真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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父と子

 スネークは岩陰に隠れる。

 持っていたG3ライフルはカスタマイズされていて、PSGとうそぶいて狙撃銃にもなれる高品質なものだ。

 マウント部分には切り詰めたショットガンを用意し、軽量化を図ってストックは肉抜きがしっかりとなされたプラスチック製で仕上げてある。

 

 銃口の先端についたサイレンサーをはずす。これはもういらないだろう。

 続いて背中の6連グレネードを確認、ハンドガンはグリップに埋め込み式の赤外線の確認をしてホルスターにしまう。

 

 罠だらけだったジャングルは、数分前に抜けることができたようだ。

 ただの森が続いていて、その奥からは聞き違いではないだろう。子供達と思われる陽気な笑い声がここまで聞こえて来ている。

 

 だが、スネークが見ていたのはそこへと列をなしてゆっくりと進むXOFの部隊の背中だった。

 

 スカルフェイスは死んでも、CIAが抱える実働部隊となれば実力もそれなりだということか。直線状に展開する彼等の動きは、スネークの目から見ても悪くないものだった。

 そして彼等の様子から、あきらかに少年兵などに興味はなく。サヘラントロプスだけをどう確保するのかを考え、行動している風だった。

 

(今、あいつらに仕掛けるべきか?)

 

 まったく無駄な、自分への質問だった。

 答えはノーだ。イーライと話が出来ないなら、彼等を助けるような真似をしても無駄なことだ。スカルフェイスの時と同じく、争う双方の最中に割って入ってきて子供達は暴れ回るだけだろう。

 

――本当にそれでいいのかい、スネーク?

 

 亡霊だ、亡霊の声だ。

 自らの中に生み出した。たった一人であるはずのドッペルゲンガーが、なぜこれほどまでに増えてしまったのだ?

 スネークは自分の口の中が急速に乾くのを感じる。

 視線を声の方角には移さないまま、答えもせずに無視を貫く。

 

――ボスは冷たいな。それはちょっと、あんまりじゃないのか?

 

 片膝をつく自分の隣に立って見下ろしているのは誰か。スネークは”見なくてもわかっていた”。名前だってわかる、それは俺のせいで出てくる亡霊だから。

 

――僕には何も、ないってのかい?ひどいよ、ボス

 

 ”小さな戦士”。だが、俺は知り合ってからずっとお前を大人として扱った。

 その命を、俺と共にしようと手を伸ばしもした。英雄は伝説ほどよいものではないとも教えた。

 

 だがチコ、お前は俺の言葉を理解せず。出来の悪い弟子のまま、逝ってしまった。そのお前が、戦士になりたがる”子供達”となって俺に慈悲でも請うつもりなのか!?

 

 感情を乱してはいけなかった。細心の注意が必要なときであった。

 死者が幽霊となるんだ。だがあの少年たちはまだ生きている、目の前で。

 静か幼い思いをつぶやき、それを相手にされない悲しさからか。隣に立つ亡霊はすぐに消える。スネークの心も落ち着きを取り戻した。

 

 任務を邪魔することは許さない。

 ビッグボスの戦場に、余計な亡霊は必要ない。

 

 

 スネークと同じく隠れて互いにサインを送って確認していたXOFの動きが止まる。その中にいた狙撃手が周りに合図をするのが見える。

 これから大きく呼吸をして、一発ですべてを終わらせるつもりなのだろう。

 

 確かにあれの外装は劣化ウランとはいえかなりの硬度を持っている。ミサイルなどでも簡単には破壊できない、それならばまだ開いている操縦席のパイロットを直接狙うのは定石というものだろう。

 

 スネークは黙って彼等のそれを続けさせておく。そして子供達を見る。無邪気に笑い、小突きあい、楽しい時間を満喫している。自分達の足元に、死神達が寄り添うように集まってきているというのに。

 

 ジャングルの中を一発の銃声が響きわたった。

 

 サヘラントロプスの操縦席に立ち、王のように配下の少年兵を睥睨しているイーライにむけてついにXOFの狙撃手による一撃が放たれたのだ。

 だが、それは空中で火花を散って”なにかにぶつかったように”はじかれた。

 

(やはり、赤い髪の少年がいる!)

