少年は、大人が嫌いだった。
少年は、大人たちを憎んでいた。
だが、そんな大人たちの中でも。彼だけは違った。
海の上の巨大な城、そこで精強な軍隊を従えるヒーロー。
少年は彼にだけは好意を持っていた。
彼は少年の願いを聞いてシャバニを助けに行ってくれた。
シャバニは助からなかったけれど、そのために彼が危険な戦場から還って来たことはわかっていた。
強い人だとわかった。
優しい人だとわかった。
もし、大人になってしまうなら。こんな人になりたいとちょっぴり思った。
だが、少年には彼は必要ではなかった。
少年には王が……ホワイト・マンバがいるから。
彼は本当に凄い奴だ。
「お前は何でここ(戦場)に来た?」
暗い部屋の中、イーライと2人っきりになると彼は少年にそう聞いてきた。
問われたから答えた。
少年兵となる前の悲しい話を。
不条理に満ちた、苦しさを覚える自分の過去を。
少年は普通の家に生まれた。
父は床屋を営んでおり、母とは別の店で知り合って結婚した。
「お前の髪は爺さんに似て愛想がない」
そう言って少年の髪が強情なことを、両親は不満にしていたが。彼らにいじくられる必要がない自分の髪を少年は気に入っていた。
ある日、父によく似た男が。妻と娘たちを連れてあらわれた。
彼は父の弟、叔父だった。
自分たちの本国へと戻っていく白人達と共に彼は外国へと若いときに旅立っていったと聞いていた。
だが思うようには生活できず、父が仕方なく彼を呼び戻すために力を貸したのだ。
少年がベットに横になると、両親は叔父のことを「しょうがない奴だ」といってため息をつき。「家族なのだから」と優しく迎えてやろうと語り合っていた。
叔父一家が家に入ると、少年の家は少し手狭になった。
それでも少年は両親を見習い。従姉妹達とは仲良くしていた。
叔父は手伝いと称して、父の真似事をはじめて店に立つようになった。
そんな時だった、父が死んだ。
交通事故だといわれた。
そして、そして――。
ホワイト・マンバは笑い出した。
少年の過去に面白い話しはしていない。だが、彼は笑い続けた。
「お前の親は間抜けだ。そいつらに奪われたんだ」
何を言っているのか、少年はわからなかった。
「もうわかるさ。『ある日、叔父が自分を連れ出した。気がついたら、兵士に囲まれていた』そうだろう?」
その通りだった。
叔父に誘われて車に乗り。ジュースを渡され、それを飲むと急に眠たくなった。
気がつくと、叔父も父の車も消えていた。そのかわりに冷酷な目でこちらに向ける兵士たちが立って、彼らは自分達のズボンのベルトを緩めていた。
「お前は大人に”売られた”のさ。ところで、お前と親父のいなくなったおふくろはどうなったと思う?」
残酷な笑みを浮かべたままのホワイト・マンバは少年にそう問いかけてきた。
少年の脳裏にフラッシュバックが走り。大きく白人たちの文字がその中に浮かび上がるが、その意味を理解することを拒否した。
「話は変わるが。俺たちの仲間、サミリの話をしよう」
なんでいきなりそうなるんだ、ホワイト・マンバ?
それもよりにもよってサミリ!?
