「今帰った……」
臓硯を氷付けにし、間桐邸で粗方目的の物を回収した後、零司とキャスターは自分たちの拠点へと戻ってきていた。
幸いにも夜の内に終わらせることは成功したようだ。今頃、間桐邸は燃えて明日の朝刊の見出しに載るだろう。但し、表向きには死亡した人間はいない……が。
拠点の奥からバタバタとした音が聞こえてくる。
「ハァ…ハァ……! 桜ちゃんは……っ!」
「声が大きい。大丈夫、ただ寝てるだけだ」
零司の声を聞き、無事に帰ってきたことを確信した雁夜が息を切らしながら来る。
左目はともかく片足と片腕が上手く動いていない状態だというのによくそんなに早く動けたものだと零司は感心する。まぁ、それほど桜のことが心配だったのだろうが。
不安そうな目で見ている雁夜を安心させる為、寒くないよう毛布で包めている桜を見せる。
「本当に………本当に…………」
「………ああ。間桐臓硯ももういない。間桐の家は燃やした。この子もお前ももう――――自由だ」
―――――――間桐臓硯……マキリ・ゾォルケンの死。
たった一人この世を去っただけだが、その影響力は計り知れないものだ。
桜はこれ以上虫による調整を受けなくていい。普通の生活を送る事が出来るだろう。一年にわたる調整の結果、精神状態が良いとは言えないが、第五次であそこまで持ち直していたのだ。臓硯がいなくなったことにより更に良い方に向かっていくだろう。いずれも時間が解決してくれる。
しかし、雁夜はそう簡単にはいかない。
臓硯による遠隔操作の心配はなくなったが、その身には未だに刻印虫が巣食っている。無理に魔術を行使しようとすれば再び雁夜の肉体を蝕むだろう。
既に体は限界に近く、例えキャスターが体の刻印虫をどうにかしてケアを行ったとしても、恐らくそう長くは生きられないことは目に見えていた。
「間桐桜の救出と間桐臓硯の殺害………二つとも達成したと思うけど………どうだ?」
「―――――多分、いや確実に死んだと思う。現に俺の中の刻印虫が大人しくなってる………」
そう言いながら、雁夜が自分の胸に手を当てながら目を閉じる。
今まで自分の体が自分以外の人物の思いのままだったという違和感から開放された様でその表情は客観的に見ても安堵しているように見て取れる。
目を開けた雁夜が何かを決心したかのように自らの令呪が刻まれている腕を差し出す。
「―――――約束の報酬だ。払わせてもらうぞ」
「……なぁ、提案した俺が言うのもあれだけど疲れているだろうし明日でもいいんだけど……?」
「いや。お前はすぐに約束を果たしてくれた。だったら俺もすぐに約束を果たすのが筋だ」
やんわり断ろうとしたが雁夜の様子から絶対に譲らないと半ば諦め、キャスターを呼んで零司も令呪が刻まれている右手を差し出した。
「では……雁夜さん。令呪の譲渡に異存はありませんね?」
「ああ。始めてくれ」
雁夜の言葉を聞き届けると、キャスターは令呪が刻まれている二人の手に触れる。
直後、キャスターの手が青く光り始める。その光景を零司と雁夜が少し不安そうに見つめる。
やがて光が収まり、キャスターが翳していた手を離すと、雁夜に刻まれていた令呪が一画消え、零司に刻まれている令呪が一画増えていた。
零司が雁夜に要求した報酬の一つ………それが一画の令呪の譲渡だった。
令呪はサーヴァントに命令するたびに一画ずつ消費されていく。しかし、消費してしまった令呪を補給する方法はもちろん存在する。
―――――一つは他のマスターが持つ令呪を自分に移植すること。
自分以外のマスターの令呪が残っていた場合、その令呪を自分に移すことが出来る。もちろんそれ相応の知識と技術を持っていないと出来ないことなのだが。
しかし、零司が召喚した玉藻の前は呪術師なれども
―――――二つ目は監督役からの令呪の譲渡だ。
聖杯戦争に参加したマスターの中には令呪を全て使い切らずに敗退する者もいる。ならば残った令呪は一体どうするのか?
