真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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今回は、ほんの少し未来のお話になります。


2007年

 2007年、某日。

 

 外から楽しげに笑う子供たちの声が家の中まで聞こえてきた。

 窓からのぞくと、夫と子供たちがなにやら彼が作った砂場でなにかをつくっている様子がわかる。。

 だが私は交わらない。だって書斎に仕事があるからだ。

 

 私は今、ちょっとした本を書こうとしている。

 

 

 

 前年、ついに古い友人たちに習って自分もあらゆるものから手を引いた。

 いわゆる現役引退。リタイヤというやつだが、それを聞いて心配してくれたのだろう。私がまだ夫と出会う前は、それはそれは熱烈に愛をアピールしてくれていた友人のトッドから私に「本を書いてみないか?」と聞いてきた。

 

 正直に言うと、私はこの話を断わろうと最初は考えていた。

 

 私がやる気を出した理由、それは彼が参考として贈ってきた本の一冊が刺激となったことにある。

 本の題名は『シャドーモセスの真実』、作者は私と同じ女性だが。ナスターシャ・ロマネンコというフリーの軍事評論家だそうだ。

 2年前、彼女は政府の求めに応じ。シャドーモセス事件に関わり、そこで見聞きした情報を世に告発したくて、こうして本にして出したらしい。

 

 残念ながら私は事件にも、作者にもなんとも思わなかった。

 だが、その本の中で事件の最前線で一人戦う男の名前に覚えがあったのだ。

 

 ソリッド・スネーク。

 この国を、世界を救った現代の英雄。

 

 私は彼と面識があった。

 前世紀末、堕ちた英雄ビッグボスによるザンジバーランド騒乱。

 私はそこで彼と会い、そこで困難な状況の連続に孤独にビッグボスの軍隊に立ち向かっていくその姿に強く惹かれた。

 残念ながら、あそこで彼と私は未来で再会を誓ったが。ついに今日まで、そのチャンスはかなえられることはなかった。

 

 申し遅れた、自己紹介がまだだった。

 私の名前はホーリー。かつてホーリー・ホワイトという名前だったといえばわかるだろうか?

 ある時はモデルであり、国際ジャーナリストであり、番組プロデューサーとして活躍していたが。私の友人たちの半分は、それはもうひとつの仕事のためだと知っている。

 そうだあの当時、世界中を飛び回って活躍した私の裏の顔は、米国はCIAのスパイでもあったのである。

 

 

 簡単にだが、まず私の経歴について話したい。

 イギリス人の父と、フランス人の母の間に生まれた私は。幼少のころから母の強い勧めでモデルを始めていた。

 

 どうやら母は私に女優の道に進んで欲しいと考えていたようだったが。私にとってモデルとは知らない人々と知り合うためのツールでしかなく母の希望する方向にまったく興味はなかった。そのうち母の束縛が強まったこともあり、モデルとしての活動を広げるためと称すると、家を出て大学へと進むことにした。

 

 華やかな世界、若者らしい無邪気な自由を謳歌する世界、そこにもいいかげん飽きが生まれたころ。

 ついに私は、大学のキャンパスに現れた私の最初のスパイ・マスターによってCIAへのスカウトを受ける。彼の名前は残念ながらここでは書くことはできない。

 なぜなら私と違い、まだあの世界で。彼は現役の情報分析官として活動を続けているからだ。

 

 

==========

 

 

(1985と書かれ、その後の数字はにじんで読めない)

 

 こうなったのはすべてスネークのせいだ。

 それでも僕は彼を許すし、彼は僕を許した。でも、それならば僕はなぜ。あれからずっと、このなにかとてつもなく大きなものを喪失したと感じる苦しみに涙し、彼が僕の前に現れて再びその手を差し伸べてくれる日を待っていたのだろうか?

 

 ダイアモンド・ドッグズからの追放を受け。セーシェルの荒波の上に放り出された僕をあいつらが――あの3人が無言で僕を見下した日。

 

 僕はすぐにイギリスへと向かった。

 確実なものなど何もなかった。だけどあいつら――ダイアモンド・ドッグズのスパイたちの目の届かない場所にいる必要があったんだ。でもそんな場所が僕に、この世界にあるのだろうか?

 

 考えた結果、決めた。

 イギリスにはMI6がある。大きな組織だ、そして彼らならばきっとあんな危険なやつらの手先が国内に入り込むことなど許さないはずだ。

 

 それでも僕は怖くて、3ヶ月ばかし。ずっと安宿の一室に閉じこもって隠れていた。

 奇妙な話なんだけど僕にはお金はあった。コールドマンとの契約金もわるくなかったし、スカルフェイスも僕に悪くない金を払っていた。

 だけどはっきり言わせてもらうが、あれは別に雇用関係云々ではない、何かのときに。プロジェクトが停滞すると「給料泥棒になりたいか?」とプレッシャーを与えるために、あいつらは僕を隷属させるためのものだった。

 

 あいつらは僕の生み出したものを正しく評価しようとしなかった。一度だって!