「あいつは戦場では腰抜けだ。撃たれたくなくて、撃ちたくなくて必死に隠れようとする。だが、あいつは仲間だ。そして優秀な奴でもある」
そうだ、サミリはそういう奴だ。
だが、だが、サミリが大人たちに認められている本当の理由は――。
「そのせいか、サミリは”鼻がきく”。戦場で逃げ遅れ、じっと息を殺して隠れている連中のにおいを嗅ぎ付ける。あいつが興奮気味に戦場を歩き出すと、あいつのまわりにも人が集まっていく。お前も知っているだろう?」
「……うん」
「サミリは隠れている奴らを絶対に見つけ出す。大人の男ならすぐに撃ち殺す。俺たちのようなガキは尻を蹴飛ばして大人たちのところへ連れて行く。だが、あいつが優秀なのはここからだ」
少年は耳をふさぎたくなった。
目を閉じて、何も考えないようにしたかった。
だが、ホワイト・マンバの言葉は力強く、少年の気力をねじ伏せる言葉で縛り付けてくる。
「あいつの獲物は娘と娘の母親達さ。年齢は関係ない。
見つけたらもう容赦しない。そこに何人いようと関係ない。すぐさま飛び掛っていって、ご丁寧に”全員の尻に腰を振る”のがサミリだ。サミリがヤっている間。順番を待つ女達が目当てで、ついている連中も一緒になって腰を振る。
でもサミリには関係ない。
あいつは見つけた全部の女の腰に乗っかる。そして”サミリの汁”を流して泣いている女達を連れて大人たちの前につれていく。大人たちだって本当はサミリと同じことをしたいが。傑作なことにサミリが女ならお構いなしにヤってから連れてくるものだから”その気”を失っちまう」
その通りだった。
サミリは母も娘も、姉妹も関係なくすべてを犯し。陵辱しつくすとすぐにその”成果”を大人達に見せに行く。
大人たちは不快なものを見たと思い、サミリに命じる。「そいつらを処分しろ」と。
「だが暗がりに連れて行くと、サミリは女達を解放するんだ。あいつはそうやって”弱い女達は自分が守ってやった”と信じている。
女達はそんなこと考えてないし、サミリにくっついていって同じことをする仲間も思ってないが。”あいつだけ”はそう信じている。笑えるだろう?」
「――だから、なに?」
「ああ、そうだった。話が脱線したな……お前を産んだ女に、サミリのような大人はどうすると思う?」
再び少年はフラッシュバックに襲われた。
平和だった毎日、楽しかった毎日、あるべき”普通の少年”でいられた毎日。
それがバラバラになり、白人の文字で「彼女は死んだ」(kill her)と一人残してきた母の運命を告げる。
嘘だ!
少年は初めてホワイト・マンバに口答えした。
そしてそれをこそ彼は待っていた。
「なら、それを確かめてみる気はないか?俺がお前を、外に出してやる。お前は自分の家に帰るだけでいい。そこにお前の母親がいれば、お前は正しかったということになる。だが、違ったら?」
「……」
「これはお前へのプレゼント、チャンスだ。そのかわりに覚悟をしてもらうぞ」
それは悪魔の囁きであり、逃れられない甘美な愛の残り香を漂わせている。
少年は希望をまだ捨ててはいなかった。
母はまだあの家にいて、突然消えた自分の帰りを……違う、そうじゃない。きっと毎日、心配して探し回っていてくれているはずだ、と。
答えるのに、なんの躊躇もなかった。
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ホワイト・マンバは約束を守った。
少年は外にの世界へと解放された。
だが、ホワイト・マンバとは約束がある。それは契約だ、その時がきたら約束を果たさなくてはならない。
少年は嘘つきではないし、なにかから逃げるような男は腰抜けだと信じていた。
あのまぶしい世界の中に家はかわらずそこにあった。
あの日々と同じように、店内からは軽快な白人達の国で歌われている愛の歌がラジオから流れている。
あのラジオは父が大好きなもので、あそこから世界の最新の音楽を流す中で客の髪を切るのが最高なのだと話していた。
店の入り口に立つと、しかしそこは自分が知っている家ではないことがすぐにわかった。
そこに母はいなかった。
父と母に整えてもらおうと、いつもにぎわっていた近所のお客は誰もいなかった。
そのかわりに従姉妹達の母親が、暇そうに椅子に腰をかけていた。父の横に立っていた、あの日の叔父の姿もそこにはなかった。
