「ふぉふぇ? ふぇいふぉふぁいふぃふぁいふ?」
あの激闘のバトルロイヤルから約2ヶ月。
テルヨシの立案したバトルロイヤル祭りは、毎週日曜日の午後に必ず1度開催される週1のプチイベントとまで呼ばれるようになり、参加者は毎回40人以上にまで膨らんできて、前日に対戦の開始時間をスターターが宣言する決まりまでできていた。
テルヨシ自身、立案者としてスターターの最優先とされ、テルヨシがスターターとして参加できない場合には《エピナール・ガスト》ことガストが、その次はその子である《スノー・イーター》、スノーとスターターの優先の序列も完成していた。
こうしたことには、偽の開始時間の流出を防ぐといった意味合いもあり、スターターはバーストリンカー達で厳正に決められたという背景がある。
実際に1度だけ開始時間の誤情報によって、集団による蹂躙があったため、再犯を防ぐ意味でも重要な役目となっている。
そして10月に突入した今では、バトルロイヤル祭り自体が『神聖な対戦』の1つとさえ呼ばれ始めたことにより、その開催地を中野第2戦域のみならず、他の中立地帯である墨田区の第1戦域でも開催されるようになっていて、これにより中野第2戦域に足を伸ばしづらかったバーストリンカー達が、いくらか参加しやすくなっていた。
バトルロイヤル祭りの企画者であるテルヨシ自身、ここまでの拡大化は考えていなかったのだが、これによるところの反響は相当なもので、今までくすぶっていた6大レギオンのバーストリンカーさえ、たまに自らのレギオンの領土から引き摺り出すまでに至っていた。
これは想像以上に大きなことで、今まで《6大レギオン相互不可侵条約》によって、6大レギオンのバーストリンカーとバチバチやり合うことがほとんどなかったことで、レベル上げがそれなりに困難。
高レベルに上がるためには《無制限中立フィールド》でエネミー狩りをしなければ到達することすら不可能とされていたことに、一筋の光を見出だしたことになる。
テルヨシもこの2ヶ月で目覚ましい成長を遂げてそのレベルを1つ上げ、バトルロイヤル祭りにおいては、その活躍ぶりから『とある異名』まで獲得し、通常対戦においては新たに獲得した必殺技《インビジブル・ステップ》によって、その華麗で苛烈な攻撃から一部では《
テルヨシの名。《レガッタ・テイル》も、すでに《複合兵器》こと《レイズン・モビール》の子として公に知られるようになり、その知名度はかなりのものとなり、レギオンからの勧誘も未だにちらほらと出てくるのだが、テルヨシは頑なに拒み続けていた。
そんなこんなで色々とあったこの2ヶ月。
加速世界でのテルヨシの変化は劇的なものとなったが、現実世界のテルヨシはといえば、別段なにが変わるわけでもなく、いつものように学校へと行き、その昼休みに学食でランチを食べていたのだが、同席していた黒雪姫が唐突に言葉を発したために、口に物を含んだままのテルヨシが聞き返していた。
「喋るのなら食べてからにしろ」
「……んく。生徒会に入るって? 何でまたそんな突然」
「突然ではない。これは以前から計画していたことで、単にテルに話すタイミングを逃してきた。それだけだよ」
口に入れていた物を飲み込んで、改めて聞き返したテルヨシに対して、黒雪姫は落ち着いた様子でサンドイッチを口に入れて優雅に紅茶をすする。
「テルも知っての通り、私はいま潜伏中の賞金首の身だ。しかしこの梅郷中学校という『殻』が万全な形で機能しなくては、今後どんな事態が発生するともわからない。今まではお前以外のイレギュラーは起こっていないが、そういった事態に対処するためには、その殻を私自身で掌握・強固にするしかないのだ」
「ふむふむ、要は生徒会役員に与えられる学内ローカルネットへの上級アクセス権を獲得したいわけだ。職権濫用ってやつね。カッコ良いわぁ」
「無論、役員としての仕事を疎かにするつもりは毛頭ない。生徒会の役員改選は今月。ものは相談だが、お前もやってはみないか?」
黒雪姫の話はつまるところ、加速世界における自分の身を守るというのが前提にある。
生徒会への参加理由としては結構自己中心的なものだが、生憎とこの黒雪姫という人物は何でもこなせるオールマイティーなところがあり、ある種のカリスマ性もあるため、立候補してしまえばむしろ歓迎される部類。
