「つーわけでこれから初陣だ」
テルヨシが《カーマイン・ボンバー》ことバーちゃんに敗北して、残りの時間で色々と話をしたらしいマリアとユニコ。
死亡マーカーとなっていてその話が全然わからないまま対戦を引き分けにされ加速を終えたテルヨシは、現実に戻ってからいきなり言われたユニコの言葉に思考が停止。
「おら、早くタッグ登録解除しろアホ。乱入されんだろうが」
「…………あのさ、初陣くらいこっちのタイミングでやらせてくれてもいんでない?」
「あ? こんなのダラダラやってても仕方ねーんだよ。何するにも実戦が一番経験値入んのはどのゲームも一緒だ」
何がどうなって話がまとまったのかは知らないが、テルヨシの意見は全部却下の方向らしいことはもうわかったし、言ってることは正しいのでマリアとのタッグを解除したテルヨシは、続けてマリアを観戦者登録しギャラリーとして入る準備を整えてから、バイト中ということもあり作業へと戻りつつ、マリアの初陣を待つのだった。
【A REGISTERED DUEL IS BEGINNING!!】
そんな観戦者となった旨を伝える文章がテルヨシの視界に表示され、対戦フィールドへと誘われたのはわずか1分後。
おそらくはマリアの側から対戦を仕掛けたのだろうことは視界上の対戦相手のレベルが1であることから予想はついた。
構築されたフィールドは草木がうっそうと生い茂る《原始林》ステージで、生物型の動くオブジェクトが多いのが特徴。
中には恐竜のような狂暴なオブジェクトも存在するため、下手に周囲を攻撃して藪から蛇も気を付けなければならない。
そして改めてマリアの対戦相手を確認すれば、どうにも知らない名前で首を傾げるテルヨシ。
もちろん知らない名前のバーストリンカーなどたくさんいるが、レベルが1ということは最近始めた新人である可能性は十分にあった。
《Pansy Sting[Level1]》
《パンジー・スティング》。名前からして刺々しそうな針の名を冠する相手は、中野方向からスタートしたようで、元気にガイドカーソルが右へ左へ動いていたが、かろうじてスタート位置から近いところで発見したマリアは、ひと際高い樹木を懸命に登っている最中だった。
「おら、ボサッと突っ立ってんなよ」
その様子を見ていたテルヨシの横から、乱暴な言葉と一緒にギャラリーとしてのユニコが近付いてきて、もう少し見晴らしの良いところへ行こうと言うので、マリア同様近くの樹木の太い枝に移動して、そこに腰かける形でマリアを見守る。
そうしているとパドとバーちゃんも合流してきて、なかなか豪華なギャラリーとなったが、そんなことは全く気にせずにテルヨシ達は話を始める。
「やっぱそうか」
「何か確信ありか、レイン」
「《アン》のアビリティに《インキュベーション》ってあんだろ? それ『相手にガイドカーソルが表示されない』んじゃねーかって思ってよ。んで対戦が始まったらまず高いところ行って隠れとけって言っといたんだよ。それで動きが止まったマリアに近付くなら一直線で来れるんだろうが、相手のガイドカーソル、ウロウロしてんだろ? そんで決まりかなってよ」
もうすでにマリアの愛称なんかが付いて呼んでいることに敗北感があるテルヨシだが、それは置いておくとして、確かにマリアの対戦相手を示すガイドカーソルは目標が定まらなくて右往左往してるように見えていた。
「それだけのアビリティなら、ポテンシャルを持っていかれてる」
「じゃな。だとすればあの子自身の戦闘能力はさほど高くはないのかもしれんの」
相手にガイドカーソルが表示されないということの最大のアドバンテージは、もちろん『敵に見つからない』ことにあるが、それによってほぼ確実に『ファーストアタックを仕掛けることができる』こともある。
その恩恵が凄まじいものであることはこの場の全員が理解できる。できるが故にパドとバーちゃんもその事にすぐに気付く。
しかしテルヨシはこのアビリティに予想するよりもポテンシャルを割かれてはいないと思っていた。
「確かにずっと表示されないならそうだろうけどさ、オレがレクチャーして対戦した時は『アンの姿を見た後から』は正常に表示されたんだよね。つまり……」
「1度でも視認されるとアビリティの効果が切れんのか。出会い頭で見られたら全く意味ないなそれ」
「でもそれならまだ他のところにポテンシャルが割かれてる」
「それがアバター本体なのか、あの《強化外装》なのか、はたまた『別の何か』なのか、この対戦でわかるのかの」
