今思えば、イーライが最初から全てを計画していたと、そう思えてならない。
それは自分だけのことではなかったらしく。オセロットもこんなふうに語ったことがあった。イーライは頭が切れる。何を考えているかわからない、と。
そう感じさせる理由の一つに、彼が自分を。スネークの息子である風に”親父”と呼ぶこともあげられた。
恐るべき子供達、そう呼ばれた遺伝子技術で誕生した”ビッグボスの息子”達。
その計画は、すでに廃棄されたとも聞くが。本当にイーライが彼の言うとおり、この計画によって誕生した子供ならばカズの検査ではっきりと白黒がわかるはずだった。
カズからはこの時はまだ、検査結果は届いていないと聞いている。
「親父は?」
「お前の”親父”はここにはいない」
あの時も、オセロットはそう言ってイーライと言葉を交わしていた。
スクワッドが逃げた子供全員を連れてマザーベースへ帰還した時の話だ。
オセロットは直接、イーライと話してあいつに計画の失敗を気づかせようとしていた。
ビッグボスの命令から迅速に動いたオセロットであったが。この勝負に出る直前、その彼をしてもイーライが生みだした危険な果実が熟れて地上へと落ちることを止めることはできないかもしれない、と弱気なことを漏らしていた。
「もし子供達が暴動を起こしたら?問答無用でねじ伏せる――こうはなりたくなかった。ならない方法もあったろうが、もう手遅れだ」
――イーライは、あの小僧はそこまで本当に考えているのか?オセロット
「あんたの部隊が脱走した子供達を全員つれてかえったとき。イーライはそいつらが戻ったことを知っていた」
――誰かが教えた、とか。合図があったんだろう
「奴もまた、ヒューイと同じように部屋に置いておいただけだ。あそこは子供のおしおき部屋とは違う。もちろん物置きでもない。外界とは一切遮断されている」
――じゃ、どうやって?
「俺が思い当たるのは一つだけだ。あんたも見ていたという赤い髪の少年。
ソ連では昔から超心理学の軍事転用が研究されていた」
――超心理学?
「テレポート現象。アポーツ現象のことだ」
――瞬間で大陸間を移動したり。パーティ会場に忘れ物を届けることか?ようするに超能力だろう。あんなのはどこの軍でもやっている情報工作の空想物語だ。
「空想物語というなら、あんたの言う少年も。なにより炎の男もそうじゃないのか?」
――炎の男はもういない。あいつはスカルフェイスの前では動かなかったし、もう終わった
「なぜそう思う?」
――いや……だってお前、あいつはサヘラントロプスにXOFの兵隊達と一緒に踏みつぶされたんだぞ?
「起きあがらなかっただけ。踏みつぶされただけだ」
――それで十分じゃないのか!?
「そう言うなら、キプロスでのあんたの見たものだって十分”死んでもおかしくない”目に炎の男はあっていたんじゃないのか?銃で撃たれ、ミサイルを撃ち込まれ、戦闘非戦闘かまわず車両に何度もひかれて踏みつぶされた」
――うーん
「普通の感覚でもそれだけされれば一回くらいは死んでも不思議じゃないだろう」
――そうなんだが……
「まぁ聞け、オールドマン(爺さん)。ESPの一種にテレパシーというのがある。言葉を使うことなく遠くの人間と意思を通じさせるという能力のことだ」
――イーライにはその能力がある、とでも?
「あるいは別に力を持った奴がいれば、ともいえる」
――!?
「そうだ、赤い髪の少年。ボス、奴を最後に見たのはサヘラントロプス戦の最中だったと言ったな?」
――ああ
「XOFにも彼の情報は少ないこともあって、赤い髪の少年があれからどうなったのかは分からない。あんたは死んだと思っているのか?」
――俺の知っている少年っていうのは、空を浮いていたが。幽霊ではなく、ちゃんと生きているようだった。
「そうなると、彼がどこに今いるのか。それが気になる」
――あのイーライと組む、か
「お互いが一緒にいるところは見てはいない。だがな、ボス。気をつけてくれよ」
――ん?
