ついに念願である6大レギオンの領土陥落を成し遂げたテルヨシ。
その喜びは計り知れないものであったが、対戦を終えて残り時間に猶予のあるこの時間にやるべきことを当初から決めていたテルヨシは、込み上げる喜びを抑えていま現在この場にギャラリーとしてダイブしている青のレギオンに聞こえるように声を張り上げた。
「今この場にいるバーストリンカー達に頼みたいことがある。今オレが落としたここ中野第2戦域はオレ達の支配戦域になるが、すぐに放棄してどこのレギオンのものでもない中立地帯にする。また来週にそこの《ナイト》が旗揚げしちまう前に、明日の午後4時ジャストに、オレ主催でいっちょ盛大に《バトルロイヤルモード》でド派手に戦いたいと思ってる。この中2戦域は北にプロミ、東にレオニーズ、南にグレウォとレギオンの領土が隣接する絶好の場所だ。参加したいバーストリンカーはその時間までにバトルロイヤルモードをオンにして待機しててくれ。相互不可侵条約に縛られたバーストリンカーや、日頃の鬱憤を晴らしたい奴等の参加を待ってる。ってな感じで伝えていってくれるとありがたい。よろしく頼む」
そうして言いたいことをスラスラと述べたテルヨシに対して、当然ギャラリーはざわつく。
テルヨシの言った通り、この中野第2戦域は、ざっくり南北に分けた中野戦域の南。北は赤のレギオン《プロミネンス》が、すぐ東隣にある新宿戦域は青のレギオン《レオニーズ》が、南隣の渋谷戦域は緑のレギオン《グレート・ウォール》がそれぞれ領土としているため、この中野第2戦域は6大レギオンのうち3つが隣接する絶好の場所となるわけだ。
さらにそこが中立地帯ともなれば、6大レギオン相互不可侵条約などという制約も機能しない自由空間にもなり、そこで戦うのは完全な自己責任とできる。
そして通常対戦フィールドにおいて《1対1》《タッグ戦》とは違う第3の対戦方式。それが《バトルロイヤル》である。
バトルロイヤルモードは、通常の対戦申し込みの段階で、サブメニューからバトルロイヤルを選択することで、現在その戦域にいるバーストリンカー全員を対戦に引き込める。
しかしこのバトルロイヤルモードは参加の有無を設定の段階でオンオフできるため、大半のバーストリンカーは普段オフにしている。
もちろんテルヨシ自身も毎度毎度大乱戦をやる気力もないので、日曜日を除いてオフにしている。
そんなお祭り企画を聞いた青のレギオンのギャラリー達は、自分達の領土を落としてまでそんなことをやろうとしてたのかとガヤガヤ。
ナイトもいる手前もあるのだろうがそれで盛り上がろうとするやつはいなかったが、そのナイトがテルヨシを見下ろしながらこの場で初めて口を開いた。
「ちょっと待ってくれや、テイル」
西洋の鎧甲冑をそのまま装甲とした《純色の青》に、その装甲色の西洋長剣を携えた騎士型アバター。誰もが知る青の王《ブルー・ナイト》。
ギャラリー達の中で、そこだけ近寄りがたい雰囲気を出しながら、ただ1人、隣にマーガとそっくりなF型アバターを置いていたナイトは、テルヨシの話を聞いて砕けた口調で発言権を主張したのでテルヨシもどうぞと譲る。
「お前さんのその祭り、当然うちのレギオンのやつらも参加可能なわけだよな?」
「もち。なんならあんたも参加するか? 他の王なら自分の巣穴から出てきたりしねーと思うぜ?」
「ありがたい申し出だが、やめとくぜ。それよりうちはお前さんに領土を落とされて黙ってねーやつがいる。ここにいる《コバル》とかがそうなんだがな。そういうやつらが『共闘』してお前さんを倒しても、文句はねーよな?」
「問題ないね。だが言っとくぜナイト。それでオレを倒したあとに『同じレギオンだから戦えない』とかってぬるい対戦やりやがったら、この祭りに賛同する奴らを全員敵に回すことになると思えよ」
「私怨で動けばフルボッコってか?」
ナイトの物言いはテルヨシも最初から覚悟の上でバトルロイヤルをやると宣言していたので、実際に言われたところで動揺など微塵もなく、むしろナイトに突き返してみせる。
「貴様! 少々粋がりすぎだぞ! その発言、我らが敵を作ることを恐れてると言ってるようなもの! そう多くもないだろう賛同者が我らの脅威になるとでも思っているのか!」
と、テルヨシがナイトと無言で視線のぶつけ合いをしていると、ナイトの隣にいたコバルこと《コバルト・ブレード》が我慢しきれず前へ出てテルヨシ達を下に見る。
