Fate/Fox Chronicle    作:佐々木 空

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加速する因縁

頭が痛くなる、とは一体どの様な時に起こるものだろうか?

 

物理的に頭をけがしたとき。冷たいアイスを一気に食べたとき。精神的に追い詰められたとき。病気などで朦朧としたとき。症状が同じでもその要因は大きく異なっていることが多い。

 

少なくとも、零司が先ほどまで頭が痛かったのは、目の前で繰り広げられている惨状によるものだと確信できる。

 

 

「つまみ! つまみですよ!! 古今東西酒にはつまみが必要と決まってる訳ですよ!! そこんところ理解できてるんですか~ドゥーユーアンダスタンド~??」

 

「いや、確かにつまみも必要だろう。そこは認める。だがしかし!! 時には酒だけが必要な時もある! 今の余がそうだ!!」

 

「落ち着きなされ、アレクセイさんにキャスターさん。まだまだ酒もつまみもたくさんある。まぁ儂も加わったら無くなってしまうかもしれんがな」

 

はっはっはっはっは、と一体何が面白いのか酒に飲まれていない組には全く分からない会話で盛り上がる人間と英霊(酔っ払いたち)

それとは正反対に静かに食事を進めているマスターたち。陰と陽。まさに裏と表といってもいい状況となっていた。

 

そもそも何故こんな状況になってしまったのか。

 

零司は今日何度目かの回想に耽る――――――。

 

 

 

 

 

そもそもことの発端は窮地をライダーに零司が連れていかれたところからだ。

 

変にライダーに気に入られた零司は、買い物袋を持ったままライダーによって彼らが現在拠点にしているマッケンジー夫妻の家へと連れて行かれた。当然、敵のマスターをわざわざ自らの拠点へと連れてこられ居場所がバレたことにウェイバーが激を飛ばしたが、ライダーのデコピンによって黙らせられた。

そして、そのままマッケンジー夫妻にご飯をご馳走になった、というわけだ。

 

道中キャスターに予め持たせていた携帯に連絡を入れていたため、いらぬ心配はないだろう。

 

そう思っていたので多少厄介になっても問題はない―――――そう思っていた。

 

 

しばらくして零司の携帯の電波を辿ってキャスターも乱入してきたことにより、最後の予防線が無意味と化した。

 

キャスターではなく雁夜に連絡すべきだったと後悔したが時すでに遅し。桜まで連れてきて、ただ宴会のメンバーを増やした結果になってしまった。

 

 

 

尚も、目の前で騒いでいる三人を他所に静かにご飯と食べていると視線を感じる。

視線の先には反対に座っているウェイバーが”何とかしろ”と、見るからに不機嫌そうに睨み付けている。

そんなものはとうの昔に打開策を考えた。その結果、無理と判断したからこう流れに身を任せて好きにさせているのだ。完全に出来上がった連中を止める方法など本人たちを満足いかせる他無い。

故にその視線を無視し、マーサの手伝いをしながら食事を再開する。

因みに、零司の隣では桜が静かにご飯を食べ進めている。連れてきて大丈夫かと心配したが、寧ろ近くにいたほうが緊急時に安心だし、こう普通の家庭で食事をしたほうが精神的なケアにもなるだろうと判断した。雁夜はあの風貌では昼間に街を出歩くなど出来るわけがないので、拠点で休んでもらっている。

 

もちろん桜には酒ではなく昼間の買い物で買ったオレンジジュースを飲ませている。

 

 

「桜、大丈夫か? もしうるさいなら少し注意してくるけど」

 

「ううん、大丈夫……」

 

顔を俯かせながら食事をしている桜に何処か体調が悪いのではないかと思い声を掛けるが、なんでもないと返される。言葉の最後に、ただ……、と小さく呟くので耳を傾ける。

 

「こんなの……久しぶりだから、一体どんな顔をすればいいんだろうって………」

 

桜の言葉にここに来てからの桜の態度に合点がいく。

 