「イーライは子供達に武装蜂起をおこさせ、陽動に利用したんだ。この先に何を用意されていたとしても、おかしくない」
――オセロット、いくら俺でもそんな超能力なんかで……
頭が痛くなった。
なぜか、話しているとこのまま続けてはいけない気がした。
この会話は……。
――ひどいじゃないか、スネーク
迫力のある低音の声がして、スネークは声の主の姿を探し求める。
FOXの隊章をつけた中年男性と、同じ戦闘服を着た若い女性達が自分を見つめていた。亡霊だ、見ればもうすぐにわかることだ。
あまりに浮世離れした場所に唐突に現れ、その皮膚も目の輝きも感じられない。あの独特の空気をまとっている。
――私のことを忘れても、それは責めはしない。だが、君を助けたこの彼女を忘れるとは。酷い男だ、貴様は。
この男は知っているFOXの隊長、ゼロの後任だった男、ザ・ボスのかわりにと作られた男、ジーンだ。
では、では彼女は?
――私の力ではそんなに長くは話せないの……
彼女は、そうじゃない。”彼女達”はそう言っていた。
――姉は、あなたが世界を恐怖に陥れる未来を見た。私はあなたが二足歩行戦車を止める未来を見た。はじめて、私たち姉妹の予知が食い違った……
姉妹?エルザ、そしてウルスラ。
――大丈夫、私は大丈夫よ……
――終わりだ、スネーク……
もういい!もうやめてくれ!!
オセロットが話す中、スネークは亡霊たちが共にあるはずのない、あってはならない過去を目にすることに耐えられなくなりそうだった。
亡霊だ。
俺には亡霊が、あまりにも多くとりついている――。
茫然自失、思考停止。
こういった言葉と無縁だと思っていたはずなのに、カズは苦悩から発する幻肢痛に苦しんで壊れ――たくてたまらなくなっていた。
「本当にうまくいくと思ったのか?”隊長”」
薄く笑いながらオセロットはそう言うと巧みにイーライの心を潰しにかかる。
カズはその時、わずかにだがこのままイーライがあきらめて全てが丸く収まるのではないか、と。例のユンが言った言葉など、彼の教訓にはなりえない未来がくるのだろう、と。
子供は子供として、大人は大人として振舞う真っ当な世界。それをこのイーライもまた学んで――。
悲しみに沈んだ啜り泣きが、いつのまにか嘲笑の笑い声になり変わりつつあった。
イーライは、この期に及んでも自分をただの子供として扱おうとする大人達を笑っていたのだ。
「部隊の将軍、PF、親を殺した正規軍、いとこ、兄弟、両親。みんな故郷に殺したい相手がいたんだ」
戦慄する告白。
イーライは陽動というだけじゃない。彼等の報復心を満たすよう、わざわざ故郷に返したのだとオセロットに、その様子を見ているスネークたち大人に告白を始めた。
「だから言った。これが最後になるから。悔いは残すなって」
プラットフォームが揺れた。
「大人達に連れ戻されたら、覚悟を決めろって」
顔を上げる。
イーライは見えない壁の向こうに立っているスネークの方を見た。いや、見ようとしていた。
「この世界の全ての、敵になるって」
今度こそ轟音とともに鋼鉄の壁が突き破られ、鋼の拳がみえた。
衝撃に倒れ、意識を保とうと必死に頭をふるオセロット達にイーライは笑い声を上げて見下ろしていた。
「俺はお前達とは違う!」
拳のかわりに今度はサヘラントロプスの頭部が部屋の中に入ってきた。
その頭部が開くと、そこにイーライは躊躇せず飛び込んでいく。
「さよなら親父、あんたはもういらない」
そう言い放つと、イーライはサヘラントロプスと同じく強奪したヘリに少年兵達を乗せて飛び立っていく。
イーライについていくのか本当に理解しているのか。離れていくマザーベースに、ヘリの搭乗口に座る少年が手を振るのを見守っているしかなかった。
