一発の銃声が鳴り響き、スネークとカズは驚いて振り向いた。
「仇をとったぞ!」
もはや動けぬスカルフェイスの傍らにいつの間にかヒューイが立っていた。
その手から銃が零れ落ちる。
スネークが放り出し、カズが無情にも弾を込めなかった銃だ。
「ついに、ついに。僕は仇を討ったんだ!」
いったい何の話で、いかなる理由からそうなったのかは知らないが。ヒューイはそう口にすることで、まるで”自分は正しいことをした”のだと周りに吹聴するだけではなく、その姿は自分自身をも騙そうとしているかのようだった。
そんな哀れな姿をさらす彼に、スネークはほとんどなんの感情もなく見つめていた。
結局、ヒューイがなぜそんな事を口にし、行動したのか。その理由をも知ろうとはしなかった。
思い返すと、すでにこの時に。もはや彼に残す感情はほとんど底をついていたのである。
(XOF壊滅と、スカルフェイスの最後 その記録より)
青い空の下、いつものようにわずかな時間をひなたぼっこで楽しむ時間を過ごしていたコードト―カーの元にカズが姿を現した。
「コードト―カー、礼を言わせてくれ」
「?」
「声帯虫が変異した原因をあんたがつきとめてくれたおかげで、”敵”をマザーベースから排除することが出来た」
「――あの若者のことか?」
唐突な話で驚いたが、コードト―カーはヒューイのことをすぐに思いだした。
「ああ、俺は奴にずっと裏切られたと思っていたが。奴は”はじめから仲間じゃなかった”だけだった。そう、俺達の仲間には裏切り者なんていなかったんだ」
「……」
「なのに俺は、いもしないスパイを疑い。皆に猜疑心を持てと吹き込み……その結果が同志討ちに」
「――自分を責めるな。結果はどのみち、変わらなかった」
「スカルフェイスを倒したが。俺達の幻肢痛は消えなかった。消せない痛みを消そうと、俺はその報復心の矛先を仲間に向けてしまったのかもしれん」
「……外敵を失った免疫は、時に自分自身を攻撃するようになるという。アレルギー、自己免疫疾患のようにな。組織もまた同じだ」
「――あんたの言うとおりだ」
「いや、私にお前を責める資格はない」
コードト―カーはそう言うと、首を垂れるカズを慰める。
「私が声帯虫という存在に惹かれたのは、白人達。英語への報復心故だ。それがなければ私自身がスカルフェイスに利用されることもなかった。
我々は同じ、復讐心という感情に規制されているのだ」
「スカルフェイスの予言、『サヘラントロプスが報復心を未来にうち放つ』……俺達はいつまで奴の残した苦痛に苦しまなければならないんだ」
「その痛みと、報復心と共生していくしかない。決して、己に寄生した報復心に操られてはならんのだ」
たぶんそれが真理なのだろう。
だが、それをなすことが人にはとても難しいことなのだ。
(カズヒラは、この男は苦しんでいる)
コードトーカーにはわかっていた。
カズは、彼にはっきりと口に出して相談したわけではないが”何を”考えているのか。人の顔は表と裏の2つだけではない。もっともっと多く、複雑なのだ。そうした顔が多ければ多いほど、その声は大きくなり、自分の中でまとまりを見せなくなる。葛藤や、混乱が生まれる。
この男はまだ、かろうじて踏みとどまっている。
いや、とどまろうとしているつもりなのだ。それはまだ諦めていないということであり、希望はわずかに残っているのかもしれない。そう考えたい。
老人はこの男に好意を持っていたので、こうして賢者を気取って教えようとしてみせたが。それが彼を助けるかどうかはわからない。
真実を言えば、人は他人を救うことはできない。
自分を救うこと、それは自分で救ってやるしかないのだから。
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クレムリンは俄かに騒がしさを増していた。
ダイアモンド・ドッグズのサヘラントロプス2度目の再回収から少し。年末を前にして突然に、どこからか指令が下ったらしい。彼等は自分達がスカルフェイスと組んでいたという痕跡を急に消し始めた。
サヘラントロプスのデータを破棄し、アフガニスタンにてテスト運用中のウォーカーギアを一斉に回収して廃棄する決定を下した。
スカルフェイスに出し抜かれ、裏切られ。さらに相手がビッグボスという伝説の傭兵率いるPFといえども、傭兵集団程度に2度も破れたとあってはもはや兵器としての価値は残されていない。
機体の最新にして最終兵器の謳い文句は張りぼてであったのだと、判断を下すしかなかったのだろう。
そうやって奇怪な男の存在と計画を抹消する中で、一本の奇妙な連絡がアフガニスタンの第4陸上師団へと届けられた。
日時、場所が書かれていて命令はシンプルな一言。
この時、この場所にいる”怪しげな女”を捕えろとだけあった。
師団の兵士達は皆で頭をひねる。
クレムリンはどういうつもりでこんな命令を発行したのだろう、と。
だが、続いて送られてきた文書を見て全員の目の輝きがかわった。そこに先ほどの命令に足りなかった理由がはっきりと書かれていた。
『先日までアフガニスタンのあらゆる武装勢力に攻撃を仕掛けていた狙撃手。それがその女である。そいつはサイファーに所属し、あのスカルフェイスの部下だった。これを拘束し、我らの同士達の無念と汚辱をそそぐべし』
一時期のこと。ソ連軍、アフガンゲリラ、とにかく相手構わず攻撃した恐ろしい技術を持つ狙撃手がいた。
何度か追跡を試みたものの、そのすべてに人の痕跡を見つけることができずに断念した。
噂ではそいつは、ついにダイアモンド・ドッグズを襲い。伝説の傭兵、ビッグボスに返り討ちにあったと聞いていたが、どうやら狙撃手は生きていたらしい。
つまり自分達の手で報復できるのである。
彼等はクレムリンがそんな情報をどこから手に入れたのか、疑問には思ったが別にどうでもよかった。
戦場に毎日立つ自分達を恐怖せしめた相手がただの女で、もうすぐそいつに直接会えるのである。
兵士なら、それがわかれば十分ではないか?
