「《ライオン・バインド》?」
突如として響いた咆哮に思わず耳を押さえていたマリアが、リュウジの右手に装着された新たな強化外装を見て隣のテルヨシに問いかける。
「あれは音での妨害をする強化外装。前方方向に聴覚を揺さぶる咆哮を発生させて一時的に動きを鈍らせたりするんだよ」
「ついでに言っておくと《上》ではエネミーのタゲ取りも出来るんだな」
問いかけられたテルヨシはマリアにもわかりやすい説明をしていたのだが、それが聞こえていたのか当の本人が補足説明を加えて胸を張ったのだが、まだ《無制限中立フィールド》のことを知らないマリアにはなんのことだかわからず少し混乱したようだった。
この辺はリュウジの気が利く性格が裏目に出た結果。予備知識がないでする補足説明の意味のなさを見てて何か可哀想になったテルヨシだった。
その咆哮を超至近距離で食らったガストは、まだ耳鳴りでもするのかブンブン頭を振ったり叩いたりして回復を促し、自分の発声が聞こえることを確認してからリュウジに文句を言い出す。
「鼓膜破れたらどうしてくれんのよバカ!」
「大丈夫大丈夫。『初期のライオン・バインド』はギリギリその域には達してないからさ。じゃなきゃこんな使い方怖くてできないよ。というか鼓膜破れることなんてあるのかな?」
「あーそうなんだ……って! それで許すとでも思ってんのか! 軽く流そうとするな!」
「さーて、エッピンのおかげで勘も戻ってきたし、そろそろこっちも攻めに出るよ」
ガストの文句もなんのその。
ようやく本調子になったのか、手に装着したライオン・バインドの口を開閉させて手の代わりのように動かすと、話を聞けと叫ぶガストも無視して走る構えをする。
するとリュウジの足が一瞬光に包まれたかと思えば、次にはその足に前後輪2つのローラースケートのような強化外装が装備されていて、リュウジが前傾姿勢になるとそれに応えるようにキュルルルル、と前輪が回転し始めて発進。
ガストへと滑るように突撃していき、激突の直前で右足踏み切りで跳躍しそのまま右足で蹴りを放つと、ガストは両手の剣でそれをクロスガードし、激突の際に激しい火花を散らしてすれ違い、後ろへと流れたリュウジは無事に着地してザッ。ある程度の距離でガストへとターンして止まる。
「《ドンキー・ライダー》。体重をかける車輪の前後と強弱で前進と後進とスピードを操作できる移動系強化外装。車輪はノコギリ状のスパイクだから斬撃属性もついてる」
次々に出てくるリュウジの強化外装に、その都度マリアへと説明を挟んでいくテルヨシだが、ここまで来るとマリアにも先ほどガストが言っていたカメレオンという表現がなんとなくわかってきたようで、そこからくる質問がテルヨシへと飛んでいく。
「モビールはいくつ強化外装を持ってるの?」
「見れるかどうかはわかんないけど、一応6つ。全部別系統の強化外装だから、それらを駆使したあいつの戦い方は臨機応変。オレもあれのおかげでデビュー戦前にずいぶん経験値を稼げたよ」
「それで《複合兵器》?」
「それは合ってるけど全部ではないかな。複数の強化外装を扱うバーストリンカーは他にもいるから、あいつにだけそんな2つ名がつくのはおかしいだろ?」
そう言われてふむ、と顎に手を当てて考え込んでしまったマリア。全部教えてもいいのだが、それはマリアのためにならないので黙っておく。
それに言わずとも相手がガストとあってはリュウジも出し惜しみなど出来るはずがない。見てればその答えは自ずと出てくると読んでいた。
機動力を上げたリュウジは、宣言通りに受けから攻めへと転じてすれ違い様の蹴りでガストを攻撃。
動き自体は直線的なためにガストも正確なガードでしのぐが、ヒット&アウェイの速さに攻めへと転じられずその場で方向転換しかできないでいた。
それを見たテルヨシはガストが絶対イライラしてると思いつつ状況の変化を待つ。
「…………《スラッシュ》」
何度目かの衝突を繰り返してから、防御の構えだったガストが小さく呟いて右腕を広げ、向かってくるリュウジへと袈裟に振る。
するとその右腕に連動して後ろに控えていた16本の剣のうち4本が右手に持つ剣と左右2本ずつ横並びに振るわれ、まるで獣の爪を思わせた。
これはテルヨシもごくごく最近に見た攻撃だったので、リュウジは当然初見でスコル・スカルのオートディフェンスでなんとか防いだが、今度は左の腕に連動して後ろの4本が剛爪となってリュウジを襲い、直前で後輪に体重をかけてバックしてみせるがその爪はリュウジの右腕を切っ先で引っ掻き痛々しい傷跡を残した。
