こちらは前半、午前の分となります。
サヘラントロプス、あの鋼の巨人をいかにして攻略するか?
ワームとウォンバット、2人の新人がいきなりそんな問題をぶつけられたのは。
新たに集まったスクワッドの6人が始めて顔見世をした最初の訓練での仮想敵がそれだったからだ。
ビッグボスが倒したという、あのデカイ奴を?
それを歩兵6人だけでどうにかするだって?
あまりにもぶっ飛んでいて、イカレていた。
だが周りは真剣だった。本気で、あれとどうやって戦おうか話し合っている。
「あの、本気で言っているんですか?」
「ああ」
「あれ、大きいし。それに戦車ですよ?自分達歩兵なのに、戦車と戦うんですか?」
「だから?ボスは倒したぞ?」
ああ、そういうことなんだ。
自分たちがまだ、頭が切り替わっていないことをここで悟った。
つまりビッグボスと同じ戦場にむかうということは、彼をサポートするわけじゃない。
彼と同じことを、自分たちでどうやって実現させるか。そのための技術を手にすることなのだと。
そして彼らも、そして自分達もそれを実行できると願っていたということを。
興奮状態で村に突入したイーライは自分に続く車両を確認する。
9台の車は、6台にまで減っている。
まだ半分残っている、まだまだ戦える。
強がりもいいところだった。
自分が病に冒されているという事実を、イーライは自覚していた。
症状は自然に任せているので、島民と同じように動けなくなるほど進んではいないが。それでも肉体は声帯虫の攻撃で弱り始め、当然だが気力もそれに合わせて低下していくので本当ならばこんな戦場の最前線に立てるはずがなかった。
それを可能としたのが、今の彼のそばにつく守護天使。
第3の少年、赤い髪の彼の力があればこそ、である。
以前、彼はイーライの精神だけをサヘラントロプスへと持ち去ったことがあったが。今回はその逆を、自らの体の中に彼の精神を導き、無限の憎悪や報復心という燃料に2つの精神でひとつの体を支配している。
もちろん違和感は半端なく強い。
腹の下に回転しているように感じる異物があるようで、最初は思わず悲鳴を上げたくもなった。
それでもいざ、始まると心音がリズミカルに激しく時を刻むのを感じ。
倦怠感、苦痛、脱力感といったものを認識しないよう、定期的に噴出するアドレナリンに高揚感がぬけないまま躁状態へと突入した。
だが、それは決して強さではない。
これまでと違い、機械の体を持つサヘラントロプスではなく。操縦者であるイーライによってあの動きを再現させるということは、小さな体にはあまりにも負担が強すぎたのだ。
防疫スーツによってわからないが、2本の腕と足の筋肉は疲労によってすでに痙攣を起こしており。苦痛という警告を無視しているため、限界を超えた代償として血管が傷ついて内出血をおこしている。
口の中は歯を食いしばりすぎて、皮膚をかみ破り、傷つけて血があふれ続けてもアドレナリンのせいだろうか。出血は一向に収まらず、声帯虫によって調子を落としている気管には真っ赤な痰が咳とともにせりあがってくるのを、自分の血を飲み込むことで洗い流している。
イーライ、少年にとって未来とはこの戦場で勝利することだけに注力していた。
この戦いで勝たねば、”次の戦場”にはいけない。ここで勝てるというならばなんでもやってみせるつもりだった。
ビッグボスを――自分の父親の死体を手にすることが、今の彼の全てであった。
『お前達!俺を中心に、円を作れ。人質を盾にするんだ』
自分を――正確には彼が搭乗するサヘラントロプスを――手に入れようと、サイファーとダイアモンド・ドッグズの軍隊が襲い掛からんとしていることは、なんとなくわかっていた。
大人を一人でも多く殺す。
ただそのために徹底抗戦する場所としてイーライが用意したのがこの死に掛けた村なのである。
『大人の姿を見かけたら、殺せ!それで村の大人達が死んでも、それはあいつらが……なんだ?』
興奮していたイーライが、”もう一人の力”で強制的に覚醒させられると、周囲の異変に気がつくことができた。
自分達が降りてきた山道の方角から、乳白色の霧が沸き立つと村に静かに移動してきていた……。
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村が霧に隠されるのに時間はかからなかった。
その乳白色の霧の外側に静かに低空で近づく2機のヘリがあった。
ダイアモンド・ドッグズのマークがついた、カズがどこかの武器商人から格安で手に入れた中古ヘリ。だが、最新の装備とメンテナンスを施されているので戦場では立派な戦力となる。
