アクセル・ワールド~蒼き閃光~   作:ダブルマジック

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Acceleration18

 春の訪れを告げるように、桜が芽吹き始めた4月の上旬。

 無事に進級を果たしたテルヨシは、新学年の自分の教室へと足を運んでみると、そこにはずっと仲良くしてきた黒雪姫と恵の姿があり、ホッと息をひとつ吐いて、2人と他愛ない話を始めていった。

 そしてこの始業式・入学式という日に加速世界で重要となるのは、新入生の中にバーストリンカーがいないかのチェックである。

 生徒会執行部に所属し、受験の時に学校で若干の手伝いをしていたという黒雪姫の話では、受験の段階でバーストリンカーの存在は確認できなかったとのことだが、昨年のテルヨシのような異例もあるため油断ならない。

 そうして始業式・入学式も滞りなく終了し、新入生が梅郷中学校の学内ローカルネットのアカウントを取得したあとの休み時間で早速加速したテルヨシは、すぐにブレイン・バーストのマッチングリストを開いて、そこに表示された名前を確認する。

 やはりマッチングリストにはテルヨシと黒雪姫のアバター名。《レガッタ・テイル》と《ブラック・ロータス》しかなかった。

 その事に安堵の息を吐いたテルヨシは、今の加速を無駄にしたくないので、そのまま黒雪姫に対戦を申し込んで、もはや日課と言っても過言ではない手合わせを始めたのだった。

 バーストリンカーにとっての一大イベントを無事に終えたテルヨシは、その放課後にまっすぐ自らが働くケーキ屋へと足を運び、いつものように仕事を始めていく。

 正月に起きたリアルアタックの一件を経て、テルヨシのリアル割れを少しでも防ごうとオーナーであるパドが考えた策は、2つあった。

 1つはテルヨシが赤のレギオン《プロミネンス》に所属することで、これが最良だったのだが、テルヨシはこれを拒否。パドもテルヨシの意思を汲んでこの案は却下された。

 そして採用された2つ目。

 それは働いてる間、テルヨシがグローバル接続を切ることを許すというもの。

 仕事では店員達でリアルタイムに情報を共有するために、常にグローバル接続を必要とする職場で、パドがそれを許すために口にした理由は、『言葉や動作でのコミュニケーションを大事にするテルヨシの意思を尊重して、それらを積極的に用いるため』という、結構無理矢理な内容だった。

 しかし実際にやってみれば、テルヨシには何の苦もない、アメリカでの暮らしで言語が通じてるようなものだったし、職場全体での活気みたいなものも上がり、プラスの結果が得られたため、採用に至っていた。

 これによりテルヨシは仕事の間に乱入を受けることもなくなり、そのリアルを割られる可能性もグッと下がった。

 残念なのは、テルヨシとの対戦を楽しみにしていたバーストリンカー達が乱入すらできなくなってしまったことなのだが、そこは今や日曜日の午後に必ず行われる《バトルロイヤル祭り》に参加を促す結果に繋がっていた。

 そのバトルロイヤル祭りも、今や《アキハバラBG》に並ぶ対戦の聖地とまで呼ばれるようになっていて、参加者の数もテルヨシが当初目標にしていた50人をたまに越えることがあるくらいにまで成長していた。

 そのバトルロイヤル祭りで名を馳せるバーストリンカーというのも数人出ていて、そのバーストリンカーを倒したら大金星とまで呼ばれるほどの担がれ方をされていたりする。

 その中の1人には面白いことにテルヨシも入っていて、最近では開始から狙われまくることが当たり前になっているのだが、それでも終盤まで生き残ることがほとんどで、その感心するほどの逃げっぷりを評価され《逃走王(エスケープ・キング)》などと呼ばれていたりした。

 そんなこんなでテルヨシの取り巻く環境も変化を遂げて、その後に特に大きな出来事もないまま、早くも3ヶ月が経過した7月の頭。

 その頃に丁度レベルも6へと上げて、やっとパドと並ぶレベルにまで到達した矢先、テルヨシの元に1通のメールが届き、送信元を見ればアメリカのワシントンD.C.に住む幼馴染みからの物で、どうせ夏休みに遊びに来いだのと書かれた文面だと予測していたテルヨシが考えておくとでも返信の内容を考えながら、軽い気持ちで中身を読んでみれば、そんな軽いノリで済ませられる話ではなかった。

 

『ハロー、テル。ちゃんと生きてる?

