ブレイン・バーストをインストールして1日も経たないうちにデビュー戦を迎えたマリア。
マリアのデュエルアバター《ソレイユ・アンブッシュ》には現状、狙撃銃型強化外装《シャープネス》に最初から装填されている1発の銃弾しか攻撃手段がないため、ファーストアタックを成功させてアビリティ《インキュベーション》によって相手に索敵されず隠れて逃げ切る作戦だったが、それももう数百秒前のこと。
今は対戦相手である《パンジー・スティング》に見つかってひたすらに追いかけられていた。
何度かのラッキーで未だマリアは無傷で逃げれていたが、それももうないと思っていい。
ここからは自力が出てくるとテルヨシは予想しつつ、先の展開を見守った。
「赤はー! 飛び道具ー! 黄色はー! セコイ技ー! つまり近付けば俺様有利ー!!」
とは思うが、つい今朝方にバーストリンカーとなったばかりのマリアは、当然ながらここまでのレクチャーとテルヨシ達の対戦で得た分での知識しかないため、自力などないに等しいのに対し、バカっぽくベラベラと叫びながらではあるが、スティングの方はもう数日ほど対戦によって経験を積み自力もある。
状況からしてスティングの圧倒的有利。もう数十秒ほどおいかけっこをしているが、2人の間の距離はガイドカーソルが表示されなくなる10メートルを切っていた。
距離が詰まってきていることがわかったマリアは、生い茂る木々で撹乱するようにうねうねと曲がってみたりとしてみるが、それもガイドカーソルがある以上は時間稼ぎとしても弱い。
一番なのはスティングを倒してしまうことだが、それができないというのはマリアももどかしいだろう。
それでどうにか逃げていたマリアだったが、現実世界の公園にでも出てしまったのか、急にそこだけを切り取ったような空白地帯に突入してしまい、その空白地帯の中心でどこへ行くかを迷って足が止まった時、ついにスティングとの距離が5メートルを切り、完全に射程に入ってしまった。
「もう逃がさないぜぃ、子猫ちゃーん」
マリアもスティングと正面から向き合うが、ジリジリと攻撃のタイミングを図って近付くスティングにどうすることもできない。
さらにテルヨシは、マリアから闘志そのものが欠落してしまってることに気付いてしまう。
しかし、だからといってこの対戦中にテルヨシがマリアに助言するのはフェアではないし、ユニコ達も何をしようとはしていない。
そうやってテルヨシがどうすべきか考えていたら、ついにスティングがその槍のような右腕でマリアへと鋭い突きを放ち、咄嗟に抱えていたシャープネスで体の外側へと弾き出してみせるが、間髪入れずに左腕を突き出してきた攻撃はマリアの左肩へと火花を散らして命中し、ガリッとHPゲージも2割ほど削れる。
痛みで怯んだマリアだったが、追撃を避けたいと思ったのか抱えていたシャープネスの銃口をスティングの胸に当てて撃つような仕草で牽制。
まだ銃弾が発射されないことを知らないスティングは1度狙いを外すために後退と横へと転がりで回避するが、あの至近距離で撃たれなかったことと、ここまでのおいかけっこなどを考えて気付いたのか、突然ゲラゲラと笑い出してしまう。
「あー、そーゆーことかよ。弾がねー銃なんてガラクタだよなー。こりゃ楽勝だなおい」
バカっぽいスティングだが、考える力もそれなりにあるようで、ズバリ言い当てられたマリアは、もう意味がないと悟って構えていたシャープネスを降ろしてしまい、スティングはやりたい放題とわかって歓喜し再度マリアへと突撃。
容赦なくその手で連続突きを放ってガリガリとマリアのHPゲージを削っていき、空白地帯の端っこの木にまで追い詰めてから、両腕を同時に引いて必殺技発声。
「《ラッシュ・ニードル》!!」
ズガガガガガガッ!!
