真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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再開!再開!再開、します。
頑張って、テンション上げていこう。


幻の大地

 村の中には死の影が色濃く、まだ意識が残っているらしい大人達のうめき声がそこかしこからあがっている。

 だが、反対に海岸の方角からは輝く太陽の下で楽しげに遊んでいるらしい子供達の笑い声がする。

 貧困と暴力がはびこる世界に生まれた子供達が、生まれて初めて彼等を抑えつけ、殴りつけ、犯し、屈辱を味あわせる大人達の手から解放されて日々の自由を謳歌している。

 

 そのかわりに彼等の両親が、兄が、姉が、祖父母が。皆が弱って死にかけていた。

 

 子供達にとって最高に痛快な出来事だった。

 世界はこれほどに自由で、とても美しい世界だと彼等は初めて知った。

 大声を上げてもいい、泥だらけになってもいい。なにより自分達が嫌で、大人達が望むことをまったくしなくていいのだ。

 

 自由。

 ただの自由、だけしかなかった。

 

 

 そりゃ、彼らも子供らしく。最初はメソメソと弱っていく家族を前に泣いていた時期もあったが。

 すぐにそんな事を忘れて外に飛び出していく。医師も、人も来ない状況ではどうせ家族は助からない。一人残されるつらい現実、そのときが迫ってくる前に、”自分のほうから”力を手にして飛び出していくほうが断然いい。

 

 そして大人達が彼等が触れないようにと隠している食料と、大人達が得意顔でみせつけていた武器。銃と弾丸をもてるだけ手に入れることができたのであっさりと”死にそうな家族達”とオサラバする。

 

 

 

 そんな家族から離れていった彼らには大人とは違う、新しい支配者がついた。

 巨人の下腹に腕を組んで座る――防疫スーツを着た奇妙な少年。少年兵達の中の誰よりも戦士らしい彼が、王のように振舞う少年が、彼等の新世界での主人だ。理由はわからないが”彼らの周りの子供たち”がそう言ったのだからそうなのだろう。

 そうして無知な彼らは、自分たちの家族を死に至る病を振りまいた元凶にあっさりと膝をついた。

 

 奇妙な新たな島の支配者は時折、熱に浮かされたかのように彼らを自分の足元に集めては演説を行った。

 この島の少年たちには彼の言っていることはよくわからなかったが、彼もまた誰か言う大人がこの島に来ることを待っているらしいということだけは理解できた。

 その大人たちを皆殺しにすることがとても重要なことなのだという。

 よくわからないが、戦争するというかっこいい言葉に、引かれたから子供は武器を振りかざして「一緒に戦おう。奴等は皆殺しだ」と繰り返し口にした。親の、大人達の武器はすでに自分たちが持っている。あとは殺す相手――知らない大人たちが姿を現せば、見事に彼らを殺してやればいいだけだ。

 

 とても。

 そんなことはとても簡単なことだと、少年達は少年兵に混じって考えた。

 

 少年兵達は、彼等の王――イーライ――から何かいわれているのだろうか。無邪気にしている彼らと笑って遊び、笑って食い、笑って銃の撃ち方を学ばせ、笑って銃弾を解体してガンパウダーの味を楽しませ、ハイになってもっと笑いあっていた。

 少年兵の毒が、真っ白な子供時代を送っていた普通の少年達をあっというまに犯していくように。気がつけば彼らはもう数日、家に戻っていないがそんなことも気にしなくなっていた。

 

 

===========

 

 

 上陸まで後数時間、作戦開始まではわずか。

 スネークはいつものようにスクワッドと別れ。ピークォドにクワイエット、DDと共に乗り込んでいる。

 無線ではマザーベースに残ったカズから最後の情報と確認がおこなわれていた。

 

『こちらマザーベース。最新の情報が入ったので、それから伝える。まずは聞いてほしい』

 

