※一部ショッキングな展開があります。
From 矢澤 にこ
Sub よろしく!
メールしてあげてることにまず感謝なさ
いよ!
このにこちゃんのアドレスを知ってるの
なんて男じゃアンタくらいよ?
光栄に思うことね。
相談事とかあったら何でもアタシに聞き
なさい!完璧に答えてあげるわ。
今日はこの辺にしといてあげる。返信は
2分以内よ。わかった?
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ここは時の止まった世界。話しているのは俺と目の前の自称神様だけだ。
矢澤を救うために過去に戻る…と言うが、現代の科学では未来に行けても過去には行けないとかなんとか。だが俺は行くらしい。なるほど、想像してたのと全然違うなこれ。そんなことより聞くことがある。
「中二の4月…矢澤と出会いからやり直すのか?」
「やり直してもらうしかないんだ。過去に戻る際の制約上、ね。」
どうやら最も干渉する相手と接触するより前でなくては戻れないらしい。なるほど、確かに途中で中身が変わったらおかしいもんな。
しかし、中二か。
「勉強しなくちゃいけないのか…」
「簡単だろう?中学生程度の問題くらい。」
勉強という行為を長らくしてないと、中学程度でも危なくなってくるんだよ。仕方ないだろ。
社会人としても学ぶ機会は多くあるが、学業とはまた違ったものだ。国語数学理科社会英語…まともに出来る自信は無い。
とは言え、過去に行くんだからそれくらいで丁度いいかもしれないが。
「他にも色々あるんだけど、既に決まっていることを教えようか。」
どうやら過去に戻ってから何をするのか、スケジュールが少し出来上がっているようだ。準備いいなおい。
「準備ってほどまとまってないよ。さっきも言ったけど、君は音乃木坂の近くにある楽丘大学付属高等学校に行くことになる。全寮制だから心配ないよ。あ、でも試験はクリアしてもらわないと困るね。」
嘘だろ、この年になって高校受験しなくちゃいけねえのかよ。辛いな。
「君の時間旅行は高校を卒業するまで。卒業式を終えたら終了だ。」
意外と長いな…待てよ、それじゃあこの世界の俺はどうなるんだ?
「…まぁ、寝てる間かな。起きるタイミングで戻してあげる予定。私のさじ加減だけど同じ時間がこの世界で続くわけじゃないよ。」
まぁそんな事だろうとは思ってたけどな。
つまり、矢澤と出会ってから5年で 彼女のとの約束を果たさなくてはならない…と言うことか。なるほど。
最大の難関は高校入学だろう。矢澤がなぜ音乃木坂に入れなかったのか…それを知る必要がある。
「あ、一応注意事項ね。まず、自分が未来の人間であることは他言しちゃいけないよ。」
ほほう、タイムスリップ系じゃ良くある縛りじゃないか。問題ないな。
「あと、過去に行って君のおばあちゃんと会うのもダメだ。彼女の運命が変わってしまう。君が運命に直接干渉できるのは矢澤にこだけなんだ。」
ばあちゃんと話せない…か。俺の後悔は完全に払拭することは出来ないらしい。高校卒業と共に終わってしまうなら、はなからばあちゃんへの恩返しも出来るわけないか。
「あと、君は過去に戻るにあたっていくつかの能力を与える。ひとつは時を止める能力。もうひとつは1回だけ所定の時間まで戻ることが出来る。」
なんてことだ、そんなオプションまで付くのか。案外過去に戻るのも悪くないな。だが、何でそんなものを俺に?
「過去に戻って君が…例えば交通事故に巻き込まれたり、矢澤にこに何かあったりした場合や、君が未来から来たことが何かの拍子で漏れてしまった場合の救済措置だ。勿論、この能力を使えることが知られてもいけない。」
難しいな…やはり極力そういう事態は避けなければならないってことか。
なんだか過去に戻るというファンタジックな事をこれからする癖に妙に事務的な雰囲気になっている。そういえば今も時が止まってるんだっけ。非日常の空間に早くも慣れ始めてる。人間の感覚って案外ちょろいんだな。
「あまり能力を乱用しないでよ?君が能力を使っても私だけは察知できるからね。ちなみに、懐中時計を開いて時を止める。針を戻せば戻した分だけ時間が戻る。」
言われて持っていた懐中時計に視線を落とす。よくもまぁこんなものがばあちゃんの家にあったもんだ。ばあちゃんも使ったことがあるのだろうか。
「君のおばあちゃんも使ってたものだよ。まぁ、君とは半分違う理由だけどね。」
どういうことだ。俺とは半分違う…逆に言えば、半分は合ってたことになる。
「君の方がイレギュラーなんだよ。本来この力は己の後悔をやり直すことで消し去るっていう理由で使われるんだ。他人の後悔を救うために使うことは無いよ。」
なるほど、自分の後悔と共に矢澤の後悔もやり直す俺とは半分合ってて半分違う…か。
俺は考えを整理するために煙草に火をつける。時が止まった世界でも一服できる。誰にも文句を言われず。最高だな。
