Acceleration9
「――フッ!」
どこか神聖でありながら、孤独感を感じさせる黄金色の草と空が一面に広がり、建物もその草に覆われ老朽化している通常対戦フィールド。
《黄昏》ステージにて、現在私立梅郷中学校の学内ローカルネットに接続する2人のバーストリンカーが対戦を行っていた。
1人はその力の象徴である剣の四肢を自在に動かして敵を屑らんとする、加速世界に知らぬ者のいない大反逆者。
通称《黒の王》又は《絶対切断》と称される《ブラック・ロータス》。
1人は今年の春に突如として姿を現して、瞬く間にその名を加速世界に轟かせた新人。
その後頭部から伸びる尻尾のような強化外装を自在に操りフィールドを縦横無尽に駆ける《レガッタ・テイル》。
ロータス……黒雪姫は対戦開始時から休むことを許さない追跡と攻撃を幾度となく繰り返して、フィールドを三次元的に逃げ回るテイルを仕留めるためにその自慢の四肢を振るう。
対してテイル……皇照良は、その一方的かつ、防ぎようのない剣撃をなんとか潜り抜けて、オブジェクトを利用した移動でロータスから距離を取り続ける。
そんなことが実に1500秒ほど繰り返されていて、対戦の残り時間も300秒を切った頃、本来であれば梅郷中学校の校舎であったはずの建物のオブジェクトは、そのほとんどを黒雪姫の剣撃によって斬り崩されて元の形を留めていなかった。
対戦フィールドは基盤となる地面以外は基本的に破壊可能。
地面の破壊を行えるバーストリンカーもいなくはないが、それは黒雪姫や他の王といった面々くらいと予測して間違いではない。
テルヨシはそんな破壊不可能とされる地面に穴を穿てるような黒雪姫の猛攻を、外装《テイル・ウィップ》を器用に使って利用できるオブジェクトを掴んで猿のように移動していたのだが、逃げ回るうちにそのオブジェクトを全て斬り伏せられてしまい、建物の残骸が足下に転がる荒んだ光景となってしまった。
「さて、これでお前の機動力は失われた。そこら辺の瓦礫を投げつけてくれても構わんが、それが無駄なことは理解しているだろう?」
「無駄かどうかはやりようだと思うぜ? 姫」
圧倒的な優位に立っている黒雪姫は、しかし一切の隙も見せずに目の前のテルヨシに対して言葉を発しつつ、静かにその両腕を八の字に開く形で持ち上げる。
テルヨシはそんな黒雪姫の放つプレッシャーに押し潰されないように言葉を発してから、テイル・ウィップでバスケットボールくらいの瓦礫を掴んでみせる。
それから視界上の情報に目を向けると、テルヨシ自身のHPゲージは残り7割といったところで、必殺技ゲージは6割ほど。
対して黒雪姫のHPゲージはほぼ満タンで、必殺技ゲージはフルチャージ済み。
今のテルヨシなら黒雪姫からまともな攻撃を3発も受ければゲージは容易く吹き飛ぶだろう。首など斬られたら一撃必殺は間違いない。
残り時間は250秒を切ったとはいえ、テルヨシが今まで利用してきたオブジェクトは根こそぎ黒雪姫が破壊してしまい、かといってこの状況をフットワークのみでやり過ごす技術を持たない。
ならば奇策や不意打ちでどうにかするしかない。
そう考えてテルヨシは掴んでいた瓦礫を黒雪姫へと投げつけて、自らも距離を縮めにいった。
投げつけた瓦礫は当然のごとく黒雪姫の左腕の振り上げによって一刀両断されてしまうが、その瓦礫をブラインドにして接近したテルヨシは、瓦礫が一刀両断される瞬間にテイル・ウィップも利用した大ジャンプで黒雪姫の頭上を飛び越え、視界から姿を消すが、無駄に長いテイル・ウィップの先端が黒雪姫の視界に入ってしまったらしく、飛び越えている最中に真上を向かれて、すぐさま右手の鋭い突きが振るわれた。
腹めがけて突き出された黒雪姫の右腕を、テルヨシは空中で前方宙返りをすることで躱すも、回転の途中で右足の腿の外側をガリッ! と数センチほど斬られてHPゲージを1割ほど削られてしまうが、部位欠損には至らずに済んだ。
しかしそれによりわずかに体勢の崩れたテルヨシは、本来ならば1回転で着地できるところを半回転多く回され、頭から落っこちる事態に追い込まれ、さらに後ろを向いた黒雪姫は着地直後の硬直を狙った右足の水平蹴りを放ち、テルヨシを確実に仕留めにかかってきた。
――シュンッ!
