テルヨシの怒涛の新学期生活も、なんやかんやで1ヶ月が経過して、そんな生活にも慣れてくる5月に突入。
その頭のゴールデンウィークに入る前の学校では、来たる休日をどう過ごすかの話題で溢れていた。
「東京グランキャッスル?」
「ええ。ベイエリアに建設された大規模なテーマパークですわ」
「確かフルダイブ技術全盛のこのご時世に、あえて『リアル』をテーマに本物の石材で中世ヨーロッパ風の城塞都市を建てたとか言うあれか」
話をしていたのは、もはやおなじみとなりつつあるテルヨシ、黒雪姫、恵の3人。
しかし3人の今いる場所も姿も現実世界のものではない。
――フルダイブ技術。
ニューロリンカーによる量子接続レベルを普段の《視聴覚モード》から《全感覚モード》へと引き上げることで、接続されたネット内に意識をダイブさせ、仮想現実世界へと入る技術。
その際には仮想現実用に設定したアバターへと姿を変えることになり、これはカスタマイズや1からの作成が可能。
なお、フルダイブ中は生身の体が完全に無防備になるのだが、フルダイブ中の人間に触れるのは現在のタブーとなっているし、今や日本全土の至るところに設置された治安維持目的の映像監視網《ソーシャルカメラ》に何か怪しい行動や危険な行為が映れば、すぐに対応されるようになっている。
ブレイン・バーストは、このフルダイブ技術の上に思考の《加速》を加えた高度なアプリで、毎回リアルに構築される対戦フィールドは、このソーシャルカメラが取った画像から再構成された3D映像を元にしている。
だから対戦フィールドの地形は現実の地形とほぼ一致するので、普段の東京都内の地形を把握することも対戦では影響してくる。
そんなフルダイブ技術が当たり前の時代で、いま現在テルヨシ達がいるのが、中央に泉が湧く草地の外周を内部が空洞となった巨大な木々が輪を作ってそびえる仮想空間、私立梅郷中学校の学内ローカルネットである。
テルヨシ達はその空洞となった巨大な木のうちの1つ、何層にも分かれたフロアの歓談スペースの1つで小さなテーブルを囲んで雑談していた。
そしてテルヨシの今の姿は、小さい子供を対象にしたような獰猛さの欠片もない銀狼の姿で、端的に言えばぬいぐるみの狼。
これはテルヨシが組んだアバターではないが、こういったアバター製作が趣味だった幼なじみが作ってプレゼントしてきたものをそのまま流用しているのだ。
そしてテルヨシの目の前に座る黒雪姫は、その現実の容姿をそのまま反映させた外見に、大胆な黒のドレスと日傘。背中に虹色のラインが走る黒揚羽蝶の羽をつけた姿。
一見しただけでそれが自作で、それも相当高い技術で作成されたアバターであるとわかる黒雪姫のそのアバターは、今や梅郷中学校では知らない者はいない。
そして恵は可愛らしい薄いピンクのローブとつば広の帽子を身につけた魔法使いのアバター。
そんな3人が話していたのは、例に漏れずにゴールデンウィークの過ごし方だったのだが、そのゴールデンウィークにオープンするテーマパークを思い出した恵が話題を振ったのだ。
「んで、恵はオレとそこでデートしたいと? そうならそうとストレートに言えよ。恵は可愛いなぁ」
「姫、一緒に行ってみない?」
「私は人混みは苦手でな。行くならゆっくりできそうなところが良いかな」
「…………」
「あら、どうしましたのテル? 調子が悪いのでしたらログアウトした方が良くてよ?」
「何かおかしな物でも食べたのだろう。自業自得だ」
「……どうしてこうなった。というか2人のスルースキルが高すぎる……」
先程のテルヨシの発言などなかったかのように普通に話す2人に、本気で現実逃避したくなるテルヨシだったが、1日1回はこういった冗談を言ってスルーというやり取りが行われるようになってきていた。
「だってテルは女性なら誰でもそういうことを言うじゃない。さすがに聞き慣れてきましたわ」
「さすが軽い男だな」
「日本人って何でデートに対してこう敷居が高いっつーか、小イベントとして捉えるんだろうな。互いをより知ろうとする行為にデートって一番良い手なんだけど……」
「じゃあテルは殿方とデートするべきですわよ。入学当初からわたしや姫や他の女子生徒とはよくお話ししてますけど、殿方と話してる姿を見ませんわ。殿方からの評判もよろしくありませんしね」