スティングの必殺技ゲージが半分も消費されて放たれたのは、目にも止まらない連続突き。
必殺技が放たれる直前で横っ飛びしたマリアだったが、左肘から先が射程に残って連撃によって消し飛ばされてしまう。
それでマリアのHPゲージは残り3割を切り、痛みによって倒れ込みそうになりながら違う木の幹に背を預けて座り込む。
しかしそれが限界。これ以上は戦えない。誰もがそう思っただろう。
「アン!」
だが、テルヨシはそこで諦めてほしくなかった。マリアにも、見ているギャラリーにも。
だからこそテルヨシは、座り込んだマリアの正面。その視界に入る位置にまで移動して声を張り上げた。
助言などするつもりはなかった。だからテルヨシは親として大事なことをマリアへ教える。
「負けてもいい。だけど自分が後悔する負け方はするな。自分を信じてやらなきゃ、アバターはそれに応えてくれない。バーストリンカーなら、最後の最後まで諦めるな! 頑張れ!」
もっと言いたいことはあった。
しかしこれ以上の言葉は対戦を中断させてしまうと判断し、それだけ言ってユニコ達の元へと戻ったテルヨシは、ドカッとその場に座り込むと、ユニコ達に何の意味かは読み取り切れないが頭や背中を叩かれる。
そしてテルヨシからの言葉をもらったマリアは、依然座り込んだままではあったが、その手のシャープネスを足で挟んで持ち、残った右手だけで操作する。
しかしスティングはそれを脅威には思わない。すでにマリアのシャープネスからは弾が出ないことを知っているから。
だから必殺技の硬直から解放されてから高笑いしていたが、それも突然ピタリと止まる。
何が起きたかとテルヨシ達も目を凝らせば、マリアの右手にシャープネスの銃弾が収まっていたのだ。
「来たぜ、逆転の手がよ」
それを見たユニコが嬉しそうにそんなことを言うので、この事態に理解が及ばないテルヨシはベテラン達に顔を向けた。
「銃弾が再装填されんということは、もしかしたらと考えておったことがあったのじゃ」
「銃弾がオートで生成されねーってことは『アン自身が銃弾を作り出せる』可能性があんじゃねーかってな。だけどよ、そん時はインキュベーションの性能が高いからそれはないんじゃねってことになったわけよ」
「この逆境とテイルの言葉がきっかけで目醒めた」
「なになに? まさかデビュー戦でアビリティが発現したの? そりゃ凄いわね」
ユニコ達の話を聞いて唖然としていたテルヨシとは違い、ガストは素直にマリアのことを称賛。
それだけアビリティ発現というのは稀なことだということをベテランが証明する。
そんなざわつくギャラリーを他所に、今まさに自ら銃弾を作り出したマリアは、その弾をシャープネスへと装填するために薬室を開く動作を始め、そうはさせまいとスティングも接近を試みるが一足遅く、装填してすぐに銃弾を放ったマリア。
発射音がほとんどしないために避ける動作すらできなかったスティングだが、銃弾はその体には当たらずに後ろへと外れてしまったようだった。
「……あれ?」
それを見てユニコが思わずそんな声を出すが、その頃には思考も回復したテルヨシは別のものを視界に捉えていた。
「はっはっはっ! 外してやんの! この距離で外す方が難しいだろうによ!」
「…………あなたを狙ってない」
「……はっ?」
銃弾が外れたことで笑ってしまうスティングだったが、マリアのその言葉が不思議だったのか、笑うのをやめてキョトンとする。
すると数秒後。対戦フィールドを揺らす震動が発生。
何事かとキョロキョロし出したスティングに対して、マリアはシャープネスを構えるのをやめて立ち上がり逃走。
それを追いかけようとしたスティングだったが、急に自分に影が落ちてきたため上を見れば、そこには遥か昔に陸上の頂点に君臨していた肉食恐竜ティラノレックスの姿があって、スティングをよだれを垂らしながら見下ろしていた。
「…………オーマイガー……」
そこからはスティングの絶叫しながらの逃走劇が繰り広げられるが、《原始林》ステージにおいて最強レベルの生物型オブジェクトに勝ち目はなかった。
先ほどのマリアが放った銃弾は言う通りスティングを狙ったわけではなく、その後方をのんびり歩いていたティラノレックスを狙っていたのだ。
そして攻撃を受けたティラノレックスは近付いてきて最初に視界に入ったスティングを攻撃し始めたというわけだ。
その作戦はもちろん素晴らしいの一言なのだが、テルヨシはそれ以上にマリアの成長速度に驚かされる。
マリアはこの原始林ステージの特徴を知らないで戦っていた。
しかし自分が蛇の生物型オブジェクトに襲われたのを学習し、このフィールドの攻撃してくるオブジェクトを利用したのだ。
さらにマリアは、自分で銃弾が作り出せたことですぐにスティングに攻撃しなかった。
