空から降りてきた支援物資を受け取ると、中をあらためる。
なにも考えず、自然と必要なものを手にして持ち出していく。心は感情で常に一定ではありえない。だが、兵士は常に戦場に身を置くので、意識は常に感情を切り離さなければ間違いを犯す。
戦う機械になれ、と言っているのではない。どんな仮面(ペルソナ)をかぶるとしても、その全ての下にあるのは兵士のそれであるようにすることだ。
これは”ザ・ボスの教え”でもあった。
『ボス、スクワッドは――』
ランチャーを取り出し、弾も地面の上にそろえて並べる。
『サヘラントロプスに負けた。完敗だ』
嘆き?悲しみ?後悔?
それに似た感情はたしかにこの瞬間にもスネークの心の中で暴れている。
だが、それは表情にまでは浮かび上がることはない。それはビッグボスの戦い方ではない。
「っ!?」
全てを取り出したことを確認したくて、おかしな話だがスネークはわざわざ箱の中へと飛び込んだ。
そしてまだそこに異物が――足の下に荷物がまだ残っていることを確認して、手でまさぐった。。
「……完成したのか、アイツが」
後の世ではP-90の名で市場で売られる奇妙な銃。
しかしそれは伝説のガンスミスによって”最初から完成していた”銃であり、用途はあの対2足歩行戦車(メタルギア)への彼なりの解答であった。
名前をあらわしているのだろうか、プロフェシーと刻印が施された横に、「BB」と新しく削られた文字があった。
(BBのプロフェシー。ビッグボスの予言(a Prophecy of BIGBOSS)、出来すぎだろう)
銃の本体、2本の弾倉、一本のカセットテープ。この3つはダンボールの底に念入りに何重にも重ねられて貼り付けていた。
それを全て回収すると、そばで控えていたバトルギアとスタップに告げる。
「よし!――村に入るぞ。頼む」
「了解しました」
本来ならばスクワッドの下で動くはずだったスタップは、今はビッグボスの命令を直接受けて動く立場にいる。
それは同時に、彼と彼の愛機が組んでからずっと熱望していた。あのビッグボスの戦場に立てるかもしれないチャンスが、すぐそこにあることを意味している。
それを恐ろしいとも思うが、スタップはその何倍も興奮もしていた。
村は――いや、村だった残骸はひどい状態でそこにあった。
すでに乳白色の霧はない(そもそもスカルスーツのこれは霧の供給をやめればすぐに消えてしまうようなものなので当然だったが)、そしてスクワッドを打ち負かしたというサヘラントロプスの姿も。ここでついに攻撃を開始したというXOFの部隊の姿もここにはなかった。
スネークは残骸の残る焼け野原に立って、先ほどのオセロットの言葉を思い出す。
『全員生死不明だが。何人かの死亡は確認されている』
「誰だ!?」
『ハリアーがサヘラントロプスのレールガンで。クワイエットは逃げられたが、彼女は駄目だった』
「……」
『リーダーのゴートも死んだ。後1人、だれかがサヘラントロプスに踏みつぶされている』
「全滅、したと思うか?」
『わからん。酷い状況とだけ、他にはなにも』
ここに立てば彼らの思惑はすぐにわかった。
彼らはビッグボスに、この俺にダイアモンド・ドッグズを村ごと攻撃しろと言わせたくなかったのだ。
だが、なにもしなければサヘラントロプスをXOFに奪取されるかもしれない。それもまた、ビッグボスが望まない状況であると彼らはわかっていた。
彼らはスネークの良き部下であり、戦友達であった。
だが彼らは、同時にビッグボスという存在を崇めんばかりに信奉するフリークス達でもある。
マザーベースでは時に叩かれる上官をネタにした冗談も、彼らは決してそれに加わることのない困った連中。
彼らはそんなスネークが、戦場では進まなくてもよい道を自ら先陣をきって汚れることをのぞまなかった。
隔離プラント、あそこでおこった声帯虫の猛威によって死んでしまった部下達のそばに崩れ落ちたあの時。
無力感が、苦しさが、自分を追い詰めていく。この苦痛、あの時もわかっていた。永遠にやわらぐことはないもの。
(イシュメール――)
ここは戦場だ。
まだ戦いはこれからだ。
だがスネークは自身の重い宿命に耐えられず、思わず縋るようにドッペルゲンガーの名を呼ぼうとしていた。