「過去に戻る原理上、君が過去に行ったら煙草も酒もNGだからね?」
「わかってる。これが最後だ。」
七つ星が紫煙を上げる。この至福の時を迎えられないなんて、未成年の体を呪う。
…まぁ、中学に戻ったら吸いたいなんて気持ちも無くなるんだろうな。
5分も経てば吸い終わるもの。この5分間を俺は23円で買ってるわけだ。なんとも贅沢な金の使い方だ。
タイムスリップの為の準備とか必要あるんだろうか…と、何となくストレッチをしていると、奴が笑う。
「君のタイムスリップに対する警戒心はなんなんだい?」
「得体の知れない奴の力なんて信用ならんからな、万が一に備えるべきだ。」
当然だろう。普通なら経験しないことにこれから立ち向かうわけで、出来ることはやっておくべきだ。
しかしまぁ、こんな静かな世界でやれる事なんてそれこそ軽いストレッチくらいだ。覚悟を決める。これから飛ぶのは中学二年の四月。消えかかっている記憶を精一杯に呼び起こして、奴の前に座った。
「準備完了かい?」
「そんな準備なんてねえよ…。だが、問題は無い。」
「…思うんだけど、なんでこんな飄々としてられるんだい?」
飄々か、これでも切羽詰ってるんだがな。人間死にかけたら色々どーでもよくなるらしい。時間が止まろうが、巻き戻ろうが。
「こうやって私が君の心を読み取っての会話をしていることにも驚いていないようだしね。」
自分で神と名乗った以上それくらいしてもらわなきゃ困る。それに、
「なーんか、お前の言うことがすべて本当なんだってことが、分かるんだよ。」
「神のいうことが?」
「神は絶対違うだろうけどな。」
説明しろと言われてもわからない。本当に、真実であるということを確信しているのだ。理由もないが。
そんなことよりさっさと行かねば、まぁ時間が無い訳では無いし、もう少しゆっくりしても問題ないのだろうけど。
「…もう一服するかぁ。」
「行く気は本当にあるのかい?」
「行くさ。いつまでもウダウダしてられない。」
そうだ、聞いておかなければならないことがある。
「なんで対象が矢澤で、その相手が俺なんだ?」
矢澤だってもっと沢山の友人がいた筈で、俺にだって矢澤より仲の良かった友人も沢山いる。よりによって中学の2年間を切り取って、その相手を救わなければならないなんてのは、何故なのか。
「あれ、君知らないのかい?」
「何の話だ。」
「あぁー…どうしようか、なんと言うか…その…」
奴の口が重くなる。さっきまで流暢に喋っていたくせにどうしたというのか。
やがてゆっくりと口を開いた。その言葉は、俺を更なる悲しみへと誘う。
「今、事故で昏睡状態でね…半分死んでて、半分生きてる状態だ。」
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少し、長い話になる。なぜ知ってるのかと問われてもこれは私自身の脳内に存在する記憶の一部で、なぜそれが私の中に有るのかよく分からないんだ。
…恐らく、君に拾われ君の前に現れた時に付与された物なんだろう。
彼女には弟妹がいるのは知っているだろう。母親は苦しい家計を支えるために働いていて、彼女はそのサポートに回っている。
それでも幼少の頃からの夢を諦めきれずに音乃木坂でスクールアイドルをしよう、と決めたのはいいものの、入学試験で弾かれて、別の高校に入った。
君の考える通り、スポーツを持ち上げてる場所でアイドル活動は難しかった。それでも彼女は努力して、部を立ちあげるまでに至った。
だが、それを気に食わない連中がいたみたいでね…何分、スポーツをする為に入った人が多い。その中で、わざわざ部を立ち上げてまで文化的活動をする矢澤にこという存在を敵視するのは流れ的にも当然と言えてしまうかもしれない。
彼女は独りになった。ただ独りで夢を追い続けた。部活を立ちあげる際にいたメンバーは彼女と同じく音乃木坂に入れなかった人達だったから、文化部としての活動を想像していたようだが、アイドルに成る為の部、日々のトレーニングやダンス等は運動部のそれと似たようなものだったから、皆部活をやめていった。
周りからは文化部だと思われ、内部からは運動部と同じように思われ、板挟みの中彼女の精神は疲弊していった。
そんな折、夕飯の買出しに行く途中、信号を渡る時に玉突き事故に巻き込まれてしまった。赤信号で止まってる車の後ろから猛スピードで追突され、その衝撃で動いた車に轢かれたんだ。彼女は何も悪くない。本当に、不運な事故だった。
彼女はこれまで一切悪いことはしていない。夢を追い、家族を支え、真っ直ぐに生きてきた。だからこそ、今の彼女には、多くの後悔が残ってる。
その時に彼女の頭にあったのは、中学時代に一緒に活動してくれた君の存在だ。
君が私を呼んだというより、彼女の力も大きいんだ。だからこそ、私は最初に「矢澤にこを救わないか」と訪ねたんだ。
