Acceleration58
イベント《ヘルメス・コード縦走レース》が終了してから1日が経過。
イベントをメチャクチャにする《ラスト・ジグソー》の広範囲心意攻撃は加速世界に確かな波紋を呼んだが、大レギオンの王達が穏便に事を引き延ばしてまだ大事には至っていないように思われた。
しかし早急に対応を迫られる案件のため、近くにレベル9の王達が集まっての会議が開かれることが確定。
テルヨシ予想では学生の事情その他を加味して、来週の日曜日の日中に開かれるのではないかと思われるが、そちらに関しては黒雪姫かユニコを経由して密にテルヨシの耳に届くはずで、今はそれを待つ期間といったところ。
どのみち、今週の平日中に会議が行われることはないと確信していたテルヨシは、その間にやれるだけのことはしておこうと思って、早速バイトの終わりにでも1つ済ませてしまおうと決心して仕事をしていた。
そのバイトもいつも通り滞りなく終わらせて閉店作業と仕込みも終了。
帰り支度を済ませてからマリアの待つ休憩室に行き、そこにバイトが終わったら話があると言っておいたパドも、まだメイド服から着替えずにマリアと話をしながら待っていてくれていた。
そしてこの場に他の人がいないことも確認したテルヨシは、1度椅子に座ってから2人と直結するために鞄からXSBケーブルを取り出して、パドの分とで3人のニューロリンカーを繋ぐ。
『なんかごめんね、バイトで疲れてるのに』
『NP。それより用は何?』
直結後は思考発声でまず時間を取らせたことを謝るテルヨシだったが、それはいいからと早速本題を聞き出しに来たパドに合わせて真剣な顔で用件を伝える。
『オレと対戦してくれないか。冗談抜きの、真剣勝負』
『対戦はいつも真剣にやってる。むしろテルがいつもギャラリーを煽ってエンターテインメントに持っていってる』
『パドさんいつも真面目だよ。テルがそれを言ったらダメだと思う』
『ぐっ……それはそうなんだけど……』
自分なりに真剣に言ったつもりが、さらっとどぎつい反撃を2人から受けてたじろぐ。
しかしわざわざ直結してまで対戦しようといったテルヨシの意思に何かを感じ取ったパドは、表情こそ変えないながらも少しの沈黙の後に「……K」と返事をして対戦拒否の設定を解除。
対戦するなら乱入してこいと目で訴えられたので、それに応じてすかさず加速。
グローバルネットに繋がってないテルヨシは必然、直結しているパドとマリアの名前しかマッチングリストに存在しないことを確認してから、パドの名前を選択し対戦を申し込むと、ギャラリーはマリアのみの対戦へと身を投じた。
今回構築されたフィールドは、石造りの土台や居が並び立つ《古城》ステージ。
一昨年の《グランキャッスル攻略レース》のイベントで登場し、以降から追加された対戦ステージだ。
景観が美しくのどかな雰囲気を醸し出すそのステージに降り立ったテルヨシは、石積みの丘に見下ろすように立っていたパドをすぐに発見してそちらに構えるが、そのパドは始める前にと言葉を挟んで、マリアを近くに発見したところで口を開いた。
「どうしてこのタイミングで真剣勝負?」
「んー、そこまで深い意味はないんだけど、なんとなくパドとは本気の本気で戦ったことなかった気がしてさ。あとはそうだな……近々レベル上げるつもりだったから、同レベルで戦えるうちに全力でぶつかりたかった。そんな感じ」
「…………K。納得する理由はある。それで『納得しておく』」
パドの純粋な疑問に対して、少し言葉を選ぶようにして考え口にしたテルヨシの答えに、これも珍しく長考してから納得したパドだが、納得しておくという意味深な言葉にやはりパドは鋭いなと思いつつも、気付いていない様子のマリアに悟られまいとしてそれ以上の会話はせずに再び構えると、パドもピリッとした空気を放ちテルヨシを威嚇。
無言のプレッシャーとはよく言ったものだが、パドがやると普段の様子と明らかに違う雰囲気を醸し出すため、仕掛けるのにもちょっとした覚悟が必要になってくる。
だからといって対戦を申し込んでおいて尻込みしてたらカッコもつかないので、短く息を吐いてから集中力を高めたテルヨシは力の限り踏み込んで一直線にパドへと接近。
2メートルほどの石積みの丘を《テイル・ウィップ》の先端を丘の上に置き、そこを支点に体を浮かせて一気に登り、身構えたパドに先制の飛び蹴りをお見舞い。
それを見事な軸回転で避けたパドは、流れるような手刀ですれ違い様にカウンターを仕掛けてきて、咄嗟に腕でガードしてダメージを軽減。