「ボス!ビッグボス!生存者、いました。生きています!!」
顔を上げる、スタップの声の方角に足早になりながらも素早く無線でオセロットに村の生存者を回収するように命じる。
「――ボス」
「ワーム!ウォンバットだな!?お前達、よく生きていた」
声をかけながら、へたり込んで動けない2人の骸骨をスネークは自らの手ではずしてやる。
スタップは息を呑み、スネークの表情は固かった。
髑髏のマスクの下には、ともに頭部からの出血が見られ、流れ落ちたそれは目にあふれる涙と合わさり。頬を伝って焦げた地面へと落ちていく。
血の涙。
ほかにそれをどう呼べというのか。
オセロットが「ヘリを送ったぞ」との連絡を受け、待っている間に。スネークは2人から新たにフラミンゴとアダマの最期を聞きだした。
サヘラントロプスの執拗な追撃からの攻撃を察知し。
フラミンゴは無線に最期のメッセージを発する直前、互いのスーツを硬化させつつ。ウォンバットを地面に伏せさせ。自分が彼女に覆いかぶさっていた。
容赦ない炎の海が、ウォンバットから水分と空気を奪ったが。フラミンゴは体の半分をスーツごと炭化しかけるほどに焼き尽くされてしまった。
そしてゴートのおかげでサヘラントロプスに吹き飛ばされたワームは、井戸に落ちて一命を取り留めたのだという。
「ゴートは?どこにいる?」
生きているのか?とは聞かなかった。
彼の指差す方角へ、スネークは立ち上がるとゆっくりと進んでいく。
イーライが彼に何をしたのかを聞けば、それはすぐにわかるオブジェであった。
太く、巨大な杭に体を刺し貫かれた人骨のそれ。
変わり果てたゴートの姿がそれだった。
自分にどこか似たところのある男だった。
任務は出来ると口にしたことは実行し、冷静に判断し、決断は素早く、そしてなによりも仲間を思う男だった。
金が重要な、傭兵の社会にいてもそこに慣れるのに苦労しそうな、面白みのない男であった。
その男の最期を聞いて、スネークは彼の真意を正確に見抜くことが出来た。
彼は自分達がサヘラントロプスに敗れたとしても、それでビッグボスに重荷を残すことのないようにと自らの命をさしだすことで任務を果たそうとしたのだ。
それは同時にこの戦場でともに戦った仲間達、ダイアモンド・ドッグズにもたらす勝利のための栄光の道。
(ゴート……)
スクワッドと、そしてリーダーであった彼のためにスネークがその道を通らない理由はまったく、ない。
無言で杭に絡みつくようにして地面に崩れ落ちようとしないでいる亡骸に、スネークは近づいた。
頭部のマスクに手を伸ばし、ゆっくりとそれをはずしてやる。
髑髏が残っていた。
まだ、額の辺りに皮膚は残っていたが。
黒い汚れのまじった髑髏が、マスクの下から現れてスネークの顔を見つめていた。
「戦友(とも)……よ」
太陽の下にあっても、暗い闇の世界から這い出してこようとする鬼が、ここにいた。
「勝利の栄光を、我等の手に」
敬礼をするとスネークは骸骨に背を向けてその場を立ち去っていく。
生前、彼の部下であった骸骨はその背中と、スネークが彼から取り去ったマスクを手にした姿を無言のまま見つめ続け、見送っていた。
==========
バトルギアの背に揺られスタップとスネークは再び移動を開始した。
すでに今頃、あの場所においてきたウォンバットとワームは回収班の手で戦場から離脱しようとしているはず。
スネークは静かに、あの物資の箱に入っていたカセットテープをここで聞いていた。
『わが罪を……』
伝説のガンスミスからのそれは、驚いたことに最初に懺悔の言葉から始まっていた。
『ビッグボス、俺は……俺みたいなのが今更言うことじゃないとわかっているが。それでもこいつはいわなくちゃならないんだ。
ボス、俺は。俺はあんたをだまそうとしたのかもしれない』
あの日、開発途中などと口にしながらもスネークに見せたあの一丁の銃。
だが、それは本当のことではなかった。
『あいつを倒せるような銃と弾丸。しかし、銃なら俺でもなんとか出来るが。弾丸となれば話は違う。わかるだろう?』
そうだ。弾丸というのは。新しい規格を生み出すことは、なかなかに難しい。
すでに存在しているものよりも優れているのは当然だが、大量生産もしやすくなるというのも重要だ。
