真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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髑髏のスーツ

 ヒューイは背中を丸めていかにも怪しそうに廊下に顔を出した。

 兵士達をまねたつもりになって、左右を確認してからガシャガシャと音を立てる彼の足で、廊下に出るとプラットフォームの外へ出ていこうとした。

 

 今の彼にとってこれは違法行為にあたるのだが、わずかな時間ならこうやってなんとかできないことはない。

 

 しかしここにはヒューイに悪意を持っている奴が大勢いるのも事実だ。うっかりプラットフォーム上で1人でいるのを見られたら、海の放り込まれてしまうかもしれない。

 そんな恐怖を感じているが、”使命”を思うとこんな彼でも勇気のようなものがわき出るのだ。

 

「い、いないのかい?……まだはやかったかな。でも、もう時間は――」

「こっちだ」

 

 プラットフォームに恐る恐る出てきたヒューイの後ろから声を掛けられ、反射で悲鳴を上げられぬほど恐怖に震え上がって飛び上がる。

 黒い肌の4人の少年達がいつのまにかヒューイの背後に、そこにいた。

 

「お、驚かせないでくれ。びっくり……」

「どれだ?」

 

 会話をしようとする気はない、ということらしい。

 獣のようにギラギラと輝くその目には大人と言う存在への絶対の不信感が見て取れた。

 ヒューイは慌てて抱えていた銅製の箱を差し出す。

 

「これ――重いからね。でも、大切な部分が入っている。コアユニットだ、壊さないでくれよ。それは……」

「説明は?いつも通り?」

「え、ああ。ああ、そうだよ。英語だけど、ちゃんと使い方を図解で用意した。箱の中に入っているから」

「英語は俺が読めるからいい」

「いや。いや、駄目だ。それだけじゃ、足りないんだよ。でも――大丈夫。物資のリストを手に入れたんだ。ここの兵隊さん達とは仲良くなってね。必要な物とか、足りないものはそこから選べって言われてるんだ。それを――」

「盗んでくるんだな?」

「そうなるね。でも、その甲斐はあるよ。君達だって見たいんだろ?あの……」

「どう使うのか知らない。役に立つのか?」

 

 ヒューイは白衣のポケットに手を突っ込むと。折りたたまれた正四方形の厚い紙をさしだす。ここにそれの使い方がある、と説明するべきだったが。その必要はないというように少年はヒューイの手から取り上げるとさっさと立ち去ろうとしている。

 

「待ってくれ、待ってくれよ。今、アレは今はどうなってるのか話してくれ」

「……別に。お前の指示には従ってる」

「僕はそれを見ていないんだよ。だから不安なんだ」

「ならちゃんとやれ。いつ、あれは動くようになる?時間切れが近い、俺達も暇じゃないんだ」

「――あと、1回。いや2回だ。それで完成するはずだ、多分」

「なら、それを楽しみにしていろ」

 

 子供らしからぬ物騒な笑みを浮かべると、彼等はすぐにのたくるプラットフォームにへばりついているパイプに飛び移り。そこからパイプ管の中へと移動して消えてしまった。

 

 

 あれはカズヒラ・ミラーの悪意ある処刑予告宣言(少なくともヒューイはそう受け取った)がなされる少し前のことだった。

 

 ヒューイの研究室に、生意気そうな白い肌の少年が1人ではいってきたのが始まりだった。彼はまず、挨拶もなくいきなりサヘラントロプスはまた動くのかと聞いてきた。

 ヒューイが出来ると答えると、次に何が必要なのかを聞かれた。

 

 それ以来、彼らとの……”共同作戦”は続いている。とはいえ、相手は所詮は子供だ。『しっかりと固定せよ』と指示しても、子供だから適当に道具を使わずに指でネジを回してそれでいい、なんてことをやりかねない。

 それが不安だから、僕はわざわざミラーにサヘラントロプスの修理を願い出たというのに……。

 

 噂ではビッグボスは旅行から戻ってきたらしい。

 

