約1年ぶりに、今度はブレイン・バーストの世界で再会を果たした千明ちあきは、デュエルアバター《アルミナム・バルキリー》として驚異的な強さを見せつけ連戦連勝し、現在対戦中のテルヨシさえも驚く実力を示してみせた。
これは新人だから、スペックの差があるからと油断していると負ける可能性があるな。
そうやって今さっき足を掴まれて投げられ、関節技まで極められそうになったテルヨシはガチンッ! と両手の拳をぶつけ合わせて集中力をさっきより高める。
その雰囲気の変化を敏感に感じ取ったちあきは、闇雲に突っ込んでくることはなくゆったりと迎撃に構える。
スッ、とそれを見ても落ち着いていたテルヨシは、小さく息を吐いてからさっきよりも速度を上げた接近から右足によるミドルキックを放つと、わずかに回避が追いつかなかったちあきはすかさず両腕によるガードで側面を守ってきたが、テルヨシの蹴りはそのガードをいとも簡単に突破してガードごとちあきの体を吹き飛ばしてしまい、小さく呻いたちあきは倒れるところで手をついて側転、バック転と繋ぎ転倒を回避。
素早く構え直すが、テルヨシはそれより速く《テイル・ウィップ》を利用した大ジャンプでちあきの頭上を取って前方宙返りからの右足のかかと落としをお見舞い。
自分に射した影ですぐにテルヨシに気付いたちあきだったが、回避までに動けず再び両腕によるクロスガードでかかと落としを防ぐが、あまりの威力に地面に片膝をついてようやく防御に成功。
防がれたテルヨシはそこから追撃はせずに1度大きくバックステップして距離を取り、今の攻撃でガードされはしたが3割も削ってみせてポテンシャルの差を見せつける。
「……強いな。ここまで戦った中で間違いなく一番だ」
「そりゃ光栄だ。つってもポテンシャルの差でごり押しした感じだけどね」
「言っただろう。アドバンテージを生かすのも戦いの1つだと。私も今ので学んだことがある。もう簡単に撃ち込まれたりはしない」
一旦間が空いて互いに口を開き会話をした後、ちあきは言ったように何か掴んだのか今までの空手らしき構えからブラリと両腕を垂れ下げる不思議な構えへと変化。
それを見てテルヨシは、アメリカで出会った頃にちあきが話していた『色々な格闘技を学んできた』ということを思い出し、総合的な近接格闘技術は計り知れないと悟り、少しどう攻めるかを悩む。
「ほらテイル。さっさと負けちゃいなさいよ。リベンジなら私がしてやるから安心しなさい」
そうやって悩んでいたら、ギャラリーに入っていた《エピナール・ガスト》ことガストからの心ない言葉が飛んできてカクッと肩の力が抜ける。
とはいえ、ガストの今の言葉には「手加減するな」という別の意味も含まれていたことを理解していたテルヨシは、この対戦の前にポテンシャルの差を申し訳なく思うところから必殺技は使わないと密かに思っていた。
その変化をおそらくガストは見抜いて野次にも似た言葉でテルヨシを正したのだ。
必殺技を使わないことの方が相手に失礼。
ガストに言われてそうだよなと反省したテルヨシは、今の4割ほど溜まった必殺技ゲージを見て、まっすぐにちあきを見据えてあの構えからどんな対応をするか気にはなったがそれは次の機会にでもと諦めて技名発声をした。
「《インパクト・ジャンプ》」
――ドゴッ!!