ある日の夜、ちょっとした事件が起こった。
クワイエットがマザーベースから姿を消したのだ。
「クワイエットが逃走した?」
「ああ」
知らせを聞いて驚くスネークは、オセロットに聞き返すことしかできなかった。
まったく、よりにもよってこのタイミングで。なぜ彼女は行動したのか、まったくわからない。いや、これまでだってわかったことのほうが少ない女ではあったが。
「諜報班が動いて、捜し回っているが。どうやらアフガニスタンへむかったヘリに乗り込んだのではないかとみている」
「イーライの手口か」
「そうだろうな。彼女はあの子供達が脱出する様子を見て知っていたのかもしれない」
「カズには言えないな」
「もう言う必要はない、ボス」
「アフガンか……サイファーへ。XOFに戻ろうというのか?」
「どうかな。その可能性は低いと思う、ボス」
「そうだよな」
戦いにつぐ、戦いの一年だった。
年末年始は部隊の再編成、年明けからは新兵募集と訓練開始。来年3月までには再稼働という楽観的な願望をこめた予定が会議で決まったばかりだった。
これを機会に帰郷を願い出る兵士達にはボーナスを持たせて休暇を与えたし。残った兵士達も業務の傍ら、自身の技術の向上を図ってトレーニングに励んでいる。
そんなマザーベースからクワイエットは離れていってしまった。
「クワイエットは連れ戻す。いや、出来ればそうしたい」
「わかってる。貴重な戦力であんたの相棒でもある。カズヒラも連れ戻すという、その点では異論はないはずだ」
「問題が?」
「奴は再編成を理由に、クワイエットの捜索にダイアモンド・ドッグズの部隊を動かすことを許可できないと言い張っている」
「カズめ……あの頑固者が」
「確かに簡単なことではないが、奴の思惑は別にある。ボス、覚えているだろう。クワイエットが初めてマザーベースへ降りた日のこと」
「ああ、忘れないさ。カズの奴、迎撃態勢を固めて待ち構えていた」
「カズヒラはクワイエットを殺すことに執着したが、あんたの言葉であそこでは引き下がった」
「『いつか殺すことになる。その時は――俺が、やる』か」
「カズヒラはそれをあんたにやらせたいんだろう。クワイエットはマザーベースを深く知り、ビッグボスであるあんたを知りすぎているからな。どこにも生きて逃がすつもりはない。約束を果たせ、というわけだ」
「……」
「それに――もう、わかっていると思うが。エメリッヒの時……」
「やめろ!オセロット、もういい。そいつはもう関係ない奴だ」
「――わかった」
スネークとオセロットの会話もそこで止まる。
時間だけが無駄に流れていく。
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自分には常に屈辱が与えられていた。
クワイエットではない。まだ人で、誇るべき自分の名前があった時の話だ。
私は自分が戦士として生きる運命だと知っていた。だから軍にはいったのは自然な成り行きであったが、残念ながらそこに私の居場所はなかった。
皆が私の技術を認め、誉めたたえるが。同じように裏では生意気な女。何様だと侮辱していた。
運命に従う私の人生は次第に困難の連続となっていく。
トラブルが起き。軍から放り出されることを惜しんだ上司の計らいで、カンパニーへ……私はCIAにスカウトを受けた。
だが、そこでも私はうけいれられることはなかった。その原因の半分は、確かに私自身が作っていたとは思う。
銃を抱えて現場で殺し屋のように振舞う私に、当時の上司も激怒した。そしてこれが最後のチャンスだと言ってある女好きの外交官と寝て、情報を聞きだしてこいと命じた。
聞くところによれば表向き、CIAでは女がセックスを仕事に使うことは求めていないらしい。危険な兵士のまま態度を改めようとしない私を罰したかったのか。
その時も私は文句も言わず黙って任務を受け、最初は彼等の望むように振舞った。目標の前で興味のあるふりをして歩き回り、挑発的なドレスを着て、流し目などを送ってその気があるように見せた。
だが私の本気はそこからにあった。
ある夜、ついに男の寝床まで誘う言葉に応じると。当時の私の自宅に誘い込んだ。
その場で私は男を拘束し、椅子に座らせて無言のままたっぷりと電気をくらわしてやる。
