再び赤い電灯の明滅する廊下をゆっくりと歩いていく。
助けを求める声はそこかしこから上がっている。もはやここは地獄と呼ぶしかない、ひどい状態になってまだ悪くなり続けているようだ。
だが、外に連絡を送っているような人物はまだ見たことはない。
「ここじゃないのか?」
『いや、上にいるのかもしれない。また連絡が入った、徐々に、はっきりと聞こえてきた。もっと上を見に行ってくれ』
『ふむ。今、送られてきたものの解析が少し出た。どうやら今回はほとんどしゃべらなかった者達にも症状が出ているようだ』
『なんだと!?』
『やはりなんらかの変異があったと考えなければならん』
「――上の階層へ移動する」
交信してきた相手を探し、スネークはひたすら階段をのぼり。のぼってはその階をしらみつぶしで人を捜して回るのを繰り返すがまだ見つけられない。
ついに最上階、出口前でその人物に会うことが出来た。
口周りのほかに、腹からも出血して壁に崩れおちていた男の手には、情報端末がしっかりと握られている。
「おい、おいっ!」
「……あ、ボス」
「いったい何があったんだ!?」
「僕は、僕は勝ちました。奴等に負けませんでした――よかった。ボス、あなたは感染していません」
『感染の有無がわかるのか、そいつ!?』
「これを、これを――」
そう言いながら彼は再び意識を失う。
慌てて脈をとるが、急速に弱まるそれは命が消える間際のものだった。そばには彼が使っていたと思われる情報端末と、熱感知ゴーグルが置かれていた。端末の中には直前まで収録していたと思われる彼の証言が残っていた。
そこで彼は医師でありながら、直接その病に苦しむ中で必死に考え続けていた。
熱感知ゴーグルを調整することで感染者の判別をおこない、そうでないものを探しては地下へと導いていた彼だったが。ついに自身の中に恐ろしい感情の湧き上がりに翻弄され。欲求に負けて地上へと出ようとしたところで、知性が真理へとたどりつくことが出来た。
だが、それは彼自身を救いはしない。
彼の仲間達、それもまだ感染していない者達にだけ役に立つ事実。
彼はそこにそれを記録してくれていたのだ。
『ああ、なんということだ。いいか?――発症者を絶対に外に出してはならないぞ。症状が進む者は外へ出ていこうというする、虫がそうさせるのだ。彼等が発する甘い匂いに引き寄せられ、鳥達が彼等を襲う。
蛇よ、それを許せば世界に虫があふれることになるぞ!』
誰も出してはいけない。
その意味を理解すると、スネークの体は震える。恐れていたことだが、それはつまり――。
『スネーク、そこに誰も入れるな!』
ミラーの声にハッとし、スネークはあわてて出口に通じるこの部屋の扉を閉めようとすると、向こう側からいきなり人の手足が飛び出して部屋の中の壁に爪を立てる。
「外にっ、外にィィーーーー!」
気が付かなかった。
ついに虫の衝動に負け。地上を目指そうとする者達があらわれ、それにつられた連中もついてきて扉の向こうへと殺到してきていた。
なんとか扉を閉めようとするが、すでに複数人の手足が差し込まれた上に大勢がつきやぶろうとしたせいで、スネークはドアの前から吹き飛ばされ、壁に背中を叩きつけた。一瞬、息が詰まるが。それに目を白黒させている場合ではない。
その前を、嬉々とした様子で熱で取りつかれた部下達が地上を目指して走り出していく。
「駄目だ、よせー!」
ショットガンではなく、思わず腰のハンドガンで列を成して出て行こうとする者達の足を、腿の裏を、足首を狙って撃つが。それにも限界がある。
『スネーク!?』
「カズ、殺到している。抑えられないっ」
『――いかん!焼け!!』
次の瞬間、スネークの片目は最後のドアに手を伸ばした男達の頭上に焼夷弾がゆっくりと床に落ちていくのを見てしまった。
炎が噴き上がると、その中で踊る様にのたうつ人影があっちでもこっちにも。生きたまま焼かれる苦痛に反応してなにかから逃れようと倒れるまで動きまわることをやめようとしない。
「……許せ」
他に言葉がなかった。
彼の部下が、仲間の手によって彼の目の前で焼かれている。
だが、これが終わりではない。これがはじまりなのだ。
『先ほどのゴーグルは持っているな?それで感染者をみわけることができる……』
コードト―カーの声はさらにまた歳をとったかのように疲れを感じさせた。
まだうめき声が残る炎をバックに後ろを振り返ると、自分達の未来を見たばかりだというのにその衝動を抑えきれない連中が部屋の端にかたまって再び列を作ろうとしている。
スネークは立ちあがると床に転がるショットガンを手に取った。
もう止められないのだ、ならば止めなくてはならない。
『スネーク、撃て!』
カズの声を合図として、ショットガンが火を吹くとバタバタと”彼の部下達”が倒れていく。
『そうだ――それでいい。スネーク、俺達は発症者を外に出すわけにはいかないんだ』
スネークは黙ったまま、必要な事だけを続けている。
残弾を確認、狙いを定める、発射。沈黙を確認、次を探す。目標発見、残弾を確認……。
繰り返される行動の合間に、彼の部下達の最後の言葉が彼の心を傷つけ続ける。
「殺さないで」「助けてください」「ボス、あなたになら――」「あなたが送ってくれるなら」「死にたくない」……それらの言葉はスネークの体を通り抜けていく。彼らの死が、生命の残り香をスネークの引き金で発する轟音の中で吹き消していくのを生々しく感じる。
「――地下に向かう」
『ああ、そうしてくれ』
「あそこに、あいつは感染していなかった連中を連れていったと言っていた」
『外では回収の準備をしておく。生存者たちを出す前に、スネーク。念のためにもう一度確かめてくれ』
「わかった……」
だが、階段で地下までおりていくと様子がおかしい。
地下の部屋の中から外にまで怒号が聞こえてくる。「外に出るんだ!」と誰かが――「外に出る」だと!?