思えばキャスターと共にここに来てから、桜はずっとこの調子だった。最初は人見知りなのかと思ったがそれは間違いだった。

 

一年―――――間桐の家で暮らしていた一年間は、桜が持っていた常識のすべてを覆すほどまでに魂に刻まれていた。

 

当たり前の日常……一年前まで当たり前だったそれは、今の桜にとって遠い記憶の隅っこで存在しているだけの『思い出』と化していた。

 

「……今はそれでいい」

 

「………えっ?」

 

「昨日の今日だからな。環境の変化に慣れるっていうのはそう簡単なものじゃない」

 

だから、と続けて桜のほうを見据える。

 

「ちょっとずつでいい。今は無理でも、いつか心の底から笑える時が……きっと来る」

 

「―――――うん………」

 

 

 

 

 

「いや~特に何事も起こらなくてよかったですねぇ♪」

 

「俺は何時お前が何かやらかすんじゃないかと心配だったけどな……」

 

マッケンジー夫妻の家で一通り食べ終えたところで、零司たちは片付けをして家を後にし、帰路についていた。

その際、ウェイバーに今夜のことはお互い他言無用ということで手を打った。ウェイバーはマッケンジーの家で暗示を掛けて住み込んでいることを。零司は桜のことを。

零司としても何の関係もない一般人を巻き込もうとは考えていなかったので、他のマスターに言いふらすつもりはない。

 

問題は桜のほうだった。

 

聖杯戦争に関係ないとはいえ、桜は遠坂の親類だ。その身柄をうまく利用すれば、あの強力なアーチャーを従えている遠坂のマスターに対する交渉材料になる可能性がある。

それに、桜自身の魔術体質も大いに無視できるものではない。

魔術師は生まれながらに何かしらの魔術特性を有しているものだが、桜が持っている魔術特性は数多くいる魔術師の中でも、特に”異質”と呼ばざるを得ないほどまでに希少なものだった。

 

『架空元素・虚数』―――――それが、遠坂桜が生まれながらにして有している魔術特性だった……。

 

この世界には魔術を行使するための五つの元素が存在する。

 

地、火、水、風、空――――五大元素と呼ばれるそれらは、魔術の世界においては己の魔術をどの系統に分けるかで大きく左右されてしまう。

零司などの己の魔術特性を知らない人間もいれば、どれだけ鍛えても一つの魔術系統しか持ちえない人間も存在する。

 

しかし、遠坂の家に生まれた二人の姉妹はこの常識を覆す魔術特性を持っていた。

 

遠坂家長女……遠坂凛が持っていた『五大元素使い(アベレージ・ワン)』という属性は、二つ持てば優秀とされる魔術師を遥かに凌駕する五つの元素全てを扱うことを可能とする素質だった。

 

そして、遠坂家次女……遠坂桜が持っていた『架空元素・虚数』はその逆………五大元素全てとは何もかも違う、理論上だけの実体のない魔術を行使する素質だったのだ。

 

 

異常とされる魔術の中でも、特に異質すぎる才能を持って生まれた二人にはその才能だけで魔術の根幹を揺るがすほどの力があった。

 

故に遠坂時臣は桜を間桐に養子として出したのだ。

長女の凛は必然的に遠坂の家督を受け継ぐわけだから、その身はある程度保証される。しかし、その場合次女である桜に残された道は家督を継がせてもらえずにその才能を燻らせておくか、最悪他の魔術師の実験材料としてホルマリン漬けにされるかしかない。

しかし、間桐という地盤を持てば他の魔術師に対する予防線となる。

だから、時臣は桜を嬉々として間桐へと養子に出したのだ。

まぁ、その結果がこれなのだが。

 

 

ウェイバーの拠点のことを黙っておく代わりに、桜のことは他言無用とすることを条件にすることで手打ちとなった。

 

その桜は疲れ果ててしまったのか途中で寝てしまったので、現在零司が背中におんぶしている。

 

