テルヨシが黒雪姫相手に特殊条件とはいえ初勝利を納めて、そのレベルを4にまで上げた放課後。
いつものように練馬区桜台にあるケーキ屋へとまっすぐバイトに向かったテルヨシは、今日は閉店までシフトが同じのパドのリアクションを期待しつつ、バスを降りてケーキ屋へと入っていった。
いつものように店内で10秒程度でタッグ登録をしたテルヨシとパド。
パドはその登録の段階ではまだテルヨシのレベルが表示されないために気付いていなかったようで、テルヨシは言いたい気持ちと隠しておきたい気持ちで揺れながら、なんとか言わないままでそこを乗り越え、さっさと客用スペースへ行ってしまったパドを見送って、自分もパパッと着替えて厨房の方に入っていった。
ゴールデンウィークを過ぎてから、また一段とテルヨシの年上女性人気は上がり、平日のテルヨシのバイト時間――午後4時以降――はテルヨシの作ったケーキを買いたい食べたいの女性客が後を絶たなくなっていた。
実際のところ、テルヨシは店のレシピの通りにケーキを作っているに過ぎなく、仕上げは店長である
それでも『誰が作ったか』でその価値に違いを見出す変わらない人間の心理にはテルヨシも理解があったため、自分が作ったケーキを求めて店に来てくれるのが素直に嬉しかった。
特に最近では、テルヨシが休憩時間を客用スペースで過ごすことを知る人達が、その時間を調べてわざわざ来客したり、イートインスペースに居座って待ち伏せたりといった傾向が見られるようになってきて、テルヨシもテルヨシで話しかけられたら断ることをしないので、休憩時間のほぼ全てを客との会話で埋めていた。
そうしたテルヨシ人気の波に従来の常連の上月由仁子はどことなく居づらさのようなものを感じてきているようだが、そんな心情も汲み取るテルヨシが気さくに話しかけるため、たまに奥様方に可愛がられていたりする。
パドはパドでテルヨシのおかげで時給が上がったと面と向かって言う始末。
らしいと言えばらしいが、女性客と仲良く話してる様を見ながらやきもちのような感情を一切見せてくれないパドに対して、テルヨシは複雑な心情だった。
そんな最近のバイト事情が背景にある中、テルヨシはいつものように厨房スタッフの人達と楽しく適度に会話をしながらケーキ作りをしていると、もはやすっかり聞き慣れてしまった加速を示すバシィィイイ! という脳内に響く音の後に、テルヨシの見る世界は途端に青く色褪せて止まり、視界には【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】の炎文字が浮かんで消える。
それから自身の姿がデュエルアバター《レガッタ・テイル》へと変わったのを確認してから、流れ作業のようにテルヨシは今回構築された対戦フィールドと対戦相手を確認した。
対戦フィールドは建物が1つの禍々しい生き物のようなドロドロとしたものとなっていたり、気持ちの悪い虫のようなオブジェクトが徘徊している《煉獄》ステージ。
そして今回の対戦相手。これにはテルヨシも少し驚いてしまう。
何故ならその挑んできた相手は、どちらもレギオン《プロミネンス》のメンバーだからである。
《Cherry Rook[Level5]》
《Carmine Bomber[Level5]》
1人は《チェリー・ルーク》。チェリーが示す赤の騎士甲冑姿の
そしてもう1人は《カーマイン・ボンバー》。少し彩度の低い赤のF型アバターで、膝から下しか見えない腰を頂点とした円錐に広がるスカートのような装甲と、両手の平に半球の窪みがあるのが最もな特徴。
こちらもかなり危険な相手で、テルヨシは1度彼女に『消し炭』にされた経験もあった。
そんな2人は今、バイト中でパドと組んでいるテルヨシへ乱入することを制限させられている。
これは最初期において決定したプロミでの約束みたいなものだったので、テルヨシもバイト中にパドと組んでいる間は彼、彼女らと対戦することは1度もなかった。
