アクセル・ワールド~蒼き閃光~   作:ダブルマジック

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 年末の営業戦争も終わりを迎え、あっという間に年越し。

 年末年始を1人家で過ごしていたテルヨシは、アメリカの幼馴染みから送られてきたあけおめ+近況報告メールに長々と読むのもダルくなりそうな返信をしつつ、車椅子で混雑するであろう初詣などに行く気も起きなく、簡単に作れるうどんやそばをすする退屈でのんびりした日々を送っていた。

 そんな三が日。ここまで退屈だと死んでしまいそうなテルヨシは、もう仕方ないかという思いで外出の準備をし、その日は山手線を利用しての加速世界で対戦三昧でもしようと駅に向かった。

 山手線はご存じの通り、東京都心をぐるりと1周できる東京の心臓ともいうべき路線で、それを利用すれば対戦戦域を歩かずして移動でき、料金もそこまで負担にならないという車椅子生活のテルヨシにとっては至れり尽くせりの乗り物で、最近の日曜日はずっと山手線を利用した対戦をしていたりした。

 そんなわけで高円寺駅から出発したテルヨシの対戦ロード。

 基本的に乱入を待つスタイルのテルヨシは、グローバル接続をしてから、電車から見える景色を何気なく眺めながら、まだかまだかと乱入者の登場を待ち続け、その士気を高めていた。

 この正月は暇な人が意外に多いようで、いつもより多くの対戦をこなしていたテルヨシ。

 時には自ら観戦に入って、ギャラリーと正月の話や他愛ない情報交換などをしたりもしていた。

 その中で前々から気になっていた《アキハバラBG(バトル・グラウンド)》の話題が挙がり、そこにはパドがよくファイトマネーを稼ぎに行ってることを知っていたテルヨシも、いつか行ってみたいと思っていた。

 アキハバラBGとは、秋葉原にあるとある建物内のローカルネットに存在する対戦賭博が行われている場所のことで、本来ならば秋葉原戦域は黄の王《イエロー・レディオ》の領土なのだが、そこだけは絶対中立の場として手が出せない神聖な対戦の聖地らしい。

 賭博はリアルマネーで行われているのだが、そこはリアルが学生のほとんど。賭け金などはちっぽけなもので、対戦の勝者が得られるファイトマネーも500円となっている。

 テルヨシも行こうと思えばすぐに行けるのだが、なにぶん固定された建物にある場所となると、車椅子での移動は目立ってしまい、1度くらいなら問題ないだろうが、回数を重ねればその分リアル割れに繋がるため、依存性のあるこの手のものには手を出さないように我慢しているのだ。

 その分パドや他のバーストリンカーから聞き及ぶ話だけを聞いて満足しているのだが、聞けば聞くほど行きたくなるのも困りもので、最近は誰が活躍してるのか程度の話しか聞かないようにしていた。

 そんな話を聞いて、いてもたってもいられなくなる気持ちを対戦で相手にぶつけるテルヨシ。

 気付けば山手線も1周していて、対戦回数的にも満足したので帰宅を考え、乗り換えて高円寺駅まで戻ってきたのだが、そこで問題が起こった。

 高円寺駅から自宅であるマンションへと戻ろうと駅を出た矢先で、同い年くらいの男子2人がテルヨシに近寄ってきて進路を妨害してきたのだ。

 そしてテルヨシはその2人の表情から、何やら嫌なものを感じつつ、1度進路を変えてみるが、それを追うようにまた進路を妨害されてしまう。

 

「……はぁ、なんか用? オレ帰りたいんだけど」

 

 仕方ない。

 そう思いつつ目の前にいる2人に対してそんな質問をぶつけたテルヨシは、そのあとの2人の反応を観察する。

 2人は質問に対してニヤリと笑って見せてから、そのうち1人が「来い」と一言だけ述べて、ソーシャルカメラの死角へと誘導するので、どうせ車椅子では逃げられないと理解してるテルヨシもため息をひとつ吐いてからそれに続いていった。

 

「お前、《レガッタ・テイル》だな」

 

 移動しての第一声はそれだった。

 ――リアルアタック。

 ここに来るまででもうなんとなくそんな気はしていたテルヨシだったが、デュエルアバターまで特定されていたのは少し驚きだった。

 というのもこの2人、お世辞にもあまり頭の良い部類には入らないのだ。

 ここに来るわずかな時間でも、2人でヒソヒソと何かの算段をしていたのが見えていて、その時の表情も若干焦りのようなものを滲ませていた。

 

