戦闘機の攻撃を受けたサヘラントロプスだが、イーライは防疫スーツに隠されてはっきりとはわからなかったが、あせる様子もなく平然と反撃を試みようとした。
戦闘機が落としていったのはクラスター爆弾の一種のようであったが。それらは地上へと降り注ぐ前に、空中のある時点で次々と見えない大地に衝突したらしく。音と衝撃波のみをサヘラントロプスと大地に降り注がせたが、それだけで終わった。
炎は不自然に森の上で床を這うコップの中の水のように広がるが、すぐに熱も一緒に消えていく。
またしてもなにかが見えない壁を作ってサヘラントロプスを守っていた。
森の中では鋼の巨人のバルカンが火を吹くが、火線となった弾丸は空中で弧を描くと力なく地上へと落ちていく。
『お前達、場所を移動するぞ!』
イーライが号令をかけると、少年達は次々と武装した車両に乗って山道を駆け下り始めた。
向かう先はもちろん、この島で声帯虫によって死にかけている村である。彼等は、人質で、そしてこの戦場では”盾”にもなってもらうつもりなのだ。
『~♪~~♪』
『こちらハリアー。目標接近、狙撃準備よし』
数分後、さっそくスクワッドの待ち伏せ地点まで降りてきた。だがーー。
『ゴート、あれは……』
『ああ、まずいかもしれない。目標は列の最後尾か』
アンブッシュを成功させたいスクワッドであったが。イーライはそれを読んでいたのか、それともたまたまだったのか。少年兵達の車列を盾にするように自分を先導させていた。
嫌な予感が、あったのだ。
試作型の高出力電磁ネット地雷は31機すべてを連動させるようにしていたため。発動直前までは誰かがオペレーターとして様子を見てやる必要があった。
それを確認していたワームの情報端末機に、ちょうど先頭車両が地雷原に突入すると同時にエラーを告げるBeep音を小さく発生させた。
トラブルだ。何が起きたのかは一目瞭然だった。
走り抜けようとする先頭車の底にガタンと硬いものが吸い付く音がしたかと思うと、次の瞬間。青白い火花と人間の肉と骨が焦げ、血が不快な匂いと共に蒸発する音まで聞いた。
乗っていた4人中、荷台の少年兵2人が地面に転がるように零れ落ちると、ガクガクと全身を痙攣させ。口と目から白い泡をぶくぶくと噴出し、煙が立ち上っている。巨人の足をつぶそうとした高出力の電力エネルギーにさらされ、彼等は当然のように即死である。
だが、回転してようやく停止した車に残っていたほうがこれよりもさらに悲惨なことになっていた。
突っ張った筋組織が思考をショートさせ、ハンドルや銃を握り締めたまま車の中から外に出ることを許されなかったのだ。片方が体中の穴という穴から血を噴出し、頬の傷には表面にうっすらとだが炎がチロチロとたっている。
『全車、停止しろ!』
王の――イーライの言葉に子供達はすぐに従う。
攻撃を受けたと言うショックはあったが、泣き喚いたりなどはしない。自分達の前に敵の姿がないことへの恐怖を不快感と受け取り、眉間にしわを寄せて自分たちの指揮官の命令を大人しく待っている。
少年兵達にとってそこはもうすでにどこにでもある戦場とかわりなく、死地ゆえに動揺など感じない。ただ待っているのだ、自分たちの時間を。狂騒に身をゆだね、暴力の限りを尽くして世界を焼く瞬間を。
そしてそんな不気味に落ち着き払った周りに影響され、まだ少年兵ではないにもかかわらず。武器を手にしたこの島の子供たちの顔にもなんの感情も感想もわいてはこなかった。
『これは親父の部下だな?わかるぞ、残念だったなぁ!』
気付かれてしまった。罠を一瞥して本当に読んだのか、それとも当てずっぽうか?
(ゴート、リーダー。ばれちゃったよ!?)
(まだ30機の地雷は生きてます。まだあいつをそこに引きずりこめるかもしれません)
フラミンゴやアダマの言葉に、しかしゴートは否定を返した。
『全員そのまま待機。撤退の準備をしておけ』
どうなるかはわからないが、それでも罠は破られたも同然だった。
ここで無理に危険を冒したくはなかった。勝負はまだ、始まったばかりなのだ。失敗した作戦にしがみついて、甘い夢にすがって勝負に出たくはない。
『何を恐れている!?隠れて出てこないなら、こっちは先に行かせてもらうぞ』
イーライは潜伏を続けるビッグボスの部隊を笑うと、いきなり跳躍を――いや、それを正しく表現するならば”飛んで”みせたが正しいか。
地雷原を前に停車している9台の頭上を飛び越え、なんと自らが地雷原に突入してみせた。
本気、いや正気か!?