 十分な能力があるのにおかしな使い方をしようとしたり、未完成品を無理やり動かそうとしたり。僕が、僕を正しく評価してくれたのは一人だけだった。

 でもスネークは、ビッグボスだけが――いや、そんな奴のことはどうだっていい。

 

 

 だから、そんな逃避行じみた生活もそのときはできたんだ。

 

 だけどそんな僕をあいつらは笑っていたに違いない。

 年が明けたある日の深夜。僕の小さな部屋に、僕の許しもなく入り込んできた一人の男がいた。

 そいつが誰なのか、それはわからないが。誰の指示を受けたのかはわかっている。ボスだ、ビッグボスが送ってきたに違いないんだ。

 

「エメリッヒ。こんな風に……隠れても意味はない。退屈だろう、やめたらどうだ?」

 

 僕は――僕は男を前に横になったまま恐怖で言葉もなかった。

 毛布のすそを握り締めた両手は震え、それでも目はそいつから離せない。いつ、やつが懐からピストルをとりだすのだろうか。ダイアモンド・ドッグズは、あいつらは僕を殺しにきた!?

 

 だが、やつはそうしなかった。

 懐から取り出したのは一枚のメモ。タイプされて何かが書かれている。それをベットの脇の机の上におくと

 

「米国に帰れ。息子に会いたくはないか?彼は今、そこにいる。迎えに行ってやれ――もちろん、お前は迎えにいかないという選択肢もある」

「ボ、ボスは……」

「?」「ビッグボスは、なぜ僕を殺そうとするんだ?」

 

 それまで冷たい目でおびえる僕を見ていた男の目が、この時。哀れみのこもった目になった。

 だが冷たい恐ろしげな態度は変わらぬまま、フンと一度。鼻で僕を笑うと、僕の問いには答えずに部屋を出て行ってしまった。僕はすぐに安宿を出た。危険な場所だ、僕に安全な場所はない。

 

 そして――。

 そして僕は翌日、週末に米国へと帰る手続きをおこなった。考えてみれば、それほど深刻にとらえるような難しい話じゃなかったんだ。

 スネークは、ビッグボスは僕をダイアモンド・ドッグズからおろしたことで許したし。つまり僕は彼を許した、お互いがそれぞれを尊重して、男として道を別れてこの先は進もうと。あのメッセージはそういうことに違いないんだ。

 

 HALに会いたかった。

 僕の息子、僕に残っている最後の家族。あいつは僕から取り上げたけれど、そんな”間違い”はもうおこらない。飛行機の中で僕は、息子と再会したあとの生活についてあれこれを、ずっと考えていた。

 

==========

 

 

 そうした流れがあってMI6を参考に情報局は再編され、今のCIA――中央情報局――が発足されるわけである。

 

 今では想像もできない話と思うが、その頃は同じく設立されたFBIは乱暴で暴力的な捜査を行い。その悪名をほしいままに高めていたが。CIAはその正反対に輝かしいインテリジェンスにおける見事な手腕によって多くの勝利をもぎ取っては新聞は事あるごとに当時の職員たちの忠誠と献身振りを褒め称えていたのである。

 

 あまりに両者が水と油のあまり、一時期。議員達の間では「FBIは潰し、国内外をまとめてCIAが面倒を見てはどうか?」なんて話も、あの頃ではあったのだ。今の彼らを見るとそんな話、信じられないとは思うけれどね。

 

 そうした50年代、60年代における輝かしい実績について語るならば是非に触れなくてはいけない人物がいる。

 

 ビッグボス、そうだ。

 私も直接介入した、あのザンジバーランドで再び恐怖を世界にうちはなった男。彼についても触れなくてはならない。

 

 

 

 WWⅡ後の世界では、戦勝国が再び国連に集結していくという流れの中。

 軍はCIAと組んである計画を実現させ、たったひとりの兵士を創り出した。それが彼、つまりビッグボスという存在だったのである。

 そう、あの恐るべき恐怖と狂気もった男は。そもそもは私達の国が生み出したものだった。

 

 そのころの彼はいわゆる”不正規戦闘の世界の英雄”などと呼ばれていたらしいと聞いている。

 あまりに危険で、表には出すことのできない。そんな機密とされる秘密の戦場には必ず彼の姿があったという。

 一昨年から出ている動きだが、CIAは当時の記録を広く”機密解除”することで公開していく方針を口にするようになっているらしい。昨今の体たらくを払拭したくて過去の実績を持ち出したいのだろうが、本を執筆する私のようなものにとってそれは目出度い話だ。

 

 実はこの、ビッグボスの誕生前後はいまだに秘密が多い。

 ビッグボスの本名は?彼の家族は?どこで生まれ、どうやって育った?他にもある。

 なぜ「ビッグボス」なのか?どうして当時の大統領は、彼の栄誉をたたえるためにその名を”あえて”与えたのか?