「ひがんでんだよヤローどもは。自分にできないことを平然とやるオレに羨ましさ半分、恨み半分でな。女性と話すなんて緊張することもねぇのに。言葉通じるんだしよ」
「私が男でそんなこと言われたら、確実にムカッとくるな。男子が毛嫌いするわけだ。いや、お前が女子だったらその顔をひっぱたいているところだ」
「普通、異性と話す行為というのは、同性と話すそれより気を遣いますし、テルのような考え方はなかなかできませんわ」
「でも別にオレが悪いことしてるわけじゃねーじゃん。これがオレの普通だし、個性だ。それを周りがとやかく言ったからって変えるくらいなら、ただの意思の弱いやつってことじゃん。そんな人間にはなりたくねーよ」
「それには同意だな。意思の弱い人間ばかりの世界など、生きる価値すら見出だせん」
「なんで姫はそう重い話にするのかしら。でも今のテルをわたしも嫌いではないですから、確かにらしさを損なうのはよろしくないですわね」
「じゃあオレの個性を認められたところで明日にでもデートに……」
「行きません」
「……姫……」
「行かん」
そんな感じで昼休みの脱線しまくりの雑談は、テルヨシの敗北で終わったのだった。
「《グランキャッスル攻略レース》?」
「そう」
放課後、いつも通りにバイトに行き、もはや相棒となりつつあるレギオン《プロミネンス》のサブリーダー、パドとの今日初のタッグ戦を終えてから、何気なくゴールデンウィークの予定なんかを聞いてみたテルヨシは、パドから聞いた言葉をオウム返しする。
「グランキャッスルって、明日オープンの東京グランキャッスルのことだよな?」
「そう。そこのソーシャルカメラ・ネットが運用開始される当日。加速世界でそんなイベントが開催される」
「はいパド先生。どうしてそんな面白イベントが行われるんですか?」
「ブレイン・バーストの大規模なアップデートが行われると、稀に製作者が1度きりのイベントを開催することがある。前にも似たようなイベントが行われてる」
「はいパド先生。それに参加するにはどうすればいいんですか」
「すでに参加枠は埋まってる。イベントの詳細は不明だけど、1チーム5人までの10チーム参加。参加資格はチームリーダーが獲得したこの
そう話しながらパドは自らのアイテムストレージから、ソフトボールほどの大きさの暗赤色の珠と青いカードを取り出しテルヨシに見せる。
「こっちのカードは《トランスポーター》っていうアイテム。直結してるバーストリンカーを指定された場所に移動させる。これがあればわざわざグランキャッスルに行って加速する必要はない」
「はいパド先生。その宝珠はたぶん察するとグランキャッスルで獲得したんでしょうが、それはいつだったのでしょうか?」
「一昨日の昼頃。グランキャッスルにソーシャルカメラが設置されて、チェックのために運用されていた時」
一昨日といえばちょうど日曜日。
その日はテルヨシの週1回の遠征対戦の日だったので、黄のレギオン《クリプト・コズミック・サーカス》が支配する足立区へと足を運んでいた。
「そんな情報耳に入ってすらこなかったんですが」
「当然。参加資格は持ってるだけで貴重で早い者勝ち。表沙汰にして競争倍率を増やす人はいない」
「ですよねー。んじゃイベントってことは優勝チームには景品というかそんなのがあるんだよな? バーストリンカーが欲しいのは……」
「バーストポイント。ただ、レギオン間のパワーバランスを崩すほどのポイントは得られないはず」
「オッケオッケ。イベントについてはわかり申した。では最後の質問です」
イベントについては珍しく饒舌だったパドの説明で理解したテルヨシは、そこで改めてパドを真剣に見て言葉を発した。
「そのイベントにわたくしこと皇照良にお声をかけてくれないのでしょうか?」
「無理。もうチームも組んで明日の打ち合わせも終わってる」
その答えにテルヨシは石化。次には身体中にひび割れが起きて粉々に砕け散ったのだった。
「それにテルはレギオンメンバーじゃないから優先度は低い」
「もういや……パドとは恋人以上夫婦未満の関係だと思っていたのに、この扱い……」
「それを言うなら知り合い以上友達未満」