「たとえそうじゃなくても、やることは変わらないんじゃねーの? こちとら車椅子。狙うならリアルでなるべく抵抗されない方が楽だもんな」

 

「へっ……よくわかってるじゃないか。なら無駄な抵抗はやめて大人しく持ってるポイントを全部渡しな」

 

 この状況でテルヨシもテルヨシで不思議なほど落ち着いているのが不気味で仕方ないのだが、そんなことを気にしないほどに優位と思っている2人は、顔を合わせて下品に笑ってから直結用のXSBケーブルを取り出して自分のニューロリンカーに挿入。

 まずは1人がテルヨシと直結しようとしたのだが、それをテルヨシが手で制して、意外な提案を持ちかけた。

 

「何? 半分ずつって感じ? 頭悪いねぇ。タッグ戦にすりゃ効率上がるだろうに」

 

 まさかの追い詰められてる側からの諦めたかのような提案。

 しかしそれもそうだと思った2人は、タッグ登録をした後に2人で直結し、テルヨシのニューロリンカーにケーブルを繋げる。

 そして1人が加速して乱入しようとした瞬間、テルヨシは2人の両手をそれぞれ両手で押さえ込み、それに驚きの表情を見せた2人に対して不敵な笑みを見せたあと、

 

「バースト・リンク!」

 

 自ら2人に乱入してみせたのだった。

 構築された《魔都》ステージに降り立ったテルヨシは、まずはリアルアタックを仕掛けてきた2人のアバターを確認する。

 

《Garnet Throw[Level3]》

《Smalt Kungfu[Level3]》

 

 ガーネット・スロウ。レベル3。

 赤系統の投擲を得意とするそれなりに優秀なアビリティを持つアバター。

 スマルト・カンフー。レベル3。

 青系統の打撃を主とする近接の得意なアバター。

 2人はテルヨシの記憶が確かなら、スロウを親とする親子だったはずで、どちらもテルヨシがレベル1の時に何度か対戦したことのあるアバター。

 その時の戦績はパドとのタッグ戦のみではあるが、テルヨシ達の全勝。

 しかしそのいずれもパドの強襲作戦による決着だったために、テルヨシ自身は2人との直接の対戦経験はなかった。

 レベル4に上げてからは、向こうが対戦を申し込んでくることがなくなり、テルヨシから乱入をする日にはマッチングリストにいることもなく、その結果さっぱり対戦の機会がなくなってしまったため、結局純粋な対戦はお預けとなってしまっていた。

 

「にゃるほどねぇ……」

 

 彼らがなぜ対戦をあまりしなくなったのか。

 その理由についてこの行動で理解したテルヨシは、そこでちょうど近くに寄ってきた2人と相対して、腕組みをしたまま仁王立ち。

 とてもではないがリアルアタックを仕掛けられた側の態度ではなく、直前での出来事もあって2人も動揺を隠せないようだった。

 相対したスロウとカンフーは、テルヨシの記憶通り、赤と青系統の2人で、2人ともが角のない丸みを帯びたフォルムをしていて、スロウはその手が通常のアバターより大きく、アバターを1体くらいなら握れてしまうほど。

 カンフーの方は非常に動きやすそうな軽装で、特に関節部分の稼働域がとても広く、柔軟な動きを可能としていた。

 

「何やってんだよ。2対1だぜ?」

 

 仁王立ちするテルヨシに言われて、ようやく自分達優位な状況を思い出したのか、2人はよしと意気込んでからそれぞれに動き出す。

 まずはカンフーが硬い魔都ステージのオブジェクトを持ち前の腕っぷしで粉砕し、大きな鉄屑へと変えてから、テルヨシに向かって強襲。

 スロウの方は砕かれたオブジェクトをその大きな手で軽々と持ち上げて投擲の構えを取った。

 それを確認したテルヨシは、あえて接近するカンフーと距離を詰めて接近戦に応じる。

 2人の基本戦術は、カンフーが接近戦で相手を叩いて吹き飛ばし、その瞬間にスロウが投擲で追撃するというシンプルなものなのだが、スロウの投擲には《追尾(ホーミング)》というアビリティが付与されていて、1度放たれれば、放たれた瞬間の初速を維持して何かに当たるまで追尾が止まらないという厄介な性能を誇る。