スネークが急いで部屋の鍵を開けると、中では緊張の一瞬を迎える寸前だった。
兵士が1人、半狂乱になって人質をとらえ。「俺は外に出るんだ」と叫んでいたのだ。
「おい、なにがあった!?」
声をかけると、止めに入っていた研究員の目に希望と絶望が同時に浮かぶのを見る。
他のとりまきは「ボスだ、ボスが来てくれた」と喜びの声を上げているが、その研究員はいきなり口を開きながらスネークに向かって敬礼をする。
「こうなったらボスに委ねよう」
「!?」
「そうだ。そうだな、俺達の命はボスと共にある――」
「ダイアモンド・ドッグズは、ビッグボスと共に」
中にいた研究員たちも兵達も、それまで浮かべていた恐怖を押し殺すように、涙を流しても嗚咽をこらえてそうつぶやくと、同じくスネークに敬礼してくる。
スネークは外していたゴーグルを再び戻してその中の世界を覗きこむ、なにを見ても動じないようにと自分を叱りながら。
『なんてことだ。避難していた全員が、手遅れ……』
『まさかこれほどまでに成長が速いとは』
「……」
言葉がなかった。
何を言えばいいのだろうか、言えることなどあるのだろうか?
だが、彼等は言った。自分に委ねる、と。ビッグボスの命と共に、と。
室内にショットガンの発射音が連続して鳴り響く。弾が切れると、続いてハンドガンの連続する発射音が続く。
すべてが終わった時、室内にはスネークただ1人が立っているだけであった。
・
やれることはやった。
すべきことはすべて終えた。
出口へと、マザーベースへと戻る道を歩き続ける。
床が、壁が、血でそこかしこを汚している。
彼等の血だ、倒れた彼等の体から流れ出た血だ。
心の痛みが、彼等の最後を。今日だけじゃない、ワスプを、前回の声帯虫で救えなかった皆の顔を思い出させるのに。スネークの心臓は血の涙を流しても、彼の眼から涙がこぼれることはなかった。
むしろ表情を失っていく。
感情が死んだように、痛みだけが残って。それだけが全てのように思えてしまう。
人であることができなくなる。苦しさが炎のように皮膚を焼いても、むき出しになる髑髏がそこにまだあるように。
苦痛に、憎悪に終わりはない。果てがなく、どこまでも続けていける。
そう、だからなのだろう。死んだ友達をどれほど思ったとしても、鬼の目に涙はないのだ。
夜、プラットフォーム上では盛大な炎が立ち昇っていた。
建物内を浄化するために待ち構えていた医療チームの力で、数時間ほどでプラットフォームの片づけは終わった。今はそこに並べた死体に鳥が近づく前に炎で荼毘にふしている最中だった。
炎の祭壇の前には、その最初からスネークが仁王立ちになって動かないままだ。
哀れな部下達のほとんど全員を、彼等が慕ったこの男手で処理をする羽目になった。
その背中に残りの部下達は何を見ているのだろうか?
カズがそっとスネークの側へと近寄っていく。
「ボス。あいつらを助ける方法はなかった」
「…………」
「みな、あんたに感謝しているさ」
「……」
スネークの表情は変わらない。
カズはそれを見て、背後のオセロットを確認する。話して大丈夫だろうか、彼には判断がつかず。オセロットに聞いたつもりだった。オセロットもそれを理解したのだろう、軽くうなずいて見せるとカズは今度はボスの耳元で囁いた。
「こんな事を言いたくはなかったんだが。心の整理がついたら作戦室まで来てほしい」
「――どうした?」
「イーライのことだ。少年兵達の情報が入った、すぐにこっちもとりかかったほうがいいだろう」
それだけ言い残すと、カズとオセロットはその場から立ち去っていく。
スネークはそれでもそこから動くことはなかった。
また明日。