『サヘラントロプス、直上。罠、発動します』
ワームの端末に表示された30個のネームの隣に一斉にゴーサインが表示された。
バチバチッ、と地面から噴き上げる青白い光の束が輝く枝を生み出し。
サヘラントロプスの足元から”離れて”いきながら何もない宙に巨大な大樹と成長させ、そこでいきなり花開くことなく消滅してしまう。
ある種の幻想的な光景ではあったが、放出された青い雷光は肝心の鋼の体の表面を走らず。なにもない場所に向かって力を解放してしまっていた。
そんな中で元気に立ち上がるサヘラントロプスは、傍らでこげて動かぬ味方だった車を力いっぱい森の中に向けて蹴り上げる。
問題はあったが、罠は予定通りに発動した。
サヘラントロプスの体表を伝い、かの巨人の足を奪うはずの強力な電磁ネットは。しかし予想に反して、空中に拡散してしまい。それで終わってしまった。
これがサヘラントロプスの力。
いや、イーライという戦場の申し子のもつ運だとでも言うのだろうか?
スクワッドは想像もしない罠の破られ方をされ、その失敗に気をとられ。一瞬を失い、退却の行動にわずかな遅れが生じる。
『行くぞ!その前に――お前ら、あいつらに挨拶してやれ!』
イーライの声に反応し、少年兵は快哉を上げると車内から左右の森に向けて銃口を向け。どこにいるのかもわからないくせに敵の姿を捜し求めながらむやみやたらに銃をぶっ放し始めた。
火線は草木を引き裂き、枝を地面に落下させても銃爪から簡単には指を放そうとしない。
『くそっ、スクワッド。撤退しろ、流れ弾には注意だ!!』
自分を罵る暇も惜しみ、慌ててゴートは命令を下すが。
すでに部隊は退却を開始しようとしていた。スクワッドによる最初の攻撃、待ち伏せは完全な失敗に終わってしまった。
ハリアーは消音器つきのライフルの照準を覗きつつ、山道で列の先頭に立ち。狂ったように哄笑し続けるサヘラントロプスの姿を見ていた。
(あのガキ、狂ってるの!?)
人の歴史において時に誕生する厄種としかよびようのない人間達がいる。
彼らはしばしば、運命の皮肉か。それとも持って生まれた強い意志が現実を捻じ曲げたか。悪運、とだけでは説明のつかない起きてはいけない奇跡を起こしてみせることがある。
今、彼等の前に少年兵を引き連れたイーライ。あの少年はそんな人物かどうかは自分にはわからないが。
あのような”ありえない”現実を見せ付けられると、あの少年を倒すことが本当に自分達に出来るのか。揺らぎそうになる――。
ハリアーの思考がそこで終わったのは、通信機に入った荒い息と忌々しげな声を聞いたからだ。
『あ、あのクソガキッ』
ウォンバットの、新人の彼女の声だった。
慌ててその姿を探すが、未だに森の中のあちこちを目くら撃ち続ける連中のせいで姿を捉えられない。
「~~♪」
となりで同じく構えていたクワイエットが静かに鼻歌を始めた。
ハリアーは慌てて彼女の視線を確認して銃口の方角を変える。さすが”ビッグボスの相棒”を許された沈黙の狙撃手と賞賛すべきか。
そこにはサヘラントロプスによって先ほど道から死体が乗ったまま激しく蹴りだされてひっくり返った車と、その下敷きになっていた彼女の姿を捉えることが出来た。
どうやら立て続けに予想もしないことが起こったせいで、自身の窮地を仲間に知らせることを怠ってしまったらしい。
そしてそんな彼女に危機が迫っていた。
スコープはひっくり返った車両に近づいていく無邪気な笑顔の、歯が欠けて、大人の軍用ヘルメットをかぶる少年がいた。仲間があんなに、森の中めがけて滅茶苦茶に弾丸をばら撒いているのに。お構いなしに車を降りて森に入った?