 カンフーもカンフーでしなやかな体を上手く使った攻撃と回避に光るものがあり、状況によっては三節棍にもなる棍の強化外装を使う器用な相手。

 直接の対戦でこそパドに食いちぎられていたが、どちらも普通に対戦すればそれなりに強いとは思っていたテルヨシ。

 それだけに今の状況が悔しくてならなかった。

 テルヨシは接近して先制となる飛び蹴りをカンフーに放つが、カンフーは腕のクロスガードでそれを難なく防いでみせる。

 しかしテルヨシはそこから外装《テイル・ウィップ》ですかさずカンフーの両足を絡め取って引っ張り仰向けに倒すと、クロスガードがズレた隙間から顔面めがけて蹴りを振り下ろして地面へと叩き付けた。

 そこに叩きかけるように真上へ跳んで腹めがけて膝蹴りを撃ち込み、ダメージに加えて怯みも発生させると、このタイミングでスロウが持っていたオブジェクトを投げる動作が目に入り、それが放たれた瞬間にカンフーをテイル・ウィップで持ち上げて壁として利用し、オブジェクトとの激突の瞬間にカンフーを投げ捨てて回避に移った。

 オブジェクトと激しくぶつかったカンフーは、それで残りのHPが2割を切り、連続のダメージによる痛みで動きが明らかに鈍っていた。

 それを見逃すテルヨシではないので、回復する前にとどめの一撃を撃ち込んでカンフーをわずか十数秒で倒してしまう。

 そのあまりに隙のない動きに、遠間にいたスロウは硬直。

 テルヨシからはどうしていいのかわからなくなってるように見えたので、そこを突いて自らの必殺技《インパクト・ジャンプ》を使い距離を詰めると、たった2回の蹴りでスロウの両腕を肩から寸断して使い物にならなくすると、テイル・ウィップで両足を絡め取ってカンフー同様に倒すと、その腹の上であぐらをかいて座り、スロウの顔を覗き込んだ。

 この時点ですでにテルヨシの勝利は揺るぎないものとなったのだが、勝利することよりもまず確認すべきことがあったため、早々にカンフーを倒して、こうして話を聞き出す条件を揃えたのだ。

 

「まぁ、聞きたいことは色々あるけど、まずはどうやってオレのリアルを割ったかについて話せ」

 

「……平日は練馬区を主戦場としてるのはわかってたし、桜台駅付近からの出現が多いことも突き止めたんだよ。そこでギャラリー観戦を何度も繰り返して出現位置を正確に割り出したら、その先にお前がいたんだ」

 

 それを聞いてテルヨシは大きなため息を吐いて沈黙してしまう。

 それは何故かというと、こんなことがいつか起こるのではと、以前からある程度は予測していたからだ。

 必要だったとはいえ、ケーキ屋で働いている間中、ずっとグローバル接続をしていて、レギオン《プロミネンス》に所属していないために対戦拒否もできない状況。

 そんなテルヨシのリアルをピンポイントで割ろうとすれば、ケーキ屋を動かない関係上、比較的簡単にリアルを割れてしまう。

 さらにそのリアルが車椅子の足の不自由な人物とわかれば、リアルアタックに乗り出す可能性は高い。

 だからこそのため息。これについては後日オーナーであるパドに相談してみることにしても、今はまだ聞くことがあるため、それは頭の隅に置いたテルヨシは、続けて質問をする。

 

「それじゃ次。お前とカンフーのやつが対戦に出てこなくなったのは、リアルで得するために加速し始めたからってことでいいよな?」

 

「何でそれを……」

 

「生憎とそれに至る情報をお前らが漏らしてたんだよ。オレとリアルで会ってからこの状況に至るまでにな。もちろん、オレがそれを得るための専門的な知識を持ってるからで、お前らが自覚ないのも仕方ないことだが」

 

 核心をつくテルヨシの言葉にスロウが驚きの声を漏らしたので、簡単に自分が心理学を学んでいたことを教えるが、自分の情報をわかりやすく教えるのもバカなことなので、大分ぼかした説明で済ませ、さらに話を続ける。

 

「それでだ。お前とカンフーはそのせいでポイントが枯渇しかけてる。だから身近でリアルが割れそうなオレに狙いを定めてリアルアタックをしかけた。そういう推理でいいか?」

 

 その推理に対して、スロウは顔を背けて沈黙。沈黙は肯定。つまりはそういうことらしい。

 これが加速世界の住人が抱える1つの危険性。

 加速は便利な力で、それを1度でも現実で得するために使ってしまえば、それをやめることは非常に困難なのである。

 そして対戦によって消費されるポイントを満足に稼ぐことができないバーストリンカーが、それでも加速するために取る行動の最悪なケースの1つが、リアルアタックによるポイントの強奪。