「ごめん、キャスター」

 

「はい? 何がですか?」

 

「いや……俺が無茶したせいでアサシンと戦う羽目になったり、ライダーの拠点に連れて行かれたわけだし……」

 

「そのことでしたらマスターが謝ることは何一つありませんよ。マスターのおかげで殺人犯は捕まったし、何より誘拐された子供も救ったのでしょう? ならば、私は賞賛こそすれ非難は絶対にしませんよ」

 

笑顔で言うキャスターに申し訳ないと思いながらもありがとうと伝える。

 

やっぱり、召喚に応じてくれたのが玉藻の前(彼女)でよかった、と―――――。

 

 

 

-------

 

 

アインツベルンの別荘近くの森の中

 

「はぁぁっ!!」

 

「くっ……!!」

 

暗闇の森の中で場違いなほどに火花が散る。それも一度二度だけでなく、続けざまに何度も、何度も。繰り返すだけでもうとっくに五十は繰り返していた。

火花と共に高速で駆け抜ける青い影と緑の影。

青い影――――セイバーが高速の剣を振るい、緑の影――――ランサーが両手の槍を使って受け止める。

 

一般的に優れているとされるのは槍である。

 

剣にはないリーチの長さを応用した戦法から、昔から槍は剣より優れているとされてきた。

 

しかし、今劣勢に立たされているのはその槍の英霊であるランサーの方であった……。

 

 

 

「――――――ッ!!」

 

槍でセイバーの剣を受け止めた瞬間、何度か抱いた違和感と共に僅かに後方へと跳ぶ―――――瞬間。

 

凄まじい音とともに衝撃波ともいうべき衝撃がランサーを吹き飛ばす。

 

その剣という小さい武器と自分より背丈の小さいセイバーのその体躯からはとても想像できないほどの圧倒的な力で弾き飛ばされるが、僅かに後方へと跳ぶことにより何とか直撃は免れていた。

 

もう何度目か分からないほどの奇妙な攻撃に、怪訝な表情を浮かべる。

 

「(セイバー自身の筋力……という訳でもない。やはり………)」

 

自らの経験の中からセイバーのこの不自然なまでの攻撃がセイバー自身の膂力から繰り出されているわけではないと直感していた。

 

「なるほど………その風、剣を隠すためのものでは無かった(・・・・・・・・・・・・・・・)、という訳か」

 

「ほう…気づいたか」

 

セイバーの言葉で理解する。

 

先ほどからのセイバーから繰り出されて来る謎の衝撃波の正体―――――。ランサーは昨夜の戦いでそれを経験済みだったのだ。

 

 

―――――風王結界(インビジブル・エア)

 

セイバーが自身の聖剣に纏わせていた風の魔力。その原理は自らの剣に風の魔力を纏わせることにより光を屈折させ、姿を隠すというもの。

 

だが、その真価はもっと別のところにある。

 

本来セイバー自身にはサーヴァントとなってるとはいえ、魔力で自分自身を強化するという方法が出来ない。

だが、セイバー――――アルトリア・ペンドラゴン自身が持つ、魔力放出・風の固有スキルにより風を推進力にすることで、一撃一撃を必殺の域にまで引き上げているのだ。

いくらサーヴァントとはいえ、そう何度も何度も連発できるものでは無いが、セイバーには普通の人間には備わっていない器官のお陰でそのハンデを補っている。

 

アルトリア・ペンドラゴンは王として生まれた存在。その体はとある魔術師によって、竜の心臓を持って生まれてきた―――――。

 

竜は子供とはいえ、幻想種といわれる想像上の生物の中でも頂点に君臨する存在。その心臓を持って生まれたセイバーは、ただ呼吸するだけで魔力を生成することができる。

それにより本来なら、連発できないはずの風の衝撃波を放つことが出来ているのだ。

 

事実、セイバーとランサーの周りではランサーが風の衝撃波で吹き飛ばされたであろう跡がいくつも出来上がっている。

 