遠間から本来は高く跳躍するための必殺技で真横へと高速で跳んでガードさせる暇もなく右足の飛び蹴りをちあきの腹へとクリーンヒットさせたテルヨシは、レベル差も相まって一瞬で残りのHPゲージを吹き飛ばして勝利。
結果としてはちょっと呆気なくなってしまったが、必殺技を使わないであのまま続けていたらどうなったかわからないという未知数な部分をレベル1にして秘めたちあきに少し恐怖を感じる。
いつか同じレベルで対戦することになれば、その時はもう敵わないのかもしれない。
そんなことすら考えてしまうほどにテルヨシはちあきに対して危機感を覚えたが、同時にこれからの成長が楽しみでもあった。
テルヨシの勝利にギャラリーも大いに盛り上がって、ちあきの連勝記録がストップしたとガヤガヤ聞こえてくるが、本来であれば当然の結果で盛り上がるところではない。
むしろしゃしゃり出てきた高レベルのテルヨシにブーイングでも飛んできそうなものだが、そんなものは一切なく楽しませてもらったと労う声と共にフィールドから去っていくギャラリー達。
それらに軽く応対しつつ、死亡マーカーとなってしまったちあきのそばまで寄ったテルヨシは、聞こえてはいるだろうちあきに言葉をかける。
「ここから抜けたら一旦グローバル接続を切って合流しようか。場所は近くにハンバーガーショップがあるから、そこの入り口で待ってるね」
物言わぬ死亡マーカーにそう告げたテルヨシは、それじゃあ後でと言い残して加速を終了。
すぐにグローバル接続を切って、告げた通りハンバーガーショップへとその進路を変えて歩き出した。
5分ほどで辿り着いたハンバーガーショップの出入り口で先ほどの対戦でちあきのスタート位置から逆算し来るであろう方向を向いて待っていると、キョロキョロと辺りを見ながら歩いてくるちあきを発見。
1度帰宅して着替えていたのか、学校の制服は着ていなく、ショートパンツにロングTシャツとなんとなくちあきらしく思えてしまう服装に笑みがこぼれる。
1年経ってもそう変化のなかったちあきに対して、ようやくテルヨシを発見したちあきは、接近してきてからの第一声が驚きを含むものだった。
「テルお前、車椅子はどうしたんだ?」
「たゆまぬ努力と根性で卒業しました。ちあきちゃん、久しぶり」
「いや、努力でどうこうなるものでもないと思うが……しかしだ。また会えて私も嬉しいよ」
驚きの理由はやはり車椅子なしに自力で立っていることにあったようで、テルヨシのちょっとした冗談に真面目に返しつつも再会できて嬉しいと言うちあきになんだか感動するテルヨシ。
悲しいかな、そんなことをあんまり言ってもらえたことがないから。
何はともあれ話をするためにまずはハンバーガーショップに入ったのはいいが、これから帰って夕食とあってとりあえずポテトだけのテルヨシに対して、ガッツリセットを頼んだちあきと一緒に2人がけのテーブル席に座り、各々ちょっと食べてから話を始めた。
「東京にはいつ?」
「一昨日の夜だ。入学式には間に合わなかったが、私立の中学に通っている」
「これに気付いたのは、その学校に『先輩』がいたのかな?」
「そうだな。あの人達がいなければ私が今日、これの存在に気付くこともなかっただろう。だが同時に、テルは去年私に嘘を言ったことになる。お前は『彼女』を知らないと言った。教えてくれればすぐにでも私は東京へと舞い戻っていたのに、なぜ教えてくれなかった?」
まぁ、その通ってる学校にバーストリンカーがいなくても、グローバル接続をしていればいずれ誰かが乱入はしていただろうがな。
とは思いつつ、無事にバーストリンカーとして参戦できたことに安心。
親であるちあきのお兄さんがもういない中で、親代わりになってくれそうな先輩もいるようなので、環境としても悪くはないだろうとその辺も心配していたテルヨシだが、ああだこうだ言う必要はなさそうでそこも安心。
しかし次には去年テルヨシがちあきの問いに対して『《ブラック・ロータス》なんて知らない』と答えたことを言及されてしまい困ってしまう。
ちあきの言うロータスがテルヨシの知るロータスと同一人物であるという確証がなかった。
と言い訳するのは簡単だが、ほぼ確信はしていただけに怒られてしまいそうなので、
「このアプリを持ってるかどうかを確認するために《直結》する必要があったんだけど、ちあきちゃんはそれでも良かった?」
と、イタズラに女心を利用して言及を逃れる手段に出る。
当然言われたちあきは直結などと考えただけで顔を真っ赤にしてしまい、そのまま沈黙。
黙々とハンバーガーを頬張って気持ちを落ち着けようとしていた。
直結という単語に助けられたが、実は口頭で「こういうアイコンのアプリを持ってない?」などとでも聞いても確認はできたので穴がありまくりな逃げ方だったが、気付いた様子もないので女の子なちあきを見て少し笑ってから、話題もついでに逸らしていく。