 それを行えば自らのリアル割れ防止のために必ずポイント全損に追い込まなくてはならない。

 テルヨシの掴んだ情報によれば、ポイントを全損したバーストリンカーは、ブレイン・バーストに関する記憶を消去され、2度と思い出せなくなるらしい。

 

「……んじゃ最後な。お前とカンフーは本気で、2人でオレからポイントを奪い切るつもりでいたのか?」

「……だったらなんなんだよ」

 

「いや、だとしたらバカだなぁと思ってよ。悪いんだが、ポイントの枯渇しかけて焦りのあるお前らを2人同時に相手したところで、オレにとっては不利でもなんでもないんだよ。全損する恐怖に怯えて実力の半分も引き出せず縮こまったお前らなんて、敵にすらなってない」

 

 スロウの腹の上に乗るテルヨシは、そこまでで彼らの行動が自らの欲が原因と十分に理解し、その行動の愚かさについてを話し出す。

 テルヨシが対戦する前から、彼らを頭が良くないと評したのはこのため。

 ポイントを全損しかけたバーストリンカーは、その恐怖で本来の実力を出し切れなくなる場合がほとんど。

 テルヨシだっていざそんな状況になれば、普段通りに戦えるかどうかわからないし、彼らが抱く焦りがわからないでもない。

 

「……ちぃ。それは今の対戦で十分にわかった。だがお前のリアルをバラしてしまえば、他の《PK(フィジカル・ノッカー)》がお前を確実に全損に追い込む」

 

「……やっぱりお前、頭悪いな。いま現在。お前とカンフーがリアルでどんな状態か忘れたのか?」

 

 テルヨシの意味ありげな言動で、対戦前に自分達がどんな状態にあったのかを思い出すスロウ。

 それで完全に思い出したのか、アバターの姿でもわかるほど驚いた反応を見せた。

 そう。テルヨシは加速する前に2人の両手を押さえて封じ、その状態で加速したのだ。

 直結対戦ではその対戦回数に制限がつかなく、つまりは直結に用いているXSBケーブルが繋がっている限り、対戦を繰り返すことができるということ。

 しかし逆を言えば、XSBケーブルが抜かれない限り、直結対戦を終わらせられないということ。

 さっきまでの対戦でテルヨシが圧倒的な戦いをしたことにより、勝てないと半ば理解させられてしまったスロウ達は、一旦直結対戦を終わらせなければならないのだが、そのためには現実でテルヨシと繋がってるケーブルを抜かなくてはならない。

 しかしその作業を完了させるためには、テルヨシが再び加速して乱入してくる前に、掴まれているその手を振りほどき、ケーブルへと手を伸ばさなければならない。

 

「……お前、始めから俺達を返り討ちにするために……」

 

 ここまできてようやく自分達がテルヨシの策略に落ちていたことを理解したスロウは、しかしその言葉を言い切る前にテルヨシの手によって倒され対戦が終了。

 1度現実へと意識が戻るが、すぐまたテルヨシが加速して2人に乱入。

 現実に意識が戻った時間は1秒となかっただろう。たったそれだけの時間で、テルヨシの拘束から逃れられるわけもなく、ほんの数ミリ、指先を動かしたか程度でスロウ達は再び加速世界へと誘われてしまった。

 それから何度かの対戦を繰り返したが、全損の恐怖と、テルヨシに植え付けられた覆せない実力が尾を引き、スロウとカンフーはほとんど何もできずにテルヨシの前に敗北を重ねる。

 元々ポイントが枯渇しかけていた2人なので、全損まではそうかからないだろうと踏んでいたテルヨシが、また最初のようにスロウを捕らえてみる。

 

「や、やめてくれ! 俺もカンフーも次に負けたらポイントがなくなっちまう!」

 

「ふーん、そうか。それで?」

 

「それで? だと!?」

 

「お前さ、自分が何をしようとしたのかわかってんのか? バーストリンカーとして恥ずべき最低の行為をオレにしたんだ。それで自分が危なくなったらその物言い。ほとほと呆れるな」

 

 それでテルヨシは言葉のあとスロウにとどめを刺して勝利すると、まったくためらうことなくすぐさま加速して、その最後の命を刈り取るために動き出す。

 テルヨシは詰まるところ、2人に対して激しい怒りを覚えていたのだ。

 許しを乞うても、命乞いをしても、何をしようと聞く耳など持たずに、なんの迷いもなく彼らを全損に追い込むと、最初の対戦の前から決意していた。

 そうしてまずは完全に戦意を喪失したカンフーを全力を以て屠り、この世界から永久退場させると、放心するスロウに歩み寄って、その右腕を弾き飛ばし、左腕、右足、左足と順に体から奪い取り、わずかに残ったHPで、しかし動けなくなったスロウを眼下に見下ろす。