「扱い酷くない!? ていうかまだ友達ですらないのに驚きだよ!?」
「冗談。テルは友達」
「くっそぅ、オレをこんな扱いして……パドなんて……パドなんて……大好きだよバカ野郎ぉお! バースト・アウトォオ!」
そう叫んでテルは逃げるように加速を終了させて現実に戻った。
そうして現実に戻ったテルヨシは、ちょうど休憩時間を貰ってイートインスペースへと移動して、そこで美味しそうにケーキを食べる赤の王、上月由仁子の隣に行き泣きつく。
「ニコたーん! ミャアが、ミャアがオレを仲間外れにしたんだよー!」
「あーうっせー! 話が見えねーし隣に来んな!」
「明日のイベントだよニコたーん! ミャアったら彼氏のオレを差し置いてメンバー集めたんだよー」
「いや彼氏じゃないだろ。お前が彼氏とか死んでも嫌だし」
「ニコたん、相変わらずのツンツンだねぇ。お兄ちゃんたまにはデレたニコたんを見たいんだけどなぁ」
「パドぉ、明日のイベントはちゃんと優勝してこいよー」
「NP。ニコの分も頑張る」
「んあ? ニコたん出ないの?」
「あたしは6大レギオン相互不可侵の条約があっからな。たとえイベントでも王同士は戦えねーの」
「てことは他の王も出てこないわけね。残念。ついでにニコたんのスルーっぷりも残念」
結局どこにいても扱いの変わらないテルヨシは、自分のポジションに本気で頭を悩ませそうになるが、普通に接してくれていることには変わりなかったので深く考える前にやめた。
「あー! テルヨシ君がいるー! ラッキー!」
そこに店へ入ってきたのは、2人組の女子高生。
最近、下校途中で寄ってくれる客の2人で、店内に入るなりイートインスペースにテルヨシの姿を発見して近付いてくる。
「こんにちはお姉様方。今日も寄ってくれたんですね」
「テルヨシ君が作ったケーキ美味しいからねぇ。それにテルヨシ君可愛いし」
「ありがとうございます。それじゃあ今日は食べていってくれますか?」
「買って帰るつもりだったけど、テルヨシ君がいるなら食べていこっかな。もちろんテイクアウトも買ってくよ」
「休憩時間はまだ少しあるのでちょっとなら」
そんな感じで親しげに話すテルヨシに、女子高生2人はキャッキャとテンション高めでイートインの席に着きケーキを注文。
そのままテルヨシも残りの休憩時間をその2人と過ごしていき、見かねたユニコはそこで帰宅。パドも自分の仕事にさっさと戻った。
こういったことは最近増え始めていて、テルヨシがバイトとして働き始めてから『男子中学生がケーキを作る店』という噂が練馬区近辺で広まり、それに誘われやって来た女子学生や主婦の皆様が連日訪れるようになったのだ。
テルヨシ自身も『年上からは可愛がられる』傾向にあるため、客寄せの手段として休憩時間のみではあるが来客スペースで過ごしていいという超特別な扱いを受けていた。
結局、再三に渡るテルヨシのイベント参入の申し出も、パドは全く受け付けないままバイトが終了。
仕方ないのでタッグ解散前に明日のイベント開始時間とイベント会場への入り口となるポータルの場所を聞いたテルヨシはそれで引き下がった。
バイトが終わって帰宅してから、テルヨシはとある人物にすぐにボイスコール。
その相手は数秒の間を置いてテルヨシとのボイスコールを繋いだ。
『こんな時間に何の用かな』
「まだ9時前だけど」
『良い子はとっくに寝る時間だよ』
「じゃあ姫は良い子なのか。初めて知ったよ」
『切るぞ』
「にゃあー! ちょい待って! スペシャルクールビューティで優等生の黒雪姫様! 何卒わたくしめに発言のチャンスを!」
『まったく……早く言え。私も暇ではないのだ』
ボイスコールの相手、黒雪姫は、本当に面倒臭そうな声色でテルヨシに発言権を渡すと、ちゃぽーんという音を立てる。
おそらく風呂にでも入っているのだろうと予想したテルヨシは、女性のバスタイムを邪魔するのもいかがなものかと思い、さっさと用件を告げた。
「姫さ、明日のグランキャッスルのオープン時に開催される加速世界のイベントって予測できてた?」
『イベント? ああ、ブレイン・バーストの大規模なアップデートの時に稀に開催されるあれか。恵から話を聞いた時にもしやとは思っていたが……』