『こちら支援班、ビルダドとピーレグ。スクワッドリーダー、位置につきました』
『こちらリーダー。急の要請にこたえてくれて感謝する。合図は目視でわかる、我々がレーザーを照射しサヘラントロプスの位置を送るので、攻撃を頼みたい。
終了後、すぐにミサイルが飛来するので両機は離脱せよ。くれぐれもミサイルと正面からキスはしないでくれ』
『了解した、スクワッドリーダー』
それから数十秒、霧の中から巨獣の不満の唸り声にもにた鋼の体をきしませると、ヘリはすぐに攻撃態勢に入る。
複数のレーザーに照射され、思わず危険に声を上げたのが失敗だった。
『スクワッドから情報を確認。ロケット発射開始』
ビルダドとピーレグ。
両機に搭載された最新の8門のロケットランチャーからそれぞれ32発、その全弾を霧に向かって放ち始めた。
本来、サヘラントロプスのような巨大な体は止まっていれば攻撃のよい的である。
霧の中を爆発と衝撃音、そしてサヘラントロプスの悲鳴が上がる。
『こちらピーレグ、攻撃完了。後方よりミサイルの飛来を確認。スクワッドの健闘を祈ります』
そう言って2機は戦場を離れていく。
彼等の役目は終わった。そのかわりに、遠く砂丘の上陸ポイントから発射されたダイアモンド・ドッグズのミサイルがサヘラントロプスめがけて――声帯虫におかされて哀れにも死にゆく村めがけて突っ込んでいく。
無防備によろめいていたサヘラントロプスの横から襲いかかったミサイルの直撃。
霧の中、嗚咽にも似た巨人の悲鳴があがり。その手は救いを求めるように、一瞬晴れた青空の向こうにある太陽に手を伸ばすものの、そんな助けに応えるものはない。
ゴートは命令を下した。これが彼等の勝機だった。
『スクワッド、攻撃開始!ゴー、ゴー』
霧に満たされ、隠された燃える村の中に向かう、5人のスカルスーツが飛び込んでいく。
イーライは霧と炎の中、この戦場で始めて混乱していた。
(親父、あんたなのか?あんたがこれをやったのか?)
正確には違う、ビッグボスはこうなる可能性を察しながらも止めなかっただけ。やめろと命じなかっただけだ。
そしてそれを実行したのは彼の部下、ゴート達。スクワッドである。
卑劣、卑怯。そんな言葉も彼らにはかけられるだろう。
だが、そもそもは何の罪もなく。巻き込まれる理由すらなかった島民を無理やりに戦場に巻き込んだのはイーライであった。そんな彼らをさらに嬲るかのように、彼ら少年兵達をつかっていた大人の真似をして自分たちの弾除けにしようとしたのもイーライである。
イーライは幼い復讐心に翻弄されて理解していなかったのだ。
人質の価値というのは、相反する両者によって決められるものだ。一方が非情に、無慈悲に彼らを扱えば。それを見た相手は価値の値段を限りなくゼロにまでさげる可能性があるのだ、ということを。
そしてダイアモンド・ドッグズもXOFと同じく、彼らの価値をゼロとみなしたのである。この結果は必然でもあったのだ。
赤い髪の少年は今回も活躍をしていた。
降り注ぐロケット弾をはじき、その後のミサイルも半分は直撃を免れた。
だが、今回は前回とは違い。霧でその姿は周囲にはっきりとは見せ付けることはなかった。
霧と爆発音に囲まれ、おびえ始めた少年兵達の心が足元に集まりだし。
イーライの中の赤い髪の少年が、嫌だ嫌だと身を捩じらせてここから立ち去ろうとする。だが、イーライはそんなことを許すわけにはいかなかった。
今、彼を解放すればもう自分は動けなくなってしまう。
サイファーとも、ビッグボス――父親とも戦争は出来なくなる。
サヘラントロプスは沈黙する。
――少年兵達は怯えていた。
元来、戦場で怯えながら必死に生き延びてきたというのが彼らの本当の姿である。
揺るがぬ城のように強大な破壊力を生み出すサヘラントロプス。
それを巨獣のように暴れさせる、彼等の王となったイーライ。
霧によってこの2つが彼等の視界から消されれば、孤独と死への恐怖がたちまち湧き上がり。動けなくなる。
車の荷台につけられた重機関銃を握り締めながら、声を殺して目を左右に落ち着かなく動かす。
彼の声が聞こえない。やられてしまったとは思わないけれど自分がどうしたらいいのか指示がないからわからない。
ふと、先程まで自分の手が届くくらい車のそばに立っていた仲間が”見えない”ことに気がついた。
まったく、動くなよ。こっちだって心細いというのに。
手を伸ばすが、霧の中では相手の体に触れることが出来ない。仕方なく銃座から離れ、車の縁から地面を覗き込む。
血だまりが広がり始めていて、そこに見えなくなっていた仲間が変な格好で無言のまま崩れ落ちていた。
死んだ?いつ死んだ?それとも殺された?