少年は口を開いた。
彼女は「叔母さん」と呼ばれ、少年を見て、驚きに両目を見開いた。「なんてこと!?」それが少年を確認した彼女の第一声だった。
そして少年はそれだけで理解した。
大人の言葉だけで、真実を知り尽くすことができた。ホワイト・マンバはやはり正しかった。
叔母は叔父を呼んでくるといって外に飛び出していく。
少年は懐かしい台所へ向かった。そこには従姉妹たちがいて、白いバニラのアイスクリームをおいしそうになめていた。
「冷蔵庫の中に、まだあるよ」
小さいほうの従姉妹が部屋に突然入ってきた少年に驚くわけでもなく。自然にそういうと、大きいほうの従姉妹がその脇をつつく。
「だめじゃない、私達だけで食べようって言ったのに!」
少年は無言だった。
彼は冷蔵庫に向かうと見せかけ、従姉妹達の背後に回る。
ズボンにはさんでいたリボルバーピストルを抜き、たった2発。
従姉妹達はそれで物言わぬ死体に変わり、真っ白でおいしそうに溶けていたアイスはラム色に汚されて机の上に転がった。
ダイアモンド・ドッグズでは武器の管理はきっちりとおこなわれていたが。
開発班をはじめとしたスタッフが私物として持ち込む武器はそうでもなかった。
少年がホワイト・マンバから渡されたリボルバーピストルは、散弾を発射するタイプのもので。彼らが使うものと違い、銃口には不恰好な消音器が取り付けられていた。
おそらく、個人的な興味程度から改造を施したと思われるが。
おかげで真昼間の普通の床屋の台所でぶっ放しても、それが銃声とは近所には思われなかったようだ。
ラジオからは変わらず歌が流れ続け、少年は銃を手にしたまま冷凍庫を開くと。そこにあったアイスクリームをすべて取り出してから、自分の部屋があった2階へと移動した。
薄い緑色の壁紙だった両親の部屋は、薄い青へと変えられてはいたが、後は全部そのままだった。
だが、子供部屋は従姉妹達のためなのだろう。ピンク色へと変わり、自分のおもちゃはすべて消え。従姉妹達のための人形などがそこかしこに置かれていた。
そして叔父達がこの家に来たときに寝泊りしていた部屋は、物置のようになっていて彼らのためにと父が用意したベットも消えていた。
少年はそのすべてを見ながら、アイスを忙しくなめ続けていた。
甘さは感じなかった、冷たさだけが心地よく、必死にそれを求めてしゃぶるようになめ続けていた。おかげで2本のアイスはすぐになくなってしまった。
階下から、この時。絞められた鶏のような悲鳴が上がるのを聞いた。
音を立てないように降りていくと、戻ってきた叔父と叔母が台所で変わり果てた姿となった娘達を見て。震えながら、静かに嗚咽しながら、なにがあったのだと触れることもできずに何度も口にしている。
少年はそんな2人の背後に立ち、容赦なく叔母の顔を吹き飛ばした。
従姉妹達のときと同じように、何の感情もなかったが。自然とそうできた。
「ただいま、叔父さん」
「―ーあっ、あっ」
「叔父さん、聞きたいことがあるんだ。母さんはどこ?」
死んだ魚のような目をする、あのかわいい甥っ子の変わり果てた姿に叔父は戸惑っているようだった。
だが、その甥の手には銃が握られ。
彼がそれで自分の家族の命を冷酷に奪い去ったことは理解できた。彼には、自分への殺意があることも。
「お、お前の母さんは。出て行った――お前を捜しに」
「……それは嘘だ」
銃爪はあっさりと引く事ができて、叔父の顔もまた消し飛んだ。
そして彼の家族と同じように、岸辺に打ち上げられた絡み合う海草のような”ナニカ”が床に零れ落ち、続いて力を失った叔父の残骸が崩れ落ちていった。
「まだ2発、残ってる」
そういってから少年は叔父の残骸に残りを撃ち込むと、血で汚れた机の上に銃を置く。
続いて台所に立ち、真っ白なナプキンを取り出してくると。白いパンをそこにおき、チーズを乗せ、夕べの残り物らしいチキンを乗せ、さらにチーズを乗せ、それらに蓋をするようにまたまたパンをのせた。
ナプキンでたたむと、少年の弁当は完成だ。
続いて冷蔵庫の中に並ぶビンを一本。ビールかと思ったが、取り出すとどうも違うらしいことに気が付いた。
そこにはビールのほかに、きれいな飲み水の入ったビンもあった。
従姉妹のために、叔父夫婦はこうやって白人のように”きれいな水”を買っていたのだ。だが、それならそれで助かる。
少年は”叔父夫婦の住む家”から出た。