「テイル。いつレベルを上げた?」
テルヨシが2人の乱入者について思考していると、いつも神出鬼没の相棒、パドが隣に移動してきていきなり質問が飛んできた。
「学校にいる間にパパッとな。それより《チェリー》と《バーちゃん》が相手なんだけど、なんか聞いてる?」
「たぶん私と同じ質問が飛ぶはず。私もちょっと驚いた」
「あ……パドのリアクションを期待してたのに……なんかそんなでもなくね?」
「レベル3になれるくらいにはマージンがあると思ってたから。あとは私の目の届かないところでの成果ということ。ただそれだけ」
ごもっとも。そう思わざるを得なかった。
テルヨシがパドと一緒にいる時間はかなり多い。だからこそテルヨシが獲得するポイントは概算で出すことも可能で、テルヨシがほぼ1人でいる日曜日にどれだけ稼いだかを計算に入れられなかった誤差で少し驚いたくらいなのだろう。
それから期待より反応の薄かったパドと一緒に建物の外へと場所を移して、念のためにオブジェクトを破壊して必殺技ゲージを溜めつつ、乱入してきた2人の到着を待った。
向こうも必殺技ゲージを溜めながら、3分くらいで姿を現して、その間にプロミのギャラリーやテルヨシを観戦登録している他のバーストリンカーも周りに集まり始めて、そこからもパドと同じような質問がテルヨシに飛んでいた。
まぁ、昨日の今日でレベルが1から4になっていれば当然なのだが。
「どうやら僕達の質問はもう必要ないみたいだな」
「おっすチェリー。観戦登録してくれてりゃ、誰か乱入してくるんだから待ってりゃ良かったのに」
「みんな待つのが嫌いなんだよ。それにレベルアップしたテイルと対戦したいって思って、バーちゃんと先手を打ったのさ」
「なるへろ。わざわざ新技の実験台になりに来たと。ご苦労様です。そしてバーちゃんごきげんよう」
「うむ、主も元気そうじゃの」
到着したチェリーは、そうやって今回の目的を明確に宣言して、テルヨシも挑発するように返しつつ、チェリーの隣に立つボンバー、通称バーちゃんに挨拶をすると、そのバーちゃんは可愛らしくありながら、いかにもキャラを作ってるような老婆みたいな喋りでテルヨシに挨拶を返した。
世界広しと言えど、女性がバーちゃんなどと呼ばれて嫌がらない人は彼女くらいと言い切る自信がある。
初対面時、失礼のないように《ボンバー》と呼んでみたら、物凄い剣幕で怒られた経緯もあり、彼女を知る人物は皆、普通にバーちゃんと呼んでいる。
そんな彼女がそうして喋りまで老婆っぽくするのは、リアルとのギャップを作り、リアル割れ防止をしているのかなと考えたテルヨシだったが、憶測の域を出ないし、本人が本当に気に入ってる可能性もあるため、真相は定かではない。
聞こうにもプロミのメンバーの中にはそれを聞いて『消し炭』にされた者もいるとかいないとかを周りから聞いたため、聞くに聞けなかった。
そんなバーちゃんの必殺技ゲージを見てみると、すでに半分ほど溜められていて、テルヨシは若干舌打ちをし、パドもどこか先手を打ちたい気配を醸し出していた。
「んじゃ、せっかく組んでくれた対戦カード。ここで強くなった――ポテンシャル的に――オレを見せてやりますか!」
そんなパドの気配を察知したテルヨシが火蓋を切る台詞でスタートの合図を出すと、言い切るか言い切らないかの微妙かつ絶妙のタイミングでパドがバーちゃんめがけて突撃。
パドほど先手必勝を体現できるバーストリンカーもいないだろうと、この3ヶ月で思わされていたテルヨシは、こういう時の作戦『1人1殺』を決定して、チェリーへと向かっていった。
しかし何十回とテルヨシとパドのタッグ戦を観戦してきているチェリーとバーちゃんは、その動きだけでテルヨシ達の作戦を先読みし、チェリーがバーちゃんの腰に腕を回してホールドすると、空いた右手を近くの建物の屋上へと向けて、手首からワイヤーを射出。屋上に固定すると、すぐに巻き取り2人は宙を舞い屋上へと飛んでいった。
これがチェリーのアビリティ《