 ヒューイはわざわざもう一度、本人に直訴するつもりで会いたいのだとメッセージを送っているが。相手からの反応は全くない。きっとミラーの奴が意地悪をして、邪魔をしているのだろう。

 そそくさと部屋に戻るが、今日も帰りを見咎める兵の姿はない。自分への監視の目がゆるくなっていることがわかる例だが、自分も子供達をならって抜けだそうとは思わない。

 そんなこと、このみじめな足では出来るはずもない。

 

 今はただ、ボスに会いたい。

 ビッグボスに会って、自分がちゃんと全部を説明すればわかってくれるはずなのだ。あのサヘラントロプスには、この”ダイアモンド・ドッグズの役に立つ”力があるのだということを。

 あいつをきっと”正しい姿”にしてやれば、簡単にわかることだというのに。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスが一連の少年兵の騒ぎを自分が預かると宣言してから数日後。

 

 

 事態は一向に良くはならなかったが、それでも悲観することはない。徐々にではあるが問題は解決され始め、騒動は終息の方向へと舵を切っていることがしめされてはいる。

 

 まず、態度の悪い少年達とそうでもない少年達を隔離した。

 敵意をむき出しにする少年達には、オセロットの命令で普段着の兵士達を向かわせ。寄り添わせながら静かに彼らの話の聞き役に回らせた。

 この効果は絶大だった。

 

 まるで声帯虫に襲われた時のように。

 病の隔離で彼等の共同体は、完全な敵性集団と成長することを食い止めることが出来た。態度が悪かった少年は、様子を見て大丈夫だろうとわかればまたもとの集団へと戻していくつもりだ。

 イーライの方も、徐々に何かを語り始めようとはしているらしい。

 

 

 

 そんな中、開発班からの呼び出しを受けてビッグボスとカズは顔を出すことになる。

 知らせてきたのはコードト―カーによるスカルスーツが完成したという報告であった。

 

「来たぞ、コードト―カー。部下の噂になっていたが、凄い出来だと聞いている」

「ん、蛇よ。カズヒラ、よく来てくれた。その通り、約束したものが完成した」

 

 今日のスネークもコードトーカーも機嫌はよさそうである。

 しかしそのせいでもないだろうが、カズは若干不安げな表情をしていた。

 

「こんなことは言いたくないが。なぁ、爺さん。スーツの開発期間があまりにも早かったような?」

「それはそうだ。そもそも、今回お前達に提供を申し出たスカルスーツの原型は。あの髑髏部隊で一応の完成を見た技術が用いられている。つまりスーツとは、元は私が目指したものの正しい姿であった、というだけのこと」

「つまりあのスカルフェイスの髑髏部隊とは違うと言いたいのか?」

「そうだ。あれほどの怪物性を備えさせるには、もはやただの人の体では不可能。虫の力を表面にひり出すために両方にかける負担は想像を絶する。そんなものをお前達は望んではいないのだろう?」

「ああ、ダイアモンド・ドッグズに髑髏部隊はいらない。あんたの言うとおりだ、コードト―カー」

「カズヒラ、その言葉はなによりも嬉しい。そして、これをつくるチャンスを与えてくれたことを、お前達に感謝したい」

「……」

 

 老人の体がひとまわりもふたまわりも小さくなった気がした。

 

「スカルフェイスに逆らえなかった。とはいえ、スカルズの完成を喜ぶ奴の後ろで少なからず満足感を味わう。そんな自分の科学者としてやってはならぬ禁忌の領域を犯した暗い喜びもあるにはあった。

 だがな、そういうものはどうしても自分を闇に落とす。

 このスカルスーツは、もともと私がスカルフェイスに渡すために設計したものだが。スカルズとは目指す方向がまるで違う。お前達が役に立ててくれるというなら、それを譲りたいと思った」

 

 なにやら誉められたようでこそばゆくなったが、スネークはあえて口にする。

 