交差してから互いに直ぐ様反転し右足の蹴りを同時に放ち激突するが、威力の上ではやはり青系のテルヨシに軍配が上がりパドの足を弾くと、間髪入れずに左足からの回し蹴りを繰り出す。
突き出すような左回し蹴りだったが、それは見事に空を切り、代わりにググッ、と左足を上から押される感覚があったと思えば、左足の上に右手を添えたパドがすでに跳躍を終えて左足の上からドロップキックを放ってきて、まともに受けたテルヨシは後ろへと倒れる。
しかしただでは倒れないテルヨシは、空中に留まるパドの両足をテイル・ウィップで絡め取って倒れる方向の先に強引に投げて地面へと叩きつけて自分も転倒。
手を使わないバックドロップみたいな珍技で痛み分けすると、直ぐ様立ち上がったテルヨシがまだ絡め取っていたパドを豪快に空中へと放って、5メートル近く上げられたパドは空中で姿勢を整えてみせたが、その時にはもうテルヨシは、
「《インパクト・ジャンプ》!」
パドめがけて必殺技を発動。
爆発的な加速による跳躍で一瞬でパドの懐に飛び込んで全力の蹴りをやや下方向からお見舞いしたが、さすがに長年の付き合い。
跳躍のタイミングと攻撃軌道を完璧に合わせて両腕と足を体の中心へと集めて受けるダメージを最小に留めたが、勢いでさらに高く後ろへと吹き飛んでいった。
その高さは20メートルほどにまで及んでいたか、それだけの高さからの落下ダメージは結構なものになるが、先にテイル・ウィップを使って着地したテルヨシはクルクルと後方宙返りを繰り返すパドを見て瞬時に落下点へと移動を開始。
おそらく落下ダメージなど入らないことは見越していた。
「《シェイプ・チェンジ》」
完全に落下してきたタイミングで回転を止めたパドは、そこから必殺技発声で四足歩行のビーストモードへと移行。
パドのビーストモード時は様々なアビリティが付与されるのだが、その中に《
だからこそその着地を成功させないように落下点に駆けていたテルヨシだが、思ったより落下が早く着地に間に合わないと踏んでその足にブレーキを掛ける。
落下が早かったのはパドがその体を伸ばして細め、空気抵抗を最小まで減らしたから。
そうしてテルヨシの計算を狂わせて悠々と4本の足で音もなく着地を決めたパドは即座に進撃を開始。
アビリティ《ファースト・ブラッド》によってわずかな距離で最高速となる時速200キロに到達した接近はまさに一瞬の出来事で、攻撃に備えていたはずのテルヨシさえもその突進に反応しきれず振るわれた右前足の鉤爪によって体に爪痕を残されてそのまま交差。
完璧な制動制御で反転しながらスピードを殺して即座に切り返してきたパドは、今度はその牙を立ててテルヨシの首を狙って飛びついてきた。
強靭なパドの牙は寸分の狂いもなくテルヨシの首を捉えるが、寸でのところで右腕を挟み込んでその腕に噛みつく形になると、強烈な噛みつきは容易くテルヨシの腕を噛み砕いてしまうものの、その一瞬の遅延で痛みを無視して左手からの掌底をパドの顎にクリーンヒットさせて軽い脳震盪を誘発。
さらに怯んだ瞬間に腹へと膝蹴りをお見舞いしてみせるが、それに対して両前足で勢いを殺しながら膝に乗せるように触れたパドは、そのまま大きく後ろへと跳躍して離脱。
少し着地が乱れるもその目はしっかりとテルヨシを捉えて追撃の目を刈り取りながら、前へ出てこなかったのを確認してその首をブンブン。2、3度振って回復を促した。
対してテルヨシもいくつもの破片となって地面に転がった自らの右腕がポリゴン片となって消えていくのを見ながら、肘から先を消失した右腕を見て、現状を確認。
ここまでの攻防で互いにダメージは4割弱。必殺技ゲージはテルヨシが3割。パドが2割を切っていた。
対戦開始からわずか3分ほどでここまでのハイペースはテルヨシの中でも稀なことだったが、思えば今までのパドとの対戦は全て、テルヨシが回避に徹してギャラリーを沸かせながら過程を重視した勝敗をあまり気にしない対戦――もちろん負けるつもりで戦ってない――をしていたから、結果として対戦も長引いていた。
しかし今回は開始からギャラリーも過程も無視して、こだわってなかった勝負に本気で勝とうと全力で正面からぶつかっていた。
以前、親であるリュウジから『闘争心が微妙に欠けている』みたいなことを指摘されていたテルヨシは、おそらくバーストリンカーになって初めて芽生えた感情に笑みがこぼれてしまった。
――勝ちたい。いや、勝つんだ!
