真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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友を疑え

 イーライの逃亡先がついに判明した。

 セーシェルとは大陸の真逆。シオラレオネ沖、オカダ諸島。

 諸島、とはいうが。住人の数は100人ほどで住人たちは漁業を中心に生活しているという。

 だが投入された諜報班からはさっそく不快な情報も拾ってきた。

 

 疫病――というより、声帯虫がすでに島の住人達の間に広がっているというのである。

 問題はそれがマザーベースで誕生した変種ではないのが明らかだった事。そしてそこはスカルフェイスが選んだ実験区域でもなかった。そうなると、誰がそれを広めたのかという問題が……。

 ほかにもある。

 諸島ではなく、本土のシオラレオネ海岸線で『巨大な空飛ぶ機械の巨人を見なかったか?』と聞いて回るビジネススーツを着たホワイトカラーの一団がいたというのだ。

 

「サイファーだ」

 

 躊躇なく、カズはそう断言する。

 そして先日、AIポッド回収先でスネークが見たというXOF、奴等の復活も見間違いではなかった。そう結論を出さねばならない。

 サイファーはスカルフェイスを時代から削除すると、彼の手にあったXOFを本来のものとして再生させたのだ。再び戦場で対峙することがあったとしても、それはもう以前のXOFとは違う。

 スカルフェイスの意思が抹消された本来のサイファーの実働部隊XOFが立ちふさがってくる筈だ。

 

 この任務の困難さ。

 徐々に高まっていくそれを感じ、カズは知らず知らずに口を開いていた。

 

「サヘラントロプスを奴等は取り戻そうとしている。あれは、自身を核兵器に出来る能力がある……あった。

 その上、どうやら小さな子供であれば操縦もできるらしいこともわかった。今なら、かつてスカルフェイスが望んだ姿となった。完成された全地形踏破可能な2足歩行戦車(メタルギア)といえるだろう」

「つまり俺達は再びXOFとまみえ。今度はこいつを手に入れるために双方がイーライと激突することになるのか」

 

 そしてスネークは、ビッグボスは今回も困難な任務を前にしてはっきりと目標を見定めている。

 サヘラントロプスは決してマザーベースの外に出して放っておくことはない、と。

 

 かつてはマサ村で、イーライを白人の王と呼んだ少年がいたらしい。

 イーライはマザーベースに来て、ついに自分の王国を建国することに決めたようだ。率いる兵士は少年兵、大人を効率よく殺す方法がサヘラントロプス。人種、経済、思想、信条わけ隔てなく配られた暴力装置の先の世界のあり方。

 少年たちは自由とともに兵器類を持ち出したことで。あのスカルフェイスが夢見た、核の飽和した世界の片鱗がイーライの手によって誕生しようとしていた。

 

 

 オセロットが作戦の概要を説明する。

 

「今回、ダイアモンド・ドッグズの目的はイーライをはじめとした少年兵の回収。そしてサヘラントロプスの奪取にあるが。状況によっては少年兵とXOFを相手の二正面作戦になる恐れもある……決して簡単な任務ではない。。

 先に言っておく。

 今回、状況的に我々はXOFと立場を同じくしている部分がある。そこで彼らを相手にせず、二正面作戦となるのを避けて共同でサヘラントロプスと当たるという可能性を考えるべきだという意見もあるだろう。

 だが、それは有り得ない。はっきり言っておく。

 ビッグボスが見た再生したXOFの規模自体、すでに現状。声帯虫の2次感染から生き残った我々の兵の数を上回っていると考えられる。サヘラントロプスを倒せたとして、その後で今のダイアモンド・ドッグズにはXOFと正面からぶつかるという選択肢はない。

 

 で、ある以上。

 適度にXOFに損害を与えつつ、先にサヘラントロプスを手に入れる。早い者勝ちというわけだが、これしかない」

「質問、よろしいでしょうか」

 

 現スクワッドのリーダー、ゴートが手を上げる。

 

「目標は2つ、それはわかりました。状況の厳しさもわかっています。

 ですからはっきりと聞きたいのです。”そのどちらに優先順位をつけるのか”ということを」

「……」

「サヘラントロプスと少年兵、このどちらかを選べ。そういう状況を前にした時。我々がどう振る舞うべきか。順番を付けるのか、それとも両方を追うべきか。オセロット、ビッグボス。それをはっきりと聞かせていただきたい」

 

 オセロットも、スネークもゴートの言葉に頷くが。

 カズは平静とした表情の下で愕然としていた。彼の始めた事業、DDRの有用性を認めつつも。実際に彼の部下達はそれを快くは思っていなかったのだ、と。この瞬間にようやくに彼は悟ってしまった。

 