コバルはマーガとほとんど同じ青色メタルカラーのF型アバターなのだが、頭の角飾りがツインテールのようになっている。
事実、古参であるコバル達からすれば、テルヨシなどブレイン・バーストを始めて間もないと言えて当然。経験値の差も計り知れないもので、他の中小レギオンや無所属バーストリンカーも有象無象の集団くらいなのかもしれない。
「だから? コバルがそう思ってんなら事実なんだろうけど、オレは1度だってコバルに勝てないなんて思ったことはないし、ナイトとだって戦って負けるイメージはない。賛同者だってまだ多い少ないもわからん状況で粋がると痛い目を見るぜ?」
「我が王に勝てるだと? 私に勝てんようなやつが吠えるな!」
「ははっ。まぁ待てやコバル。いいじゃねーの。最近はあんな啖呵切れる奴そうはいねーよ。それにますます気に入ったね。どうだ? やっぱうちのレギオン入らねーか?」
「お断りだ。レギオンに入るメリットが何ひとつねぇし、それにコバルとマーガがオレのこと嫌うだろ?」
「当然だ! 貴様のようなひょうきん者はレギオンの規律を乱す!」
コバルの介入によって2人の沈黙は破られたが、元よりただの確認作業をしただけだったらしいナイトは、自分のことになると血が昇りやすい側近を抑えてテルヨシをレギオンに勧誘。
しかし王自らの誘いであろうと速攻で却下し、嫌われていることも理解した上でコバルに振ってみせた。
まぁ、予想した通りの反応には思わず苦笑してしまったが。
「んじゃナイトから質問もあったし、対戦の独自ルールな。対戦では不意打ち・共闘・裏切り・待ち伏せ何でもあり。ただし妙な仲間意識は持たないように。同じレギオンだから戦わないとかそんなのな。闘志無きバーストリンカーはその報いを受けることを覚えておいてくれ」
「テイル。その祭り、今後も続けるつもりか?」
「もち。ナイトが来週にまた旗揚げしたって、オレがまたガッちゃんやスノーと一緒に落としにかかるぜ。それこそオレの祭りに賛同してくれる支持者達と一丸になってな」
ナイトとの話にも折り合いがついたと判断したテルヨシが、追加でギャラリーに説明すると、最後の確認なのかナイトがそんなことを聞いてきて、それにもテルヨシは不敵に宣言してみせた。
それにはさすがのナイトも笑うしかなかったのか、腹を抱えた。
「いいね。わかったわかった。俺はもうこの中2戦域に旗は揚げない。相互不可侵条約のせいでくすぶってるやつらがいるのも感じてたしな。お前のその祭り、大いに盛り上げてくれや」
「そりゃ参加者次第だな。オレ的には50人以上の大乱戦を目標にしてんだ。だからナイトのとこのやつら全員送り込んでもいいんだぜ?」
「ははっ! そりゃ大層な目標だ。うちは行きたいやつらを咎めたりしないからよ。派手にやってくれ」
それを最後にナイトはギャラリーから消え、続くようにコバルが姿を消した。
しかしまさかこの段階でナイトが身を引くとは思ってなかったテルヨシは、思わぬ収穫にニヤニヤが止まらなかった。
表情がわからないアバターじゃなければ周りに引かれたに違いないほどに。
そのあと他の青のレギオンメンバーもテルヨシ達に一言二言賛辞を贈ってからフィールドから姿を消し、残すはテルヨシとガストとスノーだけとなった。
「まさかあの《
「ナイトも現状の全てを良しとはしてないってことだろ。まっ、オレの祭りが盛り上がらないようなら、またこの中2戦域は青く染まることになるだろうがな」
「大丈夫よ。私がテイルの話を聞いて面白そうって思って、こんな協力までしたんだからね。当然明日は私とスノーも参加するし」
「え!? ぼ、僕もなのガスト姉!?」
「当たり前よ。あんたもそろそろ単独で戦えるようになってもらわないと、親として今後が心配になるわ」
「過保護なのはガッちゃんなのに勝手だよな……にゃあ! 冗談ですよガッちゃん!」
そんな会話をしてまたガストの怒りを買ったテルヨシは、ためらいなく振り上げた扇子を見て慌てて謝る。
そのガストも本気で振り下ろすつもりはなかったからか、まったくと言って地面に降ろし、それにテルヨシは安堵する。
「ああそうだガッちゃん。ちょいカモン」
ガストの怒りを鎮火してから、テルヨシは思い出したように手でちょいちょいと手招きして近付かせると、ガストも何だろうとフラフラ近付いていき、目の前まで来たところでテルヨシはいきなりガストに抱き付いた。
「サンキューなガッちゃん。ガッちゃんが協力してくれなかったら、今回の成果はあり得なかった。マジで感謝してる」
どげしっ!