 

「いや、剣を隠すのも使い道の一つであってこちらが本来の使い道であるということはない」

 

「はっ、ここまで吹き飛ばしておいてよく言うものだ」

 

軽口を叩くランサーだが、内心焦っている……。

 

必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)によって左手は十分に扱えていないはずなのに、少しずつ少しずつこちらを確実に追い込んでいる。

風の魔力で読めない攻撃を繰り出されているとはいえ、その剣捌きを防ぎきれずに幾らか切りつけられている。

 

 

「(認めるしかない、か…………)」

 

 

―――――恐らく、このまま続ければ俺は負ける………。

 

 

勝ちを諦めた訳でも、手を抜いていた訳でもない……。

時の運でも、地の利でもなく、ただ純粋な騎士としての力比べで、刃を交えただけで、ディルムッド・オディナはアルトリア・ペンドラゴンに勝てないのだと理解してしまった―――――。

 

先の見えない道の中でただ槍を振るい続けたかつての自分―――――。

今度こそは理想の騎士として戦い抜くと決めた槍兵は、皮肉にも戦い(みち)の先に待ち受ける未来を確信してしまった……。

死後出会うことが出来た、騎士(じぶん)たちが目指したものの頂点に存在する騎士の中の騎士。

 

その道は果てしなく遠く、その背中は果てしなく眩しい。

 

 

「(つくづく、俺の騎士への道には大きすぎる壁ばかりが立ち塞がっているものだなぁ……)」

 

自分が理想とするものまでの道程は、とてつもなく遠い―――――。

 

 

 

――――だとしても。

 

 

「(……だがッ!!)」

 

「っ……!!」

 

先ほどまでとは違う、高速の踏み込みから放たれる槍。

 

それを間一髪防ぐとすぐさまセイバーはランサーと距離をとる。

 

「俺は我が主に勝利を……聖杯を捧げると誓った!! セイバー。貴様は騎士としても、戦士としても強い……だが……」

 

溜めた後に、槍をセイバーに向け、言い放つ。

 

 

「―――――勝つのは俺だッ!!」

 

「俺の騎士道で、俺の槍で、俺の技で、俺の全てを掛けて………ブリテン王よ。俺は貴様を超えて――――聖杯を獲るっ!!!」

 

 

「………いいだろう。来い、フィオナ騎士団の一番槍よ。我が全力を以って、貴公の全力を打ち破る」

 

 

ランサーの闘気を受け、セイバーも再び構える。

白兵戦に特化した宝具を持つランサーにこれ以上の長期戦は不利と判断する。

 

―――――故に。

 

 

「(次の一撃で決める―――――)」

 

 

呼吸を整え、剣を、槍を構える。

 

相手の一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませ………。

 

 

「―――――はぁぁっ!!」

 

「―――――うぉぉっ!!」

 

 

……駆け出した――――直後だった。

 

 

「………!!」

 

「なっ………!?」

 

突如止まったランサーにセイバーが驚愕する。

相手の策か、そう考えたがランサー自身が驚愕の表情を浮かべ、あらぬ方向を見ていることから何か異常事態が起こったのだと理解する。

 

「主………っ!!」

 

その方向は―――――先ほどまでセイバーがいたアインツベルンの城の方向であった。

 

 

 

-------

 

 

 

アインツベルンの城の廊下。

 

セイバーが打って出る前には綺麗にされていたはずの廊下が今は見る影もなく、破壊されていた。

 

 

 

時は少し遡る。

 

セイバーがランサーを打って出るために城を離れた直後、アイリスフィールがもう一人の侵入者の存在を感知していた。

 

時計塔のロード……ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 

第四次聖杯戦争においてランサーのマスターであり、数いるマスターの中でも群を抜いて強力な魔術師であった。

彼は自分で作成した自立歩行可能な水銀で出来た魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を携え、冬木のホテルの一室に過剰とも言えるほどの魔術防壁を準備し、他の魔術師たちの襲撃に備えていた。

