――皇照良。2032年5月20日生まれ。
2歳の時に父親を事故で亡くし、母親と共に当時ワシントンD.C.に住んでいた父親の姉を頼り渡米し、その家族と一緒に暮らし始める。
7歳になると同時に、一緒に住む家族の仕事に携わり、以後、心理学――主に行動分析――の分野において才覚を発揮。
心理学教授である白穂梓松の助手としてジョージワシントン大学に出入りするようになる。
10歳の時に高所からの落下による事故で、打ち所が悪く下半身麻痺となり、治療の目処が立たず車椅子生活を余儀なくされる。
12歳になった年度の終わりに、母親の妹家族を頼り単身日本の東京へ移住。私立梅郷中学校へ入学。
以後、自らで生活資金を稼ぎながら、特に問題もなく日々を過ごしている――
これがテルヨシの主だった14年の歴史で、それを現在、サクラの家を訪れた1人の白人男性の医者がニューロリンカーの映す
テルヨシがアメリカへ来て2日目の昼下がり。
善は急げとサクラの申し出で、予定より早くにテルヨシの足の治療がスタートし、その医者が家を訪問し本格的に治療を始める前に必要なことだということで経歴を見せていた。
何故テルヨシの経歴が必要なのか。
それは今回の治療がある種の『自己暗示』に近いものだということらしく、そこには強い『意思力』を必要とするため。
当然そのためにはテルヨシが下半身麻痺となった原因や、それらに繋がる正負の感情というものとも正面から向き合い乗り越えなくてはならない。
しかしテルヨシにとって、足を動かせなくなった事実は結果としてサクラを救ったことに繋がるが、完全に前向きに捉えることのできないものだし、その後に起きた最悪の事態に関しては、未だに正面から向き合うことさえできずにいた。
そこへ経歴を見た医者が、いきなり核心に触れる事故当時のことを聞いてきたため、テルヨシは無意識のうちに手が震え出すが、それを今日も上半身にあるアザを隠すように上着を着たサクラが、そっと手を重ねて落ち着かせ、それによっていくらか心を落ち着けて、ゆっくりとその当時の話を始めた。
テルヨシとサクラが10歳になった夏の終わりの9月末。
当時はバリバリのアウトドア派だったテルヨシとサクラは、フルダイブでのVRゲームが周りの主流の中で、しかしそれにはほとんど手をつけずに朝から夜まで外にいるような活発な子供だった。
そのサクラが、高い木の上に登って降りられなくなった野良猫を発見し、果敢にその木へと登り救出に向かい、それを心配したテルヨシも一緒になって登っていった。
しかしその頃には陽も傾き始めて暗くなっていたために、野良猫を無事に確保したサクラが、それに安堵した瞬間に踏み外して木から落下。
高さは2階建ての家にまで匹敵していたため、落ちればただでは済まないことを理解しつつ、テルヨシはほとんどためらうことなく落ちるサクラを庇って自分も木から飛び降り、地面と激突。
サクラを庇って背中から落ちたため、テルヨシはそこで意識を手離してしまい、そのあとサクラが泣きながら父親へと連絡して、すぐに病院へと運ばれたらしい。
その話を隣で聞いていたサクラは、当時を思い出してしまったのか、その目に大量の涙を浮かべて俯いてしまうが、今度はテルヨシがその手を優しく握ってあやす。
それを自動翻訳アプリか何かで聞いて理解した医者は、手元で何かを記録する操作をしてから、その行動と結果に悔いはないかと問いかけてきた。
テルヨシの回答は当然YES。
この事に関してはテルヨシが引きずってるわけではない。むしろその原因を作ったサクラの方が気にしているくらい。
だからこそ昨夜のお風呂での話でも、この件に関してはテルヨシも謝るようなことをさせなかった。
それはテルヨシの中でサクラに『感謝されるべきこと』だからで、それで謝罪されたら、助けられた事実よりも、足が動かなくなった事実が大きくなってしまう。
それだけは絶対に嫌なのだ。
それでも再び自分の足で歩きたいという思いがないわけではない。
それならば今回、アメリカへと足を運ぶこともなかったし、ブレイン・バーストにおいても、テルヨシの強迫観念や願望を形にした《レガッタ・テイル》が、その強靭な足を持ち得ることもなかったはずなのである。