去年は1度もこっちに来てくれなかったのは寂しかったんだけど、今年は何がなんでも来てもらうからね。

実はずっと前からパパと一緒に超真剣に探してたんだけど、やっと! やっとテルの足を治せるかもしれない人と会えたの!

その人、テルがこっちに来てくれれば、長期間付きっきりで治療に専念してくれるって話だから、絶対絶対ぜーったい! 今年はこっちに来てちょうだい!

治療に関しては回復する可能性があるかもしれない、程度で、どのくらいかかるかもわからないから、そっちの学校には長期間の休学届けでも出しておいてね。長くて今年いっぱい。

テル、待ってるから』

 

「…………にゃんだと……」

 

 そんな幼馴染みからのメールを読んだテルヨシは、意味もわからなく猫語? になって反応してしまい、もう1度最初からメールを読み、それが読み間違いではないことを確認してから、ふぅ、とひと息入れてから、すぐに幼馴染みにメールを返信したのだった。

 

「ありがとうございまする、ミャア様」

 

 それから翌日に、まずは8月に入ってからアメリカに足の長期治療をしに行くという名目で梅郷中に休学届けを提出し、次に仕事先であるケーキ屋でオーナーであるパドにも8月から今年いっぱいまで仕事をお休みする旨を伝え、快く承諾してくれたオーナーに感謝の礼を尽くして、ちょうど遊びに来ていたユニコにもしばらく会えなくなることを伝えた。

 そして週末の土曜日には、バトルロイヤル祭り主催である自分が今年いっぱいまでスターターとして、参加者として出られないかもしれない主旨を、今やセカンドスターターとなっている《エピナール・ガスト》ことガストにギャラリー観戦中伝える。

 

「そんな長い期間いなくなるの? まさか東京から引っ越すとかじゃないわよね?」

 

「違う違う。ガッちゃん置いて東京を離れるわけないじゃん。オレが東京を離れる時は、ガッちゃんと駆け落ちする時さ」

 

「ふーん、わかったわ。じゃあ8月からは私とスノーで上手くやっとくから、アンタはゆっくり海外観光でもなんでもしてきなさいよ」

 

 おそらく適当に言ったのだろうが、海外旅行が意外に的を射ていることと、最近のガストのスルースキルの向上の両方に苦笑したテルヨシは、その翌日のバトルロイヤル祭りでもしばらくいなくなることを公に報告して、アメリカへ安心して行ける準備を整えた。

 そして来たるは夏休み。

 どうせ行くなら早めに行って本格的な治療が始まる前に時差ボケは治しておこうと思ったテルヨシは、予定より2日早くに日本を出発。

 羽田空港からの直通便でアメリカの首都ワシントンD.C.へと朝早くに旅立っていった。

 東京とワシントンD.C.での時差は約13時間。フライト時間も12時間ほどとなれば、体内時計も昼夜が逆転してしまうため、その時差を少しでもなくすために機内では最初に眠っていたのだが、やはりずっと眠れるわけもなく、気付けば近くの席の名前も知らない人達と仲良くなり、結局機内に設置されたローカルネット内でバーチャルゲーム三昧をしていたのだった。

 そんな愚かな行為をしてワシントン空港へと降り立ってみれば、日本を出た日付と時間がほぼ同じなので、朝出発して半日経過したのに、同じ時間に戻ってきたような錯覚を覚える。