普通なら目の前の脅威を排除しようとするものだが、マリアは自分のファーストアタックが1割しか削れなかったことを覚えていて、残りの自分のHPも考えた上で連射に向かないシャープネスではスティングのHPを削り切るより早く倒されてしまうことを予測した。
「レイン……オレは凄い子を持ったかもしれない」
「おいパド、バーちゃん。アンはプロミが引き抜くぞ」
「Y。勧誘は手伝う」
「育て甲斐のある新人じゃな。もちろん儂も協力しようぞ」
「おおぅ!? ちょっとプロミの皆様方ぁ!?」
予想以上のマリアの実力に喜びが込み上げてきたテルヨシだったが、スティングがティラノレックスにパクリと食べられた様を見ながらそんな話を進めるユニコ達に思わずツッコむ。
そしてスティングが飲み込まれたことでHPゲージが吹き飛び、この対戦も残り時間30秒ほどで終了。
勝利したマリアと話す暇がないまま時間切れで加速が終わって現実に戻されると、すぐにイートインコーナーを覗き見て、そこでニューロリンカーに触れてグローバル接続を切るマリアの姿が見えたので、テルヨシもグローバル接続を切ってから声をかけようとしたが、急に客入りが良くなって忙しくなったためにそのままバイトが終わるまでマリアとは話せずじまいとなってしまった。
帰り道で話すのもあれなため、家に帰って夕飯を食べ終わってから話す時間を設けてようやくマリアとゆっくり向き合うことができてホッとするテルヨシは、あんまり長話するのも夜更かしの原因になるので今日のうちに話すべきことだけにしておいた。
「まずはデビュー戦おつかれ。初勝利あめでとう、マリア」
「……テルがいなかったら、負けてた。だから私もありがとう」
「諦めなかったのはマリアだし、勝つためにどうすればいいか考えたのもマリアだ。それは間違いなくマリアの実力だよ。それでさ、新しくアビリティが増えたよね? どんなアビリティ?」
「えっと……名前は《
それを聞いてテルヨシもそうなのだろうと思う。
マリアのアバターが純粋な赤系に寄らずに黄色に寄ったのも、きっとこのアビリティが大きいのだ。
さらにマリアのアバターのポテンシャルの割合もだいたい把握。
アバター本体が1割。強化外装が2割。インキュベーションが3割。そして目醒めたアビリティが4割といったところだろうか。
まだレベル1の段階ではそこまでアビリティの恩恵はないだろうが、これからのレベルアップ次第では化けるとユニコは睨んでいるということ。
この時はテルヨシも漠然とした凄さしかわからなかったが、とにかくマリアが1人でも十分戦えるようになったことにひと安心。
「今日の対戦でブレイン・バーストがどんなゲームかはわかったと思うから、これからマリアがどこでどう対戦してもいいけど、ポイントが50以下にはならないように気を付けること。当面の目標はレベル4まで上げる。あと今日の学校で校内にバーストリンカーはいなかったか?」
「…………あっ、学内ローカルネットに誰かいたら対戦できちゃうんだよね。まだ確認してない」
「えっとな。たぶんオレ情報だと1人いるはずなんだけど、明日はその人に対戦を仕掛けてお話ししてこい。リアル割れは怖いだろうけど、同じ学校の人とは長い付き合いになるからどうにか上手くやっていかないとダメだからな」
「テルも学校にバーストリンカーいるの?」
「鋭いねぇ。いるよ。いるけど、マリアには教えられないかな。マリアも学校にいる子をオレに教えなくていいからな。リアルの情報はあんまり知らない方がいいんだ。ニコたんとかミャアさんは特別な」
「うん、わかった。気を付ける」
そうやって聞き分けのいいマリアの頭を優しく撫でて今日話すべきことは話し終えたテルヨシは、お風呂へと行くマリアを見ながら、最後に一言「対戦は楽しかったか?」と問えば、今日1日で一番嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いたのを嬉しく思ったのだった。
マリアのデビュー戦から一夜明け、テルヨシはいつもと変わらない日々でバイトへと向かうが、マリアは中野の方へと赴いて何度か対戦してから店に行くと言って家を出ていた。
当分の間は同じレベルの相手にだけ挑めとは注意していたが、ユニコ辺りからはチャレンジだなんだと言われてこれから挑まされるかもしれない。
それを少しだけ心配しつつも、バーストリンカーとして歩き出したマリアは以前より感情を面に出すようになった気がしていた。
それで今日も暇なのかマリアの勧誘なのかはわからないが、テルヨシがシフトに入るよりも早く店にいたユニコは、客が自分しかいない状態でイートインコーナーの掃除を始めたテルヨシに話しかける。
「そういやお前さ、マリアのアビリティがどんだけすげーかちゃんと理解してっか?」
「んー、オレ自身バリバリの近接型だから正直ピンとは来てないんだけど、あれでしょ? 状況に応じて銃弾をセレクトできるって感じの」