しかし、その全てはホテルの爆破という魔術師がやったとは思えないほどの策によって無に帰した。

彼は役職で言えば、『学者』の部類に入る。

本来は聖杯戦争等といった荒事に参加するような立場の人間ではない。それは彼自身はおろか、周囲の人間たち全員の総意であった。

(ケイネス)にはアーチボルト家の当主として、そして時計塔の講師として華々しい将来が約束されている。事実、ケイネス自身も持ち前の力量によって確約された結果を全て”当然”として受け止めていた。

 

そんな彼が何故聖杯戦争に参加しているのか?

 

ケイネスには技術的名誉があっても、華々しい武勇というものが無かったのだ。

ケイネスとしては戦いで勝ち取った名誉も、講師として掴み取った名誉も等しく同じものだが、『せっかく宿った令呪なのだから、どうせなら武功も作っておくか』、といった気持ちで参加していた。

だが、参加した以上生半可な結果は他ならぬケイネス自身が許せなかった。

故に、万全を期して準備を進めていた。

 

 

まず一つは、英霊(サーヴァント)を召喚するための触媒―――――。

 

多少期間と資金が掛かったが、何とか用意することが出来た。どのようなクラスであっても、かのマケドニアの征服王ならば戦力としては申し分ない。

 

そしてもう一つは、魔力の効率的な運用方法―――――。

 

サーヴァントを維持するための魔力供給のパスを許嫁であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに繋げることで、自身は魔術を最大限に運用することが可能となる。

 

これによりケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を心置きなく使用することが出来るようになった。

これはケイネスが持つ数多の礼装の中でも最強の一品で、水銀をその性質と質量を生かした武器兼防具として自由自在に扱うことができる。攻撃・防御・索敵の三つの要素を兼ね備えた、凡そ万能と呼ぶに相応しい魔術礼装である。『攻撃』の場合、主に鞭や刃状に変化して高速で稼働することで、あらゆる物体を破壊し切り刻む。。『防御』においては、自律防御モードによって主に害を及ぼさんとする事象全てに反応して、即座にビルの倒壊から守るほどの超剛性の防護膜を最適な形で展開する。『索敵』においては、空気振動と熱源の感知によって高い知覚力を獲得している。

 

これらを以って、聖杯戦争に臨んだのだが、その大半が序盤で全て台無しになってしまった。

 

まずは征服王の触媒。届いたと思ったら、即座にその行方が分からなくなってしまい、急遽別の触媒を用意する羽目になってしまった。

そして、ホテルの爆破の件。

最初は誰がやったのか皆目見当が付かなかったが、このアインツベルンの城に来た瞬間に犯人が誰なのか理解した。

城の玄関で発動したクレイモア。

廊下を歩くごとに作動するピアノ線を用いた爆破。

やり口といい、その全てが昨夜のホテル爆破の手口とほぼ同じなのだと分かった。

 

 

―――――よろしい。ならばこれは、決闘ではなく誅罰である。

 

誇り高い魔術師の戦いを汚した輩に、魔術を汚したことがどういう意味なのか、その身を以って味合わせてやる―――――。

 

 

 

だが、今のこのざまは一体何だ?

 

アインツベルンが用意した魔術師は重火器を使うという冒涜を犯し、自分の月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の防御を突破し、自分に血を流させた。撃たれた左肩からは今もなお、血が流れ続けている。

整えられた髪は乱れ、鏡に映る自分の姿からは普段の気品と礼節が溢れる姿からは遠くかけ離れている。

こんなことがあっていいはずはない。

追い詰めるべきは自分であり、圧倒的優位に立つべきは自分である。

そんな自分が、魔術を冒涜するネズミ風情を血眼になって探すなど、あっていいはずがない。

 

「絶対に許さんぞ、ネズミ風情が……!! 内臓と心臓だけを残し、指先から徐々に切り刻みながら己のしたことを後悔させてやるッ!!!」

 

―――――恨むのなら、自分を雇ったアインツベルンを恨むのだな!!!