ならば、テルヨシが抱えるトラウマともいうべきものは、いったいどこにあるのか。
それはテルヨシの強化外装《テイル・ウィップ》に全て凝縮されていた。
事が起こったのは、テルヨシの足が動かなくなって、車椅子生活へと移行し始めてとりあえずの退院をした日。
テルヨシが教授の車でサクラの家へと戻ってきて、教授は大学へと向かっていったのだが、その家にはその時間、サクラとテルヨシの母親、
テルヨシの存在に気付いた母親は、当然その行為をすぐにやめたが、そんなものを見てテルヨシが黙ってるわけもなく、車椅子で母親へと突っ込んで倒し、その拍子で車椅子から落ちるも、母親に馬乗りしたテルヨシは、そこから怒りに任せてただひたすらに母親の顔を殴り続けた。
自分を制御できなくなっていたテルヨシは、そのあと泣きながらに止めに入ったサクラによって、ようやくその手を止めたが、その時にはすでに母親は意識を手離していて、顔も酷い有り様となっていた。
その後テルヨシの母親は虐待の罪で逮捕され、現在も服役中。
それに加えて精神科によるメンタルケアが必要なほどに心が壊れてしまっている。
テルヨシの母親は、お世辞でも絶対に良い母親とは言えなかった。
テルヨシが生まれる時には、育児が楽になるからと当時主流になったニューロリンカーを出生時から装着させて、泣き出してもフルダイブさせて育児用VRプログラムに突っ込み、必要最低限の世話をするに留まり、父親が生きていた頃はそのほとんどを父親任せにしていた。
父親が事故で死んでからは、自分で働こうともせずに妹家族に頼るも、その性格を知っていた妹も拒否。
だからと何も知らない父親の姉家族を頼ってアメリカへ移住。ずかずかと家族の輪に入って、働くこともせずに居ついていた。
それでテルヨシがその才能を発揮し始めれば、手の平を返したように扱いが変わり、異常な愛情を注ぐようになるが、その裏は自分が遊ぶために使う資金の収入源。
そんなこれから役に立つはずだったテルヨシが下半身麻痺となり、その原因がサクラにあると知ったあとは、怒りの全てをサクラへと向けて、テルヨシが発見するまでの2週間近くの期間、サクラを鞭で痛め付け続けたのだ。
それがバレないように、顔などは狙わずに。何度も、何度も、何度も。
サクラもサクラで、その当時は自分が悪いと塞ぎ込んでいて、それを仕方ないと黙って受け続けていたため、教授もテルヨシも気付けなかったのだ。
心理学を専門にする2人を欺くほど違和感なく。
そんな出来事がテルヨシの奥底で今も根付いていて、その母親は今でも最も忌み嫌う存在で、拒絶しかできないもので、サクラを傷付けた鞭は、恐怖の象徴となっていた。
故にブレイン・バーストはテルヨシにテイル・ウィップという恐怖の象徴を生み出した。
そんな恐怖の象徴を、テルヨシが正常な状態で扱えるわけもなく、初めて親である《レイズン・モビール》にレクチャーを受けて呼び出した際には、その手に持った瞬間に絶叫し、デュエルアバターを動かせなくなる《
テルヨシがいま保持するアビリティ《スイッチ・アーマメント》は、その手にテイル・ウィップを絶対に持ちたくなく、それでも戦いたいという想いから発現した、ある種の救いのアビリティであると言える。
それらの過去を話し終えてみれば、テルヨシはあり得ないほどの疲労感を感じながら、少し息を荒げていた。
それは口にするのも苦痛なことを如実に表していたが、話を聞いた医者は至って冷静に、ゆっくりと今後の治療の説明を始めた。
テルヨシが行なう治療は、肉体的な足の運動を促すことになるのだが、その真に関わるのはテルヨシの意思だという。
この治療は過去にもいくつか実際に麻痺から動かせるようになった実例があるが、医学的・科学的にもその最もたる原因が完全に解明されていないとのこと。
当てはまる言葉があるなら、それは『奇跡』と呼んでも間違いではないらしい。
しかし、この事例には治療者の間でいくつかの共通項が存在することがわかっていて、その根底にあるのが自分を『疑わないこと』。
自分は歩ける。動かせる。動かないはずがない。