 例の最後の取調室でのイーライとオセロットのやり取りが再生される。

 この後、勝手に無人のまま動き出したサヘラントロプスと子供達を強奪してイーライはマザーベースから去っていった。

 

『医療班では、イーライの咳は声帯虫によるもの、との見解が出ている。感染の初期症状だというのだが、コードト―カーの話では声帯虫は変声期前の子供には無害だという。つまり――イーライは大人になろうとしているのかもしれない』

 

 兵士の中には、まだ回収した子供達とこれから戦場で相対することに納得できない連中もいると思われる。

 だが、戦場では相手が誰だろうと関係ない。特に今回のようにイーライ、XOFと3つ巴の可能性がある場合。弾丸がどの方向から飛んでくるのかなんて気にしていられなくなる。

 

『――そしてコードト―カーの話では彼の喉に住みついた虫なんだが。英語株ではないか、と』

「スカルフェイスの最後の虫。英語で繁殖する3つの声帯虫か。

 だが、あれはすでに1つ使われていたし。残りはあの場で俺が処分した」

 

 目を伏せたまま、無線の言葉に思わずスネークは反応を返したが。その言葉を聴いたクワイエットは視線を窓の外へと向けた。

 唯一使用された英語株の声帯虫はスカルフェイスによって、このクワイエットの喉に仕込まれたものだった。

 だが、彼女はそれを沈黙を守ることで封印している。その封印は硬く、これまで一度として破られたことはない――。

 

『知っていると思うが、今はサイファー、XOFにも声帯虫は残っていない。全て俺達が回収したからだ。つまり、この世界で声帯虫が活動できるのは俺達のダイアモンド・ドッグズだけ。それではかの地で蔓延している奇病の説明がつかない』

 

 声帯虫は変異して再びダイアモンド・ドッグズに牙をむいた。

 その毒の猛威はすさまじく、多くのスタッフが、兵士達が病に倒れて死んだ。

 その骸も、そのまま墓の下に葬られることはない。体を火で焼き、徹底して毒の汚染が残らないように真っ白な灰となることでしか残れない。

 

『残念ながら先行している諜報班も島自体には近づけず、これ以上の情報は得られなかった。この推論も、いまある俺達の手元の情報から可能性をあげただけにすぎん。時間があれば、サンプルを持ち帰ってはっきりとさせたいところだがそうもいかないだろう』

 

 島について、直接その村を見なくてはわからないが。

 少年兵とサヘラントロプスを無力化したとしても、新たにばら撒かれたこれら声帯虫を残しては立ち去れないだろう。

 

(マイナス1ポイントか。イーライ、わかっててやったとするなら見事だ)

 

 まさに戦場の申し子、ビッグボスの息子を名乗るだけはあるということか?

 嫌、オセロットが言っていたではないか。赤い髪の少年、そうか。

 あの時、燃える火の中に投じた2本のアンプル。それが燃え尽きる前に手に入れることが可能なのは超能力を持ち、ダイアモンド・ドッグズから2足歩行戦車を文字通り”飛ばした”あの少年の力がなければ無理な話ではないのか。

 

「クワイエット、DD……厳しい戦いになるぞ。お互い、無事に帰ろう」

 

 それまで窓の外を見ていたクワイエットはそれを聞くと、自身のライフルを手にして黙々と点検を開始し。DDはスネークに首を傾げて答える。

 俺の相棒達はいつも頼もしい。

 

「こちら、スネーク。俺の部隊はいるか?」

『全員、眼が冴えて仕方ありません。ボス』

 

 ゴートはいつも冷静だ。

 最初と2代目の隊長がそろい、それぞれ隊長、副長として動くいまのスクワッドにスネークが注文することほとんどないといっていい。

 過酷な戦場を生き延びてきた彼らへのスネークの信頼はほかと比べて頭ひとつぬきんでており。正直に言うと、カズがスネークにともってくる任務も今の彼らならば安心して任せることができる、と本気で思っている。