 当然のごとく体内時計が狂ってしまっていて、朝なのにすでに眠いという事態になっていた。

 それでもなんとか自力で空港の出入り口へと足を運び、そこで迎えに来るはずの幼馴染みとその父親の到着を待つ。

 その間、暇なので1度だけ試そうと思っていたことをしてみる。

 この遠くアメリカの地で加速はできるのか。

 しかし結果はあっけないもので、加速コマンドを唱えてもうんとも寸とも言わなくて、やはり日本のみが導入しているソーシャルカメラがなければ、初期加速空間を作り上げることも不可能らしく、つまり今パリに住むテルヨシの親である《レイズン・モビール》もこれと同じ思いをしているということ。

 それを知ったテルヨシは、遠くフランスの地で暮らす自らの親に向けて、御愁傷様の意味で合掌したのだった。

 空港の出入り口で待つこと15分。

 ちょっとうたた寝を始めてしまったテルヨシは、カクン、カクンとその頭を何度か揺らしていたのだが、不意に後ろから誰かに目隠しをされてしまう。

 

Guess who?(だーれだ?)

 

 そうして目隠しをしてきた人物が発したのは、とても可愛らしい女の子の声で、声色だけで明るい性格なのがわかるほどに非常に澄んだものだった。

 しかしテルヨシはその声を毎日飽きるほどに聞いていた時期があったため、特に何のリアクションもなく、未だ頭を揺らしていた。

 

Hey! Why does nothing react?(ちょっと! 何で何も反応しないの?)

 

 そんなテルヨシのリアクションが予想外だったのか、目隠しをしてきた女の子はちょっと怒った調子になって声をあげテルヨシの顔をぐいん! と真上に向かせてしまうが、それでもテルヨシはノーリアクション。

 これはなんとなくこの女の子のやることが予想できているからこその反応なのだが、それが気に入らない女の子は目隠ししていた両手を放して、すかさずテルヨシのおでこを平手で叩いた。

 それにすらほとんど動じずに、少し赤くなったおでこをさすりながら、テルヨシは真上に顔を向けたまま後ろの女の子と初めて目を合わせて一言。

 

「おひさー」

 

It reacted at last.(やっと反応してくれたね)

 

「とりあえずいじめみたいに英語でしゃべんのやめてくれ。正直なに言ってるかわからん」

 

It's unavoidable.(仕方ないな)

 

 そうやってやっと反応したテルヨシに笑顔を向けた女の子は、それでテルヨシの正面に移動して改めて日本語で言葉を発した。

 

「久しぶりだね、テル。こうして直接会うのは1年半ぶりかな」

 

「たまにボイスメールとかでやり取りしてたし、VRスペースでも互いのホームネットを行き来してたからな。正直あんま久しぶりって気もしないんだが」

 

「でも、こうやって現実で触れ合える距離にいられるのって、なんか嬉しいよね」

 

 そうして嬉しそうに綺麗な日本語で話す女の子、白穂梓桜(シラホシサクラ)は、少し脱色したような、しかし綺麗な長い黒髪を右横でサイドポニーでまとめていて、夏真っ盛りにも関わらずに薄い生地ではあるが長袖ピンクのパーカーを着て上半身の肌をすっぽり隠し、逆にその下は太股をさらけ出すほど短いショートパンツを履いていて、ちょっと不思議なスタイルの着こなしをしていた。

 そんなサクラを見て少しだけ笑顔を崩したテルヨシだったが、すぐに戻してまた話をする。

 

「それで教授はどこに?」

 

「テルを待つ間に近くのファーストフード店で朝食食べてたら、大学の方から仕事の話が来て私だけ先に合流したの。たぶんいま車回してるはず……ほら来た」

 

 合流したのはいいが、来たのがサクラだけということで、そのサクラの父親であり、大学の教授であり、迎えの車を運転する白穂梓松(シラホシショウ)の所在を聞くと、丁度テルヨシ達の所へ白のワゴン車が移動してきて停まり、運転席から見るからに温厚そうな中年の黒髪短髪男性が降りてきて、バックドアを開けてからテルヨシとサクラに声をかけた。