頭の中で多くの疑問が生まれたが。答えはない。
その少年の背後、本来ならば2階建ての家がそこにあったが。その家の壁が静かに動いた。
スカルスーツを着た、ワームである。
これまで車の周りを這い回っていた彼は、最後の獲物をしとめるために民家の2階に移動すると。そこから片手で外側にぶら下がり、この瞬間を待っていたのだ。
ここからではナイフで仕留めるのはかっこつけすぎだろう。
くぐもった2発の銃声がして、地面になにかがまだ崩れ落ちる。
別の少年は霧の家の中に飛び込むと、壁沿いにへたり込んでひたすら祈りの言葉をつぶやいていた。
どうやらここまで悪い友人たちにつきあってしまった島の子供の一人であったのかもしれない。
神に救いを求め、困難に負けないように助けてくれとなんどもかろうじて覚えているフレーズを繰り返している。
そんな彼の姿を重力に逆らい、逆さになったフラミンゴは見つめていた。彼女はとくに感想をもつことなく、自然に”霧の中で動けない敵”に銃口を向ける。
2人はずっと兄弟のような戦友だった。
霧の中にあっても、互い背中を守りあってその旺盛な戦意はまったく衰えを知らなかった。
だが死者を連れ去る死神は、すでにこの2人のそばにたってそのときを待っている。
霧の中を静かに、だが殺気を漲らせた髑髏の兵士が2人に向かってきた。
2人の反応はまったく髑髏の兵士のそれには対応できなかった。
振り下ろされた拳骨ひとつで、少年はカートゥーンのように見事に音を立てて地面に不恰好に顔を叩きつけられそれでおわった。脳挫傷で死ぬのに十分な一撃だった。
残る一人も片手を喉に、残る片方で武器を叩き落とされると。
喉輪落としで地面に押し付けたが、こっちはなんとか耐えた。不意の攻撃で意識を奪われなかったのは見事だが、それだけだ。
アダマは手に力を一気に込め、相手の喉を強引に握りつぶす。
静かに立ち上がると、彼も無言で霧の中へと立ち去る。
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霧の中のサヘラントロプスが、急に自分を取り戻した。
(なんだ?)
あまりに突然のことでイーライはうろたえる。自分の中にいる赤い神の少年が、急に静かになったのだ。
その理由は簡単で、彼が好まない感情が足元から徐々に少なくなったことで落ち着きを取り戻したからなのだが。イーライはそれを勘から攻撃を受けたのだと認めた。
「おい!おいっ!!」
声をかけるが、反応はない。
まさかわずかな間に全滅したのか?とも思うが、そんなわけがない。すぐにその理由にも思い当たるものがあった。
――恐怖だ。
一箇所に立て篭もる側の心理の必然。
湧き上がる恐怖に負け、兵士としてやるべきことができなく、ただ震えてなにもかもが終わるのを待っている状態。
イーライの部下は、少年兵はこの霧でもはや役立たずとなってしまったのだ。
弱い、あまりにも脆弱すぎる存在。
腹の底で、未熟な子供という存在への怒りが吹き上がると。
同じ場所にある異物が再び歓喜の踊りのように、激しく動き出すのを感じる。テンションが失われたので、また不快なところからの再出発だ。
(これを待っていた)
真っ赤な目を光らせ、霧の中で静かに動き出し。周囲をうかがいだしたサヘラントロプスの姿をゴートは冷静に確認していた。
ここまでは作戦通りに進んでいる。
スクワッドは少年兵を襲ったが、全滅はさせていない。
だが、その変事をあの勘のよい少年は察知するだろうし。そんな彼の様子から、残った少年兵達も不安にかられ。むやみに周囲に警戒を始めることだろう。
そして、自分たちの仲間の変わり果てた姿も見るかもしれない。
ゴートとアダマが中心になって立てた今回の計画。
それはイーライへの”隊長としての覚悟”を突きつけるえげつないものであった。
敵の存在が不明なまま、部隊が何者かの襲撃を受ける。
価値のない大人を盾にする彼等とそのボスに、おなじ葛藤をぶつけてやるのだ。イーライがどのような反応を示すのかはいくつか想定しているが、このままであるならスクワッドの完全勝利は間違いないだろう。
その足元には最長20メートルからなる電磁ネットを編みこんだワイヤーがおかれている。
『目標に変化の兆し、あり。全員、次の準備を』
無線から複数の低い『了解』の声が返ってくる。
サヘラントロプスは後退をやめると、その場で足踏みしながら方角を変えて警戒している……。
――っ!?