敗退したマスターの令呪を回収する――――それも監督役の役割の一つであった。
全てのサーヴァントがいなくなった後、全てのマスターは残った令呪を監督役に渡すのも聖杯戦争のルールの一つだ。敗退したマスターを保護するのにはそういった事情もある。ただし、先に言った通り監督役は何処にも属さない中立の立場だ。
余程の例外が発生しない限り、他のマスターに自らが保管している令呪を譲渡することは無い。
「……本当に一画だけでよかったのか?」
「ああ。お前の今後のことを考えると一画で十分だと思って。……それにあれも貰ったからな―――」
そう言いながら、零司は自分の背後に置いてある物に目を向ける。
そこには三つほどの大きな袋が置いてあった。もちろん間桐邸に侵入するときにはこんなものは用意していなかった。
間桐が持っていた聖杯戦争に関する資料の一部―――――それが零司が要求した二つ目の報酬であった。
臓硯は今回の聖杯戦争が前回の戦いによっておかしくなっているであろうと予測していた。事実、その影響により本来の聖杯戦争ではジャンヌ・ダルクを敬愛する人物が反英霊として召喚された。
令呪の作成に携わり永き時を生きた臓硯がいた間桐の家ならば多少の手掛かりがあるのでは、と思った零司は間桐邸を燃やす前にその一部を回収していた。
「――――で? お前は一体どうするんだ……雁夜」
「ッ………それは……」
「桜は助けた。間桐はもう無い。お前が戦う理由はもうなくなったと思うんだけど?」
「……………まだ分からない。確かに俺が戦う理由はもうない………でも――――」
「………まぁ、ここからはお前の問題だ。部外者の俺がとやかく言う権利は無いからな」
言い終えると零司は奥に進んでいった。
立ち尽くす雁夜を置いて―――――。
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「あ”あ”ぁ~~~疲れた………」
言葉と共に自分の部屋のベッドに倒れ掛かる。
いや今回は比喩無しに本当に疲れた……。聖杯戦争一日目……いや二日目か? まぁどっちでもいいや。始まってそんなに経っていない筈なのにランサーとのギリギリの命のやり取りに臓硯との対決。流石に一日で消費するには少し無理があったみたいだ。
でも、セイバーやライダーはともかくギルガメッシュを相手取るにはバーサーカーの力が必要不可欠だ。
しかしバーサーカーの真名があのランスロットだったとは………。セイバーに向かっていく理由も何となく分かった。でも普通逆じゃねーのか? 寝取られた
「にしても、対ランサー用に考えた策の全てを使っても倒しきれなかったとはなぁ……」
何事も最悪を想定して動かないといけないか………。
とりあえずバーサーカーは何とか味方に付けることが出来た。当面の問題はギルガメッシュだ。
最初の戦いでバーサーカーに対してあまり良い印象は抱いていない。むしろ会った瞬間に
それに……だ。
次元斬まで出して仕留め切れなかったって言うのが一番大きい―――――。
あれは今の技量じゃ初見しか相手に通じない技だ。バージル程の実力なら、適度に牽制し、適度に距離を取って、複数の斬撃を生み出すことが出来るだろうけど、二発だけじゃランサーのような実力者には勘で防がれてしまうことを改めて理解した。
ここからはサーヴァント対サーヴァント……マスター対マスターの戦いに集中した方が良さそうだ。
「―――――ん?」
ふと自分の右手が視界に移る。
そこから右腕、胸、足、体全体を改めて見回す。適度に引き締まった筋肉。無駄な力を付けずに必要最低限な力を点けて効率良く動けるように柔軟に鍛え上げることで様々な状況で動けるようにしてきた………。
数時間前までランサーに付けられていた傷を見る―――――。
「―――――はぁ…やめだやめ。ネガティブに考えてもしょうがないだろうが………少し外に出るか………」
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「おや? ご主人様も月見ぼっこですか?」
「いや月見ぼっこって何だよ。気分転換だよ気分転換」
屋根の上に行くと先客として既にキャスターがいたようだった。ささどうぞこちらに、という辺りどうやら特に邪魔になっていないようなのでキャスターの隣で横になる。
夜空にはたくさんの星が見えていた。
転生する前………零司という名前が付く前に住んでいた世界では既に文明が発展し、夜空の輝きを文明の利器が掻き消していた。
人は便利になった携帯端末を片手に下を向き、空を見る機会がどんどん失われていった。その結果………人々は空の輝きを忘れていった―――――。
何かが当たり前になり、忘れていく………そんな風に生きていくのが嫌で時々空を見るのが好きだった。
「
「ん? 何?」
突然声を掛けてきたキャスターを見る。
その様子は何か聞きづらそうな事を聞くつもりなのか少し困っている様子だった。
「いやーまぁ、気のせいだったらいいんですけど………もしかしてあの虫野朗のことで何か悩んでたりしてませんか…?」
「――――何でそう思ったんだ?」