 

「すまないんだが、これから大学の方に行かないとならないから、話は移動しながらにしてくれ」

 

 見た目通りの優しい声でそう話したサクラの父親。

 サクラの話の通り、急ぎなのかもしれない用事ができたようで、テルヨシとサクラは「はーい」と返事をしてから移動を開始したのだが、その際にテルヨシの車椅子をサクラが押して、それをテルヨシは拒否しなかった。

 これは日本では『あり得ないこと』として知り合い間での共通認識があるほどに見られないことで、テルヨシは普段、過剰ではないかというほどに他人の手を借りないのだ。

 車椅子ならその後ろを押すことを許さないし、少し手間がかかることにしても、絶対に手出しさせずに自分でやってしまう。

 それはただ純粋に『対等でありたい』という意思の表れであり、同時に同情や哀れみを向けられることを心から嫌っている故の意地でもあるのだ。

 だからこそテルヨシは日本で暮らすようになってから、黒雪姫や恵。あのパドにでさえ車椅子を押させたこともなかった。

 それなのにサクラにはその行為を止めることをせずに受け入れ、普通に後部座席へと移って座り、テルヨシが降りた車椅子と荷物をサクラが後ろへ積んでバックドアを閉めサクラと父親も乗り込んで発進していった。

 ワシントン空港は、首都の近くを流れるポトマック川を挟んで南部に位置しているため、まずは大きな橋を渡って北上して市内へと突入。

 川を渡って少し北に行ったところには、かの有名なホワイトハウスがあり、サクラの父親が教授を務めるジョージワシントン大学もそのホワイトハウスのすぐ西側に位置している。

 そしてサクラの家はそのワシントン大学の位置する所から離れた北東地区。

 スタントンパークの近辺のため、車は1度大学から遠ざかる形になり、大学へ行くことになる教授に迷惑をかけまいと家の前に着くとすぐに降りて教授を見送り、テルヨシとサクラは1度家に入って荷物などを置くと、家にいれば寝てしまうかもしれないため、それでは時差ボケを治せないと外へと出てとりあえず近くのスタントンパークに足を運んでいった。

 

「そういえばテルさ、身長伸びたんじゃない? 車の中でも座高が高くなったかもって思ってたんだけど」

 

「そりゃ成長期だからな。サクラは大きくなってないな。でも肉付きが……」

 

「変わってませんー! むしろ前よりスレンダーになりましたー」

 

「え? オレが言ったのはおっぱいですけど? あれあれ? サクラさんひょっとしてお腹の方のお肉とでも思った?」

 

It's confusing!(紛らわしいのよ!)

 

 サクラが車椅子を押しながら移動し2人でそんな会話をして楽しんでいると、すぐにスタントンパークに辿り着き、中へと入っていってみると、何やら少し賑やかで人が集まる場所を発見し、気になった2人もそちらに寄っていってみる。

 そこではソーシャルカメラが普及している今の日本ではほぼお目にかかれない、喧嘩のような騒動が起きていて、その中心にいたのは、結構大柄な黒人男性と、明らかにテルヨシ達より年下の小柄な日本人っぽい黒髪少女だった。

 2人はどうやら両者公認の上でストリートファイトをしているらしく、ギャラリーも熱の入った声援を飛ばすが、テルヨシは両者の圧倒的な体格差を見て1度は少女の勝ち目が薄いと判断した。

 しかし少女の目が一切の負い目も感じさせない強い意思を持っていたのを見て、その判断を覆した。

 おそらくは空手でもやっていたのだろう構えで臨んでいた黒人男性と、柔軟な動きで翻弄して総合的な格闘技を扱う少女とのファイトは、型にはまった黒人男性がその隙を突かれて倒されてしまい、ギャラリーも意外な結果だったのか呆然としてる中で、テルヨシだけが勝利した少女に拍手を贈ると、少女はそんなテルヨシに気付いて、テルヨシとサクラを見てからまっすぐに近寄ってきたのだった。