過去に麻痺から回復した人達は皆、そんな強い意思を必ず持っていたという。
そんな強い意思を持つためには、テルヨシ自身がまず自分を信じなければならない。
それに加えて、過去のトラウマ……自身が取り払うことのできない負の感情とも正面から向き合って、受け入れ、克服しなければならないとのこと。
あとは自分の足で歩くという明確なイメージを持って治療に臨むことが必要なのだが、そこはVR空間において日常的に行ってきた行為なので、特に問題はなかった。
それこそ加速世界では《蒼き閃光》《逃走王》などと呼ばれるほどにその足で駆け回っているのだ。イメージが揺らぐ余地などあるわけがない。
始めはやはりより現実のイメージを強固にするために、サクラの協力で仰向けになった状態で、ストレッチやエクササイズのような足運動をしてもらい、感覚を体に思い出させる。
テルヨシ自身、今まで動かないなりにも手を使って柔軟体操や関節の駆動などを続けていたので、筋肉の硬直などといった症状はなく、サクラも楽しそうに「ワン、ツー、ワン、ツー」などと言いながら足を動かしていた。
しかし、始めこそ順調に見えた治療であったが、1週間と過ぎてもテルヨシに何の兆しも見えなく、そこまでならまだ始めたばかりで済ませられてはいたが、1ヶ月、2ヶ月と何も変化が出てこなければ、さすがに不安が漂い始めてしまう。
そういった不安を口に出す人はいなかったが、やはり空気というものはわかってしまうため、それがマイナスのイメージに繋がる悪循環を生み出す前に、医者が少しだけやり方を変えてテルヨシに多少強引でも歩行の訓練をさせた。
テルヨシは焦っても仕方のないことと見た目では冷静だったのだが、その内心では未だにトラウマが尾を引いていて、一緒になって治療に尽力してくれているサクラの期待を裏切りたくないと、頭は冷静でも心に余裕がなくなり始めていた。
そんな治療も気付けば3ヶ月が過ぎようとしていて、季節も完全に紅葉の秋へと移り変わり、11月を迎えようとしていた。
ここまでで良い成果を全く出せていなかったテルヨシを見て、医者は『きっかけ』さえ掴めばトントン拍子で事が運ぶだろうと希望的意見をテルヨシとサクラに告げて、また新しいアプローチをしてみることを言い残してその日は帰っていき、2人もそんな意見に少し笑顔を浮かべてから、いつものように時間を使っていった。
「売上が2割減? 何事か」
その夜。
本当に珍しく、というよりも初めてパドの方からボイスコールがあり、ちょっとドキドキしながらそれに応じてみると、内容は冒頭から店の経過報告で、ちょっぴり残念に思いながらも話を聞けば、どうやらテルヨシがいなくなってから客の数が少し減ったらしく、テルヨシの顔が見れないのが残念という声が多いという。
その結果売上が2割ほど落ちてしまったと。
『だからテルにはクリスマスイベントの前には復帰してもらいたいのが本音。今年はニコも手伝ってくれる』
「にゃんだと!? ニコたんには是非ともミニスカサンタコスを!」
『……ロリコン』
「あ、今のはグサッとしてさらに抉られた……違うってばパドさんや。ニコたん可愛いから似合うだろうなって意味であって、やましい気持ちはこれっぽっちもないんだって」
『NP。わかって言ってる』
久しぶりに話してみれば、相変わらずなパドに苦笑しつつも、クリスマスまでには帰れるように努力することを伝える。
それを聞いたパドは「頑張って」と一言返したあと、バイトが始まる時間だと伝えてボイスコールを切ってしまった。
そういえば半日くらいの時差があるんだよな、と思いながら時間の確認すれば夜も10時を回っていて、時間的にバイト? とか思いながらもそろそろサクラが一緒に寝ようと訪ねてくるかと考えていると、またも日本にいる人物から連絡という名のメールが届き、それを開いて中身を読む。
『夜分遅くに済まないな。そちらでは今から寝る頃だろうとは思うが、報告し忘れていたことがあった。
まずは先日の生徒会改選で、私が生徒会副会長、恵が書記に就任した。帰ってきたら敬意を込めて副会長と書記と呼んでもいいぞ。
次はまぁ、私なりに手を尽くした結果、自ら子を作った。名前は《
P.S.
