真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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苦痛

「親愛なるダイヤモンド・ドッグズの諸君。

 スカルフェイスは死んだ。だが、俺達は仲間の仇をとれたか?」

「いや!奴は死んだが、奴が俺達に植え付けた幻肢痛は消えない。サイファーもまだ残っている。彼等が俺達を内部から蝕むスパイ。寄生虫を植え付けていることは明らかだ。

 いいか、”仲間を疑え”

 そして疑わしきは告発しろ。それこそが我々を守る唯一の方法だ――俺は、もう目が見えない。

 だからこそ、君達が俺の目になれ。スパイを許すな。もっとも危険な敵は俺達の内部にいる!!」

(スカルフェイス殺害後、カズヒラ・ミラー副司令官による朝礼の場で)

 

 

==========

 

 

 アフガンを襲った砂嵐は未だに収まる気配はなかった。

 だが、その中で女を背後から抱きとめる形で倒れていた死人の片方に動きが現れた。

 

 轟々と吠え続ける周りの荒れた天気に――クワイエットはようやく正気を取り戻す。

 

 体を起こそうとして、そこでようやく自分が背後から誰かに抱きしめられていることに気がつく。

 重ねたクワイエットの両手の上から、彼の手が覆いかぶさっている。尻の下に男の大きな体を感じる。普通の正しい女であるならば、なぜこんな形になってしまったのだと顔でも赤らめていろいろと想像も、わずかに欲情も感じることができるのだろうけれども、このクワイエットにそれはない。

 変わりに深い絶望を感じていた。

 

 太陽もない、水もないこんな場所で本来ならば自分が目覚めることができるはずもない。

 それが出来たという事は、状況を逆にすれば自分に何がおこったのか、何をしてしまったのかはすぐにわかってしまう。

 

 クワイエットの体は外から見てもわからないが、戦場で傷ついた体を癒そうとして強烈に水分と太陽を欲していたはずである。

 そしてそのどちらか、かなえられたから目が覚めた。スネークだ。

 

 クワイエットを助けようとしたスネークの体から流れ落ちる血と、2人のそばで死んでいる蛇の体の中から流れ出た血。それらを彼女は卑しく吸い上げてこうしてここにいることができた。 

 己への不快感に耐え切れず、スネークの手を乱暴に振り払おうとしてそこでようやくクワイエットはスネークの異変に気がついた。

 傷だらけの顔は真っ青になり、うーうーうなり声を小さく上げている。慌ててその体を調べると、蛇にかまれたと思わしき傷を見つけることができた。

 

(毒……でも、こんな中でどうしたら?)

 

 助けになるものはないか、思わず周囲を見回すが。激しい砂嵐、それだけだ。

 そういえばDDはどこにいった?姿が見えない。

 時計を確認するともう夜中を過ぎているはずなのに、空は闇ではなく。砂に覆い尽くされて何がなにやらわからない。

 

『……こちらは――ボス、どこですか!?』

 

 スネークの尻に下から、情報端末機がこの時、かすかにだが反応を示した。

 慌ててクワイエットはそれを手に取るが、たまたま何かの理由で動くだけでなおったわけではなさそうだ。

 

『これ以上……もたない。ボス!!』

 

 こちらの無事を知らさなくては駄目だ。クワイエットは再び周囲を見回した。

 DDの姿はやはりない。自分たちの助けになるものも、ない。

 

『ボス!どこですか!?』

 

 額に皺がよる。集中しないといけない、乾いている今の彼女だって声を出す作業は簡単ではないのだ。

 しかし、どう伝えたらいい?

 名案などなく、勢いで口を開き。ナバホの言葉で、とにかくこちらの無事を伝えようとした。反応はあった、何かが聞こえたと向こうは伝えてきたが。思ったとおり「なにをいっているのかわからない」と言ってきた。

 

 クワイエットの顔に苦悶の表情が浮かんだ。 

 

 こうなったらもう英語を話すしかない。

 だが、この喉には声帯虫がとりついている。そして英語を話せるとわかれば、この先にダイアモンド・ドッグズで自分は今までのとおりの静寂を貫くことができるだろうか?それをあそこにいる皆が、仲間たちが今度も許してくれるだろうか?