そしてダンボールに放り込んでいた昼間のうちにさらってきた男の息子と会わせる。私は冷酷に壁に吊るした少年の膝がしらに大口径のリボルバーの銃口を押し付けて男に告げる。
「今からゲームをやる。私が質問するから、それに答える簡単なゲーム。ただし、ロシアンルーレットも一緒にやってみよう」
一発だけ込められた銃弾、それが発射されれば少年は一生元気に走り回ることはできなくなるだろう。
外交官は半狂乱になって私を侮辱し、涙を流して慈悲を乞うて懇願もした。感情のメーターが振り切れていて、忙しいものだった。
私は黙ってそれを聞き続けたが、答えを口にしなかったので10秒後に最初のトリガーを引いた。弾は出なかった。
男の愛国心が底をついたのは20秒後、つまり2回目の空撃ちが終わった後だった。
一人の罪のない少年をびっこひかせなくてすむのは嬉しい、そう告げて私は聞きだした情報をさっさと上司に伝えると。自分で勝手に任務を終わらせたとして国へと戻った。
CIAはついに私の扱いを諦めた。
スカルフェイスと出会ったのは、私が奴の元に部下となるべく送り込まれたのはそんな理由だった。
確かな戦闘技術と、持て余す闘争本能を持つ狂犬女。
しかし私の新たな上司となったスカルフェイスという男は、最初から私の経歴を褒め称え。彼の要求を淡々と実行する私の姿を不気味には思わない。そして奇怪な人物であった。
彼の外見はもちろん異様であったが。何よりその精神が歪んでいた。
誇大妄想、狂人的思考、つきまとう虚無感。
そうしたものをよく部下に演説するように聞かせたがる男だった。
私はその頃にはもう口数は多くないし、特に感想も口にしないせいで気に入ったのか。あの男の聞き役となることが多くなった。
話を聞いていくうちに彼は自分のかつての上司であるゼロという人物に対して歪みきった愛憎と怒りを持っていることを知った。
その人物は、到底正気とは思えぬ未来を思い描いており。その実現を着実に成し遂げようとする行為の数々を、この男は心の中では恐怖しているようにも思えた。
だからゼロのように”自分が作る未来の世界”のことを口にし。ゼロのように野心を持っているように見せ、ゼロのように計画を立てている。スカルフェイスの言っていることというのは要するにそれだけのことなのだ。
だから彼の世界で本当に意味をもつのはただ一つ、ゼロという男だけ。
そのせいだろうか。
スカルフェイスが以前にも狙ったという、ゼロという男が愛憎を抱く伝説の傭兵。ビッグボスが生きていたと知ると、表面上では余裕を見せていたが。恐怖心は隠しようもなく、XOFにいきなり殺害命令を下す。
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その私は、ビッグボスの暗殺に失敗した。
結果、スカルフェイスは私の全てを造りかえると一つだけ命令を発した。
必ずビッグボスを殺せ。
その代償に私は人ではなくなってしまった。自分の”女”という機能に価値を見出していなかった私だったが、実際にそれら全てを奪い去られたのだと知ると、なにも考えられなくなった。
呼吸をしない、地上のあらゆるものを食べない、水分と太陽があれば生きていられる”人の形をした、人のように動く植物”。
それが今の私。クワイエット。
人間である証としての羞恥心から着る衣服を身につけられずにいる女の形をした化物。
これを愛する男がいるだろうか?
それはきっと人ではないのだろう。そしてそんな男の愛を受け入れて私は喜ぶべきなのだろうか?
ああ、そうだ。
口を開かぬ、静かな狙撃手となった頃の私はずっとそう考えていた。
今ならば言える。男も、いや違う――鬼だっていろいろいる。スカルフェイスが全てではないのだ、と。
私は戦場でスカルフェイスという鬼とは違う、新しい鬼に出会った……。
出会ってしまったのだ。死ぬべきときに死ななかったように、出会うべきではなかったのに。だから私は生きることを喜び、抱えている苦しみに身悶える日々を暮らす。
体調最悪、だったのですけれど。
それでも這いずるように見に行った「シビルウォー」、もうテンションがおかしくなるくらいに素晴らしかった!そして気がついたら元気になってた……気持ちの問題だったの、自分?
とにかくMCUおっかけてよかったよ。映画、最高だった。
それではまた明日。