真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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タックスヘイブン。この単語をまさかこのタイミングで聞くことになるとはね、先日の騒ぎの時にはそう思って苦笑いしたものです。

それでは本日の投稿をどうぞ。


マッドネス

 DDは弱っていた。

 一度は崩れてそのまま動かなくなるのでは、と思わせるほど危ない様子を見せたが。なんとか態勢を立て直すと、クンクンと寂しげに鼻を鳴らしながら仲間を捜し始めた。

 

 スネークはすぐに見つかった。

 大の字になって、だが息をしていなかった。DDはスネークの顔を必死に、愛おしげになめだすと。スネークの体が激しく痙攣をして、息を吹き返す。

 

「DD、クワイエットだ」

 

 さすがに最後のあれはヤバかった。

 そう思いながら体を起こそうとする――気がついた、左腕に何もないことを。そこにいつもあった義手がなくなっていた。爆発に巻き込まれて、ついにどこかに吹っ飛ばしてしまったようだ。

 

 大きく息を吸って、吐く。

 

 大丈夫だ、どこもかしこも痛い。

 だからまだ生きているのだ。

 

「クワイエット……クワイエット!」

 

 彼女もすぐに見つかった。流石というべきか、体に傷一つないが意識を失っているようだった。

 DDが心細そうに泣き声を上げる。

 ビッグボスと相棒達は見事に戦ったが、流石にこれ以上は無理だった。

 

 

 砂漠に嵐が迫っていた。

 風の向こうで、彼等を狙い定めていた戦闘車両が燃えているのだろう。揺らめく赤いものが見える。

 

(嵐にまぎれて、敵の中を抜けていくしかない)

 

 情報端末iDroidをとりだすが、壊れていて音声が聞こえない。ただ、表示で新しい合流地点が更新されているのがわかった。

 カズの奴。

 以前はクワイエットにも自分の情報端末を渡していたが、イーライとの決戦の際に壊れたものをなんだかんだと理由を付けて彼女の分を渡さなかったせいでこう言う時に困ったことになる。

 

「すぐに敵が来る。水も、太陽もなしだ」

 

 左腕がなくても、以前と同じくスネークはクワイエットの体を器用に担ぎあげた。

 

「枯れるなよ」

 

 そう口にすると、DDに頷いて見せる。

 面倒は1人しか見れない。仲間は俺達が連れていくんだ、DDはそれを了解していた。スネークの後を、彼と同じくボロボロの様子だがしっかりと着いて歩き出す。

 

 

 しばらくすると、スネークの鼻がひくついた。

 砂嵐の向こう側から人の、軍の気配を嗅ぎ取ったのだ。向こうは思ったよりも早く進軍を再開した。

 足は自然と小走りになっていく。急いで彼等の横をすり抜けなくてはならない。間違っても、そこで立ち止まればむこうに気づかれてしまう。

 

 孤独だが、クワイエットとDDと歩く、重く孤独な道は続く。

 だが、時間は限りなくなくなっている。砂嵐は遠からず去るし、そうなればカラッと晴れ渡る夜空の下に自分達は放り出される。その時、ソ連軍から離れてなければ助からないだろう。

 

(もう少し、もう少しのはずだ)

 

 念じるというより、自分に言い聞かせるようにしてスネークは進んでいたが。いきなり担いでいたクワイエットが暴れ始めて体のバランスを崩す。

 慌ててしゃがむと、自分の周りの地面に右手を這わせる。すぐにクワイエットに行きつき安堵する。

 砂嵐でDDもついて来ているのかわからない状態だ。クワイエットを見失ったら最後かもしれない。

 

 だが、問題は終わっていなかった。

 砂嵐の中を彼女はもがくようにバタバタと手足を動かしている。

 体の表面を覆っている虫が、水分が足りないと彼女に催促しているのだろう。だが、それは今はマズイ。

 

 クワイエットの背後から両腕を抱きしめるようにして、なんとか引きずっていこうとする。

 義手がないこともあって、スネークの歩き方もどこかバランスが悪く。進み方もはるかに遅くなっていた。だが、仲間をそこに放り出していく気には全くなれなかった。

 

 いきなりスネークの背中に冷たいものが走り、慌てさせる。

 砂嵐の中で見えてきた岩場の影に、クワイエットを引っ張っていこうとしていた時だった。それが誰かの視線だと、すぐに分かった。

 慌てて岩陰にクワイエットを引きずりこむようにして飛び込んだが、もう遅いだろう。

 

 人影が間違いなくこちらに向かってきているのがわかった。

 その頭には赤外線ゴーグルがされているのが見て取れた。

 思わず舌打ちする。馬鹿だった、ソ連軍の側にいつの間にか近づきすぎていた。そして向こうは砂嵐の中でもこちらを叩けるように万全の用意もされていた。

 