そうやって抱き付きながらに感謝を述べたテルヨシだったが、次にはそのガストに振り払われて蹴りまで入れられてしまった。
「じょ、女性にいきなり抱き付くとか、あんたどういう神経してんのよ!!」
「えー、欧米じゃハグなんて挨拶と同義だぜ? 本当ならほっぺにチューしたかったんだけど、こんな姿だしな」
「ここは日本! ジャパン! 欧米文化なんて根付いてない!」
「んもう、ガッちゃんの恥ずかしがり屋さん。照れ隠しならもっと可愛くや……」
そこまで言ったらまたガストが扇子を振りかぶったので、それ以上を口にせず沈黙するテルヨシ。
それからテルヨシはスノーにもハグを実行しようとしたが、スノーのボディは雪と同様で冷たいために断念。代わりに握手で感謝を示すと、スノーも活躍できたことが嬉しいのか、出番をくれたテルヨシに感謝した。
「まっ、明日はスノーに無双させるような真似は絶対にしないから覚悟しろ。ガッちゃんも気付いたら負けてたとかなしだぜ?」
「それはこっちの台詞よ。主催者が狙われるのは定番なんだから」
「僕もテイルさんとぶつかっても絶対に負けません!」
「おうよ! それじゃそろそろ戻るな。また明日」
感謝のあとはそんな感じで明日の話を簡単にしたテルヨシは、そのあと2人に手を振ってバースト・アウト。
2人もテルヨシが消えるまでその手を振ってそのままその日は別れたのだった。
領土戦を終えて、中野第2戦域から高円寺駅近くの自宅へと帰ってきたテルヨシは、サクッと用を済ませて自室へと戻ると、ベッドで横になって視界にある新規メール作成で誰かにメールを送った。
ちなみにテルヨシは下半身の自由が利かないが、排泄は奇跡的に1人でできるため、こうして独り暮らしもなんとかギリギリ可能となっている。
そうでなければ今もアメリカのワシントンD.C.で幼馴染みの家族にお世話になっていただろう。
そうしてメールを送って数分後、相手からの返信があり、テルヨシがそのメールを開くと、中にはこう書かれていた。
『ナイトのやつの領土を落としたか。まったくお前は大したやつだな。協力してくれたレギオンには十分に感謝しろよ。そしてバトルロイヤル祭りとはまた面白そうな催しを思い付いたな。ナイトが領土を空け渡したなら、毎日……は無理としても、毎週1度は開催すべきだ。夏休みが終わった時にテルがどれほどのものになってるか楽しみにしている』
テルヨシがメールを送った相手は、言わずと知れた黒の王《ブラック・ロータス》こと黒雪姫。
彼女は現在、加速世界で最大の賞金首とされていて、その事情ゆえに一切のグローバル接続を切っているため、こういったメールなどは旧世代のタブレットやPCなどで行っている。
そんな黒雪姫にテルヨシは今日の出来事を誰かに話したくて仕方なく、我慢もせずに速攻でメールを送って返ってきたのがこのメール。
現在ではテルヨシとしかまともに対戦できない黒雪姫にとっては、ウザいことこの上ない話にも関わらず、嫌な色ひとつ見せないメールに、テルヨシは器の大きさみたいなものを感じてしまう。
勢いでとはいえ、黒雪姫の気持ちを多少無視した情報を一方的に送ってしまった自分に罪悪感を感じつつ、テルヨシは「夏休み明けにはレベル9になってるぜ!」と冗談全開で返してみたのだが、わずか十数秒で返信が来て「だとしたら夏休み明け初日がテルのバーストリンカーとしての最後だ」と死刑宣告が返ってきたのだった。
その同じレベルでも絶対にテルヨシには負けないという自信もさることながら、レベル9同士のサドンデスルールでテルヨシがブレイン・バーストを強制アンインストールされようと仕方なしとする返答には正直肝を冷やした。それがたとえ冗談なのだとしても。
それでこれからは冗談でも黒雪姫を過剰に刺激しないことを心に誓ったテルヨシは、一応冗談であったことを伝えつつ黒雪姫とのメールを終了させ、明日のバトルロイヤルへの期待に胸を踊らせてそれからの時間を過ごしていった。
翌日の朝。
この日は開店からバイトのシフトを入れていたテルヨシは、開店前の仕込みから手伝うというバイトなのか正規の店員なのかわからない行動をしていた。