お前がいない数ヵ月。いまいち盛り上がりに欠けてしまっている。帰りを待つ人達も少なくないから、早く帰ってこい』
送信元はもちろん黒雪姫。こちらも変わらない性格丸出しの文面で、テルヨシへの近況報告をしてきた。
まず副会長となったのはそれほど驚かなかったテルヨシだったが、あの黒雪姫が子を作ったという事実には驚かされていた。
少なくとも、テルヨシが一緒にいた間では、黒雪姫が子を作ろうとしてる素振りは皆無だったのだ。
それがどうしてこの時期に、と考えはしたが、その理由については手を尽くした結果と記述している辺り、事情があると踏んだテルヨシは、その件については帰ってからでも遅くはないかと判断して完結し、その黒雪姫の子だというシルバー・クロウの名前を記憶し送られてきたメールを削除。
メールを読んだ旨を伝える返信も忘れずにする。
ブレイン・バーストに関する文章をメモリに残すわけにはいかないので、これは昔から徹底していた。
そのあとサクラが部屋へと押し掛けてきて、いつものように一緒のベッドで寝始めたのだったが、この日はサクラが何やら様子が違うことを察したテルヨシは、自分から話を振ってあげて、それにためらうような雰囲気を出したサクラだったが、すぐに息をひとつ吐いて話を始めた。
「治療、なかなか成果が出ないね」
「元々奇跡とかいうレベルの可能性でしかないんだ。成果が出なくてもおかしくはないさ」
「……そういう冷静さって、心理学においては重要なのはわかってるけど、私はそれが怖いよ。テルが奇跡を信じてなくて、私とパパが整えた場だから、体裁として治療を受けてるんじゃないかって……そう、思う時がある」
間違いではない。
聞いた瞬間にそう思ってしまったテルヨシは、思わず顔をサクラから背けて、それでは肯定したことになってしまうため「そんなことはない」と返すが、やはり幼馴染み。
言葉以上に雰囲気で伝わってしまっていたらしく、いきなりドスッ、と脇腹に拳を入れられてしまい、変な声が出てしまった。
「テルさ、私のアザのこと……お母さんのことをずっと引き摺ってるよね? 私には足のことは気にするなって言うくせに、自分はそのことを気にしてる」
結構な威力の拳を入れたサクラは、そのあと顔を向けようとしないテルヨシに対して、今まで秘めていたのだろうことを話し出した。
「テルのお母さんが私にしたことをテルが負い目に感じてて、あれ以降私がテルにしてあげることに強く反発しなくなったのは、そういうことだよね? 自分には私のやることを拒否する権利がないとか、そんなことを考えてるんだよね?」
サクラのそんな問いかけに対して、テルヨシは答えない。
そうではない。そうやってすぐに否定することができれば、テルヨシだって沈黙などするはずもないが、サクラの質問はいささか的を射すぎていた。
テルヨシは自分の足が動かなくなったことに対して後悔など一切ない。
だからサクラにも自分が助かったことを喜んでほしいと言っていたし、責任を感じてほしくないと今でも思っている。
しかし、テルヨシ自身は足が動かなくなったことによって、母親がサクラに暴力を振るい、今も消えないアザを残したことをずっと負い目に感じていて、それ故にサクラが自分にしてくれることの一切を可能な限り拒否しないようにしていた。
サクラの言うように、自分にはそれを拒否する権利などないと。
サクラも薄々それには勘づいていたのだろう。
しかしサクラもテルヨシに対してしてあげられることがそれしかないと理解していて、それを拒否されることをずっと恐れていたのだ。
それができなくなれば、自分がテルヨシにしてあげられることが何もなくなってしまうから。
そんなサクラの心境と、それを知りながら何も出来ない自分。
そんな関係に耐えられなくなる前に、テルヨシは逃げたのだ。
サクラのそばから遠い場所。簡単に会いに来ることが出来ない
しかしサクラは、それすらも恐れずに今、テルヨシと正面から向き合っているのだ。それはテルヨシも理解できていた。
「……テルはさ、全然わかってないよ。私がどんな想いで今回の治療に協力してるか。全然、わかってないよ」
「……責任とか義務、じゃないのか?」
「ほら、全然わかってない。そんな理由で私は協力してない。第一、足のことで負い目を感じるなって言ったのはテルだもん。その認識は矛盾してる」
言ってからテルヨシも自分の発言がおかしなことに気付く。
だが、だからこそサクラは今回のこの治療を施してくれている医者を探していたのではないか。そうも思っていた。
自分のせいでテルヨシの足が動かなくなったのだから、それを治す手段を探すのも、協力するのも当然だ、と。
テルヨシは今回、話をもらった時に最初に思ったことはそれだった。
そう思ったからこそ、その想いを無下にはできないと、この治療に臨んでいた。