場違いな声がいきなり聞こえてきた。いや、そうではない。
警戒していると思っていたサヘラントロプスが、イーライが恐ろしく明るい声で笑い声を上げていたのだ。
『お前達、そうか。お前達がそうだったのか』
脱走後、マサ村でひとり。ビッグボスを待ち構えていたイーライを襲った、顔を隠した大人達の一団。
”必死に抵抗”しようとして刃物をぬいたイーライを殴り殺そうとした連中。隙はないが、親父と同じ”ただの兵士”とは思えぬ動きと戦い方をするダイアモンド・ドッグズの兵士達。
『やっぱり親父は、お前達に俺を回収させるつもりなんだな』
頓珍漢なことを口にするイーライに、毒気を抜かれたように思わずスクワッドは動きを止めてしまった。
この期に及んで、なにをいいだすのか。すでに和解の機会はとうに昔のことで、そんなはずはないと自分で否定していたはずなのに。
気を取り直すと、ゴートは足元のケーブルの端をつかむと大空に向けて無言で放り投げる。
ケーブルの先端にあった錘が着地する前に、そこに走りこんできた新たな骸骨が受け取り、また大空に向かって投げる。
そうやってサヘラントロプスを中心に5角形を作り出すと、最後にもう片方の端を手にしたゴートとワームが交錯しながらサヘラントロプスの足に向かって走り出す。
『なんだっ!?』
サヘラントロプスの2本の足に絡みつくケーブルを、力任せに引きちぎらんとするが。
ケーブルには微量な電流が流れ、表面装甲にはりつくとヒルのようになかなかはがれず。逆に緩めようとしても、絡み付いてきてよりキツク絞り上げようとする。
『足を縛り上げて、おれが降参するとでも?』
不適な物言いは自信の表れか。
右腕に仕込まれたパイルバンカーをこれ見よがしに出し入れして挑発したが。
ゴートたちの返事は『まさか』の一言だけであった。2重、3重と足に絡みついたケーブルの熱が、次第に高温のものとなっていく。
『それは足を封じるものだが。縛るわけじゃない――お前用の導縛索だ』
その言葉が合図となった。
縛るケーブルは光を発し始めると、高熱とともに直撃で爆発がサヘラントロプスの足を襲う。
ケーブルの下の足には痛々しい焼き跡ばかりか、足をわずかにだが溶かし。苦痛を感じているわけではないだろうが、バランスをとりずらくなったか。サヘラントロプスの上体が流れ、悲鳴のような大きな軋み音を響かせた。
導爆索――別名、爆導索ともいう地雷除去装置がある。
ワイヤーに一定の距離ごとに小型爆薬をくくりつけ、対象の地雷付近に取り付けると強引に誘爆させるというものだ。
彼らはそこに電磁ネット技法を導入。
微力な電気によって強い磁力を発生させ、それを伝える熱を限界まで耐えられるようにし。最後にそれらをつなぐ小型爆弾をたっぷりとくくりつけておいたのだ。
これまでの兵器による通常攻撃と違い。
蛇のごとく締め上げてからの直接爆破はさすがに回避する手段がサヘラントロプスのほうにもなかった。
それまではどんな攻撃にも軽傷だと涼しい顔をしていたが、膝頭付近はかなり厳しい状態にあるのは目視しただけでもわかるくらいだ。
再び立ち上がることは出来るだろう。
だが、その傷ついた足では以前のように。ビッグボスを追いかけて大地を元気よく蹴って、走るような真似はもうできない。
ノソノソと老人のように足を引きずっては、上半身が無傷だとて戦いようがない。
つまりこの瞬間、スクワッドはついにサヘラントロプスに勝利したと。そういえる状況にはあったのだ。
傷ついた膝頭は大地につき、上半身も崩れ。2本の腕の肘がそれを必死に支えている。
限界を迎え、2本の足で歩けなくなるものの姿がそこにあった。