「あれ、カッコ良いよね」
それを見たマリアは、現在その腕に5本ずつの剣を装備するガストに羨ましそうな視線を向ける。
これはガストがレベル7になった時に獲得したボーナスで追加された能力で、今まで18本の剣を個別に操作することはできなかった――そのため手に持つ剣だけを手動に切り替えて使ったりしていた――のだが、今はその四肢の動きに合わせて分割連動操作が可能になった。
これによって状況対応能力が格段に上がって、テルヨシの最強必殺技《インビジブル・ステップ》からの高速連続攻撃すら防がれてしまうこともあったほど。
そんなガストの攻撃に面食らったリュウジだが、驚きはそれにとどまらない。
両腕の剣を爪のように待機させていたガストは、今度はその腕を左右に広げて、それに連動して5本の剣はズララララッ! と今度は縦に数センチの隙間を残して並び直し1本の長い剣を作り出す。
そのリーチは左右とガスト本人を含めて20メートル近くに及んだ。
「双剣乱舞ッ!」
そこから繰り出される長大リーチの双剣乱れ斬りは、リュウジも機動力を全く活かせずに防戦一方になる。
本来であればそんな長大攻撃はガスト本人の腕力に左右されてかなりの大振りになったり重さでそもそも振れなかったりするものだが、ガストの持つ左右の1本ずつの剣だけがガストの腕力で振るわれていて、その先の剣はその腕の振りに連動してるだけなため反動も負荷もないのだ。
故にその速度は本来の双剣のリーチ時と何ら変わらない恐ろしい乱れ斬りとなっていた。
こればかりは黒の王、《絶対切断》の《ブラック・ロータス》でも真似できない剣撃。
ガストの隙のない猛攻に為す術がなかったリュウジは、1度ガストの射程から大きく離れて建物の影へとその身を潜める。
《月光》ステージの影は異常なほど暗いため影の中に入ると一切の姿が見えなくなるので、ガストも不用意には突っ込まずに両手の剣を構えたまま、リュウジが出てくるのを待つ。
この時点でガストのHPゲージは7割ほど。リュウジはもうすでに4割ほどまで減っていたが、必殺技ゲージは互いに満タン。残り時間は半分の900秒を切っていた。
リュウジが影の中に入って10秒ほど。
そろそろ何か起きないかとギャラリーが期待する中で、突然リュウジの必殺技ゲージが6割も消費されギャラリーがざわつき、ガストも何か来ると読んでその手の剣を握る力を強くする。
そしてドンキー・ライダーの駆動する音と共に影の中からリュウジが勢いよく飛び出してきて、その両手にはネジのような螺旋の凹凸がついた重槍を持って構えガストへと一直線に突き進むが、右手のライオン・バインドはなくなり、さらに腰から伸びるスコル・スカルの尻尾が2つに枝分かれしていた。
それを見て両手の剣で挟み込むように振るって迎撃したガストだが、その双剣を枝分かれしたスコル・スカルがそれぞれ同時にそれを受け止めてリュウジの進撃をサポート。
射程に入る直前で持っていた槍がドリルのような回転を始めて、ガストの体を貫こうと迫るが、その槍に左足をガードするように上げたガストは、後ろに控えていた残りの剣を連動させて足の前に8本の剣を盾として展開し槍と激突。
激しい火花が飛び散る中で、剣の隙間をゴリゴリこじ開けていく槍に、ブレード・ファンを壊されたくなかったガストは後ろへ後退しようとするが、リュウジの突進力が衰えていないために無意味と悟り、両手の剣でリュウジの足を狙ってあわよくば切断してやろうと企てるが、それを見抜いたリュウジは突進を中断して即座に後退とジャンプを繰り出して振るわれた剣を回避。
その隙にガストも後退しながら背中に収めていたブレード・ファンの両端に持ち替えて、空中にいるリュウジに必殺技発声。
「《ジェノサイド・カッター》!!」
これはテルヨシも食らったことのある、18本の剣を全て縦回転させて相手に射出する凶刃の必殺技。
ドンキー・ライダーの機動力なら避け切れるものだが、今は空中でそれも叶わず、復活したスコル・スカルと手の槍でなんと17本も防いでみせたが、残りの1本がリュウジの右足の足首を斬り落とし、バランスを崩したリュウジは着地に失敗して背中から盛大に落っこちてHPが残り1割に。
すぐに槍を支えに立ち上がろうとするが、その時にはもう扇子に戻ったブレード・ファンを広げて振りかぶるガストが前方にいて、
「《ブラスト・ゲイル》!!」
必殺技発声と共にブレード・ファンを振るうと、リュウジへと横倒しの竜巻が襲い、避ける暇もなく直撃。