 

 かつて炎の男は自分に向かって撃ちこまれた弾丸を、全て飲み込んで吐き出すように炎の河を生みだしていたが。あれは別に本当に皮膚から体内に飲み込んだわけではなかったのだ。赤い髪の少年の力で防がれ、男が吐き出すまとった炎と共にはじき返した結果があれだったのだ。

 

 銃声に慌てふためいてそばの銃器に手を伸ばす少年兵達と違い、イーライはフンと鼻を一つ鳴らすとサヘラントロプスの小さな座席へと滑りこむ。鋼がきしむような音を立て、怒りを秘めた巨人サヘラントロプスは静かに起動する。

 

 子供達の楽園を守る守護神。

 足元の歓声をうけ、XOFの部隊に向けて足を踏み出したサヘラントロプスにさらなる激しい猛攻が加えられる。ライフルが、狙撃銃が、グレネードが、ミサイルが。大人の兵士達から遠慮お構いなしに撃ちこまれる。

 

 だが、それは全く効果はない。

 

 鋼の巨体が、屈伸から猛然と飛び込んでくるサヘラントロプスに早くも数人が潰されると。頭部のマシンガンが火を吹いて地上のXOF隊員の体をバラバラにして地面に叩きつけていく。

 

 

 マズイことになった。

 そこから逃げだしたXOFの数名が、よりにもよってスネークの方へと逃げてきたのだ。仕方なく、追いつかれる前にスネークはさらに大きく後ろへとさがっていこうとした。

 

 彼等は運がなかった。

 追いついてきたサヘラントロプスの足元から噴出してきた火で焼かれ。森の木々に燃え移る火の中で煙に巻かれて次々と人が倒れていくのを見た。

 

 一瞬、スネークの脳裏に隔離プラントで焼かれる部下の姿がフラッシュバックする。らしくないが、思わず足をもつれさせて地面に倒れこみ。前転につなげて勢いで立ち上がる。ここはむしろ脳を記憶で焼かれる苦痛に耐え切れずに無様に吐かなかった自分をほめるべきだろう。

 

 

==========

 

 

 そんなスネークの背中に少年の声が頭上からかけられてきた。

 

『親父、あんたは息子の俺に銃を向けるのか』

 

 炎の中に立つサヘラントロプスは、わずかにだが重心を下げると地上に立つスネークでも操縦席に座る自分の姿を見せてきた。

 

 やはり見つかっていたか。

 スネークはかがんでいた姿勢をやめ、胸を張ってこちらもイーライが見えるようにサヘラントロプスの前へと進み出ていく。

 

『見ろ!あんたはやっぱりここへ来た』

「出ていきたいなら一人で行けばよかった。お前が自分を大人というなら、好きにすればよかった」

『……それで?』

「もう一回だけチャンスをやる。今すぐ降伏しろ、そいつに乗ったまま大人に殺されたいか?」

『あんたが守ってやる、そう言いたいのか!?』

「違う、サヘラントロプスを返してもらう。そいつはダイアモンド・ドッグズのものだ。お前は好きに生きろ、興味はない」

 

 嘘ではない。

 ビッグボスの息子かどうか?そんな疑問すら、正直スネークにとってはどうでもよかった。カズが答えを求めた遺伝子検査も、本人にとってはそれほど重要なことではなかった。逆に”周りのため”に、許可したようなものだった。

 

『どう生きようと、どう死のうと、俺の自由。そうだ――俺は今、自由なんだ』

「本気で言っているのか?それが時代を、世界を敵に回すことになっても?」

『いけないか、親父!?世界を敵に回しても』

「イーライ……お前は、俺の息子じゃない。”ビッグボスの息子”なんてものは、いないんだ」

 

 イーライに「親父」と呼ばれることが苦痛で、スネークが心がおもわずチコの亡霊をよみがえらせたように。

 あのコスタリカの戦場でも惑うていた少年を諭したように、スネークは初めてイーライにむけて歩み寄ろうと。

 つい途方もない戦場に少年でありながら立とうとする傲慢さ、無謀さ、そしてそれが出来ると信じている自分の滑稽さがわからぬことへの若干の哀れみから向かい合おうとする。

 

 親子に涙の対面シーンはなかった。

 

 冬の熱帯のジャングルの中で、スネークの言葉が出た瞬間に空気が凍りつく。いや、寒気をは感じずには居られないほどにイーライの小さな体から、それを覆う防疫スーツの中から冷たい殺気があふれ出したのだ。

 

 純粋な嫌悪から来る憎悪。

 はっきりと示される殺意の塊。

 防疫スーツで読めない表情のイーライから呪いの言葉があふれ出てくる。

 

『あんたはいいさ。子供も作れない不能者だ、女の腹の中でそれが形を作っても。そうやって知らないふりも出来る。自分は関係ないと、平然と言い放っても許されると思っている』