―――――――――――――――――――
「と、言うわけなんだ。」
声が出ない。何も考えられなかった。
矢澤が今昏睡状態って辺りから会話を聞き取れている自身はない。
矢澤の近況は知らなかった。連絡が無いから当然だが、まさかこんな事になってるなんて想像出来ない。出来るか?俺は無理だった。
頭を抱える。考え込むような事なんてない。考えられないからだ。思考が停止している。
「矢澤が…?」
声にならない声で呟いたのは、意味の無い文字列だった。何の感覚もなく涙だけがつたっていく。祖母の訃報に友人の昏睡、俺は何を受け止めればいいのか。その重さに潰されていた。
「さて、まだ落ち着くまで時間がかかりそうだね、しばらくしたらまた来るよ。」
「待て…ッ、待って…くれ…。」
消えようとした奴を寸前で止める。アイツの為に俺ができること、それが目の前にあるなら、食いつかなきゃ
「行くぜ…さっさと案内しろ…」
「今の状態で、本当に大丈夫かい?」
「安心しろ…決意がより一層固まったくらいだ…。」
まだ涙が溢れてる。会話もギリギリだ。精神はボロボロだし、胸が苦しい。それでも、行く。今すぐに、俺は行く。
「
「そんなもんどうだっていい。俺の結果はあとからついてくるだろ。」
「結果なんてもんじゃない。君の5年間の間のどこかで、
俺の左腕は今、あまり思うように動かせない。脳の損傷で、軽い麻痺に陥っている。リハビリもしたけど、せいぜい日常生活程度までで、昔のように楽器を弾くことは出来なかった。それが起きたのが、
「そうか…高1になる直前…だったな…」
突如倒れた俺は病院に運び込まれ、原因不明の脳の損傷による左腕の回路の麻痺で今も病院に通っている。初めの頃は激痛と動かないジレンマに葛藤した。それをまた味わうことになる。矢澤を音乃木坂に送り届け、自分も無事に高校に入ったとしても、その先のサポートができるかわからない。彼女の先を助けられるのかが、不安でもある。それでも、
「今の矢澤に比べたらへでもねえもんだ。」
気づけば涙は止まっていた。力の入らない左手を精一杯に握りしめる。手の中には、懐中時計がある。
俺は矢澤を救いたい。友として、人間として、相棒として。俺の人生には矢澤より仲いい奴がいたと言ったな?あれは嘘だ。振り返れば表面上の付き合いだけだ。ここまで矢澤に執着するのが、本当の親友である証なのかも知れない。
「そうと決まれば早速行こうか。中学2年の4月。君は教室で自己紹介のタイミングを待つ中学男子だ。いいね?」
「あぁ。」
「それと、いままで時間を止める時に酔ったりしなかった?」
あぁ、あの浮遊感か。一瞬だったし、さして酷いものじゃない。
「ならいいんだけど、アレがさらに酷くなる上長くなると思ってね。行くよ?」
目が点になる。あぁ、最近酷いことばかりだ。先日まで仕事をしていたのが嘘のようだ。気づけば俺は過去に戻り、矢澤を救うなんて事になってる。あの日の残業が、俺の仕事納めだったのか。泣けてくるな。
そんなことを想像してると頭の中が揺れだし、目の前の世界がぐにゃりと歪んだ。
死ぬのかなぁ、この感覚。緊張や胸の鼓動なんて全く気にならないくらいの浮遊感。落ちていくのに浮かんでいっているような、なんとも言えない感覚を浮遊感と形容せざるを得ない俺の言葉のレパートリーは中学の生活に適応してくれるのかが問題だ。
不意に体が固まる。気がつくと目の前が真っ暗になり、浮遊感も無くなっていた。
俺は今何してんだ…?この硬い感触…懐かしい…わかった、机と椅子だ。すると今着てるのは制服かー、さっきまで礼服だったからあまり変わんない印象だな。
「じゃー次…っておい!大丈夫か?」
うわっ、懐かしい声…誰だったっけ…あーそうそう中学の担に
「早く起きなさいよアホ。」
右隣から小突かれる。慌てて顔を上げると周りがこっちを見ている。黒板を確認して、慌てて立ち上がった。
「えぇぇっと、時坂 駆です。楽器弾きます。26歳です。」
突如、自分の顔が青ざめるのがわかる。あぁそうだ、黒板に制服に机と椅子、ちゃんと中学に戻ってこれてるじゃないか。なんで俺は合コンの時の自己紹介かましてるんだ。
周りの白い目と、隣の女子の呆気に取られた顔を見ながら、左手にしっかりと握られている懐中時計の針を5分前まで戻した。
お読みいただきありがとうございます。2話分をプロローグにつぎ込みました。
・今までは本当にプロローグといった、現在の時系列と展開、なぜ主人公が矢澤を救うのかを書きました。まだ違和感たっぷりでしょうがご容赦を。そのうち何とかします。
・医療に全く詳しくないので個人の現在が本当にこうなるのか…に関してはノータッチでお願いします。
次回からいよいよ主人公と矢澤の2度目の邂逅を始め、後悔の音と約束の色、本編に突入致します。長い目でご覧いただければ幸いです。