その行動の真実は、昨夜から少し興奮した状態で寝たため、いつもより覚醒が早かったので、体を動かして気を静めたかったという実に子供らしい背景があったが、そこはまだ12、3歳の中学生。仕方ないと言えば仕方ない。
そんな朝から元気なテルヨシに、店員も心なしか影響を受けて気持ちが上向きになっていたようだった。
それから開店前にパドも合流して、いつものようにタッグ登録を済ませてバイトに入ったテルヨシ。
今日の上がりは午後3時。午後4時開催のバトルロイヤルまでには間に合う計算。
そうやってこのあとの予定を確認していると、何の用なのかパドが厨房へと入ってきて、作業中のテルヨシを連れて廊下に出る。
するとパドはいきなりタッグ登録を1度解除してほしいと言うので、テルヨシも不思議に思いながらその要望通りパドとのタッグを1度解消した。
「K」
「え?」
と、タッグが解消されたことを確認したパドがよくわからないKサインを出したので、どんな意味が? と問おうとした瞬間に、タイミングを図ったかのように乱入されたのだった。
いったい誰だよ。
と思いつつ、今回構築された辺り一帯を海とする《大海》ステージによって海上へと投げ出され、ブクブク沈みながら視界上の表示を確認。
ちなみにアバターはスタミナや呼吸といった肉体的な疲労や機能は作用していないので、水の中でも普通に話せるし精神的に疲れなければ無限に走っていられる。
「ちっ、大海ステージかよ。運がねーな」
それで視界上の表示を確認した直後に、テルヨシの近くで同じく海中に沈む赤色の小さなアバターがいて、このフィールドにいきなり文句を言っていた。
「んーと、何の用かな《レイン》。オレまたレインの怒りを買った?」
「ん? まぁ怒りってほどでもねーけど、ちょっとした宣言しとこーと思ってよ」
そう話す赤の王《スカーレット・レイン》。
リアルでは小学4年生の少女、上月由仁子は、その短いツインテールみたいな耳をピコピコ動かしながらにテルヨシの問いに答えた。
そして2人が海底へと足を付き、しばらく黙っていると、周りに赤のレギオンのメンバーが20人近く集まってきた。
「聞いたぜテイル。お前昨日、ナイトの領土を落としたってな。なかなかやるじゃねーか。ってのが1つ目。そんで今日の夕方にバトルロイヤル祭りやるんだってな。面白そうじゃねーか。が2つ目」
「いやぁ、それほどでもあるかなぁ」
「んで3つ目。プロミはこのバトルロイヤル参加に制限は設けねーけど、ボッコボコにされても自己責任ってことであたしに文句を言うなよってのをレギメンとお前に言っとく」
そんな赤の王直々の宣言に、ギャラリーとして入っていたレギオンメンバーは歓喜。
どうやらプロミとして裁量をどうするか少し迷っていたらしい。
「そんで最後は……着装《インビンシブル》!」
それで宣言はどうやら終わりらしく、最後にと言ったあと、レインは自身の本体とでも言うべき強化外装インビンシブルを呼び出して、その重戦車のような、固定砲台のようなゴツいボディに身を包んだ。
「んな面白そうな祭りに参加できねー腹いせをお前でさせろってこった!」
「そんなんプロミのやつらで晴らしてくれよぉぉおお!」
そうして台詞を言い終わると同時にガシャシャンッ! と両サイドに付けられた砲門を自身へと向けられて、テルヨシは謎が解けた。何故パドがわざわざタッグ登録を解消したのかが。
その後、海中でも問題なく撃てるタイプの弾でボッコボコにされたテルヨシは、対戦を終えてパドに肩を優しくポンポンと叩かれてから、またタッグ登録をして作業へと戻っていったのだった。
レインの腹いせに付き合わされながらも、そのあとは特に何事もなく無事にバイトを終えたテルヨシは、同じくバイトを終わらせたパドと店の外で少し話をしていた。内容はもちろんこのあと行われるバトルロイヤルについて。
「え? パドは参加しないの?」
「私も暇じゃない。それに初回は様子見。今後の参加はみんなの声を聞いて考えておく」
「残念。パドと本気でやり合ったことが数えるくらいしかないし、全敗してるからリベンジといきたかったんだけど。今後は前向きな検討を頼むぜ」