「違う、イーライ。俺の言っていることは―ー」

『だが、生まれた俺はどうだ!?俺とあんたはただの親子じゃない。遺伝子に呪いを込められた存在。試験管の中でいじくりまわされ、配合に気を配り、不自然な形で優れた存在を生み出す――兄弟のための搾りカス!』

「何の話をしているんだ!?」

『そうか、あんたは俺の話には興味がないんだったな。なら、あんたの話をしてやる。親父、俺はあんたの思い通りになどならない!俺はこの呪われた運命から解放される』

 

 ついに激昂し、イーライはサヘラントロプスの操縦席から立ち上がると前のめりになってスネークを指さしてきた。

 

『そのためにまずは貴様を殺す!』

 

 ついに両者は決裂した。

 いや、やはり彼らはこうなってしまったのだ。

 

 イーライは操縦席へと座りなおすと、スネークはライフルを捨て、6連グレネードランチャーに持ち替える。

 だが、それよりも先に開戦の合図を下したのは、ジャングルの中にたつサヘラントロプスの頭上に飛来した戦闘機群の落としていったミサイルの束であった。

 オカダ諸島の中央付近で連続した爆発音と衝撃波が生みだされ、炎と黒煙が空に吹き上がる。

 

 

==========

 

 

 山道の脇にせっせと罠を張っていたスクワッドの全員の体に緊張が走った。

 この騒ぎ、サヘラントロプスになにかがあったのは間違いない。

 

 ビッグボスとは切り離されはしたものの、今回もスクワッドとして彼らの目的はビッグボスと同じくサヘラントロプスの奪取にある。

 

 それは以前、スカルフェイスの髑髏部隊をいなすことで。ビッグボスではないただの兵士達がそいつらを攻略するまでに導かれたことと同じように。今回も前回のサヘラントロプスを参考に、スクワッドなりの攻略法をいくつか用意していた。

 

 だが――。

 

「リーダー。やはりここだとプランBは難しそうです」

 

 ワームの答えに、ゴートとアダマは即座に頭を切り替える。

 

「罠ひとつだけで、あの鋼鉄の塊をとめられると思うか?」

「先ほどの音。目標はもう動いているはず。どうせ今からでは時間ありません」

 

 以前と違い、マスクをしても無線通信は出来るが。さらにフルフェイスマスクの着脱も数秒で可能となったおかげで、こうして任務中にあってもマスクを外していることも容易になった。

 これは副司令官が誇る、ダイアモンド・ドッグズの開発班の技術の勝利と言えるだろう。

 

『オセロットだ、スクワッド?』

「こちらスクワッドリーダー、ゴートです」

『今の爆発は聞いたな?』

「はい」

『ボスがサヘラントロプスと接触した。だが、先に攻撃を仕掛けたのはサイファーだ』

「ビッグボスは?」

『わからん。まだ通信が回復しない、お前達の役目は――』

「ボスから直接、指示は受けています」

『ならそれに従え、南のこちらではサーペントの班がXOFと交戦に入った。どうやらこちらからの挨拶の返礼らしい』

「どうするんです?」

『こっちはこっちで自分の面倒をみる。お前達はボスとサヘラントロプスに集中しろ』

「援護は期待できませんか?」

『部隊はあきらめてもらうしかない。だがLAVを2両、それとミサイルの発射権をお前達に渡しておく。必要なら好きに使え』

「――感謝します」

 

 前回の戦いを思うと、それではまるで足りないようにも思うが。ないものはしょうがないし、あっちを手伝えとも言われなかった。それで満足するべきなんだろう。

 

「スクワッド、注目」

 

 全員が作業を止める。

 

「戦闘が始まったと司令部のオセロットが確認した。予想通りなら、もうすぐここにサヘラントロプスと少年兵が来る」

 

 アダマは目を閉じた。

 無人だった以前のサヘラントロプスと有人の今のサヘラントロプス。どちらが優れているのか、それはまだわからないが。前回と違うのは、自分たちのそばにはビッグボスがいないということだけだ。

 

 だからこそ思い出さずにはいられない。

 彼が指揮をした部隊が、あのスカルズと死闘を繰り広げたあの瞬間の判断を。

 

 前任者のゴートは今回、あの時の自分と同じ判断を下した。

 そして多くの部下を失ったが、あの戦場を乗り越えて自分も今日に至る。再び同じ失敗を繰り返すつもりはない。

 

「改めるが、俺の口から聞いてもらいたい。今回の俺たちの任務、それは”サヘラントロプスの奪取”である。それだけだ、少年兵なぞ気にする必要はない」

「「……」」

「戦況は、決してダイアモンド・ドッグズに甘いものはない。

 まったく、ないんだ。

 現地政府はいつ正規軍を出動させるかわからない。再編されたXOFの実力は不明、だが明らかに充実している。なのにこちらは再度の声帯虫の攻撃を受け、弱ったままここに来た。