しかし黒雪姫の放った蹴りは、上下逆さまに落ちるテルヨシの頭の『下』を通って空振りに終わる。
黒雪姫の蹴りのタイミングは、本来であれば確実に地面に強打するテルヨシの体を真っ二つにするものであった。
その結果を変えたのは、テルヨシの頭より先に地面を捉えて、その体を空中に留めたテイル・ウィップ。
地面を捉え、逆さまの状態のテルヨシを支えるテイル・ウィップは、黒雪姫の蹴りの射程をギリギリ避けるようにそこだけがグニャリと曲がってほぼ直立していた。
それにはさすがの黒雪姫も少し驚き目の前の光景に思わず動きを止めてしまう。
その隙を逃さずにテルヨシは変則倒立状態から、テイル・ウィップをバネのように使って元来た軌道を戻っていき、黒雪姫の両肩に器用に足をつき踏み台にすると、そこからさらに後方宙返りをして、その回転を利用してテイル・ウィップを黒雪姫の背中へと叩き付けて吹き飛ばした。
テルヨシの咄嗟の機転に思考が停止していた黒雪姫は、背中からの一撃を受けて現実へと戻り、前傾になった体勢を側転から体を捻って向きを180度変えて右手と両足でズザッ! と少し地面を捉えて着地。すぐに浮遊に移行して立ち上がる。
HPゲージの消費はほんの1割弱。ダメージとしては1発殴られた程度のもの。レベル差も相まって大したことはない。
しかし今の一撃で黒雪姫とテルヨシの距離は15メートルほど離れてしまった。これが問題なのである。
対してテルヨシはしてやったりと思いながら、またテイル・ウィップで瓦礫を持ち上げてジリジリと後退していく。
「これはオレの『初白星』なんじゃないか?」
「バカを言うなよテル。まだ200秒もあるのだ。お前を仕留めるには十分すぎる」
「んなこと言ってぇ。負けた時に『今日はたまたまだ』とかやめてくれよ?」
そんな会話を最後に、黒雪姫は開いた距離を少しでも縮めるために突進を開始。
それとほぼ同時にテルヨシはバックステップで瓦礫の山に乗っかり、唯一の必殺技を発動する。
「《インパクト・ジャンプ》!」
発声と共にテルヨシの姿はその場から一瞬にして消え、次にはテルヨシのいた地点で小規模ながらに結構な威力の爆発が巻き起こり、足下にあった瓦礫が舞い上がり、突進する黒雪姫へと弾幕となって放たれた。
テルヨシの必殺技《インパクト・ジャンプ》は、その本質をハイジャンプに分類できるが、インパクトの名が示すように、踏み台となった地点に小規模な爆発を生む。
その威力は破壊不可能な地面ならば、大きな爆発音を生む程度なのだが、建物やオブジェクトを足場にした場合は、特に硬いフィールド属性でない限りは粉砕するレベル。
さらにテルヨシはその爆発に方向性を持たせるために、自分の後ろへバックジャンプして、わざわざ前方に爆発のエネルギーが飛ぶようにしたのだ。
テルヨシのジャンプは垂直跳びで20メートルは跳べるため、その移動力でさらに黒雪姫との距離も開いて一石二鳥。攻撃と逃走を1度にやってのけた。
しかしそんな小手先の弾幕が黒雪姫の道を阻めるわけはなく、黒雪姫はその速度を全く衰えさせることなく、その両手の剣で瓦礫を一閃に斬り伏せて道を切り開く。
――ガンッ!