ただ、今回は専用の弾丸。
あのサヘラントロプスに効果があればよいというそれが用意できるかどうかが重要になってくる。
『戦場での俺の”神話”のせいで。俺はこれまでたくさんの面倒ごとに巻き込まれてきた。それをここであんたに告白するつもりはないぜ。だって、それは違う話だからな。
とにかく、そういった厄介ごとばかりに巻き込まれた経験から。俺は――秘密も重要だと学んだわけさ』
対メタルギア専用の弾丸はすでに開発が終わっていた。
だがそれを口に出来ない理由があった。簡単だ、伝説のガンスミスはコードトーカーに力を借りたのだ。
『あの爺さんの――スカルフェイスの下でどんなものを作らされたのかは調べたんだ。で、気軽に聞いたんだ「あの化け物だけに効果のある。そんな虫のついた弾丸なんてできるのかい?」。あれが天才っていうんだろうな、あっさりとそいつをサンプルとして俺に提供してくれたよ』
対サヘラントロプス専用弾丸。
装甲につかわれる劣化ウランを食するメタリックアーキアの亜種。
ウランを食べ、含まれる鉄分を酸化させる糞をする微生物。そうして誕生する鉄サビが毒となって鋼の体を極小レベルから破壊しようと侵食する。
『爺さんはサンプルだから返さなくてよいといった。そのときの俺は一気に完成に近づいたと喜んだんだが、これが罠だとこうなってようやく気がついたのさ。
俺もまた、あんたの敵だった男と同じことをやろうとしていた。
そして爺さんは俺が最初からそれを使うつもりだとわかっていたんだ。だが、俺にも恥ってのはある。これでこいつはあんたのものさ、ビッグボス。
だが、この弾丸をつかうのはここにあるので最期にしてほしい』
スネークにしてもそのつもりだった。
2度、マザーベースへと持ち帰るつもりのサヘラントロプスではあるが。
今度こそは徹底的に。復活できないよう、その力をこの戦場で奪いつくすつもりである。
==========
クワイエットは今、名前のとおり静寂な存在としてそこに身をかがめていた。
だが、その両目はしっかと見開き。捉えたものがどんな動きをしようとも見逃すまいという鬼気迫る様子が感じられた。
スクワッドと共に村でのサヘラントロプスとの勝負。
武器を放り出して一目散に森に向かって飛び込んでいった彼女は助かったが。そこに無線を通じ、あのゴートの一声を聞いて”自分がするべき次の行動”を理解し、姿を消すと静かに村へとまた戻っていった。
ビッグボスのために、サヘラントロプスを追ってほしい。
彼は願いといったが、そうじゃなかった。
あれはスクワッドたちからクワイエットに提出された新たな任務目標であったのだ。
そしてそれが正しいことだと、クワイエットはその目を通して見続けた戦場で確信を深めた。
居並ぶ砲列の前に、ターゲットはひとつ。
それは結果を予想することは難しくない、単純なものであるはずだった。
だが、現実は違っていた。
XOFの歩兵達はサヘラントロプスに近づけば、すぐに足元の炎によって焼き殺されてしまうと判断すると。
当然のように装甲車両を前面に押し出してきて見せた。
それを小高い丘の頂上から見下ろすサヘラントロプスが迎撃するわけだが、その光景にはどこかで見た覚えのあるそれが繰り広げられた。
細かなステップなのか、ジャンプなのかわからないが。サヘラントロプスは動くことをやめずに移動しながら攻撃を続けている。
地面に着弾する放火は、衝撃と破片を巨人にぶつけることは出来ているが。その一撃を、あの巨体に断続的にたたきつけることが出来ないでいる。そんなサヘラントロプスをよく操縦しているとイーライを褒めるべきか、その性能の素晴らしさを実際に見せ付けてくれたヒューイに伝えるべきか。
そしてそんな巨人の前に陣を張り、粛々と勝利を目指して砲火を響かせている相手側は。
激しい反撃にあって足は止まり、飛んでくるミサイルや、装甲をいとも簡単に引き裂いてくるバルカン。
だがその光景は、以前にも見たことがある。
――アフガン、OKBゼロ
ビッグボスとスカルフェイスの決着の場所。
そこで、スカルフェイスは自らの手を離れ、暴れだすサヘラントロプスにXOFをぶつけてこれを取り戻そうとした。
その結果は?