黒雪姫との日々の対戦においてでさえそれを強く思ったことがなかったテルヨシは、この対戦でもう『負けても仕方ない』などとは嘘でも思えなくなる。
確かにテルヨシの重要視するエンターテインメント性は対戦においてギャラリーを沸かせ対戦者も楽しめる要素を多く含んでいる。
だがそんなものがなくとも、過去に激突した《ブラック・ロータス》と《イエロー・レディオ》の凄まじい攻防は、自分達の今の状況を忘れさせるほど皆を釘付けにし《エピナール・ガスト》と《カーマイン・ボンバー》の対戦もギャラリーは常に移動を余儀なくされるほど面倒で周りに配慮のないものだったが、誰1人として文句も言わずにその結末を見届けた。
つまり本当に真剣な者同士の対戦は、特別に何かを起こそうとしなくても見る者を魅了し引き込める。
それに薄々気付いてはいたテルヨシだったが、自分がその域にまで達していないのではないかという不安が拭いきれずにそういった思考にまで昇華できなかった。
しかし今、この対戦の唯一のギャラリーであるマリアが、始まってから一言も発することなく、固唾を飲んで見ていることに気付き、それがテルヨシの在り方を昇華させてくれた。
「……ありがとな、パド」
「……何が?」
「オレ、バーストリンカーになって初めて本気で『勝ちたい』って思えた。その相手がパドで良かったって話」
「…………そう。でもまだ勝負は終わってない。勝つのは、私!」
「オレだ!!」
構えを緩めないまま唐突に言葉を発したテルヨシに対して、パドも油断など一切ない状態で言葉を返す。
そしてこの対戦に込める2人の闘志が激突。
叫んだ後にほぼ同時に前へと出た両者は、その足と鉤爪で正面からぶつかって交差。激しい火花を散らして両者のHPゲージが微減。
そんなことを気にする間もなく素早く切り返して再び接近し蹴りを放ったテルヨシに、パドもバネを生かして跳んで躱しすかさず剛爪で迫るが、テイル・ウィップを地面につけてそれを基点に体を後ろから回るように浮かせてパドの攻撃を躱すと、上下が入れ替わったところでかかと落としを背中にお見舞い。
だが着地と同時にしなやかな体を生かして横へと転がるように跳んだパドによって空を切り着地。
素早いリカバリーで着地の頃にはもう4本の足で地面を捉えてテルヨシを睨んでいた。
――当たらない。
もう何度も対戦して攻撃のパターンはいくつか読んで攻撃しているはずなのに、そのことごとくを寸でのところで躱されてしまう。
初めて真っ向勝負を挑んだ相手の強さを、ここで改めて理解させられる現実は、対戦中のテルヨシにとって割と気が参ってしまうが、パドもパドでテルヨシの動きを予測していながら、その変則的な動きにどうにかついてきてる印象もあったので、まだまだこれから。
一瞬の油断やおごりが勝敗を分けかねない緊張感の中で、自分自身でさえまだ底の見えない『極限の集中力』が全身を満たしていく感覚を覚えてまた笑みがこぼれてしまったが、それを察することはフェイスマスクの上からでは本人以外には誰にもわからなかった。
テルヨシの極限に集中した状態は、決してテルヨシの限界を越える動きを可能にしたりなどはできない。
普段は狭まっている視野を少しだけ拡張し、その中で知り得る情報に優先順位をつけて高速で分析・処理する。
そういった情報処理能力を一時的に最大限発揮して、数秒先の展開をある程度予測して最小限の駆動で最大限の力を引き出すため、対戦者はテルヨシが『速く動いている』ような錯覚を覚えるのだ。
だから毎週日曜日の昼に行われるバトロワ祭りにおいて、この状態になったテルヨシは被弾率が通常よりも激減する。
一撃で3割以上削るような攻撃は当たったことすらないほどだが、だからといってこれが万能無敵の力というわけではない。
今度は直進ではなく左右に揺さぶるフットワークを取り入れてテルヨシへと迫ったパドは、射程に入る寸前で大きく左へと跳んでその先にあった石積みの丘の壁を蹴って空中へと高く跳躍。
テルヨシの頭上を取ってほぼ垂直落下で迫る。
当然テルヨシは最小限のバックステップでそれを躱し着地直後にカウンターを食らわせようと企んだが、激しく地面へと落下したパドはその足元の小石や砂を豪快に巻き上げてテルヨシへとぶつけ、意外とバカにできない散弾のような攻撃に足を止めて防御してしまうと、そこを追撃するようにパドが全力の体当たりで強襲。
瞬発力を生かした体当たりは強力で後方に10メートル近く吹っ飛ばされたテルヨシはそれでもすぐに体勢を整えて両足で後退りながら着地する。
が、その途中でフッ、と突然の浮遊感に襲われて何事かと下を見れば、自分がいた小高い丘がなくなって地面が遠退いていた。
しかし高さは3メートル程度。気付くのも早かったため着地は容易だ。
そう思った瞬間、落下中のテルヨシに突然黒い影が射して、それに反応した時にはもう頭上から追撃してきたパドがその牙を見せて迫っていて、《インスタント・ステップ》を使う間もなく接近されたので残った左腕を犠牲に防御。
鋭い噛みつきにのしかかるような落下で一気に地面まで落とされたが、やられっぱなしは御免だと言わんばかりにテイル・ウィップを背中でバネのように使って地面との衝突を無効化し、完全にのしかかられる前に両足をパドの腹の下に潜り込ませて、地面に触れた時に体重が下方向に強く向いたところでカンガルーキック。
大きく体が浮き上がったパドだが、その牙はまだ左腕から離れずにそこを支点に体が回転。
腹が上を向いたところでテルヨシの左腕をガチンッ!