だが、その黒雪姫は次に飛来した自分の顔の大きさほどの瓦礫を額に受けてしまい、反動で頭を後ろへ流しつつ、反射的に思わず「いたっ!」と声が出た。
黒雪姫ほどのバーストリンカーが、ただの爆発で飛んできただけの瓦礫を処理できないわけはなく、そうなれば当然、当たった瓦礫はテルヨシが仕込んだものということになる。
テルヨシはインパクト・ジャンプで巻き起こした瓦礫を黒雪姫が処理し始めた段階で、テイル・ウィップで持っていた瓦礫を投げつけていた。
しかしただ投げつけただけでは黒雪姫には処理されてしまう。
爆発によって飛んだ瓦礫は多少のばらつきはあれど、そのほとんどが同じ速度で飛来していた。
だから黒雪姫もその速度を計算して瓦礫を処理していた。その作業にテルヨシは投げつけた瓦礫で割り込みをかけたのだ。
黒雪姫のアバターからはフルフェイスによりその驚きを表情からは読み取れなかったが、思わず足を止めてしまってる辺りから予測はついた。
奇策のオンパレード。
しかしそのどれもが黒雪姫を『倒そうとしていない』。むしろ『逃げ切るための時間稼ぎ』をしているようだった。
だがテルヨシの目的は正にその時間稼ぎ。残り時間は180秒。
これならば……そう思いかけたのが運の尽き。
テルヨシが残り時間を確認するために黒雪姫から少しだけ目を離した瞬間。
今までが戯れであったかのようにその速度を上げて突進してきた黒雪姫。
その変化に危機感を覚えたテルヨシはすぐに距離を開くためバックステップをするが、慌てたせいで足下に転がる瓦礫に足をとられて体勢を崩してしまい、それでも転ばずにテイル・ウィップを器用に使って立て直したが、そのロスは黒雪姫との距離を縮めてしまう。
さらに前を向いて距離を詰められる黒雪姫に対して、下手に目を離せないテルヨシは、不用意に背中を見せるわけにもいかず、半身、または完全に黒雪姫側を向いた状態で走らなければならなく、その速度差は言うまでもない。
それでも簡単に距離を詰められまいと、テルヨシは逃走しながら瓦礫をさらに破壊して必殺技ゲージを溜めていき、必殺技発動に必要な5割のゲージを溜めた辺りで黒雪姫との距離が5メートルを切り、その距離になって黒雪姫は右腕を引いて突きの構えを取る。
これまでにその動作を何度か見たことのあるテルヨシは、それで次に飛来する攻撃を予測して、その足に力を込めて自らも行動に変化を加えた。
「《デス・バイ……」
「《インパクト・ジャンプ》!」
互いにほぼ同時に必殺技発声を行い、そのアクションが繰り出されるが、黒雪姫はテルヨシがインパクト・ジャンプで自分から見て右に直角に跳んだのを体重移動から確認。
「……ピアーシング》!」
それを踏まえた上で、テルヨシの跳んだ軌道上に、射程の伸びる突き系の必殺技《デス・バイ・ピアーシング》を放ったのだった。
――ガスッ!
黒雪姫の放ったデス・バイ・ピアーシングは、高速で跳んだテルヨシの体のどこかへ確実にヒットした。
「いだっ! いだだだだ!!」
そのすぐあと、テルヨシは着地地点で盛大にコケて、勢い良く地面を転がっていき、うつ伏せの状態で止まった。
それから黒雪姫の近くにガシャン! と何かが落ちてきて、それを見てみればテルヨシの腿から下の右足に間違いなく、これが黒雪姫の切断したものだとすぐに理解でき、その影響でテルヨシがバランスを崩して今に至ることも納得できた。
残り時間は30秒を切ったが、テルヨシは片足を失い、HPゲージも今ので2割を切ってしまって絶体絶命。
それでもテイル・ウィップを失った片足の代わりに使って立ち上がるテルヨシだったが、すでに黒雪姫はその距離を2メートルにまで詰めて、あと1歩踏み込んでその右腕を振るえば終わりというところまで完了していた。
そして無慈悲に振るわれた黒雪姫の右腕は、テルヨシの胸の中心めがけて一直線に進む。
その時、テルヨシは今まで1度も見せたことのなかった挙動を見せた。
テルヨシは迫る黒雪姫の突きをテイル・ウィップで体を浮かせて躱す。