 

 今回もスネークは彼らにスカルスーツの着用を命じていた。

 スネークと共に過酷な戦場を行く彼らだが、倒れる者も多い。結成して1年たたずしてすでに3度の編成も、その度の人の出入りも多い。

 さすがに今回もどうなるかわからないが、相手が誰であろうとも全力をださずして犠牲をこれ以上増やすわけにはいかなかった。

 

 問題だったフルフェイスマスクはいつでも簡単に着脱可能がしやすくデザインを変更され、言葉の問題も胸周りの装置によって開発班が解決してくれた。今のスクワッドに、死角はないと断言してもいい。

 

「戦闘開始、2時間前だ」

『わかってます、自分達も待ち遠しくてたまりません』

「お前達はダイアモンド・ドッグズの中でも選りすぐりの強兵達だ。自分を守り、仲間を守り、勝利する。そのためにベストを尽くせ。お前達の判断は、俺の判断だ。俺はそれを常に支持する。その意味を考えろ」

『ビッグボス、我々は常にあなたと共に戦場に立つ覚悟はできています。一人で行かせはしません、離れませんよ』

 

 おぞましく、忌まわしい戦争が始まろうとしている。

 核兵器にもできた機械の巨人をトロフィー代わりに、大人と子供が”正しく”殺し合う戦場の息吹をスネークはもうすでに感じている。

 子供達の楽園にむかって、殺意を纏った大人達が攻め込んでいくのだ。

 誰の血が、どれほど流れるのか。

 

 それがまた、想像もつかないのが恐ろしい……。

 

 

===========

 

 

 オカダ諸島。

 それは大小(といっても、大がひとつで小がふたつ)3つの島からなる。

 

 マスクをしたスネークと相棒達は、村のそばの海岸から上陸を果たした。

 うちよせる波を嫌ったわけではないだろうが、クワイエットは砂浜からさっさと姿を消すと。村で一番高い櫓のうえに居座って四方を監視している。スネークはスクワッドと合流すると、DDを先頭にゴートとウォンバットを連れて村に向かい。残りはアマダが率いて姿を消す。

 

 村に着くと、DDは途端に鼻を地面に近づけ悲しげに細かく泣き声をあげだした。

 聞かされていたとおり、村には声帯虫は撒き散らされ。動けなくなった大人達はすでに全員が発症して死んでいる者もいた。

 

(死の村だ、なんてことをイーライ)

 

 子供特有の残酷さ、それだけでは説明のつかないひどい光景がそこにあった。

 医療班で声帯虫の治療にも携わっていたウォンバットも、彼女が目にしたマザーベースの地獄に負けない悲惨な現場に言葉がなかった。あの夜、彼女は同じく新人のワームと共に危うくあの少年を撲殺しかけたこともあったが。

 この惨劇を起こしたのがあれだとわかっていれば、むざむざ生かしてなどおかなかったのに――などとありもしない過去と未来にめまいを感じている。

 

 自分たちが疫病に感染したと信じるまだ意識のある大人たちからスネークは愕然とする情報を聞き出すことができた。

 村で疫病にかからず残っていた島の少年少女たちが、ここ何日の間に姿を消して死に掛けている家族の元には戻ってきていないのだという。

 スネークは彼らの身に何が起きたのかをすぐに悟った。

 

「――この家に、武器は?銃はあるのか?」

「ある。棚、あそこの……」

 

 スネークは立ち上がると、背後にたつゴートにうなづいてみせる。彼も理解したというように無言でうなづき、家の外に出て行く。

 案の定、家人のいう場所に銃は弾丸と一緒に消えている。

 ゴートもこの近くで意識のある家の人間に、同じことを聞いてくるはずだ。

 

「なくなっている。どうやら子供が持ち出したようだな」

「そんな……」

「子供たちがいそうな場所、わかるか?」

「海岸、海岸沿いに――」

「他には?」

 