 銃も、ナイフもない。

 見つかればそこが最後となる。

 撃ち殺されればいいが、捕らわれれば今度こそクワイエットも。そして自分も生きて日の目を見ることはできないだろう。

 息を殺す中、ふといつのまにか傍らにDDが座っていたことに初めて気がついた。

 DDはいきなりクワイエットの上に乗ると、スネークに顔を近づけて頬を一度だけなめてきた。こんな時に一体何を、そう思った瞬間全てがはじまってしまった。

 

 DDはそのままクワイエットを蹴り、スネークの上を越えて岩陰から飛び出していく。

 

「うわっ」

 

 ソ連兵の声が上がる。遠くでゲラゲラと笑う声と同時に、ライフルが一斉に火を吹く音がする。

 スネークの思考は停止していた。

 DD、奴は忠誠心を示そうとして、スネーク達を守るためにやったのか――だが、あれでは。

 

 銃声が静かになる直前。

 砂嵐の中で、ひと際悲しそうなDDの声を聞いた気がした。

 

 スネークは心臓が凍りついた気がしていたが、それが現実の痛みだと気がついて慌てて右手を見た。

 いつの間にか、近くにいた猛毒を持つ蛇がスネークの右手のひらに噛みついていた。慌ててその首を掴むと、岩に叩きつけて殺す。

 

 

 DD、すまない。

 スネークは嵐の向こうに消えた相棒に侘びなくてはならなかった。

 お前が一命をかけて俺達を救おうとしてくれたが、俺はこうして毒蛇にかまれてしまった。クワイエットは意識が戻らない。

 このまま仲良く揃って死ぬというのも……。

 

 

==========

 

 

 毒はすぐに回りだす。

 世界は回りだすが、意識を失う前にやらねばならないことが一つだけ残っていた。叩き殺したばかりの蛇の頭部にスネークは噛みつくと、力一杯それを引き裂く。そしてそれをもったまま、クワイエットを抱き寄せるようにして砂の中に崩れ落ちた。

 

「イシュメール。どこだ?出てきてくれ、イシュメール」

 

 急激に手と足の指先から痺れが始まると同時に体に力を入れることがいきなりむずかしくなったと感じる。

 こうして口を開くことも、たぶんもうできないだろう。

 

――ここだ、エイハブ。わかるな?

(ああ、わかっている。あんたはそこにいて、俺を見てくれていると)

――気持ちをしっかり持て。エイハブ、お前はまだ死ぬわけにはいかないだろう

 

 その言葉を聴くとわずかに活力がどこからともなくあふれて来るが、出来たのは引きつるようにして唇を動かした「いや、そうでもない」という一言だけだった。

 

――エイハブ?

(この砂嵐は続く、ソ連正規軍もまだ巡回している。こんなくぼ地に横になっているだけでは、隠れているとはとてもいえない)

――……そうだな

(毒が――蛇の毒が、回ってきている。体も動かせない)

 

 絶望はしていない。

 今の状況は最悪に近いが、それだけだ。思うこともない。

 

――そうだ。そしてお前は、われわれと同じく。過去のものと、幽霊(ゴースト)となって口を利けぬ静寂の世界の住人に成り果てる

 

 突如として、視界に不快なものが横切ると楽しそうに勝手に言葉の先を口にした奴がいた。

 スカルフェイスだ。

 その命はとっくに大地へと還っていったというのに、スネークの心にドッペルゲンガーとなって陰のように引っ付いて離れようとしない。やつはそれを”寄生してやった”と言っていた。

 

――楽しい2人の会話を邪魔してすまない、ボス。

 

 そういうとあの奇怪な顔をこちらの眼前に寄せてくる。

 そのせいでこちらを見下ろしていたイシュメールの姿が奴の頭部で見ることができなくなった。

 

――このまま哀れな英雄として、私のようにお前にとりついた影達と楽しく最後の会話を楽しみたいのだろうが。あいにくと私はお前の敵だった男。そんなセンチなものがこれからはじまると聞いたら我慢できずにこうして飛び出してきてしまった。

(邪魔だ、お前と話すことはない)

――そうだ。実は私も、お前となぞ話すことはもう何も残っていない。だが、私は貴様の敵だった奴らとは違う。わかるか?私は、私という存在がお前にただ倒されただけで終わる物語には、どうしても我慢がならんのだ!!