しかしテイル・ウィップは無情にも黒雪姫の一撃で寸断され、テルヨシの体も支えを失い落ちてくるだけとなったのだが、そうはならずにテルヨシは空中で『何か』を捉えてジャンプし黒雪姫を飛び越えて、前宙からのかかと落としに近い左足の蹴りを黒雪姫の背中に叩き込んで倒し、両手で地面に着地して前転から片足で素早く立ち上がり、けんけんで全力で距離を取っていった。
一瞬、何が起きたか理解できないようだった黒雪姫だが、時間がないことを理解し速攻で立ち上がって逃げるテルヨシに一撃を加えようと腕を振るった。
しかしそれが当たる直前で、対戦時間終了を告げる音が鳴り響き、そのあと2人は現実の時間へと強制的に戻されていったのだった。
現実の時間へと戻ったテルヨシが最初に見たのは、いつも見ている自分の教室。
今は時間としては昼食を食べ終えてくつろいでいた昼休み。
その時間を利用して1日2回の黒雪姫との対戦。その2回目を終えたところだった。
そのテルヨシの隣の席には、今まで対戦していた黒雪姫の姿があったが、テルヨシはそちらを心底嬉しそうな表情で振り向き、その顔に黒雪姫はベシッ! とハンカチをぶつけた。
「……今日はたまたまだ」
「うわー、ホントにそれ言うんだ。でも、負けは負けですよー」
そうやってぶつけられたハンカチを取るテルヨシに、黒雪姫は心底悔しそうに腕組みをしてぷいっ、と外の景色に顔を向けてしまう。
「……いや、私から『逃げ切った』のはお前の実力だ。そこは認めねばなるまい」
「あんがと、姫」
顔は背けたままではあるが、そう言い直した黒雪姫にテルヨシは素直にお礼を言って、ハンカチを机に置いて返す。
7月も上旬が終わろうかという日。
制服も夏服へと替わり、梅郷中学校で最初のイベント、文化祭を終えて少し経ち、学生にとっては夏休みが待ち遠しくなるこの時期。
入学からはすでに3ヶ月が経過していた。
入学から少しして、テルヨシは黒雪姫との1日2回の対戦が平日の日課となっていたのだが、勝負にすらならないことがよくあったために、5月の半ば頃から黒雪姫にある特殊な勝利条件を与えられていた。
――対戦時間を生き延びたら勝ち――
この条件を提示された時はテルヨシもできるかも、と思ったのだが、実際は困難というレベルの勝利条件ではなかった。
何しろ黒雪姫の四肢はそれそのものが武器で、防御に回ろうものなら、その腕や足が斬り飛ばされ、物陰に隠れようとそれごと斬り裂かれる。
故に文字通りの逃走しか逃げ延びる手段がなかったのだ。
対戦ステージも毎回違うので、たとえ逃げに徹したとしても、オブジェクトの少ないステージでは5分と持たないのはデフォルト。
そんな中でも諦めずに逃げ回り続けたテルヨシは、1ヶ月以上を有して今日。今しがた、ついに念願の『30分逃げ切り』を成功させたのだ。
タイミングはシビアなものだったし、対戦の結果としては黒雪姫の勝利でポイントも奪われたが、黒雪姫が加えたルール上ではテルヨシの勝利である。
だから黒雪姫も対戦のすぐあとに不機嫌そうにしていたわけで、不機嫌になった理由は、緩和したとはいえ、まさか本当に負けるとは思ってなかったのだろう。
「……しかしテル。お前はいつまでレベル1でいるつもりなんだ?」
まぁそれはそれとして、といった感じで、返されたハンカチをポケットにしまいながらテルヨシに向き直った黒雪姫は、そんな質問をテルヨシにぶつけた。
ブレイン・バーストはレベルアップ制の対戦格闘ゲームだが、そのレベルアップは一定値のバーストポイントが貯まったら自動でレベルが上がるのではなく、所持しているバーストポイントを必要なポイント分消費して自発的に行う。
「私の予測ではすでにレベル2に上げても十分な《マージン》を貯めてあるだろう。レベルは高いに越したことはない。それでも意図としてレベルを上げない理由はなんだ?」
自発的にレベルアップができるということは、タイミングも自分で選べるわけだが、その際に注意しなければいけないのが、レベルアップでバーストポイントを消費する時に残るポイント。
レベルアップしてもポイントの余裕《マージン》を確保するのはバーストリンカーの鉄則。