勢いよく後ろへと吹き飛ぶと、白い木のオブジェクトへと激突し残りのHPゲージが吹き飛んでしまった。
「えっ!? あいつそんなにポイント少なかったの!?」
リュウジが倒されて残り時間が400秒ほど余り、ガストの勝利を労ったギャラリーが続々と退場していく中、勝利を喜ぶガストに声をかけたテルヨシは、今の敗北でリュウジの残りバーストポイントが1になったことを知らせると、心底驚いた声をあげてリュウジの死亡マーカーを見る。
「そんな状況で平然と私と戦うとか、バカっていうからしいっていうか。昔から危機感ってものに欠けてるのよあいつは」
「それは同感。しかし対戦前に任せろ的なこと言っといて負けると死にたいくらい恥ずかしいな。今頃あの死亡マーカーで恥ずかしさに悶えてるぜ」
「でも弱くなかったよ? ガストさん、見たことないくらい本気だったもん」
「実際強いのよあいつ。現役時代はグレウォのNo.3だったし、ブレード・ファンを『扇子の状態でまともに戦えなかった』ってのは、私にとって戦略が狭まっちゃってたしね」
そう語るガストにあーあーと理解を示すテルヨシに対して、よく理解できてないマリアはキョトン。
今の対戦で違和感のようなものを感じてなかっただけに余計にわからなかったようだった。
「とりあえずあいつのポイントどうにかしないとね。この対戦終わったら間髪入れずに挑んでくるやつもいるだろうし。とは言ってもあいつは同レベルくらいまでなら負けないと思うけど。古参なんかは強いってわかってるから簡単には挑まないし、私がマッチングリスト見た時はあいつくらいしか高レベルはいなかったわ。ていうかあいつの名前見た瞬間対戦申し込んだから他を確認してないんだけど。それでもテイルの名前はなかったけど、アンとタッグ登録?」
「本当ならオレとアンの対戦を見せてやるつもりだったんだけどね……あいつが相手を選ぶなって言うから待ってたらこれだもんな。まさにアホの極み」
「現役の頃もネガビュの《
やれやれといった感じで話すテルヨシとガストではあったが、そこにはリュウジのことを決して嫌いじゃない雰囲気があってマリアもクスクス笑っていたが、残り時間も50秒を切ったため話もこれで一旦終了。
マリアがもっと話がしたいということから、次からガストもギャラリーとして入ることを約束してから加速を終了。現実へと戻っていった。
それから休む暇もなくリュウジが何度も乱入されたが、今度は無事に勝利しポイントも20ほどまで回復することに成功。
さすがにガスト以外に連勝とあってリュウジへの挑戦も減った頃に、ようやくテルヨシとマリアのタッグが乱入を受けてリュウジはこの日初めてギャラリーへと回り、ガストと一緒に楽しそうな会話をしながら、テルヨシの成長とマリアの実力を確認したのだった。
それからは一旦グローバル接続を切って、ほったらかし――とは言っても全部合わせても数秒――だったサクラとの時間も大事にしたテルヨシ達は、公園で遊んでから昼食を外食で済ませていった。
昼食の後、もうすぐ補助用の杖も必要なくなるテルヨシのために歩いてバイト先のケーキ屋まで行くと言い出したサクラによって、テルヨシとマリアは押しに負けて中野から練馬まで歩くことになり、リュウジは前言通りここからは別行動でテルヨシとマリアにご愁傷さまとでも言うように合掌してから渋谷方面へとその足を進めていった。
「テルのバイトしてるケーキ屋は超美人のオーナーなんでしょ? 早く会って挨拶したいなぁ」
「挨拶って何のだよ」
「テルがいつも迷惑かけてすみません。こんなテルですけどこれからもよろしくお願いします。ってね」
「お前はオレの保護者か」
「保護者同然のお姉さんですから」
「だから1ヶ月早く生まれただけだろって。お姉さん顔するならもう少し色々成長させて大人の魅力を……」
「
「今のはオレでもわかるぞこら。マリアの前で使うなバカ」
リュウジと別れてケーキ屋を目指し歩き始めた矢先、ただ歩くなどという愚行はしないサクラの話題振りに乗っかるテルヨシだったが、乗り方を間違えて喧嘩腰になりかける。
しかしそこで2人のやり取りが面白かったのか、マリアのクスクスと笑う声が聞こえて、2人ともが笑うマリアを見てやりかけた喧嘩がバカらしくなって笑い合う。
「2人とも、仲良い」
「喧嘩するほどなんとやらってやつかしらね。今さらこの程度は日常よ」
「サクラが英語使い出したら危険なサインだから、マリアも気を付けろよ」
「私がマリアと喧嘩なんてするわけないでしょバカテル」