もちろん、歩けるようになるならば、そうなってほしいとは本気で思ってはいるが、そうした気持ちがテルヨシを完全に治療に向かわせていないことも事実であった。
この治療は『疑わないこと』が重要だと、一番始めに言われていた。
そこから考えれば、テルヨシの状態は最初からよろしくない。前提からして成立していないのだから、今までで成果が出ないのも当然と言えた。
サクラはそれを段々と治療中に強く感じていったのだろう。
「私だって、100%罪の意識を感じてないわけじゃないよ。今までだって私があの時に落ちてさえいなければとか考えて眠れない夜だってあった。後悔するなって言われたって、人間なんて簡単にそれを実行できない生き物だって理解してる。でも、私が今こうしてテルに協力してるのは、私もテルも、一緒に前に進むため。テルが悔やんでるのは、自分が足を動かせなくなったせいで私が暴力を受けたこと。私が悔やんでるのは、その2つの原因を作ってしまったこと。気にするなって言うのはもうお互いに無理なんだよね。だからこう考えたの。私のアザは近い将来、ちゃんと消えてくれる。それでテルがまた自分の足で歩けるようになったら、私達はその後悔の念を乗り越えられるって。それで私達はまた、本当の意味で仲の良い幼馴染みに戻れるって、そう思うの」
サクラの言いたいことは、テルヨシにも十二分に伝わっていた。
サクラはサクラでこれまでに苦悩していたのだ。
たとえ本人に気にするなと言われても、それを本当に気にしなくなれる人間など皆無だろう。
それがわからないほどテルヨシもバカではないが、実際にはそれを口にすることで納得してくれたと、そう思い込むことをしていたのだ。
さもこの話は終わりとでも自分に言い聞かせるように。
しかしサクラはそれじゃダメだと、今はっきりと言葉で伝えてきた。
一緒に前を向いて進もうと。一緒にトラウマと向き合った上で、乗り越えようと、そう言ってきたのだ。
その想いに、揺れないわけがない。
「それにさ、私はテルがしてあげることを受け入れてくれることより、また一緒に歩けるようになってくれた方が、何万倍も嬉しいんだよ」
「…………強いな、サクラは」
「強くなんかないよ。これから強くなろうとしてるんだよ。テルと一緒に」
「それじゃあ、アザが消えることがわかってるオレは、絶対に歩けるようにならないといけないわけだ」
「
「……悪い。なんて言ったのかわからん」
そこまで話してようやくサクラと顔を向き合わせたテルヨシは、それでサクラに鼻を摘まれてしまったが、その顔にはお互いに偽りのない笑顔が浮かんでいた。
自分のトラウマは1人では乗り越えられないと思っていた。だが、2人でなら。
そんな思いが、今の2人には確かに芽生えていた。
そのあとは話し疲れて眠ってしまったサクラに釣られるように、テルヨシも意識を手離していったのだが、事が起きたのは翌朝だった。
ニューロリンカーに設定しているアラームとは違う音が頭に響いて起きたテルヨシは、その音がボイスコールのものだと理解してから時間を確認してみると、朝の7時くらいで、ボイスコールの相手は意外にも恵からであった。
時差の計算と配慮を考えられない人物ではないだけに、少々疑問を抱きながらにそのボイスコールに応じてみれば、繋がったことを確認した恵が今にも泣き出してしまいそうな声でテルヨシに話をしてきた。
『姫が……姫が……車に轢かれて……意識不明の重体に……』
途切れ途切れに紡がれたその言葉に、テルヨシは血の気が一気に引く感覚を覚えた。
つい半日ほど前。
日本では昼前に本人からメールを貰っていたテルヨシは、それが一瞬なにかの間違いではないのかと思えてならなかった。
ましてや車に轢かれるなど、今の日本ではあり得ないと言っても過言ではないほどに頻度は激減している。
それこそ、事故を起こそうとしないと起こらないほどに。
『わたし……わたし……どうしていいのかわからなくて……先生方は……混乱を生むから生徒には情報を……開示しないようにって……でもわたし……』
「落ち着け恵。大丈夫だ。恵はただ姫を、日本の医療を信じてろ。1人でいて落ち着かないなら、しばらくオレと話をしよう。ボイスコールは切るな」
『テル……ごめんなさい。テルも今、自分のことで手一杯なのに……』
「オレはいつでも余裕を持った人間だよ。なんなら今から傷心の恵を口説き落としちゃうぜ?」
『……笑えませんわ』
言葉では平静を装いつつ、恵を落ち着かせていたテルヨシであったが、その内心はいてもたってもいられない状態だった。
その証拠に、いつの間にか近くに置いていた車椅子に乗っていて、ここがアメリカだということを忘れてどこかへと行こうとしていたのだが、そんなうるさいテルヨシのせいで起きたサクラは、その一連の動作を見て開いた口が塞がらなくなっていた。
恵と話しながらそれに気付いたテルヨシは、どうしたのかとサクラに聞けば、
「テル……今……」
掠れた声で、確かに言ったのだった。
――歩いた。
と。