しかしテルヨシは黒雪姫が言うように、マージンが不足しているわけではない。
レベルアップすれば、レベルアップボーナスやポテンシャルのアップとプラス要素は多く、マイナスになる要素は、自分より低いレベルの相手に負けた時のポイント移動が多いくらい。
そんな些細なことを気にするテルヨシでないことは、3ヶ月も学校生活を共にしている黒雪姫にはわかっていた。
それなのに未だにレベル1であるテルヨシ。だからこそ浮上する謎。
「そりゃ姫のせいよ」
そんな黒雪姫の問いにテルヨシは何の考える素振りも見せずにそう断じるが、それに身に覚えのない黒雪姫は当然抗議する。
「なぜ私が関係ある? 私はお前のバーストリンカーとしての在り方をどうこう言った覚えは全くないぞ」
「だって姫、よく考えてみ? 姫に特殊勝利条件を出された。これはオレがどうやっても姫に勝てないからそっちから出した提案なわけでしょ。そしてそこには必ず『レベル1でも勝てる可能性』が含まれてるわけじゃん。それなのにレベル上げてその勝利条件を満たしたところでズルじゃん! 正当性が崩れる!」
「……つまりなんだ。お前はたとえ1度でもその条件で私に勝つまではレベルを上げないつもりだった。そういうことか」
「そゆこと」
それでニカッ、と笑ってみせたテルヨシに、黒雪姫は心底呆れたように机に手を置き杖代わりにして頭を乗せる。
頑固。
それが今のテルヨシを表現するのにピッタリだと、黒雪姫は思わざるを得ないといったところ。
しかし同時に、それを本当に成し遂げてみせたテルヨシには感心していたようだ。
黒雪姫は対戦では一切手を抜いていない。それこそ秒殺も稀にあるほどに本気でテルヨシを倒しにいっていた。
それでも今日、倒しきれずにタイムアップを迎えられ、不可能と思っていたことをやってしまったテルヨシに、レベル9の黒の王が本当に驚いたのだ。
「では、もうレベルを上げない理由もなかろう? レベルアップボーナスでの変化を事前に確認する意味でも放課後までにはやっておけ。それから特殊な勝利条件は明日からなしだ。お前に何か与えると、どうやら深読みして頑固になるらしいからな」
「……ん? それって姫が特に考えなしに条件を出してきたってことなんじゃ……」
ベシッ!
こういうところで言及をためらわないテルヨシは、全部言い切る前に再びハンカチをぶつけられたのだった。
「まったく……余計な詮索をするところは《モビール》のやつにそっくりだ。やはり子は親に似るのか」
「いやいや、実際の親子じゃないんだから似ないって。モビールのお節介焼きは生まれつき。オレは頭が良いんだよ」
「ほう。しかし頭が良いと言う割には、いささか以上に結果が付いてきていないようだが? 確かこの前の小テストでも全教科平均点ギリギリ……」
「能ある鷹は爪を隠す」
「では恵にも期末試験の勉強を教えないよう言っておこう」
「ごめんなさい頭悪いです」
再びぶつけられたハンカチを取りつつ、黒雪姫に自らのバーストリンカーとしての親である《レイズン・モビール》に似てると言われて、それを否定しつつ自分を優れてる風に返してみせるが、この前の小テストの結果を出されて途端に腰が低くなった。
「まぁテルの頭の悪さは周知の事実としてだ」
「それはオレより下のやつらも敵に回しているぞ、姫」
「どうせ誰にも聞こえていない。皆ご丁寧にフルダイブ中だ」
そう話した黒雪姫は、クラスにいる生徒達をざっと見回しながらにテルヨシにも促す。
見れば昼休みにクラスに残っている生徒は、テルヨシと黒雪姫以外は皆席に着いて眠っていたり、座ったまま目を瞑っていたりと、フルダイブに見られる無防備な状態にあった。
だからこそテルヨシと黒雪姫は割と普通に秘匿性の高いブレイン・バーストの話をしていたりする。
「それで、モビールのやつは元気か? お前の口から名前が出てくることがないからな。話すのを待っていたが、そろそろいいだろ」
「あれ? 言ってなかったっけ。モビールのやつはもう東京にはいないぜ? もっと言えば『日本にいない』」
「………………なに?」