「――だがな、コードト―カー。俺達は所詮、傭兵だぞ?スカルフェイスのようにいつ変心するかわからない。それでもいいのか?」

「そこは、ほれ。こっちも伊達に歳はとっていないからな。スカルフェイスではないが、このスーツには安全装置というべきものをつけさせてもらった」

「ほう」

「いや、感心しては駄目だぞボス。コードトーカー、それでは困る」

「まぁ、二人とも。とにかくまずは見てほしい」

 

 コードト―カーの合図で、折りたたまれたスーツの入った箱を掲げた兵士が進み出る。

 

「彼は、この計画で共にスーツの作成に最初から最後までかかわってくれた。名前――ああ、コードネームじゃったなお前等は。コブラくんじゃ」

「これほどの短期間で、信じられない完成度です。それをおふたりに紹介でき、自分は光栄です」

「おいおい、コブラくん。敬礼なんぞしてスーツを落とさないでくれよ――で、どうだ?感想は?」

 

 スネークもカズも、箱の中の折りたたまれたスーツを一瞥して同じく微妙そうな顔を浮かべていたが。コメントは違った。

 

「フルフェイスのマスク……息苦しそうだな」

「ホワイト系の上に、デザインが――凶悪だな」

 

 開発者の2人はそれを聞いて大いに笑う。

 青空の下にそれは、心地よい海風を運んでいた。

 

 

「デザインは我慢するとしても、色は――」

「ふむ、カモフラージュが低そう。そういうことか?」

「ああ」

「心配はいらん。実はこの体を覆う繊維質に複数の虫を編み込んでいる。そのひとつが、自分を捕食する生物から逃れようとフェロモンを発するのだ。これによって緊張状態の戦場で、誰かがこのスーツを着たものがそばにいても。本人は無意識のうちにそれのある方向を見ようとはしなくなるのだ」

「なんだと?そんな便利なものがあるのか」

「便利、ではないぞ。実際、当初これを聞いたスカルフェイスはこの虫をもっと増幅させろと強要した。その結果、装着者はスーツに触れることすらできなくなった。フェロモンによって誘発された生物的な嫌悪感とは、コントロールできないものなのだ」

「なるほど……」

「このスーツの最大の特徴、それはこれから実際にお見せする」

 

 コブラがこっちへ、と呼ぶとコンテナの影からスカルスーツを着た1人の男の姿があらわれた。こうして動いているところをみると、たしかにあの戦場で不気味に飛び回っていたスカルズによく似てはいることがわかる。

 髑髏に似たマスク、色と質感のせいもあって、違和感を感じずにはいられないデザイン。

 彼を見るカズの顔が少しゆがむのは、髑髏部隊に蹂躙された苦い記憶を刺激されるからだろう。

 

「わしの面倒を見てもらってる医療班のバフくんに着てもらった。最終テストに続いて、協力してくれたことに感謝したい」

「ちょっと、確かにあまり見たくないな」

「それはお前の記憶と経験からくる生物的な恐怖だ、カズヒラよ。虫の力ではない――」

「そ、そうか」

「このスーツの本当の力、それはボスが触れたマスクの部分にある。ここに3種類のカートリッジに入った虫達を装着することで、スカルズと同じ力を発現させることが可能だ」

「ほう」

「まず一応は全部説明させてほしい。

 第一のカートリッジ。これには霧を発生させる虫が入っている。例の髑髏部隊が出現する時に起こる現象、あれがそうだ。ただ、彼等の場合は水分の補給が必要と言うことで使っていたが、お前達には違う意味をもつだろう」

「なるほど。あれほど濃い霧を突発的に発生できるなら確かに役に立つな」

「第2のカートリッジ。これは服の表面を硬化させるものだ。理屈としては、カートリッジの中の虫が服に編み込んだ虫を食らって死滅する中で。自身の細胞を膨張させつつ変化させて表面にあらわれる。

 服の虫はわずかな間は減りはするものの、カートリッジの虫と違い、全滅はしない。またわずかな時間ですぐに増殖するので問題はない。そしてこの虫はいがいにしぶといので、よほどこいつを何度も使ったりしなければ、服の虫に問題はないはずだ」