4人を殺す銃声が昼間にあったはずだが、周りの隣人達はその事実を理解していなかったらしい。誰も少年に気が付かなかった。
少年は歩き出した。
彼にはもう何も残っていない。
ひとつ以外は。ホワイト・マンバとの約束だけは、残っている。
少年は大人が嫌いだった。
少年は大人たちを憎んでいた。
だが、少年はただ一人だけ。あの巨大な海の城で精強な兵達を従える、物語に出てくる王のように優しい大人にだけは好意を持っていた。
同じ大人の誰もが彼を褒め称え、共に戦う戦場に立つことを望んでいた。
少年は戦士ではなかったから、彼らの気持ちはわからない。だが、そんな気持ちになるのはわかるような気がした。
でもそれは少年にとっては重要なことではない。
少年にとって重要なことは、この男はやっぱり大人で。そして自分は子供で、自分と同じような仲間達がいるということだ。
彼らも少年と同じように、大人を憎んでいる。
少年と同じように。
彼のことは好きだったが、彼は大人だ。
彼は憎むべき敵だ。
彼は殺すべき敵だ。
世界から大人を、綺麗に消し去らねばならない。
ホワイト・マンバはその戦場に少年を連れて行くことになっている。
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その夜半、スクワッドによって一斉に回収された少年兵達がマザーベースへと戻ってきた。
彼らの証言から、居住施設の彼等の部屋から刑務所のような即席で作られた武器が発見され。イーライが中心となって大人達への反攻作戦が計画されたこともわかった。
オセロットは早速、翌日の朝にイーライを取り調べ。
彼の計画が露見して叩きつぶされたことを知らせることで、事態を収束させようと迫ろうとした。
だが、もはや全てが手遅れだった。
イーライの思惑は大人達のそれを大きく上回っていた。
子供達は逃げたのではなく。思い残すことのないように、やりたいことをやってこいという意味でマザーベースから送り出されていたのだ。
その全員がマザーベースへと連れ戻された。
イーライの高笑いの中、なぜか修理が施され。起動するサヘラントロプスと強奪されたヘリに乗った少年兵達は、マザーベースから去っていってしまった。
オセロットは一歩及ばなかった。
スネークが恐れていたことが現実のものとなった。
イーライはついに、自分が用意する戦場にダイアモンド・ドッグズを呼び込むことに成功した瞬間だった。ビッグボスとの合流以来、勝ち続けていた彼等だが、この時ついに敗者の側へと立つ羽目になってしまった。
口の中に感じる苦みは、敗北の味以上にまずいものだった。
だが、いつまでもダイアモンド・ドッグズは少年兵に時間をかけているわけにもいかない。
彼らは所詮、副司令官の趣味の延長で助けようとしただけの存在であり。サイファー打倒を掲げる彼らの本音は、やはり「あの連中が、自分達から消えてくれてせいせいした」というものであった。もちろん、それを公言したりはしなかったが……。
「ボス、少年兵達のことは諜報班にまかせてくれ。ダイアモンド・ドッグズに新しい任務がある」
「……ああ」
「スネーク?」
「わかってるさ、カズ。俺にだってわかってる。これは気に病んでも仕方がない事だ」
「ああ、そうだ」
「仕事――じゃない、任務は?なにがある?」
アンゴラではダイアモンド・ドッグズによって引き起こされたCFAの内部での争いはようやく落ち着きを取り戻そうというところまで来ていた。
組織のトップの一角をごっそりともっていかれた穴は、新しい人員を取り込むことでようやく補充がされた形になったのだ。それを内外にはっきりと示そうと、新たに加えた大隊長と彼が率いる機甲車両部隊を動員した大々的な演習がおこなわれるという情報が入った。
この話を聞いたカズヒラ・ミラーはさっそくそれら車両部隊を壊滅させることを決定する。
彼らの元の組織に接触し、確実な報復を約束したのだ。
『スクワッドへ。あと1分で、降下地点に到着』
今日のスクワッドは例の新しいスカルスーツを全員が着用していた。
ヘリが空中で乱暴に停止すると、彼等は降りるのを待たずに次々に地上へと飛び降りていく。
夜明けのサバンナを睥睨する――ビッグボスの相棒達と6人の髑髏部隊がそこにあった。
次回更新は明後日となります、よろしくお願いします。
それではまた。