先端にフックの付いたワイヤーを手首から射出し、今のように大ジャンプのような移動を可能にしたり、近くの物をたぐり寄せたりと用途は様々。これを利用した機動力はなかなかに厄介。
そしてバーちゃんは、チェリーに抱かれたままその両手をガチンと合掌。
そのあと両手を離すと、その手の中からピンポン玉程度の黒い球体が姿を現し、それをテルヨシとパドめがけて投げつけた。
テルヨシとパドはその球体を確認してすぐに回避行動に移行。過剰じゃないかと思うほど距離を取った。
その球体はテルヨシとパドのいた地点の地面にぶつかると、途端、直径5メートルほどの範囲を爆炎で包み込んだ。
これがバーちゃんのアビリティ《
両手の平に空いた半球の窪みをピッタリ合わせることで、そこから小型の爆弾を作り出す能力。
その爆発力はまともに食らうと酷いダメージを受けるため、それを知るテルヨシとパドも範囲外に即座に逃げたのだ。
「ちょいパドさんや。先にバーちゃん倒そうよ。長引いて『アレ』出されたら『消し炭』ですよ」
「K。それよりバーちゃんに上を陣取られるのはNG」
「あれ? パドもバーちゃんって言うんだ。イメージ的にちゃん付けすると思ってなかった」
「HU」
建物の屋上へと飛んでいった2人を見ながら、テルヨシがそんな提案をすると、パドも同意見だったらしく即決でバーちゃんを倒す方針となり、意外にもパドもちゃん付けで呼ぶことに触れると、少し声のトーンが落ちたので、触らぬ神に祟りなしと逃げるように指示に従ったテルヨシだった。
「ほーれ! 主らへの土産じゃ! 受け取れぃ!」
そうして動き出そうとしたテルヨシに、30メートルほどの高さの建物の屋上からバーちゃんがガンガン両手を叩きながら、次々にリトル・ボムを作って落としてきた。
バーちゃんのリトル・ボムは平面から投げつけるより高所から落下させる方が、投げる動作を省けるため物量が増える。
さらに今回はチェリーという機動力を得て、高所を陣取る確率が上がっていて、パドはそれを危惧してテルヨシを急がせていた。
「《インパクト・ジャンプ》!」
バーちゃんのありがたくない土産を見上げつつ、テルヨシはその間の抜けられるスペースに狙いを定めて、自身の必殺技を発動。
しかし今までのテルヨシのインパクト・ジャンプは垂直跳びで20メートルが限界。今チェリーとバーちゃんがいる建物の屋上に及ばない。
それはわざわざテルヨシの届かない建物を選んだチェリーが一番わかっていた。だが、
「うおっ!?」
チェリーのその認識は甘かった。
そんな声をあげたのは、チェリー達よりさらに10メートルほど高くの空中に姿を現したテルヨシ。
しかも必殺技発動に用いたゲージが、今までの半分に軽減されていた。
これがテルヨシのレベルアップ時に強化された部分。その内の2つ。
1つはインパクト・ジャンプの跳躍距離のアップ。単純に以前の2倍。40メートルをひとっ跳びで移動できるようになった。
2つ目は必殺技発動に必要なゲージ消費量の軽減。これによりインパクト・ジャンプだけなら、ゲージ満タンの状態で4回使えるようになっていた。
しかし対戦で使うのは今回が初のテルヨシ自身、今までの跳躍との変化に思わず声が漏れてしまった。
テルヨシのそんな変化に驚きはしたチェリーだが、アホっぽいテルヨシの声で思考を戻して、空中で身動きが取れないテルヨシの隙を突いて再びバーちゃんの腰に腕を回してワイヤー・フックで別の建物へとジャンプをする。
その去り際に、バーちゃんは両手を合わせたまま必殺技ゲージを最大の半分消費して置き土産を出した。
「《リトル・ビッグボム》!」
動作はリトル・ボムと変わらないが、その手から作り出された爆弾は、テルヨシの着地地点に落ちる形で放置されて、チェリーとバーちゃんは別の建物へと跳び移って避難。
「ノ……ノォォオオオ!!」
そんなバーちゃんの置き土産に絶叫するテルヨシだったが、すでに体は自由の効かない空中。そして、
――カッ!!