さすがはベテランリンカーの集まりだけに、テルヨシが全てを言わなくても大体のことを理解し、言わんとすることも全部言われてしまい乾いた笑いが漏れる。
そしてその話の中心のマリアは、テルヨシ達よりも高い位置の木の枝に腰を下ろしてその手に狙撃銃型強化外装《シャープネス》を呼び出してうつ伏せで構えると、ガイドカーソルが示す方向に狙いを定めてスコープを覗き始めた。
「あっ! アンの銃弾の方は解決したの?」
「ん……まぁあれだ。ちゃんと策はやったから」
「うわぁ……その歯切れの悪い言い方は嫌な予感しかしないわ……」
そんなマリアの様子を見ながら、アビリティに関しては詳細がわかったのだが、一番肝心な唯一と言っていい攻撃手段の件を思い出して意見を求めていたユニコに聞けば、なんとも頼りない答えにこの先の展開が予想できてしまった。
そんな会話のすぐあとにマリアが鋭く速い銃弾を撃ち放ち、間隔もほとんどなく相手のHPゲージがガリッと1割削れたのを確認したテルヨシ達。
「いってぇぇえええ!!」
そのあとに対戦相手の遠慮を知らないような大音量の悲鳴が対戦フィールドに響き渡り、近くにいなかったテルヨシ達でさえ少しビックリしてしまうが、そんなこともお構いなしにその悲鳴の原因を作ったマリアは、のそのそと這うような足取りで木の枝から移動を始めていた。
それにはなかなかの胆力だなと思う一同だったが、その行動を見てテルヨシはやはり予想通りだと思いユニコに顔を向けた。
「しゃーねーだろ。撃てねーもんは撃てねーんだから、『当てて逃げ切る』しかねーだろ」
ユニコのまさかの開き直りに変な笑いが出てくる一同だったが、そこで思考停止してはマリアのためにもならないので、それがどういうことかを冷静に分析する。
「要するにアンの再装填はどうやるかわかんないわけね」
「ボルトアクション式の銃型強化外装自体は使ってるやつを見たことあんだよ。うちにもいるしな。そいつらに共通してんのは、銃自体が単純構造だから壊れにくいっていう現実を反映したようなのと、空の薬莢を排出したのと同時に再装填される仕組みだってこった。でもよ、アンは例外だ。銃自体も強い衝撃を受ければ粉々になって壊れるし、薬莢を取り出しても新しい銃弾が出てこねー」
「アバター本体も儂と同じくらいに脆弱だったしの。つまり今のところ、レインが言うようにファーストアタックを成功させて逃げ切るしか勝機はないのじゃ」
「Y。姿を見られなければアビリティで正確に捕捉されることはない」
「現状はそれしかないのかね……」
ベテランが揃ってそんなことを言い、他人任せにしたテルヨシもそれ以上文句など言えようものではなかったので、とにかくまずはこの対戦でマリアがどこまでやれるのかを見極めることにして、木々に隠れるようにして移動していくマリアの様子を見る。
それから十数秒後に、テルヨシ達の近くへ対戦相手のスティングが姿を現し、マリアが狙撃した方向から走ってやってきた。
「おお、なんかロータスっぽい」
「そうか? 黒いのの方が全然刺々しいだろ」
そのスティングの姿を見てテルヨシがまず思ったことは、黒雪姫のアバターである《ブラック・ロータス》にどことなく似ているなというものだったが、ユニコは黒雪姫の方が刺々しいとちょっと否定。
そんなスティングのアバターは、青寄りの紫の装甲色に、両腕がロータスの剣のように指という概念をなくした1本の槍のような腕をしていて、足こそちゃんとした二足歩行だったが、膝からも鋭く長い突起が伸びて、背中には針ネズミのように細く長い針が無数についていた。
「ごらぁ! どこだおらぁ! コソコソしてんじゃねーぞおらぁ!」
そして口が悪い。
走りながら怒鳴るようにおらおらと威嚇するスティングの姿に、なんとなく頭悪そうだなと思ったのは、きっとテルヨシだけではない。
「おっ? 珍しい集まりみっけ」
初めて見るスティングに苦笑していた一同の下に、不意に姿を現した人物がそんなことを言いながら挨拶してきた。
「おおっ! ガッちゃんやー!」
「スノーもおるの」
「皆さん、どうもこんにちは」
姿を現したのは《エピナール・ガスト》とその子である《スノー・イーター》。
2人はそれぞれらしい挨拶を交わしてテルヨシ達の輪に加わる。
「それで? あんたらが揃って観戦登録したのはどっち?」
「スティングの相手。オレの子でこれがデビュー戦」
「…………はっ? あんたいつ子なんて作ったのよ!?」
「昨日。だから報告の遅いも何もないんだけど。ガッちゃんはスティングの観戦登録してだよね? 注目してたり?」