 

 無理だ、と思った。

 

 クワイエットは兵士としての栄誉を望んだことはあったが、このような体になってまで生きながらえたいとは思っていなかった。

 しかし”今のこの姿”があるから、この男と共に戦場で戦うことができた。過去の一切と湧き上がる報復心を封じて、今と未来にのみ目を向けて常に行動するようにしてきた。

 

 戦場に立てば自分は怨敵ビッグボスの頼もしい相棒。

 そして自分を憎む彼の部下たちすべては、自分の仲間。言葉の代わりに行動で、信頼と友情の代わりに連携で、そして目的を果たされたそのときは。勝利と栄光をともに喜び、戦場から離れていく。

 

 せめて無様でも化け物女と成り果てた自分が、戦士でいられる為に選んだ道。そんな自分の姿を驚くことに評価した男に、実際に戦場に立つ自分の姿を「見せ付ける」ために選んだ場所。

 静寂を貫くことで、ビッグボスの敵だった過去も、彼の味方となる約束の未来もないもうひとつの曖昧さが許すわずかな時間。

 

 その残り時間が突然、急速に減り続けていることに彼女は気がついた。

 

 同じだった。

 ビッグボスを見殺しにする未来。スカルフェイスがそそのかした声帯虫をダイアモンド・ドッグズの中枢から開放する未来。この唯一の男を失った瞬間に、クワイエットという女の世界はすぐに色あせてしまう。

 そうしないためにも。いや、彼を生かすということだけを考えれば。彼女の悩むことなどほんの些細なことだとわかっている。

 

 クワイエットはもう一度、自分の顔を男の顔を近づけた。

 乾ききった女が突然に可愛げを見せようとしたわけではない。

 毒に苦しみながらも、ビッグボスは自分を見ているような視線を感じたからだったが。残念ながら、彼はうなったまま目を閉じている。

 

 自分が弱弱しい女になれた気がして、悲しみを覚えるが。おかげで何をするのか、迷いはどこかに消え去った。

 行動は言葉、そして戦場へは共に――相棒として――征き、そして帰還する。

 

 

 クワイエットは砂に隠された世界を見上げ、続いて目を閉じたままのスネークを交互に見ながら無線のスイッチを入れ、口を開いた……。

 

 

==========

 

 

 朝日の昇るマザーベース上は大騒ぎになっていた。

 伝説はまたもやあの悪夢の夜を潜り抜けたビッグボスの手で作り出された。

 ダイアモンド・ドッグズの仲間として、そしてビッグボスの部下として共にその喜びを味わいたいとプラットフォームに集まっていた。

 

 正規陸軍の一個師団にも相当する兵力に包囲されたのに、彼は一人。それを耐えしのぎ、こうして包囲網を突破して帰還するのだ。こんなことを可能とする男がいるなんて、奇跡とは常にこの男の手から生み出されているとしか思えない。

 

 広報室から『ピークォド、機影を確認!』の声にさっそく我慢できずに兵士達の歓声が上がる。

 ビッグボスの帰還には時間がかかっていた。ソ連の予期せぬ動きから、彼らの空軍などへの警戒もあり。マザーベースからさらに2機のヘリをエスコートに送り出し。遠回りしつつ、誰も彼らの後を追ってくるものがないことを確認しながらの長い時間と苦労を重ねた上でのものとなった。

 

 あの夜は狼狽し、声もなかったカズもヘリが、そこからスネークが降りてくることを今か今かと待ち構えている。

 

 ついにピークォドは降りてきた。

 そして扉は開き、スネークは姿を見せる。

 だが、彼を待っていた全ての兵士が勝利の歓声を上げることはなかった。生還者の変わり様に驚きと戸惑い、困惑していた。

 

「スネーク?スネーク、なのか?」

「……戻ったぞ、カズ」

「ああ、ああっ!おいっ、皆。ビッグボスの帰還だ!」

 

 確認を自分がしといて、カズはそういって周りに声を出すように水を向けるが。やはり声はあがらなかった。

 

 それは確かにビッグボスだった。

 蛇の毒に苦しみ、それでも死を免れたばかりのまだ顔色の悪い男の目の周りにはクマができていたが。皆が驚いたのはそのせいではない。

 

 角が生えている。

 

 傷だらけのスネークの頭部に突き刺さっていた鉄の破片。

 あれは確かに、先日まではただの破片であったはずだが。今のスネークを見ると悪魔のようにそそり立つ奇怪な角に見える。しかしそれで怖いとは感じない、より触れがたい存在に。恐るべきなにかへと転変して地獄から戻ってきたのではないか、そんな風にも思えてしまう。

 彼は、彼のまま。ビッグボスだというのに。

 

「迎えのヘリに、オセロットはいなかったか?」

「いや」

「あいつ!なにをやっているんだ――あんたを戻すために、ヘリを新たに2機。送り出したんだ。そこにオセロットも乗っていた」

「そうか」

「それで、スネーク。こんな時になんだが、クワイエットのことだ」

「……」

「その、あの女は。クワイエットは、どうなった?死んだのか?」

「知らん」

「――どういうことだ?」

「俺が意識を取り戻したときにはもう、姿は消えていた。あとはパイロットたちに話を聞いてくれ」

「それじゃ、クワイエットはどうなる!?あの女はこのマザーベースの場所を――」

「彼女は消えた、カズ」

 

 スネークの返答に、カズは心が凍りつく感覚を味わった。

 カズの横を通り過ぎ、ゆっくりと歩くスネークの背中に目を向ける。あんたは、あんたは――”また”おれを裏切るつもりなのか?