建物の屋上を中心に、まばゆい光が発生し、次にはそこから直径50メートルほどの範囲が爆炎に包み込まれてしまった。
バーちゃんの必殺技《リトル・ビッグボム》は、単純に爆発範囲と殺傷力を強めただけのものだが、その範囲はリトル・ボムの10倍。威力が1.5倍と破格のもの。
今までこのリトル・ビッグボムで『消し炭』になったバーストリンカーは皆、口を揃えて「えげつない」と語るほどに凶悪なバーちゃんの『殺戮兵器』の1つである。
そのバーちゃんの必殺技をほぼ中心で受けたテルヨシは、当然大ダメージを受けるはず、だったのだが、
――おおっ!!
と、周りにいたギャラリーが驚くように、テルヨシのHPゲージは1ドットも減っていなかった。
「バーちゃんの鬼! あんなん普通躱せないっての!」
そしてテルヨシのそんな文句は、爆心地から離れた別の建物の屋上。距離にして約30メートルほど。
見れば最初半分あった必殺技ゲージが空っぽになっていた。
つまりあの状況でテルヨシはさらにインパクト・ジャンプを発動させて爆発から逃げたことになる。
不可能だ。そう思わざるを得ないチェリーとバーちゃん。
ギャラリーもどうやって脱出したのか理解している者はいないようだった。
この脱出劇を可能にしたのは、1度も表舞台に出してこなかった《スイッチ・アーマメント》と同じ常時発動型アビリティ《
地面から90度以上の角度で足の裏が向いている場合に、片足のみに一瞬だけ足場を発生させるこのアビリティ。
90度未満で発動しないのは、アビリティによる無限上昇を不可能にするためと、テルヨシは考えていた。
これは先の黒雪姫戦でも、終盤の終盤で1度だけ使って難を逃れ、それで結果勝利を納めている。
「よそ見はいけない」
そうやって立て続けにテルヨシの新たな能力を見せつけられたチェリーとバーちゃんは、遠くでギャアギャア叫ぶテルヨシに目を奪われ、その隙に壁面走行能力のある《シェイプ・チェンジ》で四足歩行獣となったパドに接近を許してしまう。
パドはテルヨシとの打ち合わせ通り、反応の遅れた2人のうち、バーちゃんに狙いを定めて牙を立てた。
「くおッ!!」
反応が遅れながらも、パドの狙いに気付いたチェリー。
バーちゃんの首元に噛みつこうとしたパドに体を割り込ませ、バーちゃんの代わりにその牙を受ける。
その様は騎士型アバターとして勇敢かつ体現したものと言えた。
チェリーはパドの強力な噛みつきに耐えながら、左足にバーちゃんを乗せて、そのまま空高くに蹴り上げた。
バーちゃんはそのポテンシャルのほぼ全てをリトル・ボムに費やしていて、本体の耐久値は絶望的なまでに低い。
しかし驚くべきはその重量。
今チェリーがやってみせたように、バーちゃんは片足で蹴り上げられるほどに軽い。数値にして1キロあるかないかといったレベル。
打撃系は食らうと想像以上に吹き飛び、強風や雨の降るステージではもろに影響を受けてしまう。
そして現在テルヨシが知る中で最軽量のアバター。それがカーマイン・ボンバーである。
そんなバーちゃんを安全圏に逃がしたチェリーは、噛みつかれながらもパドをガッチリホールドして持ち上げ、一気に屋上からダイブ。自滅覚悟でパドを地面に叩きつける選択をした。
それにはパドも首から牙を離して離脱を試みるも、絶対に離すもんかとホールドするチェリーからは抜けられず、チェリーを下にしようにも、無理なようだった。