「彼女にはもう会えた? めっちゃ近い場所を拠点にしてるけど」
「……いや、まだ会っていない。正直すぐに会えるかもとわかって会いに行こうとも思ったが、それは私が彼女と『同じ土俵』に立ってからと決めた。にいさまは強くなって会えと言った。私はまだ未熟だと自覚しているし、先ほどもテルに完敗した。そして彼女はテルよりも強いのだろう? ならばなおさら、私はまだ彼女と会うべきではないんだ」
彼女と同じ土俵。
つまりはレベル9になって会いに行くと言うちあきに、テルヨシは凄い目標だなと感心。
ちょっとどのくらい大変かをわかってないっぽいところが笑えるが、その志があれば道を踏み外すこともないだろうなと素直に思った。
加速の能力を現実の得に使おうとする意思もなさそうなので、もうテルヨシが聞くことも心配事も現状では全部なくなってくれた。
「うん、オッケオッケ。それだけ聞ければオレからは特に何か言う必要はないかな。親代わりもいるみたいだし、細かいこともそっちで聞けば事足りる。でも個人的にちあきちゃんとはこれからも仲良くしたいなぁなんて思ってるんだけどなぁ……」
それで先輩バーストリンカーとしての役目は必要ないだろうと述べたテルヨシだが、そこはテルヨシ。
それとは関係なくこれから仲良くしたいという意思も込めて首のニューロリンカーをトントンと軽く触れてその意図を知らせると、ソフトドリンクを飲みながら意図を察したちあきは、すぐにテルヨシへと自分のアドレスを送って、テルヨシも自分のアドレスを送って連絡先の交換を完了させる。
「よーし、ちあきちゃんとも友達になれたから、正式にあだ名を決めようかな。ちあちあ……は後輩に似たような付け方したから微妙だな……」
「部活の先輩はすでにその呼び方をしているがな……」
「それならなおさら別のにしないとだね。その人とは気が合いそうな気もするけど……んじゃオレは『ちあきん』って呼ぶことにしよう」
「センスの欠片もないな……」
アドレス交換を済ませたことで、今後も付き合いができそうなので早速あだ名を決めたテルヨシだが、本人はズバッとそれを切り捨ててきてブーブー言う。
しかし呼ばれること自体に不満はないのかやめろとも言ってこなかったので、それで決定として時間を見ると6時40分を回ってしまっていて、今頃テルヨシの帰りをお腹を空かせて待っているであろうマリアを想像したテルヨシは、食べ残したポテトをちあきにあげて、
「ごめんねちあきん。ちょっと急いで帰らないとだから、今度またゆっくり話しようね。もちろんデートしながら」
「なっ!? そ、それはその心の準備と言うものが……」
「ははっ、可愛いなちあきんは。デートってのは言い回しの違いだよ。会って話をするだけでオレにとってはそうってだけ。今日は会えて嬉しかったよ」
「そ、そうなのか。私も貴重な経験をさせてもらったから礼を言うよ、テル」
最後にそんな会話をしたテルヨシは、まだ残っていたセットを食べ始めたちあきに別れを告げてその日はそのまま急いで帰宅。
リビングのソファーで死んだようにぐったりしていたマリアに土下座してから買ってきた進級祝いのプレゼントを渡してご機嫌を取りつつ夕食を作っていったのだった。
それからさらに2日が経過した金曜日。
いよいよ明後日には修学旅行が開始されるとあって、クラスでもその話題が持ちきりでテルヨシもあっちでどうするとか色々と聞かれたり、一緒に行動しようなどの誘いがあって、休み時間はそちらに重きを置かれて黒雪姫と対戦どころではなく、その黒雪姫も生徒会としてなんやかんやと忙しくしていたために、まともに会話もできないままだった。
そんな慌ただしい日に、うっすらと影が落ちる出来事を知らされたのは、珍しくハルユキとタクムに呼び出された昼休みのことだった。
2人の後輩に呼ばれて学内ローカルネットのひとけのない歓談スペースまでやって来たテルヨシ。
そこではすでにぬいぐるみのようなピンクの豚のアバターとブリキの兵隊を着込んだようなアバターが座って待っていて、ピンクの豚、ハルユキとブリキの兵隊、タクムは、デフォルメ狼のテルヨシが来ると立ち上がって礼を言って招き入れ、テルヨシも「堅いのはなしで」と言いつつ2人の輪に加わって座る。
「んで、話って何?」
「えっと、このまえ僕は新入生にバーストリンカーはいないって言いましたよね。なんですが、あり得ないことなんですが、もしかしたらいるかもしれなくて……」
「ふむ、入学式を欠席した新入生はいなかったはずだし、確認したタイミングでこのネットに繋げてないやつもいないよな。なのに何でそんな話が出てくる?」
加速中とは違ってあっという間に過ぎる昼休みで早速本題を聞き出すテルヨシに対して、ハルユキが自信無さそうにそんな驚きの可能性を話してきて、詳しく話すように言うと、今度はタクムが口を開いてわかりやすく順を追って説明を始める。