 心のうちに紫色の憎悪の炎が、抑えることができずに噴出しはじめ。知らないうちに声も厳しいものへと変わっていた。

 

「あの女は危険だ。それはあんたも同意していたはずだ」

「……」

「この場所を知っている以上、やはり生かしておくべきじゃなかったんだ!今回は”たまたま”ソ連軍に捕らえられて捕捉できたが、追いついたときにさっさと始末してしまえば――」

 

 幽鬼の如く、自分に背を見せて離れていこうとしたスネークがその時だけは機敏に回れ右をするとカズのところまで戻ってくる。

 その目にはなんの感情も映し出されてはないが、その様子は明らかに尋常でないのは周囲の人間にもすぐにわかる。それでもカズの口をとまることを知らない。いや、そんなスネークの変化に気がついてすらいないのかもしれない。

 

「――あんたはあの化け物には甘かった。情をかけすぎたんじゃないのか?これではなんのために……」

「もういい、やめろ。カズ」

 

 スネークの手は、杖を握るカズの手に触れただけだったが。それだけでカズは自分の体を振り回されたかのようなめまいを感じる。

 眼前には、鬼が立っていた。

 

「彼女と……クワイエットとDDがいなければ。俺はあの夜から戻ってはこれなかった」

「しかし、スネーク?!」

「そうか!それほどあいつを殺したいのか!?」

 

 ボスと副指令官の間に危険な空気が生まれていることをここにいるすべては見ているが、止められるものはいなかった。

 ボスのお気に入りの部下であったゴートやアダマ。スクワッドの面々がいれば、おずおずと進み出たかもしれない。嫌、それよりもそれ以前に。彼ら2人がこのようにならないよう、オセロットは常に目を光らせていたのではなかったか?

 

 だが続くスネークの言葉はほとんど誰にも聞こえないように小さな声になっていた。

 

「あそこから俺が彼女を殺さずに生きて戻ったことが、そんなに気に入らないのか?」

「……そうは言ってないさ」

「クワイエットを殺したいか?カズ。また探し出せばいい」

「……ああ、そうだな」

「それとは別に諜報班の何人かをクレムリンに増やせ」

「クレムリン?」

「どうやってここを逃げ出したクワイエットをすぐに見つけることができたのか――。そして”捕らえるための方法”をあいつらが知ったのか。俺はその理由をぜひ、知りたい」

「っ!?」

「彼女を探せ、カズ」

 

 カズのそばから顔を離し。

 穏やかなはずの最後の言葉には暗に「見つけられるものならな」といっているようにも聞こえた。まさか、まさかビッグボスは――。

 

 その真意をただそうとミラーが口を開くのとタイミングを合わせたかのように、医療班のスタッフたちがカートを押して慌しくプラットフォームに現れる。同時に遠い空から近づいてくるオセロットが乗っているらしいヘリが確認された。

 感動の瞬間は終わったのだとなんとなく思った者からその場を離れようとしている中、スネークとカズは戻ってきたオセロットの乗るヘリをじっと見つめていた。

 

 なぜ、医療スタッフが慌てている?

 

 ついにヘリの横原にある扉が開くと、プラットフォーム上の一角から悲鳴が上がる。

 その悲鳴で兵士たちの視線が集まる。

 

 真っ赤な血に染まったオセロットが現れた。

 その手にしっかりと抱かれていたのは、砂塵の中に消えていった”DDらしき物体”がぐったりとしている。

 

「はやく、はやくカートへ。手術室に運びます!」

 

 スネークは近づこうとしたが、毒がまだ残ったのか足がふらついて足をもつれさせ。無様に前のめりに倒れると、慌ててヘリから姿を現したワームが飛び出してきて起き上がるのに手を貸した。

 

「オセロット、DDは!?生きているのか?」

「……」

 

 スネークの問いにも答えず、口を閉じたオセロットはカートと共にその場を去っていくが。スネークもワームの方を借りてその後についていく。

 

 カズは「解散だ、仕事に戻れ」と命令を下し。兵士達はようやく散り散りとなってその場から離れていく。

 どれほど厳しい戦場があったとしても、これまでのダイアモンド・ドッグズには勝利に導くビッグボスと、栄光が常にそこにあった。だが、だが今回はどうもそうではないようだ。

 兵士達はそう結論を出すと、いったい何が欠けてしまったのかを考えたが首をひねるだけで答えは出なかった。そして即日、カズは諜報班に新しい命令を下す。

 

 クワイエットと呼ばれた女の行方を探し出せ。

 

 殺せ、としなかったのはスネーク以外に彼女を殺す方法がないという事実を認識していた彼の理性がまだ残っていたからか。それともそうすると彼女を恐れた部下たちが探すのをやめてしまうと考えたからか。

 とにかく、そうして1984年は過去になり。喜びも悲しみも全て混ぜこぜにして1985年が始まった。




続きは明日。

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