 

そうして、ケイネスは切嗣を見つけ彼が放った銃弾を月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)で防御し――――――そこで、変化は訪れた。

 

 

「あ、ああ、あああああアアアぁぁぁァァァあアあああアアアアああぁっっ!!!??」

 

何かしら攻撃を受けた訳ではない。

ただ、放たれた銃弾を防御しただけ。

それだけで、ケイネスの体は全身を内側から全身を切り刻まれているかのように、打ちひしがれ、そして―――――そこで、彼の意識は限界を迎えた………。

 

 

 

-------

 

 

 

「(魔力の込められた水銀による全力防御。タイミングとしては完壁だったな………)」

 

血まみれになって倒れているケイネスを見下ろしながら、魔術師殺し――――衛宮切嗣は淡々と分析していた。

凡そこちらを重火器に頼った唯の戦争屋位にしか思っていなかったのだろう。切嗣にはケイネスが次にどうするのか、次にどのような対策を以って臨んでくるのか、その全てが手に取るように読めた。

 

そもそも、ケイネスは気づいていないが月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)には様々な欠点が存在していた。

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は水銀という性質上、様々な形態を取ることが出来るが、『攻撃』の場合、圧力によって操っている為、強度があるのは基部のみであり末端には力が無い。攻撃の威力も変化させた鞭や刃状による薙ぎ払いや切断であり、それらを操るスピードと遠心力に依存している。また、攻撃パターンもケイネス自身が予め組み込んでいたが、そのどれもが実戦経験のない素人が考えただけであるため、切嗣のような接近戦の心得がある人物ならばその軌道を読むことが容易に出来る。

『防御』においては、自律防御によって主に害を及ぼさんとする事象全てに反応することが出来るが、薄く延びた液体に瞬間変形を遂げるだけの圧力をかけることは流体力学上不可能なため、瞬間的に圧力を超えるだけの威力がある攻撃には容易に突破されてしまう。

そして『索敵』においては、空気振動と熱源の感知によって対象を補足しているが、心拍数や呼吸音、体温などを変化させるなどで認識を誤魔化されると反応出来なくなってしまう。

さらに言えば、その動き全てが予め決められたものであるが故に、行動パターンが見切られると対処されやすく、複雑な形状をとると消費魔力が一気に上昇する。そして、一旦液圧をかけるのが難しい形態に変形してしまうと次の動作は反応速度・パワーともに著しく劣化するという弱点を持っている。

 

ケイネスは魔術師としては優秀であったが、実戦経験が無かったことが仇となってしまった。

 

その為、最初に防御を突破された際にその威力を警戒し、次の攻撃には魔力を込めた水銀で最大の防御を行ってきた。

 

―――――それが、魔術師殺し―――衛宮切嗣が仕掛けた罠だとは知らずに……。

 

 

 

―――――起源弾。

 

それが衛宮切嗣が持つ、魔術師殺しと呼ばれる所以となった魔術礼装の名前である。

 

切嗣自身の肋骨を粉々に砕いた粉末を弾丸に込めることにより、完成された”対魔術師”用の礼装であるそれは、対象である魔術に命中した際に効果を発揮する。

切嗣の起源……『切断』と『結合』の効果を持ったその弾丸に撃たれた魔力は、弾丸に命中した瞬間に術者の魔術回路に強制的にフィードバックされ、体内の魔術回路を無茶苦茶に破壊した後、強制的に再生される。

一度切られた糸を結びなおしても、切り口は以後も残り続ける………。

切嗣の名を現したその起源の効果で無茶苦茶にされた魔術回路は使い物にならなくなり、人間しても、魔術師としても(はかい)される―――――。

 

 

作成された弾丸は66発。

 

切嗣はその半数を使用し、撃たれた対象は例外なく仕留められていた。

 

 

 

 

 