「K。頑張ってきて」
まさかのパド不参加にはテルヨシも少し驚くが、パドにもパドの都合があって当然かと自分を納得させたテルヨシは、今後の参加を軽く促しつつ、それでパドとは別れて主催者として開催戦域となる中野第2戦域へと移動を始めたのだった。
そうして中野駅周辺までやって来たテルヨシだったが、ここは中2戦域の端っこで、しかも電車を利用してくるバーストリンカー達が開始時に密集していそうな完全なる危険地帯。
そんな場所からスタートするのは勇者以外の何者でもないと考えたテルヨシは、その中野駅を少し南下した中野通りと大久保通りの交差点付近をスタート地点として定めた。
時刻は午後4時30秒前と迫ってきて、そこでテルヨシは視界にあるブレイン・バーストアプリのコンソールを開いて、バトルロイヤルモードの待ち受けをオンにして準備を整え、時刻が午後4時となった瞬間に加速。
すぐにマッチングリストを開き、パパっと対戦モードを選択してバトルロイヤルを開始した。
一応仕掛ける側はバトルロイヤルモードでの参加者一覧を見ることができるのだが、テルヨシだけが参加者を把握するわけにもいかないので、そこは2、3人見えてしまっても手早く済ませてほとんど見なかった。
対戦が開始されると、いつものようにフィールドの構築が始まり、空は一瞬にして夜の闇に染まり、大きな月が光り輝きフィールドを照らし出す。
建物などに大きな変化はないが、窓ガラスなどは撤廃されオブジェクトが全体的に白くなって無人感を引き立てる。
月明かりがあるところは明るいが、影となってる場所は全くと言っていいほど見えない闇が広がっている。
「《月光》ステージか。戦いやすいようなづらいような……って!」
フィールドに降り立ってさっそく情報収集を始めたテルヨシは、今回のステージを確認して視界上の表示を確認。その右上に《Snow Eater[Level4]》と《Tourmaline Shell[Level4]》の2段で表示があり、あろうことかガイドカーソルの表示がなく、テルヨシは慌てて影の中に隠れて周囲の様子をうかがう。
バトルロイヤルモードでは、自分に一番近い相手が右上に表示され、ガイドカーソルが消える近距離の範囲に複数いる場合は、タッグ戦や領土戦のように複数表示される。
つまり今テルヨシの近くには、昨日顔を合わせているスノーとトリーが存在することになる。
月光ステージでは、明るい場所にいると、白の世界にポツンと浮くため、アバターの発見はかなり容易。
しかし1度影の中に入ってしまえば、同じ影に入りでもしない限り発見は難しい。
こういった場合は無闇に移動しないのが得策だが、そんな消極的な戦い方を好まないテルヨシは、周りに動く気配がないことを確認してから、全力で高い建物を登って屋上へと行き、そこからまた周囲を探る。
いくら影の中に潜もうと、遠距離攻撃のできるアバターなどは影から影への攻撃を可能にするし、動かない的となるのはいただけない。
そんなテルヨシが屋上へと上がったことで、さっきまで出ていた2人の名前はスノーだけとなり、ガイドカーソルも表示された。
しかしテルヨシはすぐにはそちらへ向かわずに、加速する前に通った中野駅方面へと目を向けてみる。
するとその方向からは何やら怖い爆発音や煙が上がり、誰ともわからない断末魔が聞こえてきた。
どうやら自分の予測は正しかったらしい。と思いつつ、乱戦模様の駅周辺は無視してスノーを追おうとしたら、丁度タイミング悪く表示が変わり、右上には新たに《Iron Pound[Level7]》の表示が。
「うげっ、《パウンド》かよ……」
その名前を見た瞬間、テルヨシは少し意外に思いつつガイドカーソルの示す方向を見る。
アイアン・パウンド。緑のレギオン《グレート・ウォール》所属で、幹部《
簡単に言えばグレウォのNo.4である。
そんな人物が自分の祭りにいきなり参加してくるとは思ってなかったので、テルヨシも少々驚いたが、そちらに気をとられた瞬間、自分に向かって光線系の攻撃が3発飛来する。