この半年、黒雪姫という人物を身近で見てきたテルヨシには、それがなんとなくわかってしまい苦笑するが、黒雪姫の問いに対しては歯切れ悪く渋った。
「そりゃオレも自分の拠点の掌握はしたいところだけどよ。それは姫がやってくれるんなら、別にオレはいいかなって思えてくんだよなぁ」
「そこは本音であって本音でないな。つまりは何がお前を渋らせている?」
鋭いな。そう思ったテルヨシは、うだうだと述べた今の言葉をなしにして、改めて言葉を紡いだ。
「ぶっちゃけ姫1人でどうにでもできるんだろうし、オレはオレで放課後はバイトがビッシリ入ってる。生徒会に入ったら、その放課後に色々やるんだろうし、時間的な空きがないってのが本音。これで納得?」
「なるほどな。そういえばお前、バイトしていたんだったな。あまり興味のないことは記憶に残らないから、失念していた」
……ひでぇ。
そうやって平然と言ってのけた目の前の相手に対して、テルヨシは涙目になるが、当の本人は全く気に留めず涼しい顔をしていた。
絶対に姫のためにはケーキは作らない。そう心に誓ったテルヨシは、それで気を晴らすように目の前のランチを食べる。
「あら、何のお話をしていまして?」
そこへ文芸部の会議とかで遅れて合流してきた恵が、黒雪姫の隣の席に座りつつ会話へと混ざってきた。
「姫が生徒会の役員に入りたいんだと。んで今オレが誘われたのを断って心を折られた」
「何で断って心を折られるんですの? そういえばもうすぐ生徒会の役員改選でしたわね。姫が役員になりたいなんて少々意外ですけど」
「酷いな恵。私だって学校生活がより良くなるなら尽力を惜しまないというのに」
8割くらい嘘だなとテルヨシは一瞬でわかってしまうが、恵がいる手前、表立って言える唯一の理由を潰してやるわけにもいかなかったので、2人の様子を見ながら黙々と残りのランチを食べる。
「それでテルはどうして断ったのですか……って、そういえばテルはアルバイトをしているのでしたね」
「その言葉、隣の人に聞かせてやってくれ」
「……ああ、なるほど。それで心を折られたわけですの」
「テルのメンタルが弱いだけだよ」
「ですがわたしも少々不満がありますわ。どうしてテルより先にわたしにお声をかけてくださらなかったのか。これでも姫の一番の親友と自負してる身としては、結構傷付きますわ」
「いや……それは文芸部に所属する恵に負担をかけるわけにはいかないと……」
「そんなこと気にもなりませんのに。ということで、わたしも生徒会役員に立候補しますわ」
何がということなのかさっぱりわからないテルヨシと黒雪姫だったが、そんなわけで黒雪姫と恵は生徒会の役員へ立候補が決まったのだった。
まさかの恵までが生徒会役員へ名乗りを上げたのも過去のこと。
その2週間後には、2人揃って生徒会の執行部へと難なく入ってしまったのだから、テルヨシも有言実行の2人を素直に称賛するしかなかった。
来年にはその手腕が光る2人ともが生徒会の中心人物になるであろうことも可能性としてはなくはないと思いつつ、テルヨシは早速新しくなった生徒会の活動に楽しそうに参加していった黒雪姫と恵を笑顔で見送りつつ、放課後の日課となっているケーキ屋のバイトに行くために自分も動き出し、その足を練馬区桜台へと運ぶのだった。
「その必要はない」
バイト先のケーキ屋に着いて、いつものように同業者で同じバーストリンカー、《ブラッド・レパード》ことパドにタッグの登録を申し込んだテルヨシだったが、この日はいつもと違いほぼ即答に近い形でそれを拒否されてしまい、それにはテルヨシも困惑。思わず首を傾げてしまった。
「あー、うん、どゆこと?」
「そのままの意味。タッグを組む必要がない」
「…………なるほど、察しろと。そういうことね。5秒くれ」
この半年でパドという人物を理解し始めたテルヨシは、物事を早く済ませようとする目の前の人物の性格を理解した上で、そのほぼ無表情の顔からどうして必要がないのかを読み取ろうとする。
しかしパドはせっかちなので、それにかける時間も少しにしないとさっさと仕事に戻ってしまうため、テルヨシも頭をフル回転。
「……オレが中堅レベルになったから?」
「少なくとも新人からは脱した。それに仕事でもミスの報告は1度も聞いてない。それはテルが対戦をこなしつつ、しっかり仕事もこなせてる証拠」
「あ、じゃあパドの花丸評価もらったってことでK?」
「花丸とはいかない。でも私がフォローしなくても安全と判断した」