「浅い」
ユニコから飛んできた質問に手を動かしながら答えるが、レジにいたパドがバッサリと切るのでテルヨシもダメージを負う。
「基本的に遠隔の強化外装ってのは、1つで1種類の弾しか出せねーんだよ。総弾数とか連射力とか威力とかの強化はできっけど、そこは揺るがねーんだよ」
「でもニコたんの《インビンシブル》はミサイルとかレーザーとかたくさんあるじゃん……ってそっか。あれっていくつかのパーツで分かれてんだっけ」
「そうだよ。レベルアップボーナスで追加してったんだよ。だからマリアのバレット・クリエイションはそいつを覆す可能性を秘めてる。たぶんだけどよ、これからのレベルアップボーナスでアビリティ強化が選択肢にあると思うから、そいつを選び続けりゃすげーことになんだろうけど……」
と、淡々と話していたユニコだったが、そこで言葉を濁したのでテルヨシもその理由について理解する。
レベルアップボーナスはレベルアップする毎に現れる3、4個の選択肢から1つを選んでアバターに付与する。
しかしそのレベルアップボーナスを『全てアビリティ強化に使う』ということは、その他の性能を度外視するということ。
ユニコはそのレベルアップボーナスを全てインビンシブルに注いだということだが、ユニコのアバター《スカーレット・レイン》自体はテルヨシのアバターよりも脆弱である。
これは皆が悩むことであるが、アバターをどう強化していくかに正解はない。
ユニコやバーちゃんのようにある能力を特化させるのも、必要だと思う能力を満遍なく上げるのも全てその人次第。
「それを決めるのはマリア自身だろ。マリアがあのアビリティを生かしたいって思えば、ニコたんみたいに特化するだろうし、カッコ良い必殺技が欲しいってなれば、必殺技を取るだろうし。オレはマリアにどうこう言うつもりは今のところないかな」
「まぁここはあたしがどうこう言うつもりはねーよ。マリアがプロミに入ったらその限りってわけじゃねーがな。それとよ、バレット・クリエイションの利点はもう1つあんぞ」
「待って。これは考えさせて」
「量産型の銃弾と違って、アビリティで生み出した銃弾は強度にも違いが出る。つまりアビリティで生み出した銃弾の方が総合的に威力がある」
「………………」
待ってと言おうともはや無駄なのが証明されてしまいうなだれるテルヨシだが、もうパドがせっかちなのは周知の事実なのでツッコんだところで仕方ない。
しかしパドが言うように、オートで生成される銃弾とアビリティで生み出す銃弾に差が出るのは当然だろう。
これによって普通は傷もつかないような装甲にも傷をつけたり貫通したりもするかもしれない。
漠然としていたアビリティの凄さが浮き彫りとなったこの話は、テルヨシにとって今後、マリアにアドバイスを送る上でかなり重要な要素となったのは大きな収穫。
しかし自分がアバターの可能性や多様性において思慮が浅かったことも思い知らされてしまう。
「あー、マリアのことはいいとしてよ。お前自身、レベル6で取ったっつう新必殺技を使ったとこ見たことねーんだけど、出し惜しみか?」
「私も見たことない」
うなだれて作業もスローペースになったテルヨシを見て話題を変えたユニコにパド。
それもどこから得た情報なのか、テルヨシがほとんど話題にすらしなかった新しい必殺技――レベル6になったのが去年の夏のことなので新しいというのも変な話だが――のことで、その情報源について言及するもはぐらかされる。
「出し惜しみって言うよりは『使いどころが難しい』ってのがあるんだよね。少なくともニコたんには一生使う機会はないと思うし、パドには使う暇がないっていうか使う意味がないって感じ」
「んだよ。勿体振らずにどんなのかくらい言え。マリアの件でアドバイスやってんだろ」
「それはいつかのあれでチャラでしょ。そんなホイホイ自分の隠し玉見せないよ」
「ほらいま隠し玉って言った! 隠してる自覚あんじゃねーか!」
「あーあー聞こえないなー。さーて話してたら作業が進まないしお話終了。まだ話したかったら、今夜家に泊まりにおいで」
「パド、減給してやれ」
「K。時給を下げる」
「横暴すぎるわ!」
そんな感じで結局みんながふざける形で終わった話だったが、この時テルヨシは嘘は言っていなかった。
本当にユニコには使う機会はないし、パドにも有効な技ではないのだ。
これはテルヨシが『現状で対応できない相手』を前提に取得しただけに、使う機会にもそんなに恵まれない、ある意味では勿体ない強化である。
しかしテルヨシはそれでもその選択をしたし、後悔なんて全くない。
だからこそ、マリアにも自分でちゃんと考えてこれからアバターを育ててほしいと思うのだ。
それから加速世界においてテルヨシの子、ソレイユ・アンブッシュの名は《蒼き閃光》の子としてと、ほぼ同時期に現れたスノーの子、パンジー・スティングと一緒に《