 

 言ってるそばから、体の表面が音を立てて黒いでこぼこした岩状に硬化していき。そこから装着者が動くとポロポロと浮き出た漆黒の皮膚が削れて零れ落ちていくのがわかる。

 

「どれほどの硬度があるんだ?」

「スカルズと同程度、であるはずよ。さすがに人にバズーカをむける実験はしていない。お前たちはやつらとは違う使い方をするつもりではないかと思ったからな。必要だったか、蛇よ?」

「確かに俺達の任務なら、見つかったら逃げるのが先だ。スカルズとは使い方が違う」

「最後のカートリッジ、これがとっておきだ。クワイエットのような、透明化ができるようになる。だが、このスーツの場合はそれだけではない。わかるか?」

 

 いきなりの問題提出だったが、カズが答えた。

 

「透明化――全身を覆っていること、かな」

「その通りだ。つまり、これは戦闘中にスーツが破損した時に使うことで、破損部分を修復する力を持っているのだ。どうだ、便利だろう?」

 

 コードト―カーはそういうと満足げにウヒャウヒャと笑い声を上げる。

 

「素晴らしいスーツだ。感謝するよ、コードト―カー」

「むむ」

「さっそくだが――いま、何着あるんだ?」

「この2着です、ビッグボス!」

「ならコブラ。ダイアモンド・ドッグズに配備するために――11着だけ用意してくれ」

「ボス?それだけでいいのか」

「いいんだ、カズ。それで十分だ。そうだろう、コードト―カー」

「……」

「見せてもらってわかった、あんたの気持ちが。このスーツ、装着するには条件があるんだな」

 

 スネークの問いを受け、コードトーカーはほのかに笑みを浮かべる。

 老人の意思を本人が説明する前に、汲み取ってくれたことが嬉しかったのだ。

 

「そうだ、ビッグボス」

「なに!?」

 

 反対にわからないカズは驚く。

 

「ボスの言うとおりだ。このスーツを着るには条件がある――声帯虫の治療でボルバキアを受けた兵だけが着れるのだ。スカルフェイスの生み出した声帯虫は人の命を奪う種となってしまったが、その本当の力はまだ今も残っている。彼等の力で、このスーツに埋め込まれた虫達とつながることができるようになるのだ」

「だから量産はできない。声帯虫治療をした連中は、時とともに減っていくはずだからな」

「そうでないこともできる。お前達が、新たに加わる仲間達に黙って声帯虫をとりつかせればいい」

「バカな!そんなことを容認するわけにはいかない」

 

 カズは驚いて大声を上げると、スネークとコードト―カーは笑顔を見せた。

 

「だからいいのさ」

「そう、だからこれはお前達が使える間。正しく使ってくれればいい」

「つまりは時限式、なんだな」

「こいつは俺と、俺の部隊で使わせる。一般の兵達には触れさせない。いいな、カズ?」

「わかった、ボスの考えは正しいと思う」

「コードト―カー、それでどうする?ここを発つ準備はしていないらしいが、居たければ好きなだけいてくれて構わない。だがあんただっていつまでも兵隊に囲まれて暮らしたくはないだろう?」

「うむ、それだがな。カズヒラがXOFから虫達のデータを残らず回収して来てくれた。データを整理しながら、再び虫達のデータを封印するまではここで作業をさせてもらえると助かる」

「わかった――」

 

 せっかくなのでスネークも残る一着を着てみることにした。

 スカルスーツのヘルメットは独特の感触がある。強化プラスチックではないが、ラバーとも違う。

 

 スネークの視野にコードト―カーが、コブラが、カズが。そしてもう1人――。

 

――よくお似合いだ、ビッグボス

 

 そう声をかけてくるスカルフェイスの亡霊がいた。

 

 スカルスーツを着ているせいでスネークは声が出せない。

 彼はただ、仲間達の向こう側からこちらを見て不気味に低く笑い続けるスカルフェイスの姿を黙って見つめ続けていた。


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