「あー、注目っていうか『監視』っていうか……」
対戦の両者が移動していくため、テルヨシ達もそれを追うように移動しながらそんな話をすれば、スティングに注目してギャラリーに入っているのかという質問に何やら不穏な単語が飛び出しテルヨシも首を傾げる。
「実はあれ、スノーの子でさ……元からだったんだけど、ホント口が悪いから暴言吐かないようにチェックしてんの……昨日からはあの『ガイコツ』見てがっつり影響されて意味わかんない英語使うようにもなったし……ホントもう頭痛の種で……」
「なんかごめんガスト姉……僕の子なのに迷惑かけて……」
そんなやつをどうして子にしたのか、という質問をするかどうか迷うテルヨシだったが、知らぬが仏とも言うので黙っておく。
「お前らの身の上話とかどーでもいんだけどよ、実際のところあいつは強いのか?」
「あらレインちゃん。うちのスティングは口は悪いけど戦績は良いのよ。今のところ勝率9割!」
「レベルが同じ相手だけですけどね」
「そういえば一昨日辺りから『やたらうるさい新人』が活躍しとるような噂を耳にしとったな。それはあやつのことじゃったか」
「私も『いちいちうるさい新人』がいるって聞いた」
「否定できないのがなんか悲しい……」
テルヨシが気にしたことを興味ないの一言で切ったユニコにはちょっと驚くが、それ以上にガストの言ったスティングの勝率に感嘆を漏らす一同。
パドもバーちゃんも噂くらいは耳にしていたようで聞いた話をそのまま話せば、ガストとスノーは肩を落として近くの木に手を付き明らかな落ち込みを見せる。
「うがぁああああ! 何でカーソルがねーんだよぉおおおお!」
そして遠くの視界のスティングもマリアのアビリティにイライラしながらも、ちゃっかり周囲の木々を攻撃して必殺技ゲージを溜める。
どうやら基本的なことはちゃんと実践できているらしい。
「あ、そうそう。スティングがさっきからああやって叫んでるんだけど、そっちの子になんか情報遮断系の技があったりする? ギャラリーからじゃわかんなくて」
「それ教えて即スティングに助言したりされても面倒だしなぁ」
「この対戦中はしないわよ。これはあくまで私の個人的興味。ていうかテイルは私がそんな卑怯な真似すると思ってたんだ? ちょっと傷付いたなぁ」
「やーん! そういう反応するガッちゃんも可愛いー!」
「あんたはキモいわね」
ずーん。
いつも通りのテルヨシだったのだが、何の感情の起伏もなしにそう言われてしまえばさすがにくるものがあり、今度はテルヨシが木に手を付いて落ち込んでしまい、それをスノーが慰める。
「おめーら《メテオライト》のコントはギャラリーでも健在だな」
「Y。仲良し」
「コントも良いが、主らの子の対戦もちゃんと見てやらんか」
3人のコント呼ばわりは真面目にやってる身としては納得できなかったが、仲良しと言われて悪い気はしないので互いの顔を見合ってちょっと照れてしまう。
しかしバーちゃんの言うことは物凄く正論なので、3人は会話もそのくらいにして観戦に集中し始めた。
気を取り直して対戦へと目を向けると、対戦時間はすでに半分の900秒を切っていて、未だにマリアを見つけられないスティングが、生い茂る草花を払い除けながらキョロキョロと周囲を見回していて、そんなスティングから常に視界ギリギリの距離を保ちながら進む方向とは違う方向に進んでいくマリア。
初対戦にしてこの冷静で落ち着いた行動に親として誇らしくなるが、その冷静さが少し不安でもある。
今マリアが冷静でいられるのは『自分の思う通りに事が進んでいるから』で、敷かれたレールの上を走っている時に、余計な不安を感じないそれと同じ。
「てゆーか、あんたの子ってファーストアタック以降攻撃する気配すらないけど、あの銃は飾りなの?」
「余計なことして居場所を知られる方が勝率下がるからな」
「とか言ってさ、もう攻撃手段がなかったりするんじゃないの? ほら、スノーみたいに極端なアバターとかで」
普段はちょっとバカっぽいガストだが、こういう事には勘が働くようでズバリ言い当ててしまうが、今バレるのは恥ずかしいのでノーリアクションで誤魔化して通す。
聞いた話ではスノーがレベル1の時は《フリーザー・アイス》と《
防御と支援系しかなくてほとんど対戦にならなかったらしい。
その時はガストがタッグ戦主体でレベルを上げていき、後に必殺技《ジャイアント・スノーマン》と《オルタレイション・ブリザード》を取得して現在に至っているが、その過程はずいぶん苦労したようだった。