 

 その時、ありえないことが起こった――のだと思う。

 スカルフェイスはクワイエットを背後から抱きすくめたままのスネークの体をまたぐと、黒い手袋に隠された両手をスネークに伸ばしてくる。

 

 イシュメールも、スカルフェイスも。彼らは所詮、スネークの心が生み出したドッペルゲンガーであり。ゴーストである。

 彼らがその姿に合わせてパーソナリティを発揮することで言葉を話し、時にはスネークに力を貸すこともできる。

 だが、その反面。スネークが許さなければその自由になるものはほとんどなく、形すら取ることも許されないまま姿を失い。ただ影に戻っていく存在だ。

 

 だからこのスカルフェイスはスネークの心のはけ口だけで生まれ、皮肉を言うだけの影だったはずなのだ。

 ところがその影が、伸ばした手に力を入れ。もはや自分の体をまったくコントロールできないスネークの頭を挟んで無理やりに自分の顔の真正面まで動かして見せた。

 

――驚いたかね?ただの皮肉屋では、私はない。私はお前にとっての敵であり、お前が報復すべき相手。憎むべき存在だった男だ!

 

 驚きに言葉がないスネークの顔を見て、どうだと笑うその顔は得意げであった。

 

――ビッグボス、貴様にここで死なれるわけにはいかない。私という存在は、もはやこの地上にはどこにも残っていない。貴様が死ねば、私はもう幽霊となってさまようことすら許されない。この歴史に私という者は完全に消える。

(それはお前の罪だ)

――さぁ、どうだろうな?これが私の罪か、それとも……お前の罪か?

(何を言っている?)

――死が報いだというならば、私はもうとっくに罰を受けている。だが、私がこの地上にいられるのは。最後に言葉を交わしたお前が、私という存在を”敵”として欲しているから、残しているのだ

(!?)

――ビッグボス、スカルフェイスというすべてを失った男の敵よ。私の言葉が、こうして私という存在を地上に、お前の心の中に避難所(ヘイブン)として機能したことは意外な展開であったよ。そしてこの試練は、”我々”は次の実験を始めるいい機会となりそうだ

(ヘイブンだと!?何をするつもりだ?)

 

 ゴースト達、ドッペルゲンガー達に共通してあった。あの生気を感じさせない静けさと無気力、うつろな感じが目の前のスカルフェイスからは消え去っていた。

 その目は爛々と輝き、ありえないはずの憎悪をむき出しにして、その表情は鬼のごとく凶悪な影が差している。

 

――何も。私はゴーストだ、力はもはやない。

 

 だが、と言葉は続き。頭を挟みこむ両腕の力が、さらに強く。痛みすら感じるようになってくる。

 

――毒は毒をもって制するというだろう?蛇の毒がこのままお前の息の根を止めるか、それとも私というお前の心の中に寄生した男の毒。どちらが強いのか?

(何だと!?)

――これが私の最後の挑戦だ、ビッグボス!すでにサヘラントロプスは報復心を未来にむけて打ちはなった。だとするなら、この時。私という存在を歴史の闇に埋もれさせないため。貴様が生き続ける、生き続けて世界に仇名す敵となる未来に賭ける!!

(狂ったか、スカルフェイス!?)

 

 スネークのその奇妙な言葉に、フフフと笑うと

 

――貴様が私の狂気をどうこういうのはいかがなものかな?ザ・ボス、あの女がなにを信じ。なにを未来に願ったかなど私にとってはどうでもいいことだ。

 

 そして固定する頭に加えていた力がわずかにだがゆるくなるのを感じた。

 

――貴様という毒に、私という貴様に寄生した毒で。貴様を殺さんとしている蛇の毒と交わってみようではないか。なに、これは私にとっても結果が予想できない。そして最初で最後の初めての経験だよ、ビッグボス

 

 なぜかスネークの口の中から水分が干上がるのを感じる。寒気が背中を走り、視界がついにぐにゃりとボケ始めた。

 

 スカルフェイスは覆いかぶさるようにして跨いでいたスネークから体を離すと、大声で笑い声を上げていたが。突然、動かなくなると人形のように砂漠の上にゴロリと死人のように倒れて動かなくなる。

 それと同時に、スネークの体に硬直が生まれ。白目をむいて、ガタガタと体を揺らし始めた。

 

 

=========

 

 

 砂漠を襲った嵐は終わる様子は見せない。

 その中で、相棒を抱えるようにして死に向かって転がり落ちていこうとするスネークの姿をドッペルゲンガーのイシュメールは静かに見守っていた。

 いや、そうではない。

 いつの間にかスネークの周りには、彼の心が生み出した多くの影達が姿をあらわしていた。そして誰も口を開こうとはしなかった。

 

 スネークにとって、ビッグボスにとって。

 奇跡で時間を支配することはできたことはなかった。時間だけは常に、何を理由にしても後戻りだけは許すことはない。

 正しい世界では、タイムパラドックスなどおこるはずもないのだ。 




また明日。
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