目を見開きながら血まみれになっているケイネスにゆっくりと近づいて行く。

既に月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)ケイネス(術者)の魔力供給が切れたのか、すでにその姿を唯の水銀へと変え、辺りに飛び散らせている。

 

起源弾を喰らったとはいえ油断は禁物。

 

念のため、通常弾でケイネスの脳天を撃ち抜こうとし、機関銃を構える切嗣だったが――――

 

 

「………っ!!」

 

気配。

 

それも異常なほどの速さで到来する何か(・・)を感じ取り、直ぐに立ち止まり、機関銃に指を掛け銃弾を放つ。

 

――――だが、それがケイネスの体に直撃することは無かった。

 

「……………」

 

切嗣の放った銃弾、その全てをランサー……ディルムッド・オディナが槍で弾いていた。

 

何故ランサーが、と疑問に思う切嗣だったが、次のランサーの言葉に全てを察した。

 

「今、この場で貴様の命を奪うことがどれほど容易いことか分かるか?」

 

ケイネスと切嗣の間にいながら、鋭い目つきで見据えたまま、だが、と付け加えるランサー。

 

「そんなことはしない。そのような決着は俺も……セイバーも望んではいない」

 

―――――そういうことか……。

 

心の内で納得しながらも尚、銃口をケイネスに向け続ける。当然、その射線上にはランサーが存在している。

しかし、サーヴァント相手に銃は効かないことは切嗣も……そしてランサーも承知している。

銃口を向けられながらも気にも留めていないかのようにランサーはケイネスを担ぐとそのまま近くの割れた窓から飛び降りて行った。

 

相手は重傷を負い、意識を失ったマスターを担いでいる。

 

セイバーと戦えばどちらが勝つかは考えるまでもない。だが、セイバーは決して今のランサーを手にかけようとはしないであろうと切嗣は確信していた。何故なら、この状況を作り出したのは他でもないセイバー自身(・・・・・・)であろうから……。

 

ランサーは先程サーヴァントのマスター殺害という決着を望んでいないと言っていた。そしてそれはセイバーも同意であると。

 

つまり、セイバーは主の危機を知ったランサーを見逃し、止めを刺さなかったという訳だ。

 

「(愚かな……ランサーが僕を殺さないという保証はどこにもない。ランサー自身の性格だけで僕を殺さないと判断したというのか? もしランサーが僕を殺さなくても、ケイネスに僅かでも意識が残っていれば令呪を使われる危険性もあったというのに―――――)」

 

自身が呼んだ傀儡(サーヴァント)の下した、凡そ戦士がするとは思えない判断に理解が出来ず、頭を痛める。

 

 

―――――やはり、呼び出すサーヴァントは慎重に選ぶべきだったかな。

 

 

今この時点から、切嗣は自身のサーヴァントであるセイバーに対する評価を完全に固定した。

 

”聖杯戦争を勝ち抜くための最強の剣”から”騎士道という不確かな信念に左右される不出来な道具”へと―――――。

 

これから先も、セイバーは同じような判断をする場面に遭遇するかもしれない。そうなったら自身が直接手を下すか、もしくは令呪を使うしかないか、と新しく増えた面倒事の対処を考えながら、舞弥へと連絡を入れるために無線機を手に取る。

 

「(ケイネスは引いたがまだ油断できない。もう少し様子を見てから戻ってもらった方がいい……)」

 

そう考えながら、無線を掛ける――――が。

 

「…………?」

 

遅い。それがまず抱いた感想だった。

 

確かにアイリスフィールの護衛に付かせているとはいえ、この緊張状態でここまで時間がかかるものだろうか?