 オセロットはなんとかしているようだが、実際にサヘラントロプスに対処できるのは。俺達とビッグボスしかいないだろう」

 

 その言葉を聴いても6人の表情に変化はない。

 薄々はわかっていたことだ。自分達がビッグボスと征く戦場とは、それほどまでに凄まじく、厳しい場所なのだ。

 

「だが、ボスはイーライや少年兵を諦めたくなくて。今回、俺たちに命じて着用させたスカルスーツをご自分では拒否された」

 

 スカルスーツは見るものすべてに不快感を潜在的に抱かせるものだ。

 それでは話し合いもうまくいくはずもないだろう、とボスは笑って言うのだろうが。あのイーライが相手では、そんなことは関係ないのでは、とは考えない人なのだ。

 

「俺たちの任務はただひとつだ。サヘラントロプスを返してもらう、それだけだ。イーライも、少年兵達も忘れろ」

「抵抗したら、殺せ?」

「ウォンバット、違うぞ。俺たちの邪魔はさせるな、と言っている。なぎ払う、押し通す、やり方はなんでもいい。とにかく俺達があいつらから奪うものを守ることは許すな」

「詭弁じゃないですか?」

「――やれやれ、新人達は文句が多いな。わかった、言いかえようか」

 

 フラミンゴが怒鳴りつけようとしてるのを見て、苦笑するとゴートは凛とした声で言い放った。

 

「俺達は、ビッグボスとイーライが戦うことを許してはならない!」

「え?」

「この戦いに、勝者はきっといないと思う」

 

 おかしな話だが、ゴートはビッグボスが、心中ではこの戦場に心を痛めていることを、漠然とではあるが恋する乙女のごとく想像し、感じ取っていた。同時に、それはこの戦いの後に栄光では覆い隠せぬほどの大きな傷を――少年たちを手にかけるという罪――生み出すことへの、痛みへの恐怖だとも。

 

「困ったことに、この戦場で勝っても栄光はさして喜べないくせに、負ければ奪いつくされるだけ。そんな戦争なんだろうと、俺は思っている。

 だからこそ俺達は、ビッグボスには。完全な勝利が必要なんだ。あのイーライとかいうサヘラントロプスに乗り込んでいい気になっている糞ガキを、ボスと戦わせてはだめなんだ」

 

 そんな終わりを迎えたい。

 嫌、そう自分達の力で終わらせられなければ、自分達の存在に意味はなくなる。

 

 ビッグボスの部隊は、イーライの思い通りになどさせない。

 勝利は常の如く、ビッグボスの為に!そこに暗い嘆きや苦しみなど、必要ない。

 

 

 リーダーのゴートの言葉が終わると、続いてアダマが情報端末Idoroidを取り出して地図を開いた。

 今回の作戦の確認をするためだ。

 

「山道が思った以上に細く狭く、そして支援班の物資投下が上手くいかなかったことで、時間を食ってしまった。

 我々は対サヘラントロプス案のDプランのみで、ここでアンブッシュ(待ち伏せ)を試みることとする。ワーム、説明を」

 

 空中に立体に表示されるエリアの一点を指で円を描きながら、ワームが説明を引き継いだ。

 

「開発班が隠れて開発、提供を申し出てくれた対メタルギア兵器。高出力電磁ネット地雷、31機を配置。

 これを全部連動させ、サヘラントロプスの脚部の神経網とそれを制御する脳のひとつを焼き切ろうというものです。成功すれば、サヘラントロプスの足は支えを失った組木となるはず。その場に崩れ落ちて、2度と歩けません。完全に足を破壊しつくします」

「そしてこのおもちゃを快く提供してくれた開発班には土産話を持ち帰ってやれるだろう。

 動きを封じた後は、次に少年兵達を無効化することになる。2足歩行戦車が動けなくなれば、時間を稼ぐのが彼らの役目になるからだ。抵抗を沈黙させた後、オセロットらと連携してサヘラントロプスを無力化しつつ回収して島を脱出することになる」

 

 それが最短で最上の策だ。

 全員で最後の確認を終えると、髑髏のマスクを装着して道の左右にある森の中へと身を隠した。

 わずかに森の無音の世界に耳を傾けていると、無線機に通信が入ってきた。

 

『スクワッド、こちら本部。サヘラントロプス、移動を開始!』

 

 もう話し合うことはない、戦うしかない。

 そしてこちらの戦闘準備はすでに整っていた。




また明日。

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