 

「そうか。テルは東京から来たのか」

 

 テルヨシ達に近寄ってきた少女、千明(ちぎら)ちあきは、自身が日本人であることと、テルヨシ達も同じ日本人であったことから話しかけ、それぞれ自己紹介を済ませると、サクラは一旦飲み物を買いに行き、その間にテルとちあきは他愛ない話をしていた。

 

「私も2年前まで東京に住んでいた。こっちには家の事情で来ているが、今みたいに強いやつがいるという噂があれば飛んでいき教えを乞うたり、倒していっている」

 

「ちあきちゃんは元気だねぇ。そんで、そんなことをするのには理由があるんだろ? 差し支えなければ教えてくれる?」

 

「私には目標とする人物がいる。その人に少しでも追い付くために、私はこうして強くなろうとしているんだ。そう、彼女の……《ブラック・ロータス》のように」

 

 その話を聞いた瞬間、テルヨシは心臓が飛び出そうになる。

 まさかこのアメリカの地でブラック・ロータスの名を聞くことになるとは想像すらしていなかっただけに、その驚きはちあきにも伝わってしまう。

 

「テル、その反応はなんだ? さては私の話が馬鹿馬鹿しいとでも思ったのだろ」

 

「いや、そうじゃないよ。そうか、ちあきちゃんは東京にいたんだったな。ならあり得るのか……」

 

「テル、まさかブラック・ロータスのことを知ってるのか!?」

 

「いやいや、そんなカッコ良いヒーローみたいな名前の人は知らないよ」

 

 実際は知っているのだが、ちあきの言うブラック・ロータスとテルヨシの知るブラック・ロータスが同一人物であるという確証も今のところはないに等しい。

 それにテルヨシはちあきがブラック・ロータスについて知っているのなら、こんな簡単に名前を出すのも変に感じていた。

 彼女がもしも、テルヨシと同じバーストリンカーだったとすると、ブラック・ロータスの存在が少し曖昧なのだ。

 

「ちあきちゃんは、そのブラック・ロータスに会ったことがあるのかな?」

 

「私自身は1度もない。だが、東京にいた頃によく、にいさまがブラック・ロータスの話をしてくれていた。最初は私も作り話だと思っていたが、にいさまが病気で亡くなる前に言ったんだ。『強くなってブラック・ロータスに会え』と」

 

 その話を聞いてテルヨシは合点がいった。

 つまりはちあきのお兄さんが元バーストリンカーで、そのお兄さんがブラック・ロータスを加速世界での目標か何かと思っていて、それを作り話として妹に聞かせていた。

 しかしそのお兄さんは病気で息を引き取る時に、ちあきにブラック・ロータスが実在することを教えた。

 ここから察すると、お兄さんはちあきにおそらく……いや、確実にブレイン・バーストをコピーインストールしているのだが、それに本人が気付いていない。そういうことなのだろう。

 しかし今はそれを確認することも叶わない。

 今ここで直結しようなどと言えば、セクハラで訴えられてもおかしくないし、最悪ちあきに嫌われてしまうかもしれない。

 だからテルヨシはこの場での確認は諦めて、会話を続けた。

 

「そうなのか。いつか会えるといいな。そのブラック・ロータスに。ちなみにちあきちゃんは東京に戻る予定とかあるの?」

 

「来年。中学に上がる年に戻る予定だ。だが何故そんなことを聞く?」

 

「ん? 深い意味はないよ。こんな可愛らしい子と知り合えて、このままお別れっていうのも寂しいから、あっちでも会えないかなぁって……」

 

 ゴスンッ!