 海岸は今、ダイアモンド・ドッグズとサイファーが送り込んできているXOFで陣取り合戦が始まっている。そんなところにイーライが少年兵を連れて待ち構えているとは思えない。そもそもにしてサヘラントロプスの姿が確認されてない以上は、別のところにいるのは間違いない。

 

「森、島の中央にあるんだ。綺麗な、滝が。子供達が遊ぶ――」

「わかった。とりあえずあんたは横になっているんだ。今から俺が、子供たちの様子を見てこよう」

「あっ、あの子達は本当に子供なんだっ。武器を持ってはいるが、危険じゃない」

「わかってる。無茶はしないさ、刺激しないように近づく。まかせてくれ」

 

 もう手遅れだろう。

 イーライ達は毒となり、彼等を即席の少年兵に変えてしまっているはずだ。そうでなければ、助からないとしてもこんな姿の家族を放り出して家に戻らないなんて事はしない。死に逝く家族というつらい現実から目をそらしたくて、少年兵達のあとをついていってしまったのだろうが。

 

 不幸な家を出ると、向かいの家からウォンバットが出てくるところだった。

 

「どうだ?」

『駄目でした。全員です』

 

 それは村の全員が助からないという意味だった。

 ただの声帯虫のはずなのに、いくら島で唯一の村だからといっても、この村の惨状には理解できないことがウォンバットにはあった。

 

 確かに兵器として生み出されたとあって、この声帯虫は感染力は強い。が、この村ではマザーベースで見られた症状のズレがまったく見られないのである。

 村の大人たちは、ほとんど同時期に全員が感染し。ほとんど全員が同じく末期寸前まで進行をして死にかけている。まるで”そうなるように”と操作されたようにも感じられるのだが、訳がわからない。

 

 ゴートも戻ってきた。

 やはり、別の家の子供も数日戻ってきていない上。武器も食料も消えていたらしい。

 

「どこにいるか、言っていたか?」

『海岸線の洞窟や、砂浜。あとは島の中央にある滝だと』

「海沿いはないだろう。サヘラントロプスがいれば姿が確認されているはずだ」

『XOFも気がついているでしょうか?』

「奴等は俺達と違い、イーライや少年兵はどうでもいいはずだ。サヘラントロプスの姿が見えないと、最初から森の中を怪しんだはず」

 

 サイファー、XOFはどうやら村は最初から見捨てているようだ。

 彼等を一人でも回収しているようなら、声帯虫のサンプルを手にしたはずだが。自分たち以外にここを訪れた者もいないようだ。

 

(スカルフェイス、奴の意思に関係あるものすべても時代から抹消する。予想はしていたが、現実にここまで徹底されているとな)

 

「ゴート」

『はい、ボス』

「俺はこれからオセロットと話しながら、クワイエットとDDをつれて先行する。目的地は……」

『滝、ですね?』

「そうだ。お前達、なにか用意をしていたな?ここにも使うつもりか?」

『……念のため、と。ボスが反対されるなら、やりません』

「そんなことは言わないさ。お前たちのやりたいようにするといい――アダマの方は順調に終わるな?」

『彼なら大丈夫だと、自分は思っています』

「なら、スカルスーツを着ているんだ。俺たちに追いつけるはずだな?」

『追いつきます、ボス』

「ならここで別れよう。また、後だ」

 

 スネークはそれだけ口にすると、DDの尻に手を置き。無線に一声「クワイエット」と呼ぶと、村の外に向けて駆け足になる。

 防疫マスクをしているからじゃない。

 死に満ちたその村から、今は一刻も早く離れたかった。そうせねば、ならなかった。

 

 もはや彼等を助けることはできず。真実も、そしてこれからこの島で何が始まるのかも――自分たちが何をしに来たのかも教える必要はない。

 いや、そんなことができるはずがないではないか……。




また明日。

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