「だから、モビールのやつはフランスのパリに移住したの。親の仕事がそっちで本格的になったから、家族も一緒にって。オレはモビールのやつが日本を発つ1週間前に子になって、それで駆け足のスパルタで色々仕込まれたんだよ」
「……そうか。ということはモビールのやつは実質的にブレイン・バーストを引退した、ということか。また1人、私の古き良きライバルが減ってしまったな……」
そんな中でテルヨシのブレイン・バーストの親であるモビールの現状を聞いた黒雪姫は、それでまた遠い目をして外の景色に目を向ける。
その表情からテルヨシは寂しさのようなものを読み取り、何を言うでもなくそっとハンカチを黒雪姫の机に戻してやったのだった。
バーストリンカーは現状で東京都心に9割9分ほどが集まっている。
その残りの1分以下のバーストリンカーは、モビールのようにリアルの都合で東京都心から離れてしまった者や、何らかの偶然によってバーストリンカーになった者などが挙げられる。
そういったバーストリンカーは、対戦相手がいなく孤立し、それでも《加速》しようとすれば、その結果ポイントも維持できなくなってしまう。
そのため黒雪姫の言うように実質的に引退ということになる。
さらにブレイン・バーストは日本のソーシャルカメラの映像を基盤としているため、ソーシャルカメラを実用化していない日本国外となれば初期加速すらできるかどうかもわかったものではない。
モビールのように海外に出てしまうのは例にないくらいだが、日本国内であれば引退を免れる可能性もなくはない。しかしそれも綱渡りである。
そういった背景には『バーストリンカーに大人がいない』ということをわからされる現実があり、黒雪姫もそれを改めて実感しているのだろう。
そう考えていたテルヨシは、話題転換を試みようと考えを巡らせる。
「まぁ連絡しようと思えばできなくもないんだけど、モビールにブレイン・バーストの話をするのは酷かなぁってな。だけどモビールのやつは元気だぜ? それは絶対」
「……気を遣わせたか。すまなかった。まぁ元気なのはなによりだよ。むっ、もうすぐ昼休みも終わるな。お前は奴の分まで楽しむことだ。それが精一杯の『親孝行』なんじゃないか?」
「『親不孝』かもよ?」
「それなら奴が日本を発つ前に子を作ろうなどと思わなかったさ」
確かに。
そう思ったテルヨシは自然と笑みがこぼれ、黒雪姫も優しい笑顔をテルヨシに見せた。
そのあとすぐに授業開始の予鈴が鳴り、それに伴ってダイブしていた生徒やどこかへ行っていた生徒も戻ってきて、またいつもの教室の風景となり、テルヨシも黒雪姫もその風景に溶け込むように授業を受けていった。
その授業中。
テルヨシは黒雪姫に言われたように、自身のデュエルアバターを強化するため、初期加速空間でレベルアップの作業を開始。
レベルアップの際は、レベルアップボーナスでどんなものが出るかは本人にはわからなく、変更も効かないので多少の時間が必要なのだ。
そうして指定されたバーストポイントを注ぎ込んで上げたレベルは、3つ。つまりこの授業中でテルヨシはレベル1から4になったことになる。
テルヨシの対戦での平均勝率は5割ほど。
同レベル対戦においてはほぼ負けなしで、高レベル相手に勝つことも珍しくはない。
高レベル相手になら2、3回に1回勝てば、ポイントの収支でプラスになるため、この勝率でもポイントが貯まるのは必然で、勝率を下げる原因は主に黒雪姫やバイト中にも関わらずに《ブラッド・レパード》。通称《パド》と組んでないからと問答無用で挑んでくる《プロミネンス》のレギオンメンバーだったり、日曜日にフラッと訪れた先のハイランカーにコテンパンにされたりがほとんど。
レベル1にハイランカーが対戦を挑んでくる時点で大分おかしいのだが、そこは王に忠誠心の強い方々が目の仇にしてるといった感じであり、テルヨシもわかっていながら懲りずに訪れている結果である。
そして授業終了後に確認のために加速してマッチングリストを見た黒雪姫から「どんだけ貯めてるんだよ!」とツッコミを受けたのは言うまでもない。