 自分がいない間のダイアモンド・ドッグズでおきた大小様々な事件のことについて。

 イーライの脱走、スクワッドによる回収。そして入院、退院。

 そしてラーフという少年の事故死と、新たに脱走した少年達の存在。

 

 だが、一番にスネークが驚いたのは。

 ここにいないカズがこの瞬間、捕虜であるクワイエットの尋問を再開したという事実であった。




今回のタイトル、MGS4では一度は聞くとその能天気さに笑顔も引きつるアレですよ。

『この区域は、ピューブル・アルメマンの完全制圧下に置かれました。次の機会には、的確な人材、的確な戦術のピュープル・アルメマンをお使いください!』

ビジネスは非情だよね、それではまた明日。

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