不意に投げられた問いに対して、あっけらかんとした……それこそ何でもないかのように聞く。キャスターの表情は気まずそうにしているが問いかけられた零司本人は表情一つ変えていなかった。
しかしキャスターは返答までの微妙な間を見逃さなかった。故に自分の予感が当たっていたことを確信する。
「……間桐の家から戻っているときもそうでしたけど……ご主人様の顔が憂いに染まる時があるのです。雁夜さんと話しているときは何も無かったので気のせいかと思ったんですけど、ここに来た時のご主人様の表情がどこか辛そうで………。それでまぁ何かあったのかな~って……」
「ははは……ポーカーフェイスは得意だと思ったんだけどな~………」
何でもないように笑っているがその顔がすぐに嘘だとキャスターは気付いていた。
しょうがないか、と言うとその直後――――零司は着ていた上着を脱ぎだす。
「ちょちょっ??! ご主人様何やってんですか?! このタイミングでおっぱじめようとか流石の私でも予想外すぎるんですけど!? いえ嫌って言う訳じゃないんですけど、むしろそのまま野獣的思考でバッチ来いというかぁ~~―――――」
「ちげーよバカ。んな訳ねーだろ。落ち着いてこっちを見ろって……」
手で顔を隠しつつもチラチラと指の間から零司を見るキャスターにツッコミを入れてテンションを下げつつ、こちらを見るよう促す。
零司の言葉で勘違いと分かったキャスターは零司に促されながら言われた通りに見る。
目の前には上着を脱いだ零司の姿。適度に引き締まった肉体。さっき自分の部屋で着替えたのかボロボロの服ではなく綺麗なシャツ。
「ほぉ……見事な肉体美ですね。細マッチョって奴ですかね?」
「客観的な意見をありがとう。って、じゃなくて。ここだよここ」
どうやら見てほしいのは筋肉ではなかったらしく、言われた通り零司が指差した所を見る。
「これは………」
キャスターは驚きの声を上げる。
キャスターの記憶通りなら、今見ているところは先ほどのランサーによって付けられた傷があった場所だ。
零司の体は常人以上の回復力を持っていることは既に聞いている。ちょっとした傷でもすぐに塞がるほどの回復力。本来この回復力を持っていた人物のことは零司に聞いた限りでしか知らないが、それでも異常すぎる程の体だっとと聞いていた。
しかし、その回復力はあくまで自然治癒力だったと聞いている。
魔術などの外的な要因ではなく生物が本来持つ内的な要因による細胞分裂による回復だと。
―――――だが。
「傷が…もう治りかけている………?」
そこに付けられていたのは遠目から見ても相当深かった筈だ。その傷がもう治りかけている。魔術などではなくただの自然治癒力で。
「その通り。これが俺が願った結果。人間とはとても思えないほどの超回復力。一度死んだ人間が願った―――――生きることに執着した結果だ」
家の下敷きになった時、体の傷が全て治ったのは能力の発現時の特別なおまけだ、と手紙に書いてあった。
最初は少しホッとする程度だった。
半悪魔の回復力のことは知っていたから、それならば早々死ぬことは無いだろうと分かっていたから。それでも死にそうな状況はあったから死ぬときは死ぬのだとも分かっていたからツバキの所でひたすら生き抜く為の術を学んでいった。
それでも……体が成長していくごとに実感していった。
やはり―――――自分が普通ではないということを。
ちょっとした怪我ならば小さい時は早々治らなかったが、今では数時間で治るまでになっている。
過去にツバキと一緒に仕事に行ったとき、ドジ踏んで大怪我したときがあったのだが、ものの数日で危険な域を脱した。
徐々にこの体と共に過ごしていく内に回復力が上がっていくことに気付いた。恐らく体に合わせて能力も成長しているんだと。
怪我が治っていくうちに、砕けた拳が次は砕けぬように骨が太くなっていくように再生するごとに体が強くなっていくことに―――――。
それでも何とか折り合いをつけて生きてきた。
そういうものなのだから仕方ない、と……。
そんな時に………間桐臓硯と出会った。
死を恐れた”元”人間。
自らが編み出した秘術によって自らの肉体を捨て、虫に成り果て、延命に延命を重ねた結果、その魂は醜く腐り果て、ついには身内だけでなく見ず知らずの人間ですら食い物にしてまで生き延びようとした怪物………。
生に執着しすぎた人間の末路――――。
「――――別に生きようとする意志自体は悪くないと思う。ただその為に俺も……臓硯も人間としては過ぎた力を身に宿した……」
「……………」
そう思うこと自体は当たり前のことだ。
誰しも死にたくないだの、死ぬのが怖いのだのといった願望を抱くときはある。
しかし、物事には何事も限度というものがある。
死にたくないからといって何百年も生きたのならば――――それは最早人間ではない。
「『怪物』……とまではいかないかもしれないけど、自分も
「――――
「………は?」
「玉藻の前になる前。生まれたときの話ですかね~」
零司の話を遮って、自分語りを始めるキャスター。声を掛けても話を続ける辺り、どうやらこっちの質問には答えるつもりは無いようだ。