「頭の出来ではお前と大差ないから、オレがバカならお前もバカだぞ」
喧嘩をやめたのも一瞬。
次にはもう違う話題で喧嘩を始める2人にまたマリアが笑ってしまい、エンドレスな展開は避けたい2人はそれ以降はマリアを間に挟んでの会話を始めてケーキ屋まで辿り着くのだった。
「
そして辿り着いたケーキ屋《パティスリー・ラ・プラージュ》で、店内に入ってレジにいたパドを見て固まったサクラ。
見られたパドはテルヨシとマリアと一緒に入ってきたサクラが誰かわからず無表情の尋ねるような視線でテルヨシを見る。
「なんかいきなりアメリカから来た幼馴染みです」
「マリアと同じ扱いでK?」
「むしろ売上に貢献させてもK」
以前サクラに関しては話をしていたので、アメリカの幼馴染みと聞いて誰かわかったパドは、店の裏の休憩室に入る許可を出すが、当のサクラがパドに魅入っていて動かないため、テルヨシが「挨拶はどうした? オーナーだぞ?」と耳元で囁けば、物凄く慌てて噛み噛みの挨拶を始めたので、テルヨシとマリアは笑ってしまい、パドは相変わらずの無表情ながら挨拶を聞き取って軽い挨拶を返していた。
「おかしいわ……あれで私と1つしか違わないなんて……いったいどうやったらあんな風になるっていうの?」
そうして移動した休憩室に着替えを終えてからテルヨシが顔を出せば、何故かそんなことを言いながら落ち込むサクラの姿があって、どうやら自分が普通だと思ってたスタイルなどが普通以下だったと勘違いしたのか本気で落ち込んでいた。
が、別にサクラは胸は大きくもないが決して小さくはないし、スタイルも見る分には悪くない。
ただ単にパドが中学生のレベルを越えるスタイルの持ち主だというだけの話で、そもそも比較対象として相応しくないのだが、ちょっと面白いので黙っておくことにしたのだった。
「モビールが出たって話が耳に入った」
マリアとサクラが休憩室でおとなしくしてる間は当然のごとく仕事をしていたテルヨシだが、突然パドから言葉が飛んできたので、ちょっと驚きながらそれに応じる。
「あれもなんか知らんが突然こっちに来て泊めてくれって転がり込んできた。さっきまで対戦してたからミャアの耳にも届くかなとは思ってたけど、案外早かったな」
「明日もいるなら、バトロワ祭りに引っ張り出して欲しい。私も参戦する」
「おっ、久々の《三獣士》出陣か。ずいぶん重い腰を動かしたもんだな、あいつも。任せろ。嫌って言っても引きずり出すからよ」
「
それだけ言うとパドはまたいつも通りに仕事に戻っていくが、その直前の表情がどこか嬉しそうだったので、少しだけリュウジに嫉妬してしまう。
リュウジとの対戦が今や貴重なこととはいえ、こうしてプロミのサブリーダーが支配戦域から出てまで対戦しようとするのだ。
それは今のテルヨシではできないことなのは間違いない。だからこそそれをさせてしまうリュウジがテルヨシには羨ましかった。
「じゃあ美早さん、お邪魔しました。これからもテルのこと、よろしくお願いします」
「NP。サクラも元気で」
その後は滞りなくバイトも終了し、その頃には普通に話せるようになったサクラが帰り際にそんな挨拶をしてパドと別れ先に歩いていたテルヨシとマリアに並ぶと、今のテルヨシの環境が直に確認できて良かったと漏らす。
どこまで保護者みたいなことしてるんだと思いつつも、テルヨシは安心したような表情のサクラを見たら指摘するにもできなかった。
それで杉並の自宅付近まで戻って来ると、先に用事を済ませてきたリュウジが自宅マンションの出入り口で待っていて、テルヨシ達を見るや歩み寄ってきてテルヨシに耳打ちしてきた。
「さっきグラちんと話してきてさ、今日の領土戦で僕とテルとマリアちゃんの3人で攻め込んでいい? って聞いたら『構わん』とか言われちゃったから、これから渋谷に行かないかな?」
現在時刻から渋谷の領土戦に行くなら結構ギリギリなのだが、声真似なのか、渋い低い声でグランデの声を再現したリュウジが有無を言わせない感じで持ち込んできたので、隣でひっそり聞いていたマリアと目を合わせてみれば、行きたいような目をしたので多数決で決定。
しかし現在無所属の2人はどうすると疑問を投げかければ、何故か昼にガストにレギオン加入申請をして一時的に《メテオライト》に加わっていたことを話し、マリアまでちゃっかりやってたので苦笑。
なので問題解決。サクラには上手いこと言って部屋で留守番してもらって、テルヨシ達はリュウジが組んだ領土戦へと身を投じていくのだった。