「昨日のことなんですが、剣道部で新入部員含めた部員全員参加のトーナメント戦をやりまして、僕も参加して、ハルとチーちゃんも見学に来ていました。そのトーナメントの決勝で僕と試合をした1年生が、まるで僕の動きをわかってるように躱されて一方的に負けました。しかもその試合中にそいつが加速コマンドを唱えた感じがして、ハルもそれを感じてその時に加速してマッチングリストを確認したんですが、僕達以外の名前はなく……」
「んー……つまりそいつがバーストリンカーかもしれないのにマッチングリストには表示されない、と。去年タクム君が使ってたバックドアはもうパッチが入って使えないわけだしね。そりゃまぁ困惑するわな。姫には……忙しそうにしてたしまだか」
「はい、とりあえず同じ学校の人にはと思ってテル先輩にご報告をした感じです」
「そいつの名前は?」
「
能美征二ね……
この際、名前はついでなのだが、その話を聞いてついこの前にパドから聞いた噂と同じ現象ではないかと考えたテルヨシ。
ローカルネットにいるのにいないバーストリンカー。
そんな幽霊のようなやつがこの学校にいると思うと放ってはおけないわけだが、それを早急にどうにかするにはテルヨシにも、ひいては黒雪姫にも時間がない。
なにせ明後日からはタイミング悪く修学旅行が始まってしまうから。
「害意の方はありそうか? こっちに何か仕掛けてくるようならオレも本気で動くが、まずはお前達でどうにか対処してみてくれないか。それでダメなら姫なりオレなりに頼ってくれ。もうすぐ修学旅行も始まるし、本腰入れるにはタイミングが悪い」
それを踏まえた上で現状、友好的かどうかも不明な能美の対処はハルユキ達後輩に任せてみるテルヨシ。
それには一瞬マジで? みたいな表情をした2人だったが、先輩達に手間をかけずに解決できればそれは最良と判断し、タクムはすぐに快い返事をし、弱々しくも善処するとハルユキも返したのだった。
そして翌日の土曜日。
翌日の早くから東京を発つ関係で、マリアをこの日からパドに預けることになっていたため、最低限必要なものを持ってバイト先にマリアを来させたテルヨシは、バイトが終わったタイミングでパドとマリアと顔を合わせて話をしておく。
「いいかマリア。何かあったらすぐにオレに連絡すること。何もなくても1日1回は連絡すること」
「どっちみちしなきゃダメなんだね……」
「過保護は良くない」
「ミャアは黙ってて。これはオレとマリアの必要なコミュニケーション。ていうかオレが寂しい」
とかなんとか真面目に言いつつもちゃっかり本音を漏らしてマリアをギュッと抱きしめていることにパドは呆れ気味。
抱きしめられるマリアもやれやれといった感じで抱きしめられてる感がありつつもそれを拒んだりはしない。
「とりあえずオレのいない1週間はミャアの言うことを聞くように。何か足りないものがあったら家に戻って取ってくればいいし、ミャアもよろしくな」
「K。マリアもよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
テルヨシのせいで場が変な空気になったので、とりあえずマリアから離れて一応の注意を述べてからパドにお願いするが、元々2人とも仲は良いのでそんな注意は必要ないかと、この後一緒にお風呂入ろうとか言ってる2人を見ながら我ながら過保護だなと思う。が、
パドと一緒にお風呂だと!?
と、聞き捨てならない会話をしていたところにガッツリ反応して2人に殴られたのは、もはやお決まりのことであった。
そうしてその日は恒例の領土戦でひと暴れ――パドとお風呂がちょっと悔しいのもついでで予定通りプロミに攻め込んだ――して、ガストと恒例の夫婦漫才を繰り広げて別れてから1人寂しく帰宅したテルヨシだったが、アバターの確認の後から音沙汰なしでどこかちょっと心配だったチユリに一応「困ったことがあったらすぐ相談して」という旨のメールを送ってから、修学旅行の荷物をしっかりと確認して、それを終えた頃にチユリから「ありがとうございます」という返事を貰って安心して就寝していった。
そして翌日の4月14日、日曜日。
出発前からちょっと沖縄を意識した軽装で羽田空港まで行ったテルヨシは、生徒の模範で誰よりも早く来ていたらしい生徒会メンバーの黒雪姫と恵に服装でツッコまれつつも、2人もこの時期にしては少し肌寒そうな格好にそれを誤魔化すような上着を羽織っているだけなのを見抜いて指摘してやり、お互い様だと返し笑い合う。
その後しばらくして、引率の先生の点呼で全員揃ったことを確認した梅郷中学校の新3年生121人は、全員飛行機へと乗り込んで遥か遠くの地、沖縄へと旅立っていったのだった。
――この1週間が、ハルユキ達にとって壮絶な日々になることも知らずに――