噛み砕いて反転。しっかりと着地を決めて一旦距離を取っていき、その間にテルヨシも立ち上がって乱れた集中力を整える。
極限の集中力は常に『リスクの少ない最良の選択をする』部分があり、処理行動に優先順位をつけてしまうこともあって、それ故に回避や防御行動のような相手の出方を見る行動は最も危険な攻撃を最優先に処理するため、そこに最も危険のない攻撃やイレギュラーな攻撃が挟まると『とりあえず防御』といった形で思考が固くなるのだ。
優秀な能力ゆえの弱点。
しかしそこを狙ってかどうかはわからないが、あのタイミングでその攻撃をしてきたパドを称賛すべきだ。
テルヨシでさえ最近自覚したため、実際に引き起こされた今の現象は今後の課題になると思いつつ、パドの勝負強さのようなものに少し嫉妬。
これも真剣な者が引き寄せるツキなのかと苦笑してしまうも、頭の中ではどう仕掛けるかを高速で思考。
いくつかの選択肢から決定しようとしたが、ここまでの攻防でローリスクな選択をしてきた結果、やや劣勢になってることから、極限の集中力が導いた攻撃では劣勢を覆せないと判断。
ならばとそれが導いた最も危険な攻撃に活路を見出だそうとする。
ローリスクハイリターンを常に模索するテルヨシは、相手にとって厄介な部分を含むものの、見方によっては『リスクを負わない戦い方』をするため、対戦経験が豊富なハイランカーなどにとってはそこまでの脅威を感じない部分もある。
パドもそれを感じている1人であることはここまでの攻防で十分に理解できたテルヨシは、パドにまだその感覚があるうちに仕掛けに行く。
両腕を失ったことで走るのに違和感はありつつも、日頃から黒雪姫との対戦でスパスパ落とされているのでだいぶ慣れてしまっている自分に苦笑しつつ、まっすぐパドに接近すると、真っ向からの勝負はスピードが乗らないとしてこないため回避に構えたのを確認。
前進してくる相手に対して自らのスピードを乗せるためには横への回避が確率として高く、後ろへ下がって加速は十分な効果が得られない。
それを念頭に右からテイル・ウィップを左前足に向かうように動かして蹴りを放つ。
そうすると必然、右への回避を誘発させることになり、テイル・ウィップと蹴りを右横へ跳んで躱したパドは、その跳躍で10メートルほどの距離を開いてすかさず切り返して加速。
V字のような軌道でテルヨシへと迫ってきて、弾丸のようなパドをテイル・ウィップで体を浮かせて躱し難を逃れるが、通り過ぎたパドはビタッ! と前足でブレーキを掛けて後方宙返りと捻りを加えてテルヨシの頭上を取って急襲。
しかしそれも今度はテイル・ウィップから力を抜いて地面へと降りることで紙一重で躱すことに成功。
だがここで体勢の悪かったテルヨシはそれを整えようとパドから逃げるように後退。
大きくバックステップをすると、その隙を突いて素早く切り返したパドはバックステップより早い接近で両腕を失ったテルヨシの首を狙ってその牙を立ててきた。
――ぐわんっ!
その時。今まさにパドの鋭い牙が迫った瞬間に、テルヨシは後ろへと下がっていた体をテイル・ウィップで強引に止めて、さらに地面を捉えたテイル・ウィップを軸に体を天地逆さまの状態へと瞬時に切り替えてパドの牙を右足で受け止める。
「うぉぉぉおおおおっ!!」
突然のテルヨシの行動にキャンセルの効かなかったパドは、テルヨシの右足に強く噛みついてしまい、テルヨシの体で一番頑強な脚部は簡単に噛み砕かれることはなく、噛みつかれたままでさらに体を回転させながら右足を地面に向けて強引に振り下ろすと、噛みついていたパドはその回転と蹴りに巻き込まれて地面に頭と背中を強打。
あまりの衝撃で足から牙が外れてしまい、小さくバウンドした体をテルヨシの左足の蹴りが追撃しパドを蹴り飛ばしたのだった。