それを見てテルヨシは迷うことなく2人の落下地点へダッシュ。
しかし数秒で辿り着くはずもなく、パドは地面へと叩きつけられてそのHPゲージを一気に8割ほど削られてしまい、さらに落下の衝撃ですぐに動けず、同じくパドを下にしながらも地面に叩きつけられたチェリーは、残り1割ほどのHPの中でパドにとどめを刺そうと立ち上がった。
「トォーーウ!」
そのチェリーに対して、全力疾走してきたテルヨシが容赦ないドロップキックを横っ腹に食らわせてチェリーを吹き飛ばしパドを救出すると、その一撃でHPゲージが吹き飛んだチェリーは退場。倒れた辺りに死亡を示すマーカーが浮かんだ。
「悪いパド。間に合わなかったわ」
「NP。それよりバーちゃんが『空にいる』」
ドロップキックのあと、すぐにパドを抱き起こしたテルヨシだったが、まだ終わってないとパドに諭されて、うげっ! と思い出したように空を見上げた。
「仇は取ろうぞ、チェリー。《ボンバー・カーニバル》!」
そのバーちゃんは、遥か頭上の空で、長いスカートの装甲を少し開いて、クルクルと回転させながら非常にゆっくりと『降下』し、リトル・ボムによる必殺技ゲージのリチャージの便利性を生かしたゲージ回復力で、再び満タンとなっていたゲージを8割消費して新たな必殺技を発動。
両手を合わせた状態から、自分自身も回るスカートに合わせて、その手を広げてバレリーナのように空中を回り始めた。
これがバーちゃんのもう1つのアビリティ《
自身の重量の無さを利点に変えて、スカートのような装甲を少し広げて回転させることで制動制御をし、ゆっくりと降りるアビリティ。
単独でなら、自身のリトル・ボムの爆風で空へと上がり、遠くに着地するといった芸当も可能で、その優雅な空中下降を見るバーストリンカーの中には《
しかし彼女を表す通り名は《
そして発動させた必殺技は、バーちゃんの『殺戮兵器』の2つ目《ボンバー・カーニバル》。
これは必殺技ゲージの8割を消費して『自身が一定速度で回転し続ける限り両手からリトル・ボムを作り出す』トンデモ必殺技。
説明を聞くと作り出した先から足下に落ちるため、自滅技でしかないように思えるが、今のように空中から降下しながら発動させた場合、一種の爆撃機と化すのである。
半回転で両手から1つずつ繰り出されるバーちゃんのリトル・ボムは、正確にテルヨシとパドを捉えて降り注いできて、ダメージで動けないパドを背負ってでも回避に移ろうとしたテルヨシだったが、
「私を捨てて行く。背負って逃げてもバーちゃんの爆撃は避けきれない。HU」
背負おうとしたパドに即座にそう断言されてしまい、悔しさで歯を食いしばってからその意見に賛成してパドを置きバーちゃんの爆撃から全力で逃げたテルヨシ。
そのすぐあとには、テルヨシのいた地点で激しい爆発が起こり、視界上を見ればパドのHPゲージが吹き飛んでいた。
これまでパドがテルヨシより先に脱落になったケースはほぼないに等しい。
テルヨシの記憶の限りでは、大乱戦になって引き分けに近い形の勝利を納めた時だけ。
今回のように「私を置いて」的なことを言われたことは1度もなかった。
それはひとえにテルヨシがレベル1だったからということもあるのだろうが、それを抜きにしてもパドは常に独力で道を切り開くバーストリンカーの鑑である。
だからこそ今回のパドの決断は、テルヨシにとって大きな意味を持っていた。
――託した以上は絶対に勝て――