 

「……頼む……助けて……」

 

「その気持ちに、もっと早くに気付くべきだったんだよ。リアルアタックを仕掛けようなんて考える前に、な」

 

 こうしてこの日。加速世界からガーネット・スロウ、スマルト・カンフーという2人のバーストリンカーが姿を消した。

 それを行なったテルヨシは、ポイントを全損し強制アンインストールとなった2人が、完全にブレイン・バーストのことを忘れていることを確認したあと、2人と何事もなかったかのように別れて自宅へと戻り、まっすぐに自室のベッドへと倒れ込んでしまう。

 後味は、最悪だった。

 相手を意図として全損に追い込む行為。考えただけで吐き気がするその行為だが、しかし実際にそれを行なっていた時にテルヨシの中にあったものは、そんなものではなかった。

 リアルアタックなんて愚かな行為に及んだ相手を許さない自分。

 相手を全損に追い込んでまで現実で得をしようと考えるその考え。

 それに対する激しい怒り。

 そんなものがテルヨシの中でずっと暴れていたのだ。

 そしてそれを吐き出すように相手を倒す自分。

 それを今になって見つめ直したテルヨシは、途端に気分が悪くなり、頭が働かなくなる。

 

「…………これじゃ『アイツ』と一緒じゃないか……くそ……」

 

 そんな自分が、自らが最も拒絶する人物と重なってしまい、それにまた気分が悪くなり、その日はそれ以降考えることを放棄して眠りに就いてしまった。

 翌日からはまたケーキ屋も営業を再開し、テルヨシも午後から加わって働いていたのだが、やはり昨日の出来事が尾を引いてしまい、いつもより活力がない。

 それでも周りに悟られまいと自然に振る舞ってはいたのだが、気付く人は気付くもので、気付いた当人、パドはテルヨシの休憩中に話をしに近寄った。

 

「何かあった? テルから伝わる雰囲気がいつもと少し違う」

 

「………雰囲気とかアバウトな」

 

「テルが話さないなら無理には聞かない。でもその調子でいられても気にするなと言うのが無理」

 

「……話しても仕方ないとは思うんだけどな。実は……」

 

 気付かれないならそれに越したことはないと思っていたテルヨシだったが、気付かれてしまったなら仕方ないと観念して、パドに昨日あった出来事を余すところなく打ち明け、パドはそれを最後まで静かに聞いていた。

 

「……そう」

 

「な? 話しても仕方ないだろ?」

 

「そうなると私にも責任はある。このあとテルのリアル割れ防止の対策を考える」

 

「それに関しては頼ることしかできない、かな。悪い、迷惑かけてるよな……」

 

「NP。お店としてもテルを手放すのは惜しいし、PKなんかでテルがいなくなるのは悲しい」

 

 こういう時に変に本心を隠さないパドの言葉は、テルヨシとしても素直に嬉しかった。

 そんなテルヨシを見て、パドは視線をテルヨシに合わせて屈み、まっすぐに目を見て言葉を続けた。

 

「それに、私はテルが無事で嬉しい。テルのしたことは決して悔やむなとは言えないものだけど、それでも、無事でいてくれたのは素直に嬉しい」

 

 そんなことを真顔で、目の前で言われたテルヨシは、途端に顔を真っ赤にして顔を隠してしまう。

 恥ずかしさもあるが、テルヨシが顔を隠した理由はもう1つ。単純に嬉しかったのだ。

 昨日、何の容赦も躊躇もなく、2人のバーストリンカーをポイント全損に追い込んだ自分を。

 自らが最も拒絶する人物と同じ行動を取ってしまった自分を。

 それでもパドは『無事でいてくれて嬉しい』と言ってくれたのだ。

 その言葉が、今のテルヨシの心を確実に救ったのだった。

 ――パドに話して良かった。

 そう思わざるを得なかったテルヨシは、自分の顔から熱が抜けていくのを自覚してから、改めてパドと向き合って感謝を述べたが、その時にはすでにパドはテルヨシの今後の対応について思考していて、心ここに在らずな状態。

 ――ありがとう、パド。

 それでもテルヨシは大変せっかちな目の前の人物に胸の内でも感謝を述べてから、それで吹っ切れたのか、「よし!」の一言で両頬をパンッ! と叩くと、いつも通りのテルヨシに戻って、またパドと一緒に仕事を再開していったのだった。

 

 ――そして季節は新しい春を迎える――

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