「なんで教えてくれないの? 今日バイト先で初めて聞いたんだけど」
『言ってどうなる。それで私がそのイベントに参加できるのか?』
「それ私怨だよね? ねぇ?」
『考えてもみろ。もしその事をお前に教えて、それで参加などして「姫、楽しかったぜー!」などと言われる私の気持ちをな』
「いやいや、言うかもしれないけど、オレは新人ですぜ? 古参の方に情報を独占されたら喚きたくもなりやすよ」
『独占などしていない。それにイベント自体の開催回数は数える程度。年に1度あればラッキーというくらいだ。だからこそ私は今お前に八つ当たりしている』
「……まぁ姫も色々あるしな。責めたりして悪かったよ。確認したかっただけだったんだけどなぁ」
『…………いや、私も先輩として知識は分け与えるべきだったな』
「謝らなくていいよ。女の子に謝罪させるなんてことしねぇから。それより入浴中だろ? 長話も嫌だろうし切るな」
『ふむ、そういうところは気を遣えるのだな。少しだけ見直したよ。それではお言葉に甘えることにしよう。ではゴールデンウィーク明けに会おう』
そう話したあと、黒雪姫はテルヨシとのボイスコールを切っていき、最後の「ゴールデンウィーク明けに会おう」という発言から、この連休で会う気など毛ほどもないことを悟って肩を落としつつ、テルヨシは次なる人物にボイスコールを繋ごうとする。
相手はもう1人の学校での仲の良い、と思ってる友人。
『何のご用ですの?』
「恵ぃー、相変わらず可愛い声だなぁ」
『ありがとうテル。それでご用は?』
「明日デートしようぜ!」
『嫌ですわ』
開口一番のテルヨシのあいさつを軽くいなして用件を聞いた相手、恵は声色を一切変えずに即答。
条件反射とも言うべき答えにテルヨシは乾いた笑いが出てしまう。
『と言うのは半分冗談ですけど、突然どうしたんです?』
「うーん、せっかくのゴールデンウィークだし、恵と2人きりでどっか行きたいなーなんてバイト中に思ったわけ。ほら、ちょうど学校でもグランキャッスルの話してたから、恵も行きたいのかなって」
『わたしは行きたいと思って話題にしたのではなくて、姫とテルがゴールデンウィークをどう過ごすのかを聞くきっかけにと……』
「きっかけなんてどうでもいいって。オレは恵と行きたいなって思ったの。それに初デートってことで全額負担するぜ?」
『…………どうして明日はわたしのスケジュールが空いているのかしらね……わかりました。そのかわり、キチンと最後までエスコートしてくださいね?』
「よっし! 恵とデートぉお! テンション上がってきたぁぁああ! それじゃあ待ち合わせの時間と場所はあとでメールするから楽しみにしててくれよな」
『ハードルを上げてしまうのは可哀想ですから、ほどほどにしておきます。それでは明日』
それを最後に恵はテルヨシとのボイスコールを切っていったが、切る前のその声色が少しばかり喜びを含んでいたのをテルヨシは聞き逃さなかった。
だがこれでテルヨシは明日、東京グランキャッスルへと『直接』乗り込みつつ、恵とデートというダブルイベントを組むことができた。
まだ加速世界のイベントについては諦めていなかったテルヨシは、「パドがダメなら他の人」という図々しいことを閃いて、わざわざイベント会場へのポータルの場所とイベント開始時間を聞いたのだ。
パドはなんとなくテルヨシの今後の行動に予測がついていながら教えた感があったが、そこはパドなりのせめてもの優しさだと割り切ったテルヨシは、黙ってその情報を聞いて帰ってきて今に至るわけである。
加速世界のイベントといっても、現実時間に換算するとおそらく5秒とかからずに終わってしまうので、たったそれだけのために1人でグランキャッスルに行くなんてバカらしいと考えたテルヨシは、どうせならと友人である恵を誘ってデートをすることに。
テルヨシ的にはダメ元だったため、了承を得た瞬間からデートの方がメインとなったが、それでもたった数秒でも恵を放っておくことになるので、そこには罪悪感を覚えつつ姿の見えない恵に先に謝罪しておくのだった。
「デートの最中に女の子を放ってまで参加するんだ。絶対に優勝する。そしてパドにはオレを誘わなかったことを後悔させる!」
そうしてテルヨシの野望は翌日から始まった。