 

 その情報は噂レベルでならば伝え聞いてはいるが、正確な情報とは思えない。

 公開が間に合うなら、このページは発売前に書き直さなくてはいけないだろうが。あなたたちがこれを読むということは、まだ政府は秘密のままにして、それがなされてはいないということになる。

 

 興味があればぜひ、あなたも声を上げてほしい。

 あの時代の国防におけるビッグボスの存在感はあまりに大きく。真偽不明の様々な武勇伝が生まれてしまい、今ではどれが本物なのかわかるものはほとんどいない。

 彼等が機密情報を吐き出すことで、今一度彼の功績も見直されることもあるかもしれない。

 

 おかしな話だけれど、あの事件にかかわっておきながらも。私は今、真剣にそう考えている。

 

(中略)

 

 ……だが、再び風向きは変わった。

 1970年、”なんの前触れ”もなくビッグボスが以前、所属していたFOXは解散に追い込まれる。

 だがこれにもなにがあったのか、本当のことはわかっていない。ホワイトハウスの何らかの決定がなされ、軍とCIAとでなにかがおこった可能性が指摘されているが、その詳しい情報はわかっていない。

 

 そこから翌年にかけて、彼は精力的に動き。FOXの後継的な部隊、FOX HOUNDの設立に着手した。

 

 だが、これは多分。私がCIAの人間だったからそう思うのだろうが、ビッグボス本人にとって。この部隊の設立、それは最大の失敗だと感じたのではないだろうか?

 なぜか?

 それは彼がそう思うような原因を、私が所属していた組織。つまりCIAが横槍を入れ、軍もそれを邪魔していたふしがあるからだ。

 

 

 当時、ビッグボスは自分の技術を受け継ぐ者を集めたがっていたという話が残っている。これは本当のことのようで、FOX HOUND設立への彼の情熱は最初のうちにこそ確実に”設立後の部隊”にあったことは間違いない。

 だが、実現に近づくにつれてビッグボスの周りが落ち着かなくなっていく。

 

 彼の情熱を奪ったもの。それはホワイトハウスであり、軍であり、そしてCIAであったのだろう。

 「政治がお前の邪魔をする」これは国際インテリジェンスの間でもいわれている言葉だ。ビッグボスもこの政治に巻き込まれ、強い想いや情熱を汚され、失ってしまったのだろうと思う。

 

 皮肉な話だが、当時の彼の評価は天井知らずであった。

 彼のあまりに派手な活躍を聞いても人は喜ぶではなく。苦い顔をして見守っていた人物たちは確実に存在した。

 

 わかっているのはある時点で、彼らはビッグボスに意趣返しするように激しく攻撃を始めるが。彼に味方するものはいなかった。

 最初に、彼の出自に関係がある陸軍はビッグボスの口にするような体質の新たな部隊を必要とはしていないという理屈で援助を拒んだ。ホワイトハウスは無言を最初から最後まで貫き通し、彼がやるのもやめるのも構わないという態度。

 

 だが、CIAは逆に熱心にビッグボスを”説得”して懐柔しようと試みたらしい。ビッグボスは最後まで冷たい態度を崩すことはなく、交渉担当者はなだめ、縋り、怒鳴り、泣き、必死だったというが、すべては無駄に終わった。

 

 そもそもビッグボスとCIAは当時、すでに関係が極限近くまで冷え切っていたのだという。

 

 表には出せない秘密の戦争(シークレットウォー)、そんな不正規の戦闘の中で。両者の感情に多くの行き違いがあったのは間違いない。

 当時のCIA長官は、将来を見据えてビッグボスと、彼の部隊をCIAに組み込めないかと考えていたようだ。情報担当である以上、戦闘部隊をおおっぴらには持てないし。なによりあったとしてもより錬度の高い部隊を保持したいと希望を出せば、軍も黙ってはいない。

 

 そういったことからCIAはFOX HOUNDには強い関心を持っていたようだったが。最終的にビッグボスはその手を払いのけると、政治的な事情から部隊の理念がポロポロと手足をもがれていくも、CIAではなく軍に部隊を引き渡した。

 

 この一件は、ビッグボスに何かを決断させるものだったようだ。

 彼はホワイトハウスも、軍も、CIAやFBIにもわからないよう。その後、ある時期にいきなり姿を消してしまう。彼の姿を政府が確認するには、それから数年の時間が必要となる。

 

 同時に奇妙な話ではあるが。CIAの、アメリカの栄光の日々も終わりを告げることになる。

 ビッグボスがいなくなるのにまるであわせたかのように、CIAはイギリスのMI6と合わせ鏡のように、国際インテリジェンスの世界で敗北を重ねる苦い時代へと突入していく。




また明日。

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