それでもパドがテルヨシのことを信頼してそういった対応をしてくれたのだから、テルヨシも素直に嬉しく思う。
以前から少しだけ、もしかしたらと思っていたことがテルヨシにはあった。
タッグを組もうと言ってきた当初は、自分の職場でミスされるのを嫌っての対応だと思っていたテルヨシだったが、何度もタッグを組むうちにそれは理由の1つに過ぎないのではと思えたのだ。
そう考えるようになったのは、初めての《上》へのダイブ時に自らの親である《レイズン・モビール》の話をした翌日辺りから。
モビールはそのリアルの事情により現在は東京都心から、ひいては日本から離れてフランスのパリに移住してしまっている。
それ故に親が近くにいない状態であったのだが、パドはそんなテルヨシの事情を気にしてかはわからないが、対戦の時や対戦後の会話の中で少しだけせっかちな性格を抑えて丁寧に説明を加えることが度々あったのだ。
リアルでは表情をほとんど変えずに淡々と日々を過ごしてそうなパドではあったが、そんなパドからでも今の言葉に含まれる『優しさ』『温かさ』を感じたテルヨシは、自然と笑みがこぼれてしまい、今度はそれを見たパドが首を傾げてしまった。
「サンキューな、パド。色々と面倒見てもらっちまって」
「NP。私も昔は色んな人に助けられた。それをテルにもしてあげただけ。感謝されるようなことでもない」
「それでも嬉しかった。ありがとう」
こういうことでためらいなく言葉を口にできるテルヨシは、なんの気もなく感謝の気持ちをパドに伝えたのだが、それを受けたパドは本当に珍しくそれが嬉しかったのか、わずかにその顔に笑顔が浮かび、それを見たテルヨシはすかさずニューロリンカーのスクリーンショットで収めた。
当然それはパドに消去するように強く言われてしまい、自分の脳内メモリに永久保存したあとにそれを仕方なく削除したテルヨシは、そのあといつまでも話をしているわけにもいかないので、急いで着替えて作業に取りかかっていった。
バイトを始めて1時間ほどが経過し、テルヨシの仕事も一段落したところで、唐突に店長に呼び出されたテルヨシは、その場を店員さん達に任せて店長と一緒に別室へ移動。
その部屋には何故かパドもいたのだが、特に気に留めずに店長は話を始めた。
「仕事の合間だし、簡単に用件だけ話すわ。照良君、ここで正式な店員として働く気はない?」
「え……なんですか突然」
「以前から照良君の仕事ぶりには職場一同で高い評価をしていたし、シフトも日曜日以外は入れるところにほとんど入ってくれてるから、バイトとしていつまでも働かせるのも悪いかなって、オーナーともさっき話したところ」
そう話す店長にテルヨシは「はぁ」と歯切れの悪い声を出して少し黙る。
そもそもこの店のオーナーの顔も知らないテルヨシなのだが、店の紹介で記載されているオーナーの名前には『
そのオーナーとさっきまで話をしていたというなら、オーナーはこの店にいる。もしくは先程までいたことになる。
しかしそんな見たことない人物の出入りなどテルヨシの知る限りではなかったのだが。
とはいえこれはテルヨシにとって物凄く嬉しい話である。
要は中1の段階で就職内定をもらえるということ。
昨今の日本は少子高齢化の影響で社会制度が見直され、若者の早期からの労働をある程度認めるようになり、労働基準法においては16歳でフルタイム労働ができるように改正され、AIや制動制御の発達・安全化に伴い、運転免許の取得可能年齢も普通免許で16歳から取れ、最近では現在中2であるパドが店のガレージにある赤と黒のドデカいフォルムの物凄くカッコ良いエレクトリック・バイクを、中学を卒業したら速攻で免許取得して乗るのだと珍しくテンション高めに話していたのは記憶に新しい。
それを鑑みれば、まだフルタイムの労働はできないながらも、今のシフトを維持するなら時給も上げてくれるとも言ってくれたので、テルヨシとしては断る理由がほぼ皆無。
「……わかりました。そちらのご厚意に甘える形ではありますが、改めてお世話になろうと思います」
特に問題があるわけでもないと判断したテルヨシが、快い返事をすると、それを聞いた店長は薄くではあるが笑顔を見せて、近くにいたパドと顔を合わせる。
が、ここでテルヨシはパドの存在を改めて認識。そういえばなんでパドがここにいるんだろうかと考えた矢先、