何か意味があるのかどうか分からないが、とりあえず話を聞こうと耳を傾ける。
「私、本当は英霊じゃなくて神様なんですよね~♥」
「…………はい?」
いきなり爆弾発言を投下した。
「天照大神って知ってます? 私、あれの分霊みたいな感じで」
まぁサーヴァントになったから色々規制掛かってますけどね~、というキャスター。
「色々省略しますけど、人間になってたまたま偉い人に見初められて正体ばらされて宮廷追われて。そんで、ぶっ殺すぞコンニャロー!! …って来た人間を皆殺しにした、謂わば大量殺人犯なんですよねーー。――――ふふ、どうです。怖いですか
むっふっふっふっふ~~、と何ともわざとらしい声を出す。
「いや、別に怖くないし。てゆーか、そもそもそんな事気にしないし――――」
「それですよ
「――――え……?」
「過去に何があってどう思ったのか、将来的に何があってどうなるのか、ではなく大切なのは”今、何を思ってどうしているのか”……です。現に
何気なく、当たり前だとおもって接する。そのことが何よりも嬉しいのだというキャスター。
零司本人はそんな事をした覚えは無い。むしろ自分のような突拍子もない存在のことを信じて協力してくれる。そのことだけで嬉しかった。
唯一知っていたツバキ以外で初めて自分のことを知った者。知った上で自分のことを信じてくれた。
ラルのことだってもちろん信頼していた。ツバキが死んだ後も自分に対して色々してくれていた。
でも、前世の記憶の事だけは話していなかった。
信頼していないわけじゃなかった。ただ言う必要はないと思っていただけだ。今にして思えば、意識してか無意識だったのかは定かではないが、恐らく避けていたのだろう。
―――――その結果、自分は
自分だけが持っている
自分のことを本当に知っている者は自分だけになった。
それでもいいと思ったことは何回もあった。
例え
それがどのような結末になろうとも………。
「―――――俺は君が思っている様な善人じゃないと思うんだけどなぁ……」
「貴方自身がどう思っているのかは分かりませんが、私が思う限り貴方様は立派な
そもそもさっきも言いましたけど、ご主人様とあの害虫じゃ天と地程の差があります!! ……と、付け加えるように力説する。
何を根拠に、と思うが今のキャスターを見ている内にさっきまで悩んでいた自分が段々と馬鹿らしくなってくる。
「……ありがとうキャスター。柄にも無くネガティブになってたみたいだ」
上着を着直して、キャスターを見つめる。
「ぐだぐだ考えるのはやめだ。戦いを生き残って聖杯をぶっ壊す! 今やるべきことはそれだけだ!」
「はい!! それでこそ我が
そうだ。何を迷うことがあろうか。
聖杯が壊さなければ大災害が起きる。起きてしまえば大勢の人たちが死ぬ。難しい理屈は必要ない。ただ自分に何かが出来るからする。
今はただこの聖杯戦争を勝ち残るだけだ―――――。
イレギュラーのマスターと召喚される筈のなかったサーヴァント。
蒼く輝く月の明かりに照らされながら……二人の一日は終わりを告げる―――――。
第四次聖杯戦争 二日目―――――
セイバー―――『騎士王』アルトリア・ペンドラゴン(アーサー・ペンドラゴン)。
アーチャー―――『英雄王』ギルガメッシュ。
ランサー―――『輝く貌のディルムッド』ディルムッド・オディナ。
ライダー―――『征服王』イスカンダル。
アサシン―――『百の貌のハサン』ハサン・サッバーハ。
キャスター―――『良妻(自称)』玉藻の前。
バーサーカー―――『湖の騎士』ランスロット。
―――――確認。
脱落者―――――アサシン(1/90)。
特記事項―――――間桐家当主……間桐臓硯―――――死亡。
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寝静まった夜。
キャスターは一人間桐から持ち帰った資料を読み耽っていた。
「(間桐は元々サーヴァントシステムと令呪の作成に携わった一族。雁夜さんの話だとバーサーカーを召喚する際の『狂化』の詠唱を考えたのも考案者故でしょう。であるならば、今までの聖杯戦争と今回の聖杯戦争の矛盾点を探し出すことが出来れば………)」
キャスター……玉藻の前はハイテンションなふざけた印象が強いが、その実、聡明な人物である。
罷りなりにも一国の女帝になった彼女はそれ相応の礼儀作法の他、知識、経験を有している。
普段の言動も決して何も考えていないのではなく、場の空気を読んだ上で壊しているのだ。おふざけ半分本心半分で。
―――――――故に。
「―――――なるほど。そういうことでしたか……」
真相に辿り着くまでにそう時間は掛からなかった―――――。
「(申し訳ありません……
「私……どうやら悪い狐のようです―――――」
資料を読み終わり、部屋を後にする。
後に残っていたのは、部屋を出ると同時に燃えて跡形も無くなったキャスターの読んでいた資料だけだった。
キャスターは真相に気付きました。
おいおい明らかにしていく予定ですのでお楽しみ下さい。