 そうやって真実をぼかしつつ、テルヨシらしい返答をしてみると、飲み物を買ってきたサクラにその飲み物の容器で頭を叩かれて「ナンパするな」と注意されてしまった。

 そのあと買ってきた飲み物をみんなで飲んだあと、ちあきは走ってどこかへと行ってしまい、またいつか会えることを少しだけ祈りつつそれを見送ったテルヨシは、完全に昼時となったのを確認してまたサクラと一緒に時間を使うため移動を再開したのだった。

 昼以降は特に何をするでもなく、市内をぶらりと散策して、ついでに買い物を済ませて陽の傾き始めた頃に家へと戻った2人は、先に帰ってきていた教授と一緒に夕飯を作って食べ、そのあとは長距離移動と若干無理して起きていたテルヨシが先にお風呂へと入ることになり、昔使い慣れた洗面所へと行ってパパッと浴室へと入っていった。

 サクラの家の浴室は、足が不自由になったテルヨシのために湯船が床より低く改築されていて、10センチほどの段差を越えるだけで湯船に浸かれるようになっている。

 そんな親切設計に感謝しつつ、体を洗い始めたテルヨシだったのだが、不意に洗面所の方に人の気配を感じると、数秒後には何のためらいもなく一糸纏わぬサクラが浴室へと入ってきて、床に座るテルヨシを見てきた。

 

「背中流してあげる」

 

「…………この歳で羞恥心を持たない痴女となったか」

 

「別にテルに見られたってなんとも思わないし。テルだって反応しないじゃん」

 

「兄弟みたいなもんだしな。それにオレは年上のお姉様が好きだ」

 

「おかしいなぁ。私も一応誕生日はテルより早いんだけど?」

 

「たった1ヶ月くらいでお姉さん気取りとは片腹痛し」

 

 それで2人とも笑ってしまうが、いつまでも話してるわけにもいかないので、テルヨシも仕方なしにサクラを招き入れると、サクラも早速その背中を洗い始めた。

 この2人のこういった距離感は、男と女である前に幼馴染みであることの表れでもある。

 そんなサクラを鏡越しに見ていたテルヨシは、そこでサクラの体をまじまじと見る。

 別にサクラの裸を脳裏に焼き付けようとしていたわけではなく、サクラの体。

 主に今日、パーカーによって隠れていた上半身。そこにあった何かで叩かれたような痛々しい『無数のアザ』を見ていたのだ。

 

「……もう、痛くはないんだよな、それ」

 

「……うん。順調に治れば、成人する頃にはアザも消えるって」

 

「…………ごめんな、サクラ」

 

Don't care.(気にしないで)それにこれはテルが悪いわけじゃないよ。何もかも私が悪いんだし。テルの足だって、私が……」

 

 テルヨシが振り向かずにサクラとそんな話をしてみれば、サクラは1度背中を洗う手を止めて俯いてしまうが、そのサクラをテルヨシは笑って励ます。

 

「サクラは何も悪くない。それ言ったら怒るって、前に言ったよな。オレに誇らせてくれよ。大切な幼馴染みを守れたってことをさ」

 

「……うん。ありがと、テル」

 

 お互いに思うところはたくさんある。後悔することも、罪悪感に苛まれることも。

 しかしテルヨシはそんな負の感情を振り払ってサクラの頭を上げさせ、そのサクラはテルヨシの背中にトンッとおでこをくっつけて感謝したのだった。

 

「あ、そうそう。幼馴染みで思い出したけど、私とテルって従姉弟らしいよ? 私のママとテルのパパが姉弟なんだって。最近パパが教えてくれた」

 

「そうなのか? つっても、オレは親父の顔なんて覚えてないし、サクラのお母さんも物心つく前には離婚してたからな」

 

「それもあったからパパもあえて言ってなかったみたい。別に隠すことでもなかったと思わない?」

 

「まぁな。幼馴染みが従姉弟になったからって、そんな違いもないしな」

 

 それから話はライトな話題へと変えられ、再び笑顔の戻った2人は、仲の良い姉弟のように楽しそうな時間を使っていき、お風呂を上がってからもベッドで一緒に寝て、一夜を過ごしたのだった。

 その翌日から、テルヨシは自らの『トラウマ』と向き合うことになる。

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