「ミャアの言った通り、承諾してくれたわね」
店長はパドに向かってそんなことを口にしたのだ。
「……ん? あれ? ミャア?」
「なに?」
「ああ……えっと……オーナー……じゃあ……掛居美早さん?」
「それは私」
ヒュンッ。
テルヨシがバイトとしてケーキ屋で働き始めて約半年。
ずっと目の前にいたにも関わらず、その名前すら教えてこなかった目の前の人物は、そこでようやくテルヨシに向けてネームタグを渡してきた。
それを受け取ったテルヨシは、それでようやくパド=ミャア=掛居美早=店のオーナーの公式を知り、開いた口が塞がらなくなってしまった。そして一拍置いて、
「…………何で教えてくれなかったの?」
「聞かれなかったから。K?」
「聞かなくてもそこは教えようよ!」
そんなテルヨシのツッコミが室内に木霊したのだった。
テルヨシがアルバイトから正規雇用にランクアップして、店のオーナーの正体を知ってから早2ヶ月。
季節はもう完全に冬と呼べる12月の後半に突入し、こういったケーキ屋が繁盛するイベント。クリスマスイヴを迎えた24日のこの日。
いち早く冬休みに入ったテルヨシは、朝早くから店に入って、例に漏れずに売上向上を目的にした準備に追われていた。
店頭にはこれ見よがしに『クリスマスケーキ販売』の看板を現実・仮想問わずに前に出して、飾り付けも赤と白のツートンカラーで雰囲気を出し、ツリーも豪奢に飾り付けて店内に設置されていた。
そんな開店前から大忙しな中、テルヨシはオーナーであるパドによる提案で、サンタクロースの衣装を着せられていた。
今日になって初めて知らされて、問答の余地もないままにサンタクロースとなったテルヨシは、白い付け髭を手にするパドを止めつつ今回の意図を確認する。
「あのですね、ミャア。サンタのコスくらい言ってくれれば着るけど、今日はほぼ厨房のわたくしに何をさせたいのですか?」
「その辺は抜かりない。テルには客足の少ない時に作業してもらって、客足が増えたら来客スペースで愛想を振り撒いてもらう。必要なら売り子ほか色々も臨機応変に。K?」
「あれぇ……正規雇用になったらこんなにあれこれ好きに扱われるの?」
「テルが女性の客寄せの一端を担ってるのは事実。この扱いは優待でもある」
パドがオーナーだとわかって、本名も判明したあとも、本人の希望により変わらずミャアと呼んでいるテルヨシ。
オーナーの営業戦略に知らぬ間に乗せられていた事実には多少困惑するが、役割自体はいつものお客との交流を少し趣向を変えた程度のものなので、まいっかと了承しつつ、パドの持つ付け髭はやんわり拒否。理由は蒸れそうだから。
そうして迎えた開店時間。
さすがに開店からいきなり客が押し寄せてくるわけもなく、パド、テルヨシ予想でも夕方以降が勝負と踏んでいたため、今は比較的楽に構えていた。
そんな中で一番に店を訪れた客は、この店の常連にして練馬区を領土とするレギオン《プロミネンス》のリーダー、上月由仁子だった。
ユニコは来店早々にパドから注文を取りイートインスペースへと移動すると、店の雰囲気を確かめるように視線を泳がし始め、その間にユニコの姿を発見したテルヨシが笑顔で近付き早速接待。
「いらっしゃいニコたん。ニコたんの学校も冬休みに入ったんだ」
「まぁな。今日はいつも入り浸る時間が混みそうだから早めに来たが、なんだその格好? パドの案か?」
「可愛いだろ? これから奥様、お姉様方に『きゃー可愛いー!』って言われまくる予定だ」
「そういうこと自分で言うなよ。自覚あると狙ってるみたいで印象ワリィからな」
もはやニコたんと呼ばれることに怒りさえ沸かなくなってしまったユニコは、テルヨシの言動に冷めた目でツッコミを入れつつ、注文した苺のショートケーキをパドから貰いつつ口に含んだ。
「いやまぁ、冗談なんだけどさ。ニコたんはそれ食べたら退散するわけ?」
「そのつもりだ。あたしは人混みが苦手だし、大勢の前でニコたん言われるのはこっちも願い下げだ。せいぜいパドの店のために頑張れよ」
「どうせならニコたんもこのコス着て客寄せしてくれりゃ楽しかったんだけどなぁ。残念」
そんな冗談ばかりのテルヨシにふざけんな! で一蹴したユニコは、そのあとさっさとケーキを食べて店を出ていってしまい、それと入れ替わるようにちらほらと客足が増え始めたお昼時。
どうやら今日で冬休みに突入した学校が結構あるようで、制服姿の女子学生達が下校途中に訪れていた。