 だからこそ、ここで彼等は自分達の口から聞きだそうとしている。核兵器を取り戻せ、少年兵はそのついで。 ”邪魔になるなら”持ち帰る必要はない、そういうことだ。

 そしてカズにそれを封じる言葉はない。彼の言葉は、今の部下達には届かなくなりつつあるのだ。だからこそ、カズは祈るような気持ちでビッグボスへと視線を移すが――。

 

「当然、サヘラントロプスだ。あれは俺達(ダイアモンド・ドッグズ)のものだ。サイファーに、XOFにも、どこにも渡すつもりはない。イーライからも返してもらう」

 

 ビッグボスの言葉に、部下達が頷いた。

 カズはサングラスの下の目を閉じた。彼が悪いわけではないが、彼の願いはついに聞き入れられなかった。

 

 オセロットは島への先発隊としてビッグボスとスクワッドが先行。

 続く本隊をオセロットが率いると決めた。

 

 ヘリはあるだけ全部。戦車5両、兵員輸送含め自走砲、ミサイル発射台など持ち込めるものはすべて持っていくつもりだった。しかし、それでも今回ばかりは戦力がまったく足りているとはオセロットには思えなかった。

 最大の問題は、前回と同様に直前に声帯虫によって戦闘班、警備班を中心に激しく攻撃を受けたということにある。どれほど厳しい訓練を耐えた兵士といえども、病がもたらす圧倒的な死の恐怖は生物として影響を受けないわけにはいかないし。

 そんなすぐ後でこのような難しい任務を命じたとしても、どれだけが満足する動きができるのか。やってみなければわからない部分があまりにも多すぎた。

 

――力が、兵力が足りない

 

 それを補おうと、兵器類を数多く揃えたが。どれほど役に立つのやら……。

 オセロットは画面に映し出された情報を見るのをやめ、ともに出撃する兵士たちに向けて力強く語り続けているスネークを見る。

 この危険で、分の悪い勝負を前にしてもオセロットの目にはいつものビッグボスが映っている。勝利の可能性は限りなく低い、はっきりと数字には出せないほどに。なのに、あの男は絶望する様子はなく。彼を見る周囲の目は、もはや宗教家を前にした信徒達のようにも見える。

 

 つまりは、ようするにビッグボスは今回も勝利するのかもいしれない。

 オセロットの胸の奥に、棘に刺されたような痛みを感じた。 

 

 

=========

 

 

 作戦の発動は48時間後。

 例の捕鯨船とACCを中継基地とし、空と海からダイアモンド・ドッグズの今出せる全戦力で上陸を試みることになっている。

 ヘリポートを人々が慌ただしく行き交う中、スネークは森林用の迷彩服姿でさっそく準備を終えていた。スカルスーツの有用性は十分に感じていたが、できるならばイーライと和解の道を探したい。

 カズの苦悩を察し、部下にはああいったが。せめて自分だけはその努力をしたくて、この姿を選んだ。顔と顔を合わせ、少年兵とイーライ、肝胆相照らすことで……そうできればいいのだが。

 

「………………」

 

 ふと、ヘリポート脇に1人ポツンと存在しているコードト―カーに気がついた。

 周りの兵達は忙しくしているというものあるだろうが、そこだけはなにかのパワースポットのように穏やかな空間が出来ている。

 そして老人は、自らの部族の言語。ナバホ語で1人呟いていた。

 

「コードト―カー?どうしたこんなところで」

「――蛇か」

「誰か呼んだ方がいいか?」

「皆、忙しそうだ。私はここで日に当たっていればいい」

「そうか」

「蛇よ。いや、ビッグボス」

「なんだ?」

「カズヒラに、気をつけろ」

 

 そういうとコードト―カーは再びゴニョゴニョと呟き始めた。

 寝ているのか!?とも思ったが、声がかけずらく。彼の望むように放っておくことにする。

 

(カズに気をつけろ、か)

 

 彼は今回の遠征についてこないことが決定している。

 理由はいろいろある。疫病騒ぎが終息したばかりだし、拘束しているヒューイの監視。さらにシオラレオネの政府との交渉が必要だった。

 彼等の鼻先でドンパチやろうというのだ、変な気を起こして正規軍など動かされてはたまらない。そういう話だったのだが……。

 スネークは黙ってコードトーカーが発した言葉の意味を噛みしめる。

 

 苦みからはじまる、不快な味が口の中に広がっていった。

 

――カズヒラには悪いが、ボス

 

 ブリーフィングの後、スネークに近づいたオセロットが口を開いた。

 

――ここまで事態を悪化させたのはあいつ自身だ。今回は遠慮してもらったほうがいい。冷静になってもらわなくては困る、最近どうも様子がおかしい

 

 すでに部屋を後にしたカズの後姿を思い出す。その背中からはスネークは不思議となにも感じることはなかった。




次回未定

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