慌てて躱すも、後先考えない回避だったために屋上からダイブ。無様に地面へと落下を始めた。
しかし、テルヨシも繰り返しやってきた高所落下からのリカバリーはお手のもの。
地面へと激突する前に、外装《テイル・ウィップ》を地面に接地させて、さらにバネのように収縮することで勢いを殺して地面の1メートル手前で静止。そのまま静かに着地した。
残念ながら自分を狙ったアバターの姿は確認できなかったが、落下した建物を挟んで向こう側へと落ちたので、追撃は阻止した。たまたまではあるのだが、結果オーライ。
そう思ったのも一瞬。次にはテルヨシの目の前に誰かの拳が勢いよく迫る。
直前のところでクロスガードをし直撃は避けたテルヨシだったが、その威力で後退させられ、HPゲージが1割弱削られる。
「良い反応だな、テイル」
「そりゃどうも」
拳をお見舞いしてきた相手、アイアン・パウンドは、鉄色の装甲にボクサーのようなヘッドギアとグローブの形の手が特徴のM型アバターで、ファーストアタックをギリギリ防いだテルヨシを素直に誉める。
「さすがは《モビール》の子といったところか」
「あれ? どこ発信の情報だそれ? 知ってる人は数えるくらいなんだけど」
「レパードの方から先日な。それより何故その事を隠す? 親の名などもう何度も聞かれているだろう」
「モビールのやつが自分を語らずにオレを加速世界に放り出したんだよ。そこから考えられることなんて、パウンドも予測できるだろ?」
「あれは昔から自分がどれほど重要な立ち位置にいるのか自覚がなかったのだがな。まぁそういうことにしておくか」
挨拶代わりの拳から距離が開いて、そんなことを聞いてきたパウンドは、テルヨシの回答に少しの食い違いを感じつつも、とりあえずそれで納得したようだった。
それから仕切り直すように改めて拳を構えたパウンドは、軽いジャンプで体を上下に揺らしてボクサーさながらの戦闘体勢に入る。
パウンドは現実でもボクサーらしく、アバターもそれに一致した能力を併せ持つ《完全一致》で、実力も相当なもの。テルヨシが相手の土俵で戦っても勝率は低い。
しかしテルヨシ達は先程から明るい場所で堂々と話をしていたことから、その存在が明るみに出てしまっていた。
それをキチンと理解していたテルヨシは、パウンドを視界の中心に捉えつつも、しっかりと周りを観察していた。
その情報をまとめると、今のテルヨシの行動は1択しかなかった。
「構えてるところ悪いんだけどさ、パウンドの相手はオレじゃないぜ?」
「なに?」
テルヨシのそんな言葉に対して疑問が浮かんだパウンドだったが、その答えは後ろから突如発生した爆撃で返ってきた。
「ぐっ! こんな爆撃ができるのは《爆弾魔》しかいないか」
おそらく今まで何度もその爆撃を受けたのだろうパウンドは、自分のHPゲージの減り具合から、それを行った人物をすぐに特定。
未だテルヨシの視界上にはパウンドの名前しかないが、パウンドの後方で、ほんの少しだけ見えた《カーマイン・ボンバー》、バーちゃんのリトル・ボム生成動作を見逃さなかった。
そうしてパウンドがまだ姿の見えないバーちゃんに警戒をしているうちにその場を離脱したテルヨシは、この短時間でこれだけの遭遇率を叩き出している現実が、自分の予想以上に参加者がいることを示しているものと確信しつつ、右上のパウンドの表示が消え、また違う名前が現れたのを見て思わず笑みがこぼれる。
自分の主催した祭りがこうも広く受け入れられた現実が嬉しくて仕方なかったのだ。
よく耳をすませば、周りから絶え間なく戦っているのだろう音が聞こえ、このフィールド全体に一時も安全などないように意識させられた。
いつ誰がどこから攻撃してくるかわからない対戦に、テルヨシは全身が震える感覚を覚える。
「姫は、こんな思いを毎日してるのかね……」
その震えが決して恐怖から来る震えではないことは自覚していたテルヨシだったが、これに非常に近い感覚を1年前から感じ続けている黒雪姫の強心臓には改めて驚かされていた。
そんな感覚にさらされて、テルヨシはこれまで1度として達したことのない集中力を発揮し始めていた。