それに比べたらマリアはだいぶ戦えてるのだから、テルヨシは泣き言を言っている場合ではない。
ガストがそうであったように、自分ももっとマリアのことを考えてやらなければならない。
改めてそんな決意を固めたテルヨシは、まずこの対戦がマリアの勝利で終わることを祈る。
「キャッ!」
しかしその祈りも次に聞こえたマリアの短い悲鳴によって神に届く前に打ち消されてしまう。
何事かとマリアを見れば、どうやら隠れていた蛇型のオブジェクトが体に巻き付いてしまったようで、それに驚き思わず声をあげてしまったらしい。
これはまだフィールド属性を知らないマリアだから起きたハプニングのようなもの。
しかしそのたった1度のハプニングがこの対戦の明暗を分けることになる。
マリアの声がテルヨシ達に聞こえたのなら、当然対戦相手であるスティングにも聞こえていて、スティングは悲鳴が聞こえたのと同時にぐりん! とその声のした方を向いて、視線の先にマリアの姿を発見。
「おっけぇええええい!! 見つけたぜベイビィイイ!!」
聞けば聞くほどバカっぽいスティングの声に緊張感がなくなりかけるが、状況はマリア優勢から一変。
視認されたことでもうアビリティの恩恵は受けられないマリアは、残りの時間を捕捉された上で逃げなければならなくなった。
しかもマリアはまだ、自分のアビリティにそんな効果切れがあることを知らない。
マリアが巻き付く蛇をなんとか振りほどいた頃には、すでにスティングはマリアめがけて突進していて、慌てて距離を取ろうと後退するが足下の木の根に躓き転倒。
その隙に一気に距離を詰めたスティングは、走りながら両腕を後ろへと引き突きの構え。
「ヒャッハァアア!!」
そして倒れるマリアへと同時に両腕を突き出して攻撃を仕掛けたが、直前で後転でわずかに距離を取ったマリア。
その回転の終わりで胸に抱えていたシャープネスが突き出してきた腕を同時に掬い上げて軌道を逸らすと、スティングはぴょんっ!
マリアの頭上を勢いよくダイブするように通過して地面にヘッドスライディング。
「おっ、ビギナーズラック」
その様子を見ていたユニコが言った後に笑い出し、パドやバーちゃんもそれに続く。しかしテルヨシはハラハラしてそれどころではない。
偶然で危機を脱したマリアは、スティングが地面に転がってる間に立ち上がり再びどこかへと隠れようとしたが、堂々と背中を向けて逃げる様は非常に危なっかしい。
「だっしゃぁあああい!!」
マリアがスティングとの距離を20メートルほど離して姿は物陰に隠れたところで、うつ伏せで倒れていたスティングが元気良く飛び起きて1度視線をさまよわせるが、すでにマリアのアビリティの効果が切れていることからガイドカーソルですぐに行くべき方向を定めて爆走開始。
直進上にあったマリアの隠れた木めがけて両腕の突きを放って貫通。
しゃがんでいたマリアに直撃こそしなかったが、自分の居場所が知られたことからアビリティが発動してないことに気付いたようで、慌ててまた移動を開始。
「なっ!? ファック! 抜けーん!」
これもマリアの運が良いのかはわからないが、またもバカっぽいスティングが、突き刺した腕が抜けないアクシデントに遭い2人の距離は開く。
「スティング! 叫んだりはいいけど、下品な言葉は使うなって言ってんでしょーが!! この対戦が終わったら乱入してお仕置きだこら!」
「あっ! いや、すんませんでした姉御! だからお仕置きだけは勘弁を……おおっ!?」
汚い言葉――ここではファックだろう――を使ったスティングに対して、ガストは対戦中など関係なく警告すると、どうやらガストには頭が上がらないらしいスティングは怯えるように謝り、それと同時に木から腕が抜けて尻餅をついてしまった。
「ガッちゃんも大変ね」
「スノーとはまた違った大変さで疲れるわよ。最初に調子乗ってたから1回ぶっ叩いて以降、私の言うことは素直に聞くようになったからだいぶマシだけど……」
「あれより酷かった時期があるとか嫌なんだけど……」
叫んでからまた腰を落ち着けたガストを労うテルヨシだったが、あのスティングで丸くなったと聞いて初期の頃が全く想像できなくなってしまう。
スノーなど負い目があるのか心労が目に見えるガストにひたすらに謝って逆にやめろと言われて頭を叩かれてしまう。
その丸くなったらしいスティングは、再びマリアを追いかけて全力疾走を始めて、やらなきゃいけないのか「ぬおおお!!」などと叫び続けていた。
残り時間は、あと700秒弱。