テルヨシはそう言われたような気がしていた。
そんなパドに背中を押されたテルヨシは、未だ宙を舞いリトル・ボムを落とし続けながらテルヨシを狙うバーちゃんをしっかりと捉えながら、降り注ぐリトル・ボムを躱していく。
バーちゃんのボンバー・カーニバルは近接系にとって手の届かない距離からの攻撃であるが、それも無限ではない。徐々にではあるが降下している。
だからいずれはバーちゃんもその空中降下を終え、地面に足を付くことになる。そこが唯一のチャンス。
降り注ぐリトル・ボムは周囲の建物を次々と倒壊に追い込んでいき、それに伴い必殺技ゲージもどんどん溜まっていくが、そんなことに意識も向けていないテルヨシは、バーちゃんが地上へ降りる瞬間を虎視眈々と狙う。
そして爆撃機と化していたバーちゃんは、地面から15メートルほどまで降下した辺りでその回転を止めて着陸体制に入りながら、その手に1発のリトル・ボムを作り手に持つ。
これはほぼテルヨシの狙いに気付いての行動。
着地と同時に足下へリトル・ボムを投げ爆発させ、再び空へ逃げる算段なのは明白。テルヨシもそれは想定済みだ。
つまりここからが駆け引き。いかにして相手の策を潜り抜け、自分の策を通すか。
勝負は一瞬。そう考える両者は、バーちゃんが地上へ降りる正にその時に激突した。
バーちゃんは着地する瞬間を狙っているテルヨシの裏をかき、被弾覚悟で着地前にリトル・ボムを足下に投下。
スカートの下で爆発を受けるつもりなのか、両足が吹き飛ぶのは仕方ないといった感じだったが、これでまた空へと舞えば、バーちゃんの圧倒的有利になる。
そしてリトル・ボムが地面に触れて爆発しようとする瞬間、テルヨシはバーちゃんにあと3歩ほどのところまで接近。
だが裏をかくバーちゃんの策にギリギリ追い付かなかった。
――ボフッ!!
そんな音がしたのは、リトル・ボムが落ちた地点。
明らかに爆発音なのだが、その被害は皆無。放ったバーちゃんは驚きと同時に地面へと着地。目の前の光景に目を奪われた。
テルヨシは爆発の瞬間、自身の強化外装である《テイル・ウィップ》でリトル・ボムを隙間なく包み込み、その爆発を抑え込み無力化していた。
テルヨシのテイル・ウィップは、外装自体はテルヨシの後頭部に接続されているが、その本質はあくまでも強化外装であり、その点を利用してノーダメージでリトル・ボムを処理したのだ。
その代償として、テイル・ウィップは一撃で粉砕されてしまったが。
「悪いバーちゃん。今回は負けられねーから」
リトル・ボムを無力化し、バーちゃんを地面に降ろした時点で、この駆け引きはテルヨシに軍配が上がったのは明白。
バーちゃんもテルヨシのそんな言葉を聞いて現実に戻ってきて、そうなって打つ手なしと悟ったのか、体から力が抜けていた。
それからテルヨシのわずか2発の蹴りでほぼ満タンだったバーちゃんのHPゲージは容易く吹き飛び、退場となると、テルヨシの視界に【YOU WIN!!】の炎文字が出現し、ポイントが加算された。
その後はプロミ以外に2度乱入されたが、そのいずれも勝利。
最初のチェリー、バーちゃんコンビほどには追い詰められることもなかった。
そうしてテルヨシが自身のポテンシャルを確認し終えて、バイトも終えた時間。
いつものようにパドと別れて帰ろうとしたテルヨシを、パドが引き留めて衝撃が走りそうなあることを告げた。
「今夜空いてる?」
と。