そんな中でテルヨシは当然そのサンタのコスを披露してたちまち人気となり、ケーキを買った人と撮影などをしながら売上を伸ばそうと頑張っていた。
ただ、テルヨシの場合は女性客との交流の方が主目的なのは言うまでもないが。
そうして女子学生達でごった返した時間帯も過ぎ去り、店内も1度落ち着きかけた頃。
テルヨシも厨房に入り直そうとしたところで、店に5人組の小学校低学年くらいのランドセルを背負った女の子達がやってきて、その内の4人はサンタ姿のテルヨシを見るやすぐに近寄ってはしゃぎ始め、残りの1人はパドのいるレジへとまっすぐ行き、陳列されたショーケースのケーキを見ながらテイクアウトで注文をしていた。
その様子をはしゃぐ4人の女の子を相手にしながら何気なく見ていたテルヨシは、その挙動にわずかな違和感を感じた。
それからケーキを買い終えた5人組は、テルヨシに元気に手を振って店を出ていき、それを見送ったあとテルヨシはすかさずパドから情報を聞き出す。
「あの子、ケーキをいくつ買った?」
「4つ。それがどうしたの?」
それを聞いたテルヨシは、その子の会計を見ながら、あの子がケーキを選ぶ時に真っ先に選んでいた4つだったことを知り、そのあと泳がせていた視線が2つのケーキを捉えていたことが見えていた。
「パド、これとこれ買うぞ。あと一瞬店を出るけど、許してくれ」
そんなテルヨシの行動と言動がよくわからないまま、パドは言われた通りに2つのケーキをテルヨシに渡すと、それを持ってテルヨシは急いで店を出て、さっきの女の子達を探す。
目的の女の子は、店のすぐ近くを1人でとぼとぼ歩いていて、他の4人を探せば、先ほどのケーキが入った箱を持って、丁度バスに乗り込むのが見えた。
テルヨシはそれでなんとなくあの子達の関係がわかってしまうが、今は無視して歩いてる女の子に追い付き、なんとか引き留めることに成功。
女の子は、薄い金髪に緩いウェーブのかかったセミロングの髪をしていて、その瞳もサファイアのように青いことから、生粋の日本人ではないことがひと目でわかるが、引き留めたテルヨシに対して「何か用ですか?」と普通に問いかけた辺りから海外育ちというわけでもなさそうだった。
「いやね、ちょっとしたお願いなんだけど、聞いてくれるかな?」
「……はい」
「実はここに『失敗しちゃって売り物にできなくなったケーキ』が2つあるんだけど、君が良ければ貰ってくれないかなって。さっきこれのこと忘れてて、慌てて引き留めちゃったけど、いらないなら次のお客さんにでも貰ってもらうんだけど」
話しながら、膝の上に置いていた箱に入ったケーキを女の子に見せる。
するとその中身を見た女の子は、少し驚いたような顔をしてから、1度は断ろうとする表情をしたが、すぐに迷いの表情へと変わり、
「……本当に、お金はいらないの?」
「あれ? サンタさんの言うことを信じられないかな?」
「……ううん。ありがと、サンタさん」
年齢に似合わずお金のことを気にする女の子にテルヨシは少し笑ってしまうが、その笑いを別の方向に持っていって笑顔で質問すると、それで決心できたのか、女の子はケーキの入った箱をテルヨシから貰い、可愛い笑顔を見せてからペコリとお辞儀をして、嬉しそうな足取りで行ってしまった。
「客への対応としては行き過ぎ」
その後ろ姿を見送っていたら、唐突に追いかけてきたパドが口を開き、テルヨシは心臓が飛び出そうになるが、なんとか落ち着く。
「……いや、なんか見て見ぬフリをできなかったんだよなぁ」
「観察力があるのも考えもの」
「でもさ、あの店を訪れて笑顔で帰ってくれないのって、なんか寂しいだろ?」
「それで失敗して売り物にできなくなったケーキにされるのは困る」
「2つともオレが途中まで作ったやつだしいいじゃん。店長には雷落とされるだろうけど……まっ、今回はテルヨシサンタからのクリスマスプレゼントってことで収めようや」
それで話を終わらせたテルヨシは、仕方ないといった顔をしたパドと一緒に店へと戻り、再び仕事に取りかかっていった。
そのあとは予想通り店長から職務怠慢やらで雷を落とされ、夕方からはお客が雪崩のように押し寄せてきて、テルヨシもパドも休む暇のないまま動き続け、閉店後は店の人達で軽くパーティーをして過ごすと、そのあと家へと帰ったテルヨシは、疲れ果てて死んだように眠りに就いたのだった。