その精神はまったく理解できないでいたが、現実はそう考えなければありえない状況だった。
まだ少年は車の下でもがいているウォンバットの姿を知らない。だが、あと30秒と待たずにあのまま接近を続ければわかってしまうだろう。
(殺るしかない)
ハリアーはすぐに口を開く。
『クワイエット、チャンスがあったら撃って』
「……」
『リーダー、ハリアーです。ウォンバットにトラブル』
『了解』
『トラブルはこちらで除去します。彼女の回収を』
これでいい、後はゴートやアダマが動けるようにしてやるだけだ。
ところが顔を上げたハリアーは信じられないものを見てしまった。
クワイエットが撃たない。撃てなかったのだ。
沈黙を守る女の指が震え、乾く唇をなめ、思わずスコープから目をそらして頭を下げてしまう。
狙撃手とは誰がなれるものではない。
一発は一殺を意味するスタイルなのだ。奪った命が最後にどんな表情をしていたのか、生涯忘れることはない。
常に自分が殺人をしているという罪の意識を持つと、あっというまに銃爪を引く力は奪われてしまう。狙撃手とはそんな因果な存在なのだ。
ハリアーはそんな葛藤の中で弱弱しいクワイエットを、見てしまった。
彼女はクワイエットに何も言わなかった。
むしろあまりに人間らしい姿で、かえってホッと安心したくらいだ。
そして自分がスコープを覗く。
大きく息を吸い、大きな胸が息を吸ったまま止まる。
(そうだよね。そういうものよ、私達みたいなのはね)
心の中で、隣で苦しむクワイエットに語りかけた。
任務だとわかっていても、時にはどうしたって力が入らない状況は生まれてしまう。味方の為だと理解していても、引き金を引きたくない時があるのだ。これは修羅場を乗り越えたから出来るようになると言うものではない。
本当に運がなくて、避けることを許されない任務を手渡されなければ知らないでいられる経験。
スコープのむこうでみっともなく大口を開けて笑っていた少年の顔にいぶかしげな色が浮かぶのを、はっきりと確認した。
指が、銃爪にかかり。殺意は線となって、少年の頭部に向かい。ゆっくりとそれは細く、絞られていく。
こんな時に撃てる狙撃兵。
それはこんな様になった女でもなければ――汚れ仕事(ウェットワーク)を押し付けられた挙句に、貶められて正規兵から放り出されるようなのでもないと慣れない作業。
真っ当な狙撃兵なら堕ちたくない姿だ。
『く、くそったれ。なんで、こんな――』
無線でウォンバットはようやく、1人の少年が自分に近づいてくることを理解して慌て始める。
同時にくぐもった一発の銃弾が空を切り裂いて飛び出していく音がすると。少年は後頭部から喉を半分失い、静かに地面に倒れ伏した。
『ウォンバット、新兵じゃないんだから。はやくしなさい』
『あ、ありがとう。ハリアー』
弾丸を排莢しつつ、立ち上がる。
スカルスーツはこんな時、フルフェイスで助かる。ハリアーはそう思った。
『クワイエット。今回は許すけど、次は撃ちなさい。戦場でそれは当然のことなのよ』
冷酷な声だった。表情がわからないのでどんな顔をしているのか相手にはわからない。でもそんな女が、ライフルを拾い上げるその手が震えて取り落としそうになるほど動揺してるなんて、化け物女であっても知らないで欲しい。
そしてクワイエット、あんたがこんなことに慣れないことを狙撃仲間として自分は祈ってやりたい。
『よし、行くぞ!』
さすがに木々の中での変化には気がつかなかったらしい。サヘラントロプスは体勢を立て直すと号令をかけて再び山道をそのまま降りていってしまう。
ひとしきり撃ちまくってすっきりした顔の少年達の乗った車両が巨人の後についていく。
そんな彼等の後姿を、捕食者(プレデター)のように木の枝から見下ろしてゴートは見送っていた。
心の余裕が生まれた今だからわかる。あの瞬間、サヘラントロプスのイーライがなぜ自分達の罠に飛び込んでいったのか。
赤い髪の少年。
ビッグボスの報告書でたびたびその存在が報告されていた驚くべき力を持つ超能力者。
死者を炎の男として蘇らせ、不完全だったサヘラントロプスで生みの親のスカルフェイスとXOFを攻撃させた元凶。
イーライはその彼と組んでいるのではないか、その可能性は聞いていたが。その存在が、どれほど現実を悪夢にしてのけるかまでは自分達の想像を超えていた。
その結果がこれだ。
サヘラントロプスは、イーライは村に向かっていった。
あそこにいる大人たちを人質にするつもりだ。その価値を”自分の手で失わせておいて”も、そうするつもりなのだ。それはきっと、ビッグボスをそこで待ち構える為にすること。
残酷に、無慈悲に、もはや助からぬ哀れな人々をさらにボスの目の前で嬲りつくすつもりなのだ。
それが一番、彼にキクとわかっているからやるのだ。
糞ガキの思い通りなどにはさせない。ビッグボスを、あんなのに痛めつけさせて喜ばせはしない。
『スクワッド、サヘラントロプスを追うぞ!奴は村に向かっている』
地上に降りると、さっそくDDとアダマがあらわれ。
ワームが、フラミンゴとウォンバットが。そしてライフルを背負ったハリアーとクワイエットが来た。村にはすでに仕掛けを施してきている。
イーライにとってあそこはビッグボスを誘き出す舞台であろうが、スクワッドにはサヘラントロプスとイーライを仕留める殺し間(キルゾーン)となるはずだ。
だが、誰しも物事は思い通りは行かないらしい。
村に着く前に、今度はXOFの待ち伏せ部隊が山道を元気よく駆け下りていくサヘラントロプスを襲った。
また明日