サヘラントロプスは移動する核兵器と同義である。
それを持って逃げた以上、彼等はダイアモンド・ドッグズだけではない。まさに世界の敵となってしまった。
新たな声帯虫の脅威を封じ込めた直後ではあるが、それを理由に封じ込めに失敗した彼等の面倒を自分達がしないわけにもいかない。
ビッグボス、と誰かに呼ばれて気がついた。じっと火を眺め続けて、もうだいぶ時間も過ぎていた。
医療班のスタッフが、次で半分終わりますと告げている。もう、いいだろうと言っているのだ。
炎の前に立っていたせいか、体にこびりついていた血がパリパリになって零れ落ちていた。
「この後は?」
彼等の遺体のその後の処遇が気になっていた。
「灰になって、保存されます。長くはありません、副司令は彼らを最上の礼を持って送ってやりたいと。後日、改めて式典が行われることになるかと」
「そうか……」
別れの時は別に用意されている。
今は自分の戦場に集中しなくてはいけないだろう。
「俺は行く。後のこと、頼むぞ」
「了解」
そういうと医療スタッフ達が敬礼するのを背後にスネークは立ち去っていく。
迎えのヘリには司令部へ向かうように伝えて、ヘリポートで待つ。
ゼロは消え、スカルフェイスは死んだ。
だが敵は消えない。今回はイーライ、その次は?
終わらない戦場、終わらない戦闘。これこそまさに天国の外側といえるのではないか?
誰もが見ることはなかったが、それは一瞬だった。
鬼が唐突にそこに出現すると笑みを浮かべたが。プラットフォームに寄せ付ける波のひときわ強い打ち寄せを聞くとまたすぐに消えていった。
ヘリに乗り込むときには、その体にはいつものビッグボスがいた。
カズは作戦室にオセロットと無言でスネークが訪れるのをじっと待っていた。
その耳元には訪れた諜報班が資料を置き、耳打ちして離れていくのを繰り返している。
「なにがわかった、カズ?」
「ボス、イーライ達の逃走先だが」
「どこだ?」
「特定はまだだ。しかし解放されたパイロットが色々と話してくれた」
そういうと、カズはあの日。
サヘラントロプスと子供達を乗せたへりが飛び出した後のことを話し始めた。
「やはり計画していたらしく、彼等はすぐに2手に別れたのだそうだ」
「別々に?」
「ヘリはその後、航行中の船を襲撃。多くの少年をそこに降ろし。そこで捕えた大人達を海に捨て。ヘリは別に内陸に向かってひたすら飛ばさせたそうだ」
「それで」
「海岸から100キロほど進んだところで燃料切れをおこし、ヘリは不時着。同乗していた少年兵は、ここでパイロットも厳しく拘束してから姿を消した」
「消えた?」
「そうだ。パイロットは脱水症状を起こして死にかけていたらしい。子供達がパイロットを殺さなかった理由、それは――」
「ああ、わかってる。”決着をつけよう。待っている”そういうことだろう」
「諜報班はサヘラントロプスと奪われたという船を追っている。メッセージを残していることからも、逃亡先の判明にそう時間はかからないだろうと思われる」
「それならこっちも先に決めないと駄目だろう」
スネークは鋭い目をカズに向けた。
カズはゴクリとつばを飲む。これは必要なことだった。
「わかってる、ボス」
「核兵器で遊ばせるわけにはいかない。イーライは止める、必ずな」
葉巻きを取り出して火をつける。
最近、電子葉巻では物足りなくなってきた気がする。
ゲームではEP51として幻のエピソードとなった対イーライ戦。
シナリオの流れから言えば、正しくはこうなったんじゃなかろうかと思ってここで入れてあります。
少し長くなりますが、お付き合いしていただければと思います。
それではまた明日。