そう考えたが、プツッ、という音と共に繋がった無線に意識を向ける。

 

 

「舞弥、僕だ。何かあったの―――――」

 

 

 

『逃……げ、て………―――――――――』

 

 

 

 

直後だった。

 

切嗣の背後から、狂気と呼べるほどの執着心が籠った殺意が飛来したのは―――。

 

 

 

-------

 

 

 

冬木のとある道。

 

「しかし、不味いことになった……」

 

「はい? 何がです?」

 

拠点に向かっている途中、桜を背負いながら顎に手を添えながら何やら意味深な発言をする零司に反応するキャスター。

その疑問に応えるかのようにいや、と言いながら悩みを打ち明ける。

 

「昼間のアサシンの襲撃だよ。あれは俺の完全な自業自得ではあるんだけど、それで少し思っていた不安材料が現実になってきたと思ったんだ」

 

「不安材料、と言うと?」

 

「ライダーがアサシンの存在を察知するタイミング、だよ」

 

聖杯戦争に参加する前から零司はこれから起こるであろう第四次聖杯戦争の本来の道筋を可能な限り整理していた。

 

セイバーとランサーの初戦に始まりアインツベルンでのキャスター戦。

討伐令が発令され、キャスターの拠点を突き止めたライダーを暗殺しようとし、阻止されるアサシン。

ライダーが提案した聖杯の所有者を決めるための問答。

巨大な海魔を召喚するキャスター。

 

他にも様々な懸念が存在するが、その大方は目の前のキャスター『玉藻の前』を召喚したことにより杞憂へと消えた。

そもそも本来の正しい聖杯戦争が存続の危機になったのは、正規の手順で呼ばれなかった”本来のキャスター(ジル・ド・レィ)”がジャンヌ・ダルクと勘違いしたセイバーを付け狙っていたのと、召喚した”本来のマスター(龍之介)”との性格面での相性が抜群だったためだ。

それによりマスターという歯止めの効かなくなったサーヴァントが好き勝手する事態になった訳なのだから。

 

だが、目の前にいる玉藻の前(彼女)はそんなことは決してしない人物であることは確信していた零司。

 

しかし、それにより確実に何か(・・)が狂うであろうことは確実だと思っていた。

 

本来の歴史には存在しないマスターとキャスター。

 

変わったのはその二つだけ。

 

しかし、そこから発生する波紋はそこだけに止まらないのではないのか?

 

 

 

「もしかしたら、俺たちの知らない所でもっと重要な所が変わっているのかもしれない………」

 

 

―――それは今かも、もしかしたらずっと前からかもしれない……。

 

 

零司の呟きに戸惑いを見せるキャスター。

 

しかし、その戸惑いは零司も気付かないほどまでに小さいもので、そして悟られまいとすぐにいつもの様子に戻ったために気付かれることは無かった。

 

 

本来の歴史には存在しなかったキャスター、玉藻の前。

 

彼女だけは知っている。この聖杯戦争が最初から………いや、根本から捻じれ狂っていることに。

 

 

 

これは本来の聖杯戦争とは掛け離れた『間違いだらけの聖杯戦争』であることに―――――。

 

 

 

-------

 

 

 

「くっ…………!」

 

背後から迫った二振りの刀のような投擲剣―――黒鍵を弾き、数歩下がる。

 

すでに無線は黒鍵を避ける際に両断され、その役目を終えている。

 

すかさず機関銃の銃口を飛来してきた暗闇へと向ける。

 

 

そこにいたのは最も会いたくなかった人物。

 

 

「言峰…綺礼………!!」

 

「衛宮…切嗣………!!」

 

 

―――代行者……言峰綺礼。

 

元魔術師殺しのエキスパートであり、アサシンのマスターであり、そして―――衛宮切嗣の最大の障害である彼が暗闇の中で見つめていた。

 

 

その貌に――――僅かな笑みを浮かべながら。

 

 

 




セイバー対ランサーでした。

描写は少ないけど結構戦っていたんですよこの二人。
それこそ宴会一回分くらいには。

近いうちにFate/Apocryphaの短編を投下しようかなと考えてます。
それ次第で続きを書いていこうかなと。
まぁまだ判明していないサーヴァントもいるから時間は掛かることになるだろうけど。

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