奇妙な既視感に、クワイエットは戸惑ってしまう。
まるで以前もあった物語が、場所と時を変えても同じ立場。同じ陣営、同じ戦いをする。そんなことがあるのだろうか?
そして気がついた。
ゆっくりとこちらに近づいてくる存在を。
クワイエットはそれまでなにがあろうとも目をそらさなかったサヘラントロプスを視界の隅へと追いやった。まるで、その時がきたことを告げるように、あの男が自分に会いに来たとわかってしまった。
サイレントモードで森と平原の境目を進むバトルギアを初めて目にし。
その背中にビッグボスが操縦席の脇に立っているのがわかる。向こうも、まだまだ距離があるというのにもうこちらの姿を捉えているようだった。
スネークが近づくにつれてクワイエットの皮膚が次第に逆立っていくのがわかる。
傍らにある丘の上で、暴れ狂うサヘラントロプスを見ようともしない。余裕?慢心?そのどれでもない。
見た目こそいつもの彼ではあるけれど、常には隠している。あの戦場で立ち上る鬼が、その顔の半分をむき出しになっているのだ。
「任務ご苦労、クワイエット」
合流を果たすと、スネークはいつものようにそう言ってクワイエットの労をねぎらった。そしてそれ以上は口にしなかった。
スクワッドの最後を、彼らと彼女らの無念を。それについて一切、スネークはクワイエットには聞こうとしなかった。
そのかわりに丘の上のサヘラントロプスを見つめると、ボソリとつぶやいた。
「この戦争を終わらせるぞ、クワイエット」
怒りも、悲しみもそこにはなかった。
だが人の発する言葉にしては、それはあまりにも超然としすぎていて。どう受け止めていいのかわからない。
スネークは無線に呼びかける。
「オセロット、準備は?」
『またせてしまったが、ようやくだ。ボス』
「開始まで7分だ。その前に、皆に俺の言葉を伝えたい」
『わかった……いいぞ、ボス』
スネークの目は未だにサヘラントロプスを――イーライを捉えて話すことはなかったが。
しかし敵を見てはいなかった。
彼が見ていたのは別のもの……自分の背後にある森の中でゆらりと次々と現れる新たな亡霊達。
それはビッグボスの新たなドッペルゲンガー。
スネークの立つ戦場を恐怖し、裏切り者として戻ってきたヴェインが。
その裏切り者を止めるため、体を投げ出したラム。
スカルズとの死闘によって倒れていった新生スクワッドの面々が。
そしてボスのために、イーライに挑み。倒れたスカルスーツのあいつらが。
ああ――ついにというべきなのだろうか。
この時に亡霊となっても、共に立つ戦場へと戻ってきてしまった。
彼等からスネークに呼びかける言葉はない。そうじゃない、彼らは常に戦場でスネークの言葉を待っていた。
そしてこの時も――。
(戦友達よ、これがお前達と進んできた戦場だ)
「これからダイアモンド・ドッグズの攻撃が、あと5分ほどで開始する。状況は最悪といっていい。だから、これが最初で最後のものとなるだろう」
『……』
「ここまで来るために、俺達は多くの戦友達を失った。だが、同時に彼らが俺たちをここへと導いてくれた。彼らは俺たちの勝利を信じていたはずだ」
『……』
「最後の一撃は俺達の手の中にすでにある。集中しろ、仲間を守れ。思考を濁らせるな、そしてマザーベースに共に帰還しよう」
『よし、お前達。最終確認を――』
オセロットが無線で指揮を取る。
スネークは背後の亡霊達に心の中でささやいた。
(俺の背中を見ていてくれ)
森の中にいた亡霊達の姿は消えていた。
死者は生者とは戦えない。だが、彼等の戦いはこのスネークの中